彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑱ 『魔法使い』

 バルネアの店が開店する二時間ほど前に、リットは<パニヨン>を訪れた。

 

 相変わらず、この店の入口は開店時間前だというのに空いていることに苦笑しながらも、リットは店内に足を踏み入れる。

 するとすぐに、この店のウエイトレスの格好をしたメルエーナがやって来た。

 

 これが普通の客であれば、まだ開店時間前だと説明して謝るのだろう。だが、彼女はリットの姿を見るなり、何も言わずに店の奥に引っ込んでしまう。

 

「やれやれ、少しからかい過ぎたかな」

 そんな事を思いながらも、彼はまったく反省しない。

 

「今回は、メルちゃんじゃあなくて、ジェノちゃんに用事だったんだけどねぇ」

 リットはそう言って肩をすくめると、立っている必要もないなと思って、近くの椅子に腰を下ろす。

 

「リット。ちょうどよかった。もう少ししたら、お前を探しに行こうと思っていたんだ」

 数分もしないうちに、ジェノがメルエーナと一緒に奥から出てきた。

 

 どうやら、メルエーナは自分を嫌って逃げたのではなく、ジェノを呼びに行っただけだったようだ。

 まぁ、彼女が自分に好印象を持っていないのは間違いないだろうが。

 

「手間が省けた」

 いつものポーカーフェイスで隠そうとしているが、声のトーンに明らかな疲れが聞いて取れる。かなりジェノは疲労しているようだ。

 

 その事を理解したリットは、さも楽しそうに笑うと、

 

「よう、ジェノちゃん。おめでとう。ついに化け物を見つけて、傷を負わせることができたみたいだねぇ」

 

 そう言葉を続けて、ジェノの健闘を讃える。

 

「心にもない言葉は言わなくていい。とっとと本題に入らせてもらうぞ」

 ジェノはそう言うと、リットの正面の席に座る。

 

「俺があの化け物に手傷を負わせたことを、すでにお前が知っているということは……」

「ああ、化け物が何処にいるかはすでに分かっているということだよ、ジェノちゃん」

 

 リットの言葉に、ジェノは「そうか」と呟き、安堵の息をついた。

 

 ジェノが立案した今回の化け物を倒す計画に置いて、最も難しかった事柄が達成できたのだ。息をつきたくもなるだろう。

 

「まぁ、この部分に関しては、作戦なんてとても呼べないただの力技だったんだがな。それでも幸運の女神様は、ジェノちゃんに微笑んだってわけか」

 

 リットがジェノに依頼されたことはいくつかあるが、リットは昨日まで、街の見回り以外には、たった一つの事柄しかしていない。

 そしてその事柄というのは、ジェノの剣にとある魔法を掛けたことだった。

 

 そのリットが使った魔法は、<追跡>と呼ばれる魔法。

 これは、魔法を直接対象者に浴びせるか、今回のように魔法を付加した物体で傷を負わせるかをすると、その対象の位置を術者が把握できる様になるというものだ。

 それ以外は何の協力もしていない。

 

「くっくっくっ、知らなかったよねぇ。俺ならこんな面倒な魔法を使わなくても、化け物の位置を把握するなんて簡単だったってことをさ」

 リットは気づかれぬように下を向き、そんな事を胸中で思いながら、嘲笑めいた笑みを浮かべる。

 

 魔法という能力は、それを持たない人間にとっては未知なるものだ。だから、その力でどれほどのことができるのかは、無能力者には分からない。ゆえに、何かを依頼するときにも、『こういった事はできないか?』と探りを入れて、その判断を、能力を有している者に委ねなければならないのだ。

 

 『魔法使い』と呼ばれる、魔法の専門家は数が極端に少ない。

 『魔法の資質を秘めている者』であれば、少ないながらもそれなりの人数になるのだが、そこから『魔法をなんとか発現させられる者』になると数が半分以下に減る。更にそこから、『二種類以上の魔法を使えるもの』となると、それがまた半分以下に減る。

 だから、いくつもの魔法を自由自在に使いこなせる人間というものは、非常に稀有な存在だ。

 

 ゆえに、無知なる依頼者のためにどの程度まで魔法を使ってやるかは、『魔法使い』のさじ加減ひとつ。全力で協力してやってもいいし、虚偽を伝えてできないと突っぱねてやるのも思いのままだ。

 

 もっとも、リットは神に誓ってジェノに嘘は吐いていない。

 

 今回はジェノに、

 

『一番の問題は、化け物が何処に潜んでいるのかを自警団より先に掴む必要がある。だから、以前にお前が使った、魔法を掛けた武器で傷を負わせると、相手の位置がわかる魔法を使って貰いたい』

 

 と頼まれたので、

 

『ああ、その方法なら、うまくやれば追跡可能だな』

 

 と正直な気持ちを口にした。

 

 この言葉には嘘偽りはない。ただ、それよりも簡単な方法があることを教えなかっただけだ。

 

「それで、今回の作戦の一番の難関だった部分は突破できたわけだけど、決行はいつにするんだ?」

 

 リットの問に、ジェノは即答する。

 

「今日だ。できれば、日が落ちきる前が良い」

 

 その答えに、リットは笑みを強める。

 この馬鹿は、こんな疲れきった状態で、他人のために命をかけて戦おうとしている。それがたまらなく面白かった。

 

「はいよ、了解。だが、自警団の奴らを誘導するなら、人通りが少なくなった頃のほうがいいい。夜間の外出禁止令の影響で、夕方になると人通りが極端に減る。そこがベストじゃあないか?」

「そうだな。わかった。それなら、俺はこれから下見をして……」

 

 立ち上がろうとしたジェノに、リットは「それは駄目だ」と言って、彼を止める。

 

「ジェノちゃんを立てて、今日まで退屈を我慢して待ってやったんだぜ。ここからは俺が楽しませてもらう。まぁ、安心してくれ。手はずどおりに舞台は整えてやるからさ」

 リットはニヤリと笑い、席を立つ。

 

「メルちゃんが、さっきからずっと心配しているのに気づいていないわけではないんだろう? 準備が整ったら連絡するから、少し眠っておけよ、ジェノちゃん。ジェノちゃんがしくじったら、全て台無しになってしまうんだぜ」

 

 リットは嫌味ではなく、本心からジェノを気遣うようなことを言ってしまった自分に驚く。だが、言ってしまったものは仕方ないので、彼は更に言葉を続けた。

 

「なにより、この天才が力を貸したっていうのに、そんな結果になってしまったら興ざめだ。万全とは言えなくても、体調は整えておきなよ」

 

「……分かった」

 おそらく、限界だったのだろう。ジェノはリットの提案を素直に受け入れた。

 

「ああ、そうか。まだまだ、こいつには楽しませてもらいたいからな。今壊れてしまったら、楽しみがなくなってしまう。それを俺は嫌ったってわけだ」

 

 リットはさきほどの自分らしくない言葉に、そう理由をつけて<パニヨン>を後にした。

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