彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑥ 『気遣いと決意』

 家の入口までは何度か来たことがあるが、リリィの居候先ということで、メルエーナは遠慮してその中に入ったことはなかったので、何とも新鮮だ。

 

 お世辞にも大きいとは言えないレンガ造りの古い家には、書物やよく分からない骨董品らしきものが所狭しと置かれている。

 

 ジェノと一緒にエリンシアの家を訪ねたところ、運良く彼女もリリィも在宅だった。

 そして、こうしてリリィに案内されて、メルエーナ達は家の奥まで通された。

 

「こりゃあ珍しい。メル嬢ちゃんだけでなく、ジェノ坊やまで一緒かい」

 初老で白髪の長い髪と特徴的なローブを身にまとったエリンシアは、メルエーナ達に気がつくと、にっこりと微笑み、訪問を歓迎してくれた。

 

「ご無沙汰しています、エリンシアさん。今日は仕事をお願いに来ました」

 挨拶もそこそこに、ジェノが話を切り出す。

 

「おや? イルリアの嬢ちゃんではなく、坊やがこの老いぼれに仕事を依頼とは……。まぁ、座りなさい。リリィ、お客様達にお茶を頼むよ」

「はい、お師匠様!」

 リリィは笑顔で台所に向かっていった。

 

「さて、さっそく話を……と言いたいところだが、うちのバカ弟子も話の内容が気になるようだから、お茶が入るまで少しだけ待っておいておくれよ」

「はい。その、予約もなしに突然訪問をして、申し訳ありません」

 メルエーナは長めのテーブルを堺にエリンシアの向かいの席にジェノと並んで座り、突然の訪問を謝罪する。

 

「はははっ。そんな事を気にするもんじゃあないよ。こっちとら貧乏暇なしの魔法使いなんだから、仕事の依頼は大歓迎だよ」

 エリンシアは愉快そうに笑う。しかし、すぐにその笑みは消えた。

 

「けれど、少々変わったことが起こっているようだね。坊やが依頼をしたいと言っていたが、困っているのはメル嬢ちゃんの方みたいだしねぇ」

「……わかるのですか?」

 メルエーナは驚き、目を大きく見開く。

 

「はははっ。駄目駄目。メル嬢ちゃんは素直すぎるね。これは詐欺にでも引っかからないか心配だよ。

普段なら一人で家を訪ねてくるはずのお嬢ちゃんが彼氏と同伴で来た。そして、話を切り出したのは坊やの方。これだけでも、嬢ちゃんに何かあったのだろうと推測はできるさね」

 エリンシアはそう言って苦笑する。

 

「坊や。このお嬢ちゃんが悪い奴に騙されないように、しっかりついていないと駄目だよ。自分の大切な人くらいは守ってあげられないようじゃあ、男が廃るよ」

「からかうのはよして下さい」

 彼氏という言葉に気恥ずかしさと嬉しさを感じていたメルエーナだったが、ジェノのそっけない態度に少し悲しくなってしまう。

 

「なんだい、つまらないねぇ。こっちとら老いさらばえていくばっかりなんだ。少しは若返る話題を提供してくれてもバチは当たらないだろうに」

 エリンシアはつまらなそうに嘆息し、「嬢ちゃんも、苦労が絶えないねぇ」とメルエーナに同意を求めてくる。だが、メルエーナはなんと答えていいのか分からず、愛想笑いをするしかなかった。

 

 そんなとりとめのない会話をしていると、リリィがお茶を淹れて来てくれた。きちんと全員分。彼女自身の分も含めて。

 そして、リリィはエリンシアの隣の席に当たり前のように腰掛ける。

 

「こらっ。このバカ弟子。私はあんたに同席しろなんて言っていないよ」

 先程、リリィが来るまで話を聞くのを待っていたはずなのに、エリンシアはリリィに文句を言う。

 

「そんな意地悪を言わないでくださいよ! メルとジェノさんが困っているのなら、私だって友達として力になりたいんですから!」

 リリィは鼻息荒く、エリンシアに訴える。

 

