彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑳ 『勇気と絶望』

 父の仇を討ってくれるようにと依頼した冒険者のジェノ。その友人と名乗るリットという人が、突然コウを訪ねてきた。

 それも、玄関ではなくコウの部屋の窓をノックして。コウの部屋は二階であるにも関わらずにだ。

 

「お前がコウだな? 迎えに来たぜ。ああ、安心しろ。俺の名はリット。ジェノの親友なんだ」

「……ジェノさんの?」

 驚くコウにリットは微笑む。すると、鍵を掛けてあったはずの大窓がひとりでに開き始めた。

 

「これから、ジェノが化け物を倒す。だから迎えに来た。化け物を倒すときには、お前も一緒に戦うこと。それが、依頼を受けたときの条件だったはずだよな?」

 

 そう。ジェノは仕事を受けてくれる代わりに、そんな条件をコウに提示したのだ。

 

「どうする? 俺と一緒に来るか? それとも、ここで震えているか? 好きな方を選べ。俺はどっちでもいい」

 リットはコウに、そんな選択を迫ってくる。

 

「……行きます」

 体が震える。怖くて仕方がない。でも、どうしても自分はお父さんの仇を討ちたい。

 コウは懸命に自分を叱咤して、足を動かし、窓の外のリットに歩み寄る。

 

「ほう。いい根性だ。気に入ったぜ」

 リットはそう言うと、コウに向かって掌を向ける。すると、コウの全身を温かで優しい光が包み込んだ。

 

「あっ、あれ……」

 光が消えたと思った瞬間、コウの体から疲れが消えていった。

 

「癒やしの魔法だ。戦う前に倒れられたら困るからな」

 コウは驚きながらも礼を言おうとしたのだが、リットはそれよりも早くに口を開く。

 

「さて、化け物を追い込む作業も同時にやらなければいけないから、とっととジェノのところに転送するぜ」

 

 その言葉が終わるやいなや、コウの視界が一瞬灰色になった。

 そして、それが終わったかと思うと、彼は見知らぬ高い場所に立っていた。

 

「えっ? えっ? ここは、どこ?」

 自分は何処かの建物の屋根の上にいるようだ。そして、同じような建物がいくつも並んでいる。

 

 そこから落ちないように気をつけながら、辺りを見渡していると、背後に炎の壁が何の予兆もなく現れた。

 

「ひっ、火で出来た壁? これって、いったい……」

 あまりに突然な事態の連続に、コウは情報が処理できなくなって呆然とする。だが、

 

「来たか、コウ」

 

 声が聞こえた。その聞き覚えのある男の声に、コウはそちらに視線を移す。

 そこには、白い服を身にまとったジェノが立っていた。

 

「ジェノさん。そっ、その、ここは、いったいどこなんですか? リットさんという人と話していたら、突然ここに居て……」

 困惑するコウの頭に、ジェノはポンと手を置く。

 

「乱暴な招待になってすまなかった。ここは、ナイムの街の倉庫街だ。これからここで、お前の父さんを襲った化け物と戦う」

「……あの、怪物と?」

 

 まだコウは状況がはっきりとは理解できていない。だが、これからお父さんの仇と戦うということが分かれば十分だった。

 

「来るぞ」

 

 ジェノの声が聞こえるとすぐに、大きな氷の塊に追われる巨大な猿のような生き物が、コウの視界に飛び込んできた。間違いない。あの時の怪物だ。

 それが、自分達の立つ建物のすぐ下に着地したかと思うと、こちらを睨みつけてくる。

 

「あっ、あああっ……」

 コウは眼下の化け物の姿に、体を震わせる。

 

 だが、そんなコウの頭に、温かで優しい感触が伝わってきた。またジェノが頭に手を置いたのだ。

 

「お前の出番は最後だ。それまでは、俺が戦う」

 ジェノは腰に帯びた鞘から長剣を抜き放つ。

 

 化け物は、武器を手にしたジェノに向けて、耳を劈くほど大きな奇声を上げる。

 その声に、ここまで勇気を振り絞って何とか立っていたコウの精神力が途切れた。

 

「うっ、うあああああああっ!」

 コウは悲鳴を上げ、その場で腰を抜かして尻餅をついてしまう。

 

 無理だ。あんな怪物に勝てるわけがない。ジェノさんも僕も、あの怪物にやられてしまう。

 そんな絶望に、コウの心は侵食されていく。

 

 しかし、その時だった。

 

「コウ! 大丈夫だ。心配はいらない」

 ジェノの勇ましい声が聞こえたのは。

 

 コウには、自分に背を向けて怪物と対峙するジェノの顔は見えない。だが、掛けてくれた言葉の力強さに、コウは少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。

 

「……何のために俺がいる。俺に任せておけ」

 ジェノはそう言い残し、倉庫の屋根から跳んで怪物に斬りかかる。

 

 コウは呆然としながらも、ジェノの背中をじっと見つめ、恐怖を抑えながら彼の戦いを見届けるべく立ち上がるのだった。

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