彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉓ 『水着と朴念仁』

 自分達の席に着くまでレイルンに姿を消してもらい、メルエーナは少し遅い夕食を食べるために向かうために部屋を出る。

 すると、自室の向かいの壁に背を預けているジェノの姿がすぐに目に入ってきた。

 

「ジェノさん。どうして私の部屋の前に?」

 メルエーナはジェノがここにいる理由がわからない。もしかすると、ずっと待っていてくれたのだろうかと申し訳ない気持ちになる。

 

「……その……大丈夫か?」

 普段の淡々とした口調ではなく、かなり言葉を選んでの問いかけに、メルエーナは思わずクスッと微笑み、頬を緩めてしまう。

 

「はい。レイルン君は大丈夫です。ですので、少し遅くなってしまいましたが、これから一緒に夕食を頂こうと思っています」

「……そうか」

 ジェノは短く言うと、静かに自分も食堂に向かって歩きだす。

 やはり自分達を待ってくれていただろうことを理解し、メルエーナはペースを合わせて彼の隣を歩く。

 

「メルエーナ。明日のことだが、レイルンはお前から離れても大丈夫なのか?」

「えっ? あっ、はい。よほど距離が離れない限りは問題はないとエリンシアさんから言われていますし、いざとなれば私の近くに来てもらうように強く願えば来てくれるそうです」

「……そこまで使いこなせるのか……」

 ジェノの言葉に、メルエーナは慌てて首を横に振る。

 

「いいえ、実際にやったことはないのでできるかどうかも分かりませんし、できることなら使いたくありません。レイルン君が私達の世界にいられる時間がかなり減ってしまうらしいですし……」

 メルエーナは思ったことをただ口にしたのだが、ふとジェノを見ると、彼は珍しく驚いた顔をしていた。そして……。

 

 鈍い音とともに、ジェノは自らの頬を利き腕の拳で突然殴った。

 

「じぇっ、ジェノさん! 何をしているんですか!」

 突然のことに驚くメルエーナだったが、ジェノは「行くぞ」とだけ言い残し、立ち止まったメルエーナを置いて歩いていってしまう。

 

「まっ、待ってください!」

 メルエーナは慌てて後を追うが、ジェノはそれからはずっと無言だった。

 

 

 

 

 

 

 この村での二日目の夜が明けた。

 今日も天気は快晴。そして気温も高い。

 

 窓を開けて早朝の清涼な風を部屋に入れて、イルリアは微笑む。

 

「まだ仕事が終わっていないけれど、休みは休み。きちんと切り替えていかないと」

 寝間着から服を着替え、イルリアは水着を旅行カバンから取り出す。

 昨日の夕食時にみんなで話し合い、今日は親睦も兼ねて湖で泳ぐことに決めたのだ。

 

「まぁ、嘘はいっていないわよね」

 親睦を深めるという言葉に嘘はない。

 ただ、新しく仲間に加わったマリアとセレクトと親睦を深めるのは、自分とリットとバルネアさん、そしてレイルンだけにする予定だ。

 

 イルリアの計画では、メルエーナとジェノの二人には、二人っきりでしっかりと親密度を高めてもらうつもりなのだ。

 

「マリアもいい娘だけど、お貴族様だからね。やっぱり平民のジェノに似合うのはメルしかいないわ」

 まだ付き合いは長くはないが、マリアもセレクトも良い人柄だと思う。

 この宿に到着するまでの長い馬車での移動の際にあれこれ話をしたが、そのことは伝わってきた。

 

「でも、分からないのよね。あいつに、どうしてお貴族様の幼なじみがいるのかしら?」

 おぼろげな記憶だが、たしか以前何処かで、商家の末っ子だと言っていたはずだ。

 

「それなりに長い付き合いなのに、全然自分のことを話さない。まったく、あの朴念仁は」

 イルリアは文句を言いながらも、窓際で眼前に広がる美しく広大な湖を眺めて笑みを浮かべる。

 

 レイルンのことなど、まだまだ問題はあるが、あの妖精にとっても少しは気持ちが晴れる一日にしてあげたい。

 上機嫌なイルリアはそんな事を考えていた。

 

 だが、そこで。

 

「んっ?」

 窓の外から視線を感じた気がして、イルリアはそちらに目をやる。

 だが、そこには低い芝生や木々があるだけで、誰もいない。

 

 女好きなリットがもしかしたら覗いているのではと考えたが、あれほど女癖の悪いことで有名な男が、覗きなどという行為だけで満足するはずがないと思い直す。

 

「変ねぇ……」

 綺麗だというのならば、マリアが。可愛いというのならば、メルエーナがいる。あの二人を差し置いて自分などのことを見ていたというのだろう?

