彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㊹ 『質問と決意』

「すみませんでした。私達の浅慮を貴方がフォローして下さったというのは本当なのでしょう」

 セレクトはリットに頭を下げ、

 

「リットさん。先程の言葉から推測するに、貴方は、あのゼイルという男の<神術>がなんなのか知っていると考えてよろしいのでしょうか?」

 そう問いかける。

 

 セレクトがリットに尋ねるのを聞き、突然の状況の変化についていけなかったマリアは、そこでようやく正気に戻る。

 

「ああ、知っているぜ」

 なんでもないことのように言うリットは言い、「それと、俺のことはリットでいいし、普通に年下に喋るように話してくれよ、セレクト先生。堅苦しいのは性に合わないからさ」と、さらにそう続けた。

 

「それならば教えて欲しい。あのゼイルの能力が一体なんなのかを! 今後の対策にもなるし、未だにその全貌がわからない<神術>というものが理解できるかもしれないのだから」

 セレクトはリットの注文を聞き、尋ねる。

 

「……ふぅ~ん、聞きたいの? まぁ、教え子の敵討ちを成し遂げたいあんたには、喉から手が出るほど欲しい情報だよな」

 リットの無神経な物言いに腹が立ち、マリアは文句を口にしようとしたが、それよりも早くに、イルリアが口を開いた。

 

「そんな言い方はないでしょう! どうしてあんたはそう無神経なのよ!」

 イルリアは我が事のように怒り、文句を言う。

 そのあまりの剣幕に、マリアの怒りは霧散してしまった。

 

「そいつは失礼。生憎と、俺は何の見返りもなしに、人に何かを当然のように求める輩が大嫌いなんでね。つい口が悪くなってしまった」

 全く失礼とは思っていない口調で、リットはニヤケ顔で言う。

 

「……失礼致しました。たしかに、無償で貴重な情報を手に入れようとするのは虫が良すぎる話ですね」

「マリア様……」

 家臣であるセレクトの非礼を侘び、マリアは静かに頭を下げる。

 

「誠に申し訳ございません。貴方様の仰るとおりです。<神術>の情報は非常に有意義で、私共には必要不可欠な情報です。可能な限り貴方の望むものを融通いたしますので、なにとぞお教え下さいませ」

 どうしても情報が必要だ。

 敵の戦力も所在地も分からない今は、少しずつでも情報を積み重ねていくしかないのだから。

 そのためには、出し惜しみしている場合ではない。

 

「ほうほう。俺のような得体の知れない男に頭を下げる貴族様っていうのも珍しいな」

「珍しいな、じゃあないでしょう! 貴族のお嬢様にここまでされて、何も感じないわけ、あんたは!」

 リットとイルリアの言い争う声が聞こえるが、マリアは頭を下げたまま微動だにしない。

 

「おいおい。たかだか頭を下げるという行為にどれだけの価値があるっていうんだよ? 相手が貴族様なら、そんな動作にも価値が生まれるとでも思っているわけ? 結構、権威主義なんだなイルリアちゃんは」

「別に権威主義なんかじゃあないわよ!」

「そう怒るなよ、まったく。……それじゃあ、ありがたい貴族様が頭を垂れてくださったので、俺が望む物を与えてくれたら情報を教えてやるよ。だから、顔を上げなよ、マリアちゃん」

 リットに促され、マリアは顔を上げる。するとすぐに、腕を組んで思案顔のリットが見えた。

 

「しかし、困ったなぁ。俺の望むものと言っても、今は特にないんだよなぁ……」

「先に言っておくけれど、マリアの体を要求なんてさせないからね」

 イルリアの言葉に、マリアは自分自身を求められるなどとは思ってもいなかったことに気がつく。そして、それと同時に、何故かジェノの顔が頭に浮かんだ。

 

「ああ、それもお断りだ。こんな絶世の美女と一夜を共にしたい気持ちがないといえば嘘になるが、俺は望まない相手に無理強いさせるのは嫌いなんだ。紳士だからな」

「あんたが紳士なら、強姦魔だって紳士になるわよ!」

 プンプンと怒るイルリアに、マリアは少し救われた気持ちになる。

 

