彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑮ 『ロビーにて』

 長い話し合いが終わった後、ジェノはあてがわれた部屋にすぐに戻る気になれず、ロビーの窓際に立ち、星々を見るとはなしに見ていた。

 

 魔法の光なのだろう。

 廊下の壁の所々に淡い光を発する燭台のようなものがあるため、ランプなしでも歩くのは問題ない。

 

 マリア達と互いに今までの事を話し合ったことに加え、明日からのバルネアの依頼――という形式をとっているだけだが――についても確認しあったので、もう少しで日が変わろうとしている。

 

「ジェノ。部屋に戻らないの?」

 背中から掛けられた言葉に、ジェノは静かに振り向く。

 そこには、マリアが立っていた。

 

「ああ。もう少ししたら戻るつもりだ」

「そう。それじゃあ、まだ少しここにいるつもりなのね」

 マリアは何故か嬉しそうに微笑み、ジェノの隣に足を進めてくる。

 

「何か、明日の事で質問でもあるのか?」

 ジェノは一番可能性がありそうな事を尋ねたつもりだったが、マリアは不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「もう、相変わらずなんだから! 何年も会えなくて、それからもゆっくりお話する暇もなかったじゃあないの。だから、少しお話をしましょう」

「……話なら、さっき長いことしただろう」

「そういう話じゃあないわ! もっと他にあるはずじゃあない。まったく、再会をもう少し喜んでくれてもいいじゃあないの!」

 マリアは何故か不機嫌になる。だが、それも長くは続かず、彼女は顔を俯ける。

 

「それとも、昔のことを怒っているの? 何も言わずに貴方の前からいなくなってしまったことを……」

「……昔の、ましてや幼い頃の話だ。そんな事を怒ってなどいない。それに、古い話よりもこれからのことの方が重要だ」

 ジェノはマリアの顔を見る。正確に言えば、その左目を。

 セレクトが再び魔法を掛けたので、右目と同じく虹彩の色は青だが、それが偽りのものであることをジェノは知ってしまった。

 

「マリア。俺の知り合いに腕の良い魔法使いがいる。ナイムの街に帰ってからになるが、一度その人に左目を診て貰ったほうがいいだろう。都合がいい事にお前と同性だ。いろいろ相談もしやすいはずだ」

 ジェノがそこまでいうと、マリアはしばらく驚いた顔をしていたが、やがてクスクスと笑い出した。

 

「笑われるようなことを言ったつもりはないが?」

「ふふっ、そうね、ごめんなさい」

 マリアは謝罪しながらも、なかなか笑うのを止めなかった。

 

「でも、安心したわ。貴方はやっぱり私の知っているジェノだわ。冷たいふりをしても、どうしても人の良さが出てきてしまっているもの」

「馬鹿なことを言うな」

「あらっ、だてに貴方の幼馴染な訳ではないのよ。それくらい分かりますよぉ~だ」

 マリアはおどけたように言う。

 

「茶化すな。先程も言ったが、今はこれからのことを……」

「そうね。それが重要よね」

 ジェノの言葉を遮り、マリアは真剣な眼差しを向けてくる。

 

「貴方が私の心配をしてくれるのは嬉しいわ。でもね、私も貴方が心配なのよ」

「別に体の異常はない」

 件の<獣>の話はまだ話していないし、これからも話すつもりはない。だから、ジェノはそんな嘘をつく。

 

「そうね。昔から鍛えていたけれど、ずっと鍛錬を続けているみたいね。凄く逞しくて素敵だと思うわ。でも、私が言いたいのは、体ではなく心のことよ」

「……」

 ジェノは返答に窮す。

 

「ジェノ。貴方の話してくれたサクリさん達のことだけれど……。貴方は彼女達の死を引きずり過ぎているわ」

 マリアの当然の指摘に、ジェノは彼女を睨む。

 

「……お前に何がわかるというんだ」

「そうね。分かるのは、<霧>というものとそれに関わる組織を追い詰めたいのであれば、それは個人の手には余るということくらいかしら」

 マリアは物怖じせずに、ジェノの視線を正面から受け止める。

 

「私は交換条件として<霧>の事を貴方達に話したわ。でも、それは必要に迫られたから。貴方達の持つ情報を手に入れたかったから。決して、貴方やイルリアさんとリットさんが、あの左右の瞳の色が違う人間と戦ってほしいからではないわ」

