彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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特別編⑤ 『仮装と乙女心』(中編【パメラ案】)

『親愛なる私の娘へ

 

 メル。ジェノ君とはうまく行っている? 

 まぁ、奥手な貴女のことだから、きっとうまく行っていないでしょうけれど。

 

 もう少しで、ハロウインというお祭りがあるのよね?

 みんなで仮装して、かぼちゃを飾るお祭りが。ならば、そんなチャンスを見逃す手はないでしょう?

 

 というわけで、私が貴女のために少し色っぽい下着を作ってあげたから送るわね。

 これで、ジェノ君をゲットするのよ! いい報告を待っているからね!』

 

「…………」

 夕食後、メルエーナは自室のベッドの端に座り、自分だけに宛てられた手紙を読んで、肩を震わせる。

 無論、感動しているわけではない。彼女は、怒っているのだ。

 

「どうしてお母さんはこうなんですか! あんな下着なんて着られるはずがないです! まして、ジェノさんに見せるなんて論外です!」

 昼間の失敗を思い出し、怒りとは別に、メルエーナは恥ずかしさで顔を真っ赤にする。

 

「あれじゃあ、私がお母さんにあのようなはしたない下着を作ってくれるように頼んだと思われても仕方有りません! それをバルネアさんだけでなく、パメラさんにまで見られて……」

 メルエーナはベッドに仰向けに倒れ、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。

 

 しばらく羞恥に悶ていたメルエーナだったが、それでもジェノに見られるよりはましだったと、前向きに考えようとする。

 

 もしもあの場にいたのがジェノだったら、間違いなくドン引きされていた。

 あのような下着を好んで身につける、はしたない女だと思われてしまうところだった。

 

 ちなみに、あの下着は、布に丁寧に包んで、衣装入れの一番奥に封印してある。きっと、二度とその封印が解かれることはないだろう。

 

「……ですが、明日の昼から、パメラさん達と……」

 またいつもの喫茶店で、対策会議とやらが行われることになってしまった。

 

 はっきり言ってしまえば、ありがた迷惑ではある。だが、自分のために今日の仕事を早々に終わらせて、イルリアとリリィにも話を通してくれて、その事を夕方に報告に来てくれたパメラの思いを無下にはできない。

 

「ううっ……。私は、誰よりも間近で、ジェノさんの仮装を見られるだけで幸せだったのに……」

 メルエーナは重いため息とともに、そんな嘆きを口にするのだった。

 

 

 

 

 

 翌日の昼食時を過ぎた頃、喫茶店<優しい光>で、メルエーナは死んだ魚のような目で、目の前で繰り広げられる熱い議論を見ていた。

 

「いい? やっぱりここは王道で責めるべきだと私は思うの!」

「王道、ですか?」

 パメラの熱弁に、リリィが疑問の声を上げる。

 

「そうよ。ハロウィンでの女の子の定番と言えば、やっぱり魔女よ!」

「でも、メルは<パニヨン>の手伝いで、去年も魔女の格好をしていますよね?」

 リリィの問に、パメラは「そこがポイントよ」と力説を続ける。

 

「去年と代わり映えしない魔女の格好に、ジェノ君はきっとがっかりするわ! でも、今年は違うのよ、中身が!」

「中身?」

「そう。メルったら、実家のお母さんに頼んで、すっごい下着を準備してもらっているのよ! だから、そのギャップを利用するの!

 去年と同じ仮装を見せておいて、祭りが終わったら、ジェノ君の部屋を訪ねていくの。そして……」

 

 

 

 

 ハロウィンということで、普段とは異なり、夜も営業をしていたパニヨン。しかし、ようやく騒がしい祭りが一段落し、ジェノは息をつき、衣装を着替えようとした時だった。

 

 コン、コン! と遠慮がちに部屋のドアがノックされたのは。

 

「今開けます」

 バルネアだと思い、ジェノは着替えを止め、部屋の鍵を開ける。

 だが、部屋の前に立っていたのは、未だに魔女の仮装をしたままのメルエーナだった。

 

「こんばんは、ジェノさん」

 メルエーナはそう言って微笑む。だが、いつもより顔が赤い。

 

「どうした、メルエーナ? ……酒が入っているのか?」

「ふふふっ。大丈夫ですよぉ。ワインを少し頂いただけですからぁ」

 メルエーナの呂律が少し怪しい。どう考えても、少しの飲酒量とは思えない。

 

「かなり酒が回っているようだな。今日はもう休んだほうがいい」

「むぅっ。どうしてそんなつれない事を言うんですかぁ。ジェノさんは冷たすぎです。鈍感ですぅ!」

 泥酔しているようで、メルエーナは普段では考えられない絡み方をしてくる。

 

「というわけで、そんな薄情なジェノさんには、少しお話があります。部屋にいれてくださぁい」

 メルエーナは強引にジェノに迫ってくる。

 このまま部屋に帰しても、その後が心配なので、仕方なく酔いが覚めるまで、ジェノはメルエーナの相手をすることにした。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 倒れても大丈夫なように、メルエーナをベッドの端に座らせて、ジェノは机の椅子を移動させてきて、そこに腰を掛ける。

 

「ふふふっ。ジェノさんのベッドですぅ……」

 何が面白いのか、メルエーナはクスクスと笑う。

 普段の真面目な彼女とはかけ離れた印象に、ジェノは戸惑う。

 

