彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉝ 『二人だけの約束』

「ここだ。間違いない!」

 

 案内役のキレースが指摘するよりも先に、レイルンはその場所が目的地であることに気がついたようで、メルエーナの腕から離れ、ジェノ達の横を縫うように駆け抜けていく。

 

「レイルン、一人で飛び出すな!」

 ジェノが注意をしたが、彼の耳には入っていないようで、洞窟の先にある『光』に向かって進む。しかたなく、彼は隙間をうまく使って先頭のキレースと場所を変え、レイルンを追いかけて捕まえた。

 

「はっ、離してよ!」

「慌てるな。周りの確認が済んでからにしろ。あれ以降は敵襲はないが、ここが安全とは限らない」

 ジェノに窘められ、レイルンは「わかった……」と申し訳無さそうに言う。少しは反省しているようだ。

 

 後ろを振り返ると、後続の皆も、明らかにこれまでとは異なるこの場所に入ってくる。

 光がさしているこの場所は、通路よりもずいぶん広くなっている。だがそれよりも、その光景に皆は驚いているようだ。

 

「話には聴いていましたが、不思議な光景ですね」

 セレクトが皆を代表して感想を口にする。

 

「そうだな」

 先にキレースに説明を受けていたが、やはり洞窟内に陽の光が差し込むのは奇妙だとジェノも思う。

 これが長い月日によって岩が削れていった結果、この洞窟の最深部に光が漏れ込んでいるというのであれば奇跡だ。だが、その光は細く歪みのない直線としてこの場所に降り注いでいる。

 どう考えても自然にできたと考えるには無理があるだろう。

 

「不思議ですね。この光は、太陽の光なんですよね?」

 マリアの言葉に、キレースが子供のような顔で頷く。

 

「ええ。そうですよ。でも、僕にはどうしても分からなかった。この光が差し込む場所にどのような意味があるのかが。それが、ようやく分かるんですよ!」

「……別に、貴方に喜んでもらうためにやるわけじゃあないよ。レミィとの約束のためだからだよ」

 待ちきれない様子のキレースを見て、先程駆け出した本人とは思えないほど白けた目を向けるレイルン。

 

 惚れた腫れたという感情に疎いジェノでも、キレースとレイルンの間には、まだ納得がいかない部分があることくらいは分かった。

 

「お姉さん、少しだけ魔法を使うよ」

「ええ。大丈夫」

 レイルンはメルエーナに許可を取り、光の細い筋に近寄る。

 

 皆は好奇の眼差しを向けるが、ジェノは一人それを見ようとはせずに、辺りを警戒する。

 

 危険はないとは思う。何の気配も感じない。

 けれど、警戒は怠れない。

 

 ……そんな下手くそな嘘を己につき、ジェノはその光景から目をそらそうとした。

 だが、そこで、

 

(警戒は俺がしているから大丈夫だぜ、ジェノちゃん)

 不意にそんな言葉が頭に響いた。

 

 その声の主に、リットに顔を向けると、彼はいつものにやけた顔をしている。

 

(……そうだな)

 何事もお見通しな悪友の言葉に、ジェノは観念し、自らの心と向き合う決意をした。

 

「アムリ・センディル・カンシリア……」

 レイルンの口から意味の分からない言葉が紡がれていく。すると、陽の光を受けている箇所を中心として、床の一部が三十センチほどの正方形の大きさで光りだす。そして、その部分が隆起しはじめ、ジェノの膝ほどの大きさの台座に変わった。

 

 レイルンは魔法の力で浮かび上がると、その台座の上にゆっくりと膝から着地し、自らの懐から取り出した小さな鏡をその台座の中央部分に置く。

 

 それも魔法の効果なのか、鏡は台座に沈んでいき、初めからそうであったかのように台座と一体化した。

 

「これは、どういうことだ?」

 キレースのそんな驚きの声は、ジェノ達の誰もが思ったことだった。

 

 台座に取り込まれるまでは、鏡は太陽光を普通に反射していた。だが、今は違う。方向がおかしい。平らな断面のはずの鏡が乱反射をするかのように、この開けた部分の天井付近をいくつも指し、そこに新たな光が通る道筋が出来上がっていくのだ。

 

「……キンプ・ル・アルエク」 

 新たな光が差し込み、眩いばかりの光量となった鏡は、しかし、レイルンの言葉が終わるのと同時に不意に反射を止める。

 それは、鏡が台座の中に埋もれてしまったためだった。

 

 不可思議な現象であったが、結果としていくつかの光が差し込むようになっただけで、それ以外の変化は起こらない。正直、肩透かしな気さえする。

 

「その、結局、あの鏡を台座に置いたことで何が起こったんだい?」

 キレースは居ても立ってもいられないのか、レイルンに尋ねた。だが、そんな彼にレイルンは舌を出して「教えてあげない」と言ってそっぽを向く。

 

「レイルン君、意地悪をしなくても……」

 メルエーナが説得しようとしたが、レイルンは「絶対に嫌だ」と言ってきかない。

 

「確かに、今のレミィは貴方の奥さんかもしれないけれど、これは僕の大切な人だった時のレミィとの、二人だけの約束なんだ。だから、この後起こることは僕とレミィだけの秘密。ぜぇぇぇぇったいに教えてあげない!」

 レイルンはもう一度キレースに向かって舌を出し、メルエーナの後ろに隠れる。

 

 縋るような目でキレースがメルエーナを見たが、彼女は「すみません」とその無言の懇願を断った。

 メルエーナはレイルンの気持ちを慮っているようだ。

 

 人の意見に流されやすいかと思っていたが、どうしても譲れない場所ではしっかりと自らの意思を伝えることができるメルエーナの姿に、ジェノは内心で少し感心するのだった。

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