「まったく、仕方ないねぇ……」

 渋々と言った感じでエリンシアは言うが、何処か彼女が嬉しそうにもメルエーナには見えた。

 

「それじゃあ、リリィ。あんたはこの二人を見て何か感じることはあるかい?」

「……そうですね。メルに何か魔法の残滓を感じます……」

 リリィは目を閉じ、メルエーナに右の掌を向けて告げる。

 

「ほう。坊やからは?」

「いいえ。ジェノさんからは何も……」

 リリィの言葉に、エリンシアは苦笑する。

 

「うん。魔力感知は少しはできるようになっているみたいだね。だが、まだまだ甘いねぇ。それじゃあ、この仕事は解決できないよ」

「ううっ、すみません……」

 気落ちするリリィだが、魔力などというものがまるで分からないメルエーナには、リリィの力は十分すごいと思う。彼女も日進月歩で成長しているようだ。

 

「エリンシアさん。まるでもう話が分かっているように聞こえるのですが?」

「ふっ。ジェノ坊や。私はこの年になるまで魔法を探求し続けているんだよ。あんた達二人が店に入ってきた段階で気づいていたよ。まぁ、妖精絡みの話というのは、私もあまり経験はないけれどね」

 エリンシアはいたずらっぽく微笑み、静かにお茶を口にする。

 

「妖精の事まで分かるのですか?」

「ああ。人が使う魔法と妖精が使う魔法は微妙に違うんだよ。そして、嬢ちゃんに掛けられているのは、<目印>の魔法と<門>の魔法だね」

 エリンシアは当たり前のようにメルエーナに掛けられている魔法というものを特定した。

 

「きっと悪戯好きな妖精が、嬢ちゃんに悪さをしたんだろう。そして、夜な夜な現れて悪さをしているんだろうね。ただ、この魔法を解除するのは簡単だし、解除すればおそらく妖精はもう現れなくなるはずだよ」

「その魔法を解除したことで、何かしら不都合なことはないのでしょうか?」

 こともなげに言うエリンシアに、ジェノが尋ねる。

 

「それは大丈夫。妖精というのはね、人間が住むこの世界とは別の世界で生きているんだ。その世界はこの世界とは何もかも違う世界らしい。そして、召喚魔法というものを除けば、二つの世界の境界が何らかの原因で歪んだときにだけ、妖精はこの世界にやって来ることができるが、そんなことは滅多に起こらないからね。

 だから、嬢ちゃんに掛けられている魔法を解いてしまえば、その妖精はもうこの世界にやって来ることはできなくなる。今、妖精は、嬢ちゃんに掛けた二つの魔法で何とかこの世界との通り道を確保している状況なんだからね」

 エリンシアがわかりやすく説明してくれたので、メルエーナもなんとなく自分に何が起こっているのかは理解できた。

 もっとも、魔法という力と縁がないので、未だに信じられない気持ちも大きいが。

 

「すぐにでも魔法を解くかい? 大丈夫時間もかからないし、体に悪影響はないからね」

「それはありがたいです。費用はどれくらいお支払すればよろしいでしょうか?」

「小銀貨三枚……と言いたいところだけれど、リリィの友達からそんなにもらえないからね。大銅貨五枚でいいよ」

 小銀貨一枚は大銅貨十枚の金額であるので、本来であれば大銅貨三十枚が必要なところを五枚に値引きしてくれるのだから破格も破格だ。

 ちなみに、大銅貨一枚で、大体<パニヨン>の定食一食分の金額である。

 

「よかったね、メル」

 リリィが笑顔で言ってくれたが、メルエーナはそこで顔を曇らせる。

 

 それは、あの人形のような妖精の必死の訴えを思い出してしまったから……。

 

「そっ、その、エリンシアさん。お気遣い頂いたのに申し訳ありません。その、私の話を聞いて頂けないでしょうか?」

 ここまでの気遣いをしてもらって、本当に悪いとは思うが、メルエーナは意を決して、自分の気持ちを正直にエリンシアに伝えることにするのだった。

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