彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑨ 『守護妖精』

 すべての準備が整ったので、メルエーナは事が起こるのを寝たふりをして待っていた。

 だが、ここのところの睡眠不足があり、彼女は本当に瞼がどんどん重くなってきてしまう。

 

「……駄目。このままでは……」

 そう思ったものの、メルエーナはやがて静かに寝息を立て始めてしまう。

 

 そして、メルエーナの眠りが深くなったその時だった。

 

「あっ、うわあああああああっ!」

 バチン! と大きな音がした次の瞬間、子どもの悲鳴が聞こえ、メルエーナは飛び起きた。

 

「なっ、なにが……」

 空中で、壁から現れた五本の淡い光の束に雁字搦めにされる二頭身の人形のようなレイルンの姿に、メルエーナは困惑する。

 まさか、こんな大掛かりな仕掛けだとは思わなかった。

 

 あっけにとられるメルエーナ。

 さらに部屋のドアが開かれ、隣の客間で待機していたリリィとエリンシアが、ランプ片手に部屋に突入してきた。

 

「メル! 大丈夫! 私の後ろに隠れて!」

 リリィが呪符を一枚右手に持ちながら駆け寄ってくる。

 メルエーナは頷いて立ち上がると、リリィの言うとおり彼女の背後に移動する。

 

「ううっ! 何、この紐みたいのは! 離してよ!」

 レイルンは必死にもがくが、がっしりとした光の束の拘束はびくともしない。

 

「おやおや。本当に妖精だよ。こりゃあ珍しいね」

 ちょうどレイルンが拘束された位置が顔の高さであったため、エリンシアはまじまじとレイルンを観察する。

 

 レイルンは体を拘束する光の束とは別に淡い青い光を纏っており、頭には緑色の帽子をかぶり、服装も緑がベースの服とズボンを身に着けている。

 

 いつもお腹の上で暴れるので、しっかり確認したことがなかったメルエーナもつい観察してしまったが、そこではたと気づき、エリンシアに声をかける。

 

「エリンシアさん、悲鳴を上げていましたけれど、レイルン君は大丈夫なんですか?」

「ははっ。大丈夫。むしろ呪符に込められた魔法の力の影響で、この世界に居るのが楽なはずだよ。そうだろう、妖精レイルン?」

 エリンシアはメルエーナに顔を向けて説明してくれた後、レイルンに再び視線を移す。

 

「ううっ! 僕はこんな事をしている時間はないんだ! 早くレミィのために、この鏡を持っていってもらわないと!」

「こらっ。それはあんたの都合だろうが。メル嬢ちゃんはあんたの頼みを引き受けると言ってくれたんだろう? なのに早くするように言って迷惑を掛けるなんて、我儘がすぎるよ、まったく」

 エリンシアは幼子を嗜めるような口調でいい、妖精相手でも物怖じしない。これが年の功と言うものなのだろうかとメルエーナは考える。

 

「だって、もうかなり遅くなってしまったんだ! 早くしないと!」

「おだまり! これ以上我儘を言うのなら、あんたが掛けた<目印>の魔法と<門>の魔法を解除してしまうよ! これがなくなってしまったら、あんたはもうこの世界に戻ってこれなくなる。それでもいいのかい?」

 レイルンは一喝されて、困ったように黙り込む。

 明らかに落ち込むその顔を見て、メルエーナはつい可哀想になってしまう。

 

「あの、レイルン君?」

 リリィに「危ないよ」と注意されたものの、メルエーナはリリィの背後から出て、レイルンに近づく。

 

「……なに? お姉さん」

「その、レイルン君のお願いは私が頑張って叶えられるようにするから、もう少しだけ待って。あと数日で私達はレセリア湖の近くまで出かけるから。ねっ?」

 メルエーナは優しくレイルンに言い聞かせる。

 

「でも、もう時間が……」

 レイルンはそう言って悲しそうな目をする。

 

「妖精レイルン。あんたは、たまたま自分の姿が見える人間を見つけたからって、無理難題を押し付けているんだよ。それなのに、この優しいお姉さんはあんたの頼みを叶えようとしてくれているんだ。それなのに、あんたはまだ我儘を言うのかい?」

 エリンシアが話に割り込み、レイルンの頭をポンとやんわり叩く。

 

「……そうだね。その、ごめんなさい、お姉さん……」

 レイルンは理解してくれたのか、本当に申し訳無さそうな顔をして、メルエーナに謝罪する。

 

「うん。きちんと謝罪できる子は嫌いじゃあないよ。それじゃあ、いい子には少しだけ協力してあげようかね」

「エリンシアさん、一体何を?」

「まぁ、任せておきなよ。この妖精は弱っているんだ。このままでは消えてしまうくらいにね。だから、少し私の魔力を分けてやろうというだけさ」

エリンシアはそう言って、何かよく分からない言語を唱え始めた。

 

「あっ!」

 思わずメルエーナは声が出てしまった。

 レイルンを雁字搦めにしていた光が彼の体の中に吸収されるように消えていったのだ。

 

「これで、一週間は持つだろう。もちろん、妖精の世界とこちらの世界の行き来をしなければの話だけれどね」

 エリンシアが何をしたのかわからないメルエーナ。そんな彼女に、リリィが話しかけてくる。

 

「あの可愛い妖精に、私が呪符を貼る際に込めた魔法の力と師匠の魔法の力の一部を渡したの。それでしばらくはこの世界に留まることができるというわけ。

 それと、妖精の世界からこの世界に来るには、かなりの魔法の力を使うらしいの。そして、この世界に留まるのにも。だから、あの妖精はあんなに焦っていたんだよ。魔法の力が源で、実体を持たない妖精は、魔法の力が尽きると消滅してしまうから」

 その説明を聞き、メルエーナはようやくレイルンがあんなに焦っていた理由を理解した。

 

 自分が消滅してしまう可能性が高いのに、それでもレミィという女の子のお願いというものを叶えてあげたいとしているのだろう。この妖精の男の子は。

 

「妖精レイルン。あんたは事が済むまでこの世界に留まりなさい。一週間は私の魔力があれば持つはずだからね。そして、その間はこのお姉さんの守護妖精として過ごすこと。いいね?」

「……うん。わかったよ」

 レイルンは納得したようだが、メルエーナには寝耳に水の話だった。

 

「まっ、待って下さい、エリンシアさん。守護妖精っていったい?」

「なぁに、使い魔の一種だよ。とはいっても、魔法の力が少ないから何もできないだろうけれどね。普段は姿が見えないから、必要なときだけ心のなかでこの子のことを強く思ってやればいい。ただ、魔法の力の消費が激しくなるから、必要なときにだけ呼ぶんだよ」

 エリンシアはこともなげに言って笑うが、メルエーナには何が何だか分からない。

 

「すごぉい! 妖精を使い魔にする人間なんて歴史上数えるほどしかいないと思うよ!」

 リリィもそう言って感心するが、メルエーナは何よりも先に説明が欲しい。

 

「それじゃあ、パスを繋げるよ。動いては駄目だよ」

「いえ、その、少し待って下さい! 私にはなにがなんだか分から……」

 メルエーナの抗議の声が終わるよりも先に、エリンシアは何かをまた唱えだしてしまった。

 

 そして、メルエーナは自らの右手が淡い光を宿したかと思うと、そこに見えない糸のようなものがレイルンと繋がる不思議な感覚を感じることとなったのだった。

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