彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉓ 『守れなかった約束』・㉔ 『男には分かるもの』

 僕は約束をしていた。

 

 そう、自分を救ってくれたあの人と、ジェノさんと約束していたんだ。

 決して、今回の依頼のことは他の人には喋らないって。

 

 でも、僕は我慢できなかったんだ。

 

 だって、みんなが言うんだもの。

 お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、友達も、友達のお母さんたちも。

 

『仇を取ってくれた、自警団にしっかりと感謝しないといけないよ』って

 

 違うのに。

 僕を救ってくれたのは、自警団の人たちじゃあないのに。

 

 僕を救ってくれたのは、『冒険者』だ。

 冒険者のジェノさんなのに……。

 

 我慢をした。約束を守ろうとした。

 

 でも、それでも、許せなかったんだ。

 ジェノさんのことを隠して、自分達が怪物を倒したと言っている自警団の人たちのことが、どうしても。

 

 だから、僕はついお爺ちゃんとお婆ちゃんに言ってしまったんだ。

 

 あの怪物を倒したのは、ジェノさんと僕なんだって!

 

 必死に、僕は何度も何度も、本当のことをお爺ちゃんたちに話した。

 

 最初は信じてもらえなかったけれど、何度も言ううちに、次第にお爺ちゃんは難しい顔をし始めて、お婆ちゃんは怒り出してしまった。

 

 

 ……僕は、馬鹿だ……。

 

 この時の僕は、自分のしたことが、ジェノさんに迷惑をかけることになるって分かっていなかった。

 

 本当に、僕はなにも、分かっていなかったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 ジェノは全てを話したわけではないのだろう。

 そして、なるべく簡潔になるように分かりやすく要点を伝えていたようだが、コウの祖父母たちに必要な事実を話し終えるには、それなりの時間が必要だった。

 

「……以上が事の顛末です。俺はこの子の、コウの依頼を受けて、怪物と戦いました。そして、その戦いにコウを巻き込みました」

 ジェノは淡々と事実を説明したかと思うと、念を押すように、もう一度自分のしたことを強調して伝える。

 

 それをイルリアは、何も言わずに聞いていた。内心、腹が立って仕方がなかったのだが。

 

「なるほどな。つまり、コウの言っていることは正しかったというわけだね。自警団ではなく、君が今回の通り魔事件の犯人を見つけて倒した。それで間違いないかな?」

 

 リウスのその問いに、ジェノは「一つだけ違っています」と断り、話を続ける。

 

「俺は、あの日は非番でしたが、自警団に協力する身でした。ですから、直接手を下したのが俺なだけで、その功績は自警団のものです」

 

 ジェノのその言葉に、レイは面白くなさそうな顔をするが、口を挟んでは来ない。

 そして、以前ジェノは、今回の事件の犯人を自警団から横取りして殺したと言っていた。それとは正反対の主張を今する理由は一つしかない。水面下で自警団と何らかの取引をしたのだろう。

 

「なんで……。なんでこの子にそんなに危険な事をさせたの! 一歩間違ったら、この子は、コウは怪物にまた襲われたかもしれないのよ! この子は、まだ八歳なのに。それなのに、どうしてそんな危ないことを!」

 

 老婆は怒りのあまりに体を震わせながら、ジェノを睨みつける。

 

「それが、契約の内容だったからです」

 淡々と答えるジェノに、老婆の怒りは爆発した。

 

「何が契約よ! こんな幼子にそんな難しいことが分かるはずがないじゃない! 私達の息子も大怪我をして動けなくなってしまって、どうしたものかと悩んでいるというのに。これで、これで、コウにまでもしものことがあったら……」

 怒声を発したかと思えば、今度は涙を流して泣き始める老婆。しかし、ジェノはただ表情を変えずに黙っている。

 

「ふむ。契約かね。そう言えば、そのあたりのことを君は私達に話していないな。『コウとの契約で仕事を受けて、その仕事をこなした』としか私達は知らない。その契約内容を、詳しく説明してくれんかね?」

 妻とは正反対の落ち着いた口調で、リウスはジェノに契約内容を開示するように促す。

 

