彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉒ 『悪夢の終わり』

 気配を感じてコウが振り向くと、暗い闇の向こうから、いくつもの赤い瞳がこちらを見ている。

 そしてそれは、少しずつコウに近づいてくる。しかも、近づくにつれて速度がだんだん速くなってくる。

 

 やがてその赤い瞳をしたなにかの姿が、コウの目でも視認できるほどの距離になる。

 それは、巨大な猿のような外見をしているのに、その顔にはいくつもの赤い目がある怪物だった。

 

「あっ、ああ……」

 恐怖のあまり後ずさるコウの足に、何かが当たった。

 

 それを確認しようと視線をそちらに向けると、それが血の池に沈む、父の腕だったことに気づく。

 

「おっ、お父さん……。お父さん!」

 

 コウは倒れた父にすがりついて体を揺らすが、「逃げろ、コウ……」という言葉を残して彼は動かなくなってしまう。

 

 迫ってくる。怪物が迫ってくる。

 

 逃げないといけない。逃げないと殺される。

 

 それが分かっているのに、コウは恐怖で動けない。そして、もたもたしている間に、怪物は目の前までやってきてしまった。

 

「くっ、来るな……。来るなぁぁぁぁっ!」

 

 あらん限りの声でコウは叫ぶ。しかし、そんな言葉を怪物が聞いてくれるはずがない。

 怪物は、大きく腕を振りかぶる。それが振り下ろされれば、自分は殺される。

 

「助けて……。 誰か、助けて……」

 懸命にコウは願う。でも、いつもその願いは叶わない。

 コウは無残に体を切り裂かれて死ぬ。そう、それはいつも変わらない結末。

 

 しかし、このときは違った。

 

「大丈夫だ、心配はいらない」

「えっ?」

 

 不意に、頭上から男の人の声が聞こえた。

 コウがそちらに視線をやると、白い衣を身に着けた黒髪の男の人が空から降りてくるのが見えた。

 

 そしてその人は、そのまま怪物を、手にしていた長い剣で切り裂く。

 

 怪物は血を吹き出しながらも、奇声を上げて腕を振り回し始めたけれど、その腕は全て男の人の剣で弾き飛ばされていく。

 

「コウ! 俺の手の上に掌を重ねろ! 俺とお前でこいつを倒すんだ」

 いつの間にか、男の人はコウの隣にやってきて、コウにそう命じる。

 

「はい!」

 コウは頷き、言われるがまま、男の人の手に自分恐れを重ね合わした。

 

 すると、男の人の剣が眩しい光を発した。

 その凄まじい光に照らされて、怪物の体がみるみるうちに消えていく。

 

「……消えた。あの怪物が……」

 驚くコウの頭に、ポンと手が置かれた。

 

「大丈夫だ。もう、怯えなくてもいいんだ」

 

 男の人は優しくコウの頭を撫でて微笑む。

 その笑顔に、コウも微笑みを返した。

 

 

 

 

 ――この夢を最後に、コウは件の怪物の夢を見ることはなくなる。

 

 けれど、コウはこの夢の終わりを、自分を救ってくれた、白き服の黒髪の剣士の姿をずっと忘れることはなかった。

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