彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑤ 『妖精』

 お昼が過ぎる頃には、いつものように食材が底をついたため、店は閉店となった。

 そして、今日は賄いをジェノが作ってくれたので、メルエーナはバルネアと三人で少し遅めの昼食を口にする。

 

 今日のメニューはミートソースのパスタ。ありふれた料理だが、ジェノが作るととても美味しい。

 あのバルネアさんも、「いい味ね」と褒めていたのだから流石としか言いようがない。

 

「メルエーナ。少しいいか?」

 普段は話を振られないとあまり喋らないジェノが、メルエーナに声を掛けてきた。

 

「はい」

 普段どおり応えたつもりだったが、ジェノは気難しい顔をする。

 

「ここ数日はあまり眠れなかったのか? 随分と疲れている様に見えるが」

「えっ、あっ……。私、そんなに疲れた顔をしていますか?」

 メルエーナは申し訳無さそうに、ジェノ、そしてバルネアに視線を移す。

 

「そうね。私にオーダーを伝えに来るときに見ただけでも、少しだけ元気がなかったように見えたわ。私でもそうなんだから、同じエリアで接客しているジェノちゃんにははっきり分かったのではないかしら?」

 バルネアは怒るわけではなく、心配そうな視線をメルエーナに向けてくる。

 自分では全く普段と変わらないように接客していたつもりなのに、二人ともすごい洞察力だとメルエーナは感心する。

 

「その、ここ何日か、おかしな夢を見まして……。そのせいで少し睡眠不足で……」

 後二日で旅行なので、何とかそれまで誤魔化そうと思っていたのだが、これ以上はそれも無理だと理解し、メルエーナは二人に話をする。

 

「夢?」

 ジェノは怪訝な顔をすると、「夢か……」ともう一度呟き、少し逡巡したようだったが、口を開いた。

 

「メルエーナ。あまりプライベートに踏み込みたくはなかったので黙っていたが……。なにか動物を部屋に連れ込んでいるのか?」

「えっ? いえ、そんなことは……。ただ、その……」

 メルエーナは歯切れの悪い回答をするしかない。

 

「あらっ? それはどういうことかしら?」

 バルネアは、メルエーナではなく、ジェノに尋ねる。

 

「ここ数日、毎晩、何かの気配をメルエーナの部屋から感じていたんです。それに、少しですが騒ぐような音も聞こえてきていたので、そう推測しました」

 ジェノの言葉に、メルエーナは驚くのと同時に光明を見た気がした。

 

 あまりにも荒唐無稽な話なので、信じてもらえないのではないかと、頭がおかしくなったのではと思われてしまうのではないかと不安で、切り出せなかった話があるのだ。

 

「メルちゃん、ジェノちゃんはこう言っているけれど、その、どうなのかしら?」

 バルネアの問いかけに、メルエーナは目を伏せて、「少し、私の話を聞いてください」と話を切り出すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

「妖精だと?」

「妖精って、あのおとぎ話にでてくる?」

 怪訝な顔をするジェノとバルネアに、メルエーナは頷き、話し始める。

 

 

 

 数日前の夜から、毎晩メルエーナの部屋には、大きな猫くらいの大きさの二頭身の人形の姿をした、妖精のレイルンが現れ続けていた。

 しかも決まって、メルエーナが寝付いた瞬間に、彼女のお腹の上に何処からともなく現れる。

 

 レイルンは人間の言葉を話せるのだが、その内容はいつも同じだった。

 

「お願いだよ、お姉さん! 僕の頼みを聞いて! この魔法の鏡を、レセリア湖の近くの洞窟に持っていって欲しいんだ!」

 そう言いながらお腹の上で跳ねるものだから、メルエーナはたまったものではない。

 

「でっ、ですから、もう少し待って下さい。もう少ししたら、みなさんとその湖の近くまで旅行に出かけますから……」

「ああっ、早く、早くして! この鏡を見つけるのにも時間がかかってしまったんだ! あの可愛い女の子に、僕と同じくらいの小さなレミィのお願いを、早く叶えてあげないといけないんだ!」

 メルエーナは毎回同じ説得をするのだが、レイルンは『早くして』の一点張りで、何度もお腹の上で飛び跳ね続け、そして少しすると突然いなくなってしまうのだ。

 そして、眠気がすっかり覚めてしまったメルエーナは、なかなか寝付けずに睡眠不足に陥っていた。

 

 

「その、信じられないでしょうが……」

 これらは全て嘘偽りない話なのだが、こんな話をジェノとバルネアが信じてくれるか不安でしかたがない。

 だが、二人の反応はメルエーナの予想の範囲を超えていた。

 

「どうしてすぐに相談しないんだ。妖精の中にはたちの悪い者もいるとなにかの文献で読んだことがある。リット……はまずいな。……そうだ、エリンシアさんに相談してみよう。リリィのお師匠様だし、女性だ。何かと都合がいいだろう」

「すごぉい! メルちゃんて、妖精が見えるの? いいなぁ、私も見てみたいわぁ~」

 真逆の対応をするジェノとバルネアの様子に面を喰らいながらも、メルエーナは二人に尋ねる。

 

「その、信じてくれるんですか? こんな話を?」

 その問いかけに、ジェノもバルネアも不思議そうな顔をする。

 

「お前が悪戯なんかで、こんな事を言う人間でないことは分かっている。俺も同行するから、すぐにエリンシアさんのところに行くぞ」

「そうね。メルちゃんはつまらない嘘なんて言わないわよね。さすがジェノちゃん。よく分かっているわ。よし、後片付けは私がやっておくから、メルちゃんはジェノちゃんと一緒にエリンシアさんのところに行ってらっしゃい」

 バルネアに後押しされ、ジェノが「お願いします」と話を決めてしまう。

 

「メルエーナ。慌てなくてもいいが、食事が終わったら出かける。準備をしてくれ」

「……はい……」

 自分の事を心から心配し、行動してくれる二人に心から感謝をし、メルエーナは残っていたパスタを少しだけ早めに口に運ぶのだった。

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