「依頼内容は、『コウの父親の仇を取るためにあの事件の犯人を倒すこと』です。報酬は小銅貨五枚。期限は、特に設けられてはいませんでした。そして、俺はその依頼を、『自分と一緒に犯人と戦うこと』を条件に受けました」

「ほう。小銅貨五枚……。いや、うん。あの子に出せるお金はそれが精一杯だろうな」

 

 リウスはジェノの答えに小さく頷く。そして、質問を続ける。

 

「私は<冒険者>という方たちの仕事の相場を知らない。だが、そんな金額で命をかけて戦うことがないことくらいは分かる。それなのにどうして、君はあの子の依頼を受けたんだね?」

「自警団よりも先に今回の事件の犯人を倒すことができれば、冒険者ギルドから、大銀貨十枚がでる事になっていました。だから、俺は金になる依頼を受けた。それだけです」

 

 ジェノは相変わらずに淡々と答える。

 だが、そこでリウスは微笑み、楽しそうに笑い始めた。

 

「あっ、あの、リウスさん?」

 それまで無言で話を聞いていたバルネアが、心配して声をかけると、リウスは笑うのを止めて静かに椅子から立ち上がる。

 

「ジェノ君。この質問だけでいい。君の本当の気持ちを口にしてくれないかね?」

「…………」

 

 ジェノは何も言わなかったが、リウスの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「君と一緒に怪物を倒したというコウは、それからまったく悪夢を見なくなった。これを君は見越していたのかな?」

 リウスはそう問いを投げかけた。

 

 そしてそれを受けたジェノは、少しの間沈黙していたが、やがて口を開く。

 

「……見越していたわけではありません。ただ、そうなってくれればいいと思っていただけです」

 

 ジェノの言葉に、リウスは「そうか」と頷いて、

 

「ありがとう。君の優しさ、思いやりに感謝するよ」

 

 感謝の言葉とともに、笑顔をジェノに向ける。

 

 そしてリウスは、今度はバルネアに声をかける。

 

「バルネアさん、でしたな。突然押しかけてしまい、貴女にもご迷惑をおかけしてしまいました。大変申し訳ありませんでした」

 リウスは深々とバルネアに頭を下げる。

 

「あっ、あなた! 何をしているんです! この女は私達の可愛い孫を危険な目に合わせた子の保護者なんですよ。そんな人に頭を下げるなんて……」

 老婆が食って掛かるが、リウスは静かに首を横に振る。

 

「お前にはまだわからないのかい? いや、うん。わからんだろうな。女のお前には……」

「何を言っているのです! その子は、私達のコウを危険な目に……」

 老婆が文句を言うが、その気持ちはイルリアにも少し理解できた。

 

 男はこういった女を蔑視したようなことをよく口にする。それが自分に向けられたものでなくても不快だ。

 

「ああ、そうだ。危険は間違いなくゼロではなかっただろう。お前の言うような最悪な事態というものが起こる可能性もあっただろう。だがな、そんなすぐに想像がつく事柄を、このジェノ君が分かっていなかったと思うのかね?」

 

 リウスの言葉を聞き、イルリアも他のみんなと同様に、彼が再び口を開くのを待つ。彼の言わんとしていることを彼女も理解できずにいたからだ。

 

「どういう事よ! 説明して、あなた!」

 老婆が再び文句を言うと、リウスは苦笑し、「ああ。説明するよ」と言って再び席につく。

 

「ジェノ君。君にも言いたいことはあるだろうが、大筋で間違っていなければ、黙っていて欲しい。いいかな?」

「……分かりました」

 ジェノの同意を受けて、リウスは話を始める。

 

「ジェノ君が、危険を承知でコウを怪物と戦わせたのは、コウがその怪物に襲われたことで受けた、心の傷を乗り越えさせるためなんだよ」

 リウスはそこまで口にして、ジェノの方を一瞬見たが、ジェノが何も言わずにいることを確認すると、話を続ける。

 

「少し考えてご覧。もしも単純に冒険者ギルドから出される報酬だけが目的ならば、彼にはコウを戦いの場に連れ出す理由はないんだよ。

 ただ、怪物を倒すところで冒険者ギルドの誰かに立ち会ってもらうだけでいい。そして、後は倒したことをコウに伝えれば見事に依頼達成だろうからね」

 

