彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑱ 『聞き込みの前に』

 朝食後、マリアは部屋に戻って身支度を整え、セレクトとともに宿のロビーに足を進める。

 

 動きやすく涼し気な半袖の服とキュロットを身に着けた彼女は、しかしそのようなラフな格好でも人の目を引く。それほどに美しく女性らしい魅力的な体型なのだ。

 

 けれど、マリアは細身ではあるが剣を帯びている。

 それがただの守られるだけの女ではないと自己主張をしていた。

 

 セレクトはこの暑い中でも長いローブとマントを身に着けている。夏用の薄い生地ではあるが、かなり暑そうだ。けれど、彼は汗をかいていない。

 

 彼の魔法の特性上、軽装になるわけにはいかないので、やんわりと魔法の冷気を発する石を、彼の呼称する『お守り』という物を懐に忍ばせているのだ。

 

 マリアも実は、それを一つ肌着の上の服の裏地のポケットに入れてある。セレクトが、「今日も暑いですから」と渡してくれたので、ありがたく使わせてもらっている。

 

 本当はジェノ達の分もあれば良いのだろうが、セレクトの頼みで、マリアは彼の能力をまだ明かさないつもりなので仕方がない。

 

「ジェノ」

 黒髪の若者がロビーで一人待っていることに気づき、マリアは声をかける。

 

「来たか……」

 ジェノは短くそれだけ良い、こちらに視線を向けてくる。

 

「あらっ? それだけなの? 私の姿を見てなにか一言くらい欲しいいのだけれど」

 マリアの言葉に、しかしジェノは「服の良し悪しなら、それが分かる奴に聞けばいい」とだけ言う。

 

「もう。相変わらずね、貴方って。女心がまるで分かっていないんだから」

 そう言って怒る真似をするマリアだが、すぐにそれは笑みに変わる。

 

 十年近い時間が経っても、彼が自分の記憶の少年のままであることが嬉しくて仕方がない。

 

「遊びに行くわけではないんだ。気を引き締めろ」

「ええ。分かっているわ。でも、余裕がなさすぎるのも問題よ」

 マリアはジェノに窘められても、笑顔で返す。

 

「セレクトさん。今日の情報収集について相談があるので」

「ええ、分かりました」

 セレクトが目で合図を送ってきたので、マリアは「ええ」と頷く。

 

 そして、ジェノはセレクトと二人で今日の聞き込みの相談を始める。

 

 いかんせん、四泊五日の旅行日程なので、後三日程度しか時間がない。

 早急に目的地である洞窟に関する情報を集め、それを管理している人に会って許可をもらわないと行けないのだ。

 

 幸い、ジェノ達が調べてくれたおかげで、洞窟の位置は分かっているし、管理している人の目星も付いてはいる。

 素人考えならば、それだけでもう十分だと思うかもしれないが、その場所に関する情報というものはあればあるに越したことはない。

 情報というものの大事さは、マリアもよく理解している。

 

「おはよう、マリア」

「あっ、おはよう、イルリア」

 赤髪の少女――イルリアに挨拶をされ、マリアは笑顔でそれを返す。

 

 貴族だけれど、どうか気を使わずに接して欲しいという願いに応えてくれているだけでなく、少し会話しただけで、すごく頭のいい人物だと分かり、マリアはイルリアに一目を置いている。

 

「後は、リットさんだけね」

 マリアがそう言うと、

 

「あらあら。もうみんな集まっているのね」

 と女性の声が聞こえた。

 

 そちらに視線をやると、鍔の丸い白い帽子と白いワンピースの服をまとったバルネアと、同じく白い半袖の服とスカート姿のメルエーナがこちらに向かってきた。

 

 事前の打ち合わせでは、聞き込みは自分達だけでする予定だったはずだ。

 それなのに、どうしてこの二人もロビーに集まってきたのだろうと、マリアは怪訝に思う。

 

「バルネアさん。メルエーナと出かけるんですか?」

 どうやらジェノも知らなかったようで、セレクトとの打ち合わせを中断して尋ねる。

 

「ええ。レイルン君の知り合いの娘を探してあげたいの。だから、メルちゃんと一緒に村の中心部まで行こうと思って。だから、ジェノちゃん達も、そこまでは一緒に行きましょう」

 バルネアはにっこり微笑む。

 

 ジェノもバルネアには頭が上がらない様なので、二人も途中まで同行することになるのだろう。

 

(それにしても、あの娘は本当に可愛いわね)

 マリアはバルネアから視線を移し、その後方で静かに微笑んでいるメルエーナを見てそう思う。

 

 女であるマリアは、客観的に自分の容姿が他人にどう思われるかは理解している。けれど、そんなマリアから見ても、メルエーナは可愛いのだ。

 それに、相変わらず女心に疎いジェノは気づいていないようだが、彼女がジェノにどんな気持ちを抱いているのかは一目瞭然だ。

 

 そんな彼女が素朴な愛らしさを全面に出せる白い服を身につけてジェノにアピールしているのだ。

 マリアには地味すぎて似合わないであろう衣装を身に纏っているのだ。

 

 その事に、マリアの胸はざわつく。

 

 分かっている。

 子供の時とは違うのだと。

 でも、再び出会えたのだ。

 もう二度と会えないと思っていた男の子に。初恋の相手に。

 

 自分は侯爵家の人間で、ジェノは平民だ。

 彼の実家の援助を得られるというのであれば話は別だが、どう考えても現状では身分違いも甚だしい。

 

(今は、実家に戻ることが大事。そして、メイ達の仇を打つのよ。そのためにも、私情は持ち込まないようにしないと)

 マリアは心のうちで自身を窘める。

 

 それから、集合時間ギリギリにリットがやってきて、大人数で出かけることになった。

 

 そう。マリアの『冒険者』としての本格的な活動が始まったのだ。

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