「勝手な理屈だな」

「ええ。私もそう思うわ。でもね、冷静に考えて。<霧>というものを一国の王に提供し、<神術>という力を使える強力な人間を有した組織があるはずなのよ。

 貴方は、規模も不明なその組織に喧嘩を売ろうとしているの。それはただの無謀よ」

 マリアははっきりと断定する。

 

「この<霧>の件は、私、マリア=レーナスが責任を持って解明するわ。そして、必ず関係者に罪を償わせることを約束します。だから、貴方達はこの件から手を引いてほしいの」

「ふざけるな。俺は絶対に手を引くわけにはいかない」

 <霧>のせいで多くの人々が不幸になる。それをのうのうと見ていることなど自分にはできない。してはいけない。

 

 あの村で、『聖女の村』で<霧>を消し去るのにどれだけの犠牲が出たと思っている。そして、自分は愚かにも、人々のために手を血に染めた人間を虐殺した。

 その罪を雪がなければいけない。新たな<霧>の犠牲者を一人でも減らすことこそ、自分に課せられた罰だ。

 

「貴方達の存在は、すでに<霧>というものを利用している組織に知られているはずよ。これがどういうことか分かる?」

「それが何だ。俺はもう、あんな悲劇は……」

「残念だけれど、このままでは悲劇はこれから起こる。貴方の周りで」

 マリアの言葉に、ジェノは拳をキツく握りしめる。

 

「私が<霧>というものを使い、何かを企んでいる組織の長だとしたら、目障りな貴方をターゲットにするわ。でも、貴方は剣が使えるし、仲間の魔法使いも手強い。それならば、貴方の弱点であるバルネアさんとメルエーナさんを狙うわ」

 マリアは低い声で淡々と告げる。

 

「……」

 分かっていた、そんなことは。

 自分のせいでバルネアさんとメルエーナに危害が及ぶ事は。

 

 それなのに、自分は早急にあの家を出ていこうとしなかった。

 あまりにも幸せだったから。幸福だったから。

 だから、こんな事態になってしまった。

 

「ただ、まだ幸いなことに、敵は貴方に対して行動を起こしていない。つまり、まだ見逃してくれているのよ。でも、きっと次に何かがあれば、本格的に貴方は邪魔な存在になってしまうはずよ」

「……」

「ここが分水嶺よ。<霧>というものとその組織を追いかけるには力が必要だわ。そして、私には貴方よりも力がある。侯爵家の娘だという力が。たくさんの人間を動かせる力があるの」

 マリアは諭すように優しく話しかけてくる。

 

「私がお父様の領地に戻りたいのはそれが理由。私の大切な家族と領地の人々の命を奪った報いは必ず受けさせるわ。そして、これは提案なのだけれど……」

 マリアはそこで少し言葉を濁した後、再び口を開いた。

 

「ジェノ、貴方の評判は冒険者ギルド長であるオーリンさんから聞いているわ。だから、もしよければ、私がこれから作ろうと思っている、<霧>とその力を悪用する組織を調査し、壊滅させる部隊に入ってくれないかしら?」

「俺が、お前の作る部隊に?」

 全くの予想外の提案に、ジェノは驚く。

 

「ええ。そうすれば、貴方は<霧>を調査し続けることができる。そして、相手の組織のヘイトは、おそらくはその命令を出した私に向かうはずだわ。でも、私には常に護衛がつくから、おいそれと手出しはできないはず。どう、悪くはない提案でしょう?」

 マリアの言葉に、ジェノの心は揺れた。

 だが……。

 

「マリア。それは、そんな部隊をお前が作り上げるのが確定してから言ってくれ。お前がすぐに自分の親の領地に帰れない、もっというのであれば、護衛の一人も領地から送ってこないことから鑑みるに、そう簡単な話ではないのだろう?」

 ジェノがそう問いかけると、マリアはにっこり微笑んだ。

 

「そうよ。私も色々大変なの。でも、貴方が私に仕えてくれるかもしれないのならば、やる気もでるわ。ええ、それはもう、ものすごく」

 自分が隠し事をしていたことを悪びれもせずに、マリアは言う。

 それが、言外に、『秘密があるのはお互い様でしょう?』と言われているような気がして、ジェノはなんとも気まずい気持ちになる。

 

 だからだろうか。

 ジェノはここで一つのミスをする。

 

 自分の認識できる範囲外に、話し声だけはかろうじて聞こえる範囲に人がいたことに気が付かなかったのだ。

 

「ジェノさん……」

 その人物はそう短く呟き、ジェノとマリアに背中を向けて逃げ出すように走り去ったのだった。

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