 魔女の格好もあり、メルエーナは祭りの空気に当てられてしまったようだ。

 

「ジェノさん、大切な質問ですよぉ~。嘘偽りなく答えて下さいねぇ」

 メルエーナはそう言いながら、ベッドに平行に倒れて、体を預ける。

 

「メルエーナ。やはり部屋に戻った方がいい」

「嫌ですぅ。私の質問に答えて下さい」

 普段は物分りがいいメルエーナの思わぬギャップに、ジェノはどうしたものかと戸惑う。

 

「わかった。それで、質問というのは何だ?」

 嘆息し、仕方なくジェノはメルエーナに付き合うことにした。

 

「ジェノさん。私に内緒で、このベッドに誰か他の女の子を寝かせたりしていませんか?」

「たちの悪い冗談だな。俺は基本的に、他人を部屋に入れたりはしない」

「むぅっ、本当ですか?」

「お前も知っているだろう。そもそもこんな殺風景な部屋に誰かを招き入れる必要などない」

 ジェノは呆れたように言う。

 

「……でも、私は入ってしまいましたよ?」

「同じ屋根の下で暮らしているお前を入れることくらいは、別になんともないだろう」

 ジェノはそう答えたものの、そこで違和感を覚えた。

 

 今まで酔いが回っていて、呂律がしっかりしていなかったはずのメルエーナが、はっきりとした口調で物を喋り、真剣な表情でこちらを見つめているのだ。 

 

「メルエーナ……」

「今日の私は魔女です。今日だけは、私は魔法が使えます。それは、恐ろしい吸血鬼が相手でも……」

 メルエーナは静かに立ち上がり、椅子に座ったままのジェノに熱い視線を向ける。

 

「外見は同じでも、今年は中身が違うんですよ。そして、今日はずっとこの格好だったんですよ。ジェノさんに見てもらいたくて。私を意識してほしくて……」

 そう言うと、メルエーナは自らのスカートをゆっくりとたくし上げていく。

 

「私は、二つの魔法を使いました。一つは、私自身が勇気を出せる魔法。もう一つは、貴方を魅了する魔法です……」

 

 メルエーナの肉付きの程よい太ももが顕になっていく。

 去年と変わらない衣装のはずなのに、いや、だからこそ、その中身がどう違うのか惹かれてしまう。

 

 そして、スカートはたくしあがり、さらに、彼女の僅かな布に覆われ……。

 

 

 

 

「ああああああっ! ストップです! そこまでです! 止めて下さい!」

 パメラの妄想を、自分のお葬式に参列するような気持ちで聞いていたメルエーナだったが、ついに堪えきれなくなり、パメラの口を両手で塞ぐ。

 

「もう、ここからがいいところだったのに!」

 武術的な心得のないメルエーナの行動は、普段から鍛えているパメラには何の効果もなく、簡単に逃げられてしまう。

 

「よく有りません! だいたい、魔女のスカートはそんなに長くないんですよ! それなのに、あんな下着を身に着けていたら……」

「そうね。店の手伝いをしている最中に豪快に転んで、下着が顕になったら、痴女認定待ったなしよね」

 それまで無言かつ呆れた顔で話を聞いていたイルリアが、淡々と事実を述べる。

 

「ほらぁ、そこは嘘も方便ということで、ジェノ君の部屋に行く前に着替えるとかあるじゃない」

「神官がそんな事を言ってもいいんですか⁉」

「ふっ。子孫繁栄のためならば、豊穣の女神であらせられるリーシス様は、細かいことには目をつぶってくださるわ!」

 自信満々に断言するパメラに、メルエーナはがっくりと肩を落とす。

 

「パメラさん。そもそも、あの鈍感朴念仁が、酔っているからという理由だけで、メルを部屋に入れることはないのでは?」

「えっ? いや、普通、メルみたいな可愛い女の子が部屋を訪ねてきてくれたら、嬉しいでしょう?」

「いいえ。あいつのことだから、メルが『部屋に入れて下さい』と言った途端、『いいから、今日はもう休め。明日に差し支える』と言い、ドアを閉めるに決まってます」

 イルリアの言葉は容赦がない。

 

 いくらなんでも、そんなことはしないとメルエーナは信じているが、イルリアの中でのジェノのイメージはそんな感じなのだろう。

 

「ぬぅ。一緒に旅をしているイルリアが言うと説得力があるわね」

「ジェノさんは言葉が少ないですが、優しいイメージだったんですが」

 パメラとリリィの呟きに、メルエーナは慌てて、ジェノの人柄を話し、イルリアの言うようなことはしないと説明する。

 

「なるほど。やっぱりジェノ君は優しいのね。……でも、どうしてそこまで相手のことが分かっているのに、関係が進まないのかね、貴女達は?」

 パメラの的確な問が、メルエーナの心に突き刺さった。

 

「でも、やっぱりジェノさんは優しいんだよね? それなら、ハロウインの仮装とはちょっと違うけれど、こんな方法はどうかな?」

 この四人の中で、唯一彼氏がいるリリィが、案を出してくれることになった。

 

 以前相談に乗ってもらった時も、彼女は良識のある意見を述べてくれたので、メルエーナは期待をする。

 

 だが、その期待は大きく裏切られることになるのだった。

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