彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㊲ 『宝石』

 それは、奇跡の光景としか言えないものだった。

 

 湖がまばゆく輝いたが、その明かりは目をくらませたのは一瞬だった。

 すぐに鏡面のような湖の水面には明るくも優しい、可視できる程の光に包まれたのだ。

 

 周りが明るくなったおかげで、かなり遠くにだが人影が、レイルンの姿らしきものが見える。

 

 メルエーナはその光景に目を奪われた。

 湖から光り輝く煌めきが、数え切れないほどの光の粒が湧き上がっていく様が、あまりにも幻想的だったから。

 

 レイルンは両手を広げている。そして、湖の明かりが彼に向かって収束しているようだ。

 そして、レイルンの前で光の粒は重なっていき、少しずつだがそれが合わさっていく。

 

「……あっ、うっ……」

 不意に、メルエーナの体から力が抜け始める。

 

「メルエーナ!」

 危うく頭から転倒しそうになったが、ジェノが既のところで抱き支えてくれたので、事なきを得ることが出来た。

 

「すっ、すみません、ジェノさん……」

 メルエーナは赤面しながら謝った。

 男性の、ましてや好意を抱いている人の逞しい腕と胸板に優しく挟まれるのは、メルエーナには刺激が強かったのだ。

 

「謝るな……」

 ジェノは短くそう言ったが、何故か彼は口惜しそうにしているように見えた。

 

(ごめんね、お姉さん。もう少しだから……)

 メルエーナの頭に、レイルンの声が聞こえた。

 

 だから、メルエーナもそれに応え、

(大丈夫。私は大丈夫だから、頑張って、レイルン君!)

 そうレイルンを応援する。

 

「何だ、これはいったい何なんだ?!」

「見ろ! 湖の水面に、なにか小さいものが浮かんでいるぞ!」

「もしかして、あれは……」

 不意に、第三者達の声がメルエーナの耳に入ってきた。

 

 夜に突然このような光があふれているのだ。

 それに村人たちが気づかないはずはない。そして、自分たちがいるこの場所が村から最も湖に近い箇所だ。そこに人々が様子を見に来るのは当然のことだった。

 

(ありがとう、お姉さん。妖精界から手伝いが来てくれた。だから、もうお姉さんから力を貰わなくても大丈夫みたい)

 レイルンはそうメルエーナに言葉を伝えてきた。

 

「手伝い? えっ、あっ……」

 メルエーナの体から力が抜けていく感覚がなくなるのと同時に、彼女とジェノの前に、輪郭こそ輝く緑色だが、ガラスのように透明な肢体の小さな少女が何体も周りを舞っていた。

 

「これも、レイルンと同じ妖精なのか……」

 あのジェノさえも呆然としている。

 

 しかし、それも無理の無いことだろう。

 湖の鏡面から、小さいけれど美しい姿の妖精たちが何体も現れてくるのだから。

 

「ありがとう、優しい人間さん。私達の王子様のお願いを叶えてくれて」

「ありがとう、皆さん。私達の住処を、あなた達との友好の証を守り続けてくれて」

 妖精たちは感謝の言葉を述べながら、光り輝く体で湖の周りを舞う。

 

 湖の光だけでなく、色とりどりの妖精たちが舞うその様は、絵にも描けないほどの美しくも幻想的な姿だった。

 

「王子様? レイルン君が?」

 メルエーナは思いもしなかった事態に驚く。

 

「ええ、そう。レイルンは、私達の王子様!」

「いたずら好きで、すぐに妖精の世界を飛び出してしまう困った子」

「でも、『あの鏡』を使いたいからと、王様の与えた試練を突破した!」

「それもみんな、大好きな女の子をお嫁さんにするため」

「でもお嫁さんは妖精じゃあなくて、人間の女の子」

「だから石が必要なの。星の輝を纏ったあの石が!」

 

 妖精たちは口々に歌うような様子でメルエーナ達に教えてくれる。

 

「さぁ、みんな、僕に力を貸して! 石を作るんだ! レミィのために、二つと無い綺麗な石を!」

 その言葉に、好き勝手に飛び回っていた妖精たちは、彼のもとに集まり、皆で両方の手のひらをレイルンの胸の前に集まった光の集合体に向かって何かを唱え始める。

 

 あまりの光景に、続々と集まってきた村人たちも呆気にとられて何も言葉を口にできない。 

 それは、メルエーナとジェノも同じだ。

 

 レイルンの胸の前に浮かんでいた光が、固形化して綺麗な形に整えられていく。

 そして、それがダイヤモンドカットと呼ばれる形になると、レイルンはこちらに向かってゆっくり飛んできた。

 

 いや、正確にはメルエーナの方に向かったのではない。

 彼はメルエーナにニッコリと微笑んでくれたけれど、彼女の横を通り過ぎて行ってしまったのだから。

 

 レイルンは、村人たちを飛び越えて、一人の女性の前までやってきた。

 そして、宙に浮かんだまま、その女性と自分の顔の高さを合わせると、静かに胸の前の優しくも温かな光を宿す石を、この世に二つと無い宝石を彼女の前に差し出した。

 

「……レミィ。遅くなってしまったけれど、これが君との約束の石だよ。あの時、君が願った宝石を持ってきたんだ」

 レイルンはポロポロと涙をこぼしながらも微笑む。

 

「……レイルン……。レイルン……」

 レミィは宝石を前に、両手で顔を抑えながら涙を流し続ける。

 

 そして、その光景を目にしているメルエーナも、二人につられて涙が流れるのを止めることが出来なかった。

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