 それから少しの間リットは考えていたが、不意にどこか遠くを見て、「……水切りか……」と呟いた。

 

「水切り?」

 マリアはその言葉を聞いたことがないので、リットが何を言っているのかわからない。

 

「ああ、あそこの子供達がやっている遊びですよ。水面に石を投げて、石が何回跳ねたのかを競う遊びです」

 セレクトの指差す方を見ると、たしかに子供達が湖に石を投げているようだ。

 

「ですが、その水切りが何か……」

 マリアがリットの方を向いた僅かの間、まさに一瞬だった。リットが酷く寂しそうな表情を浮かべているように見えたのは。

 

 その普段とはあまりにも違う顔に、マリアは慌てて顔を背けた。

 見てはいけないものを見てしまった。何故かそう感じたから。

 

 リットはマリアには一別もせずに、湖の方に近づくと、足元の平らな石を突然拾い、それをサイドスローの体制で水面に平行になるように投げた。

 石は水面を低く、けれど連続で跳ねていき、多くの波紋を起こしてかっ飛んでいく。しかし、この大地には物を下に押し付ける力、重力があるため、やがて石は湖の中に沈んでいった。

 

「何よ、急に遊びだして」

 不機嫌そうに言うイルリアの言葉を無視し、リットはマリアとセレクトに視線を向けてきた。

 

「なぁ、マリアちゃん。俺の質問に答えてくれ。その答えに納得がいったら、情報は教えるぜ」

 

 突然の提案に面喰らいながらも、マリアはセレクトと視線を合わせ、互いに頷き合う。

 そして、覚悟を決めたマリアが問う。「どのような質問でしょうか?」と。

 

「なに、そう身構えることじゃあない。至極馬鹿らしい質問さ」

 リットはそう前置きをしいつものにやけた笑みを浮かべる。

 

「もしも、この水切りが下手くそで馬鹿なガキがいるとしよう。そしてもう一人、水切りが上手で、頭がいいガキがいるとするぜ」

「はい」

「ええ」

 マリアとセレクトはその前提に頷く。

 

「この二人が水切りをして競い合っても、いつもそれが上手で頭がいいガキが勝っていたんだ。しかし、下手くそで頭が悪いガキは、頭が悪いんでこう言い出したんだ。

『自分は努力をして、この湖の端から端まで投げられるようになって勝ってみせる』なんてな。

 それを聞いて、頭のいいガキは呆れて水切りで競い合うのをやめたんだ。頭がいいから、そんな事は不可能だということは理解できたし、これ以上、頭が悪いガキが進歩しても自分には勝てないということも分かっていたからな。

 だが、頭が悪いガキはいつまでも水切りを続けるんだよ。絶対にできないと誰もが分かりそうなことを認めようとはせずにな」

 リットはそこまで言うと、ふっと鼻で笑い、

 

「頭がいいガキは不可能だと理解した。だからもうそれ以上何もしない。一方、頭の悪いガキは不可能だと理解しようともしない。だから馬鹿みたいに水切りを続けると言うわけだ。

 それじゃあ、質問だ。『頭が良くて理解して行動するのをやめたガキ』と、『頭が悪くて理解できずに行動をし続けるガキ』愚かなのはどっちだと思う?」

 

 そんな哲学めいた質問を投げかけてきた。

 

「なによそれ! そんなの正解なんてあるわけないじゃあないの!」

 関係ないはずのイルリアが文句を言う。しかし、マリアもイルリアの言葉が答えな気がする。

 

「……リット。私もイルリアさんの答えに賛成です。その問いには正解というものはないでしょう」

 セレクトも同じ考えだったようで、イルリアに賛同した。

 

「はいはい。それじゃあ、この取引はなしだ。俺は、そんな当たり前の答えが聞きたかった訳ではないんでね」

 リットは踵を返し、マリア達に背を向ける。

 