 

「まぁ、気のせいね、気のせい。よし、少し早いけれど朝食に行くとしましょうか」

 そう結論付けて、イルリアはレストランに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 湖の近くに着替えのための小屋があるので、そこでイルリア達は水着に着替えた。

 そこで、服の上からでも分かってはいたが、マリアのプロポーションの良さを目の当たりにして、イルリアは絶対にジェノとメルエーナを二人きりにしようと改めて思った。

 

「いやぁ~、これはなかなか良い目の保養だねぇ」

 女性陣が水着に着替えて小屋から出てくると、リットがいの一番に感想を口にした。イルリアは、お前の感想などどうでもいいと言わんばかりに露骨に嫌な顔をする。

 

「心にもないことを言うんじゃあないわよ。あんたは水着姿の女の子より、何にも身に着けていない女の子のほうが好きでしょうが」

「まぁ、それはそうだけれど、水着には水着の良さがあることも確かだしさ」

「ええい、変な目を向けてくるな、しっしっ」

 犬でも追っ払うかのような仕草で、イルリアはリットを邪険に扱う。

 

 イルリアもマリアと同じくらいスタイルがいい。胸もその年頃の平均よりも大きく、腰はくびれ、おしりもキュッと引き締まっている。

 それに彼女の燃えるような赤髪と、身につけているビキニタイプの水着の赤が白い肌に映えて、素晴らしい美しさを醸し出していた。

 

 だが、イルリアは自分のことはどうでも良く、おずおずとした感じでジェノに近づくメルエーナを見守る。

 

 ジェノと二人で店に行って買ってきたという白のビキニは、露出の割に下品な感じは全く無く、清楚な雰囲気のメルエーナにとても良く似合っている。

 さらに栗色の長い髪が非常にいいアクセントになっていて、同性であるイルリアでも可愛らしいと思ってしまうほどだ。

 

「あっ、あの、ジェノさん……」

「どうした?」

 けれど、そんな可愛いメルエーナに声を掛けられても、取り立てて特徴のない男用の水着を身に纏った唐変木は、ふざけた言葉を返す。

 

(だぁ、この鈍感男! どうしてそこで可愛いだとか、似合っているって言えないのよ!)

 イルリアが文句を言おうとしたが、それよりも先に、彼を窘める者がいた。

 

「もう、気が利かないわねぇ、ジェノったら。そういうところは昔からまるで変わっていないのね。女の子が水着姿を見せているのよ。それに対して褒めないのは失礼よ」

 ジェノに対して困ったように言ったのはマリアだった。

 

 金色の美しい髪と輝かんばかりの美貌に白い肌。それに腰は細いのに出るべきところはしっかりと出ている女性らしい美しいプロポーション。それにビキニタイプの水着の色は、メルエーナと同じ白だ。

 

「俺には水着の良し悪しはよく分からん」

「もう、違うわよ。一般的な評価を訊いているんじゃあないの。貴方がメルエーナさんの水着をどう思うかが大事なの」

 マリアは物わかりの悪い子供に言い聞かせるように言う。

 

「……そういうものなのか?」

「そういうものなのよ!」

「そうか……」

 ジェノはようやく理解したようで、少し考えたが、「ああ。二人共似合っていると思うぞ」となんとも面白みのない淡々とした感想を呟く。

 

「ああっ、もう! どうしてそこで二人まとめて評価するのよ、この馬鹿!」

 イルリアは我慢していられずに、ジェノに近づいて頭を引っ叩く。

 

「どういう事だ?」

「ああっ、もう、あんたと話していると腹が立って仕方がないわ! いいから、あんたはメルが泳げるようにつきっきりで指導して上げなさい。そういう約束なんでしょう! ほらっ、行きましょう、マリア」

「えっ、ええ……」

 イルリアは怒リながらも、マリアの手を握ってジェノから離す。

 これで、ジェノとメルエーナを二人きりにする言い訳がたつはずだ。

 

 そして、今後のスケジュールを話しているバルネアとセレクトにも声を掛けて、イルリア達は準備運動を始めることにするのだった。

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