 やはりジェノは何も言わない。それは、リウスの言葉が正しいからに他ならない。

 

「本当に、この馬鹿は……」

 思わず声に出そうになって、イルリアは慌ててそれを飲み込み、話の続きを待つ。

 

「けれど、ジェノ君はあえてコウにチャンスを作ってくれたんだよ。コウ自身に、父親の仇を討たせるチャンスをね。

 自分が多大なリスクを背負うのに、何の見返りもない事をしてくれたんだよ」

 

 そこまで説明を受けても、イルリアにはリウスの言わんとしていることが理解できない。

 それは、老婆も同じようで、リウスに再び食って掛かる。

 

「チャンスですって! 何を言っているんですか! あの子はずっと父親を襲った怪物に怯えていたのよ! 毎晩毎晩その事を夢に見て! それなのに、そんな子供にまた怪物を引き合わせるなんて!」

「ああ。強引なやり方だろうさ。だがな、あの子は、コウは男の子なんだ。いつかは心の傷を克服して、立ち上がらなければいけないんだ。

 そして、心の傷というのは、時間を置けば癒えていくとは限らないのだ。時間が経つことによって傷が根深くなることもあるんだよ」

 

 穏やかに、言い聞かせるようにリウスは言うが、他の方法もあったはずだとイルリアは思う。時間の経過が悪い方向に行くとも限らないではないかと言いたくなってしまう。

 

「理解できないだろうな。男の世界で生きたことがないお前には」

「分かるわけがないでしょう、そんな無茶苦茶な話!」

 

 激昂する老婆に、リウスは目を細めて微笑みを向ける。

 

「そう。分かるわけはない。私は男で、お前は女だからな。長く連れ添った我々でも、相互理解は出来ない部分がある。

 それを無理やり理解してくれとは言わない。だが、そういった理解できない部分があるということは、知っておいて欲しい」

 

 そこでリウスは視線を妻から移す。そして、その目がイルリアと合った。

 

「ふふっ。お嬢さんも妻と同じ気持ちのようだね。だが、一つ誤解しないでほしいのは、私は別に女を馬鹿にしているわけではないんだよ。

 君たちには女の世界というものがあるのだろう。そして、その世界で生きたことがない私達男には、それを理解できないであろうことは知っているんだ。

 もしも、男なのに女の全てを、女なのに男の全てを分かっているなんて思っているのなら、それこそ傲慢以外の何物でもないと思わないかね?」

 

 顔に出てしまっていたのだろうか、とイルリアは後悔したが、今更そんな事を気にしても後の祭りだった。

 

「言いたいことはあると思う。だが、ジェノ君はコウのために懸命に努力をしてくれて、その結果、コウは立ち直ることが出来た。

 今はこの事実を受け入れてもらえないか? 危険も確かにあったのは間違いないが、彼が頑張ってくれなければ、コウの苦しみはまだ続いていたのだからね……」

 

 理解できずに文句を口にしていた老婆だったが、段々とその勢いは衰えていき、やがて不承不承ながらも、夫の言葉を受け入れた。

 

「すまなかったね、ジェノ君。そして、君のおかげで、孫は救われた。感謝する。このとおりだ」

 そう言って深々と頭を下げるリウス。

 だが、ジェノは「止めて下さい」とそれを受けるのを拒否する。

 

「俺は、コウの、お孫さんのために何かをしたつもりはありません。ただ自分のためだけにわがままを通したんです。

 報酬もすでにお孫さんから頂いています。これ以上は何もいりません」

「いいや、それは違う。君がどんな理由で事を始めたかは関係ないんだ。君のおかげで結果として孫が救われた。それだけで頭を下げるには十分な理由なんだよ」

 

 それ以上の反論が思い浮かばなかったのか、ジェノはただ黙ってリウスの謝辞を受け取った。

 

 ほっと胸をなでおろすバルネアさんの姿が目に入ったが、イルリアはまだ納得がいかなかった。

 

 そして、もう一人、この事柄に納得していない男がいることも彼女は分かっていた。

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