「待ってください! まだ、私は……」

「ああ、マリアちゃんの答えを聞いていなかったか。……まぁ、どうでもいいや」

「良くありません! 貴方の提示した条件では、私にも回答権があるはずです!」

 マリアは手がかりを手に入れるべく、必死に訴える。

 

「まぁ、時間制限を設けていなかったのは俺のミスだな。それじゃあ、特別大サービスだ。答えるのはいつでも良いぜ。そして、俺がその答えに納得したら情報を教えてやるよ」

 リットはそこまで言うと、<転移>の魔法を使用し、この場から姿を消した。

 

「すみません、セレクト先生。マリア。あいつ、結局お二人を誂っていただけなんですよ、きっと」

 イルリアはそう言うが、マリアはリットがあの時浮かべていた寂しそうな表情が忘れられない。

 

 そして、マリアはこの日から、この問の答えを探し求めるようになるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 翌日になり、メルエーナ達はナイムの街への帰路についた。

 帰りも同じ組み合わせで、メルエーナはジェノとバルネアの三人で小型の馬車に乗ることになった。

 

 ……いや、あの時とは違う。

 あの時は、もう一人、レイルンがいたのだから。

 

 メルエーナとジェノの向かいに座るバルネアは、寂しそうにメルエーナの隣の何もない座席の隙間に目をやっていた。

 だが、静かに首を横に振ると、顔を上げて、メルエーナとジェノに向かって微笑む。

 

「レイルン君が帰ってしまったのは寂しいけれど、仕方がないことだものね。あの子がこの村でやらなければ行けないことは全て終わったんだもの」

 そう、レイルンがずっと心残りにしていた事柄は、最愛の人に星の輝の宝石を贈るという目的は果たされたのだ。それが、悲しい終わり方なってしまっただけで。

 

「……そうですね。レイルン君とレミリアさんのことを考えると、少し複雑ですが、でも、レイルン君は納得してくれたと思います」

 メルエーナは、首からかけている首飾りの真っ二つに分かれたペンダント部分についている、二つの小さな宝石を見て、なんとか笑みを作る。

 

「そうね。それならば、私達がどうこう言うことではないわね」

 バルネアはそう言って微笑んでくれた。

 

「メルエーナ。そのペンダントを今後も身につけるつもりならば、人前でその宝石を出すな。高価そうに見えて物騒だし、今回の騒動の関係者である俺たちの話が、ミズミ村の人間の口から漏れるかわからないからな」

「大丈夫だと思いますよ。宝石はこんなに小さいですし、ミスミ村の方々も、みんな騒ぎに夢中で、私の方を見ている人はいませんでしたから」

「駄目だ。万が一の可能性も考えろ。ナイムの街に帰ったら、エリンシアさんに相談して、隠蔽する手段を考えた方がいい」

「……ええ。そうですね」

 少し過保護だと思うが、ジェノの発言は自分の安全を気遣ってくれていればこそのものなので、メルエーナはそれに従うことにした。

 

「うんうん。メルちゃんとジェノちゃんの仲が深まったようで何よりね」

 バルネアにそう言われ、メルエーナは今更ながら顔が赤くなる。対象に、ジェノは相変わらずの無表情だった。

 

 だが……。

 

「でも、メルちゃん。『スープが冷めない距離が良い』という諺があるわ。作ったスープを熱いまま届けられる距離が恋愛には一番いいということよ。だから、ジェノちゃんのことをしっかり離さないようにね」

「……はっ、はい。頑張ります!」

 バルネアの言葉に力強く頷くメルエーナに、ジェノは「少し眠ります」と言って目を閉じる。

 

 もしかすると照れてくれているのかもしれないと、メルエーナは嬉しくなる。

 

 

 思わぬ出会いから始まったこの一波乱も、ようやく落ち着きを取り戻すだろう。

 ナイムの街に戻れば、また明日から忙しい日々が始まるのだ。

 

(レイルン君、頑張ってね。私も頑張りますから!)

 メルエーナは料理修行もジェノのことも頑張ろうと、気合を入れるのだった。

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