彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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特別編⑪ 『憧れたあの人との約束を』(前編)

 カン! カン! カン! カン!

 金属がぶつける音が厨房に響き渡る。

 ジェノはその作業を長く続けていたが、渋い顔をして作業を止める。

 

「駄目か。やはり、無謀な挑戦なのか……」

 長い時間をかけて『調理』をしてきたが、結局本日三回目の挑戦も失敗のようだ。

 しばらくこの未知なる料理を作る事をしていなかったが、つい先日懐かしい夢を見て、それ以来、ジェノは暇を見つけては厨房を使わせてもらっていた。

 

 

 ジェノが見た夢は、毎日が充実していたあの頃の夢。

 

 武術の修行はもちろん、勉強も、友だちと遊ぶのも楽しくて。家に帰ってきたら、ペントと先生が居てくれて……。

 

 思えば、自分が料理をするきっかけを作ってくれたのはリニア先生だ。先生との出会いがあったからこそ、自分は今ここに居られる。

 道を踏み外しそうになったあのときも、先生の教えがあったから、毎年誕生日に先生の言葉が聞けると思えたから頑張れた。

 褒めてもらえたことが嬉しくて料理をかじっていたおかげで、こうしてそれが趣味になり、その上仕事にしたいとさえ思ってきているほどだ。

 

 本当にあの人は恩師だ。剣術だけでなく、人生の。

 だからこそ、思い出してしまったからには、先生が食べてみたいと言っていた料理を作れるようになりたい。いつか、もう一度先生に再会したときに味わってもらえるように。

 

「さて、この失敗作を食べてから、もう一度チャレンジだ」

 ジェノは鍋の中身を皿に移すと、それを箸を使って食べようとした。食材を無駄にしてはいけないと言うことは、先生はもとより、ペントにもしっかり言い聞かせられているから。

 だが、そこで……。

 

「あらっ、甘い香りがするわね」

「本当です。いい匂いですね」

 バルネアさんとメルエーナが裏口から家に戻ってきた。

 

 ジェノが時計を確認すると、もう十五時を過ぎてしまっていた。

 調理に没頭するあまり、時間がこんなに経ってしまっていることに気が付かなかったようだ。

 

「おかえりなさい、バルネアさん、メルエーナ」

「ええ。ただいま、ジェノちゃん」

「はい。ただいま戻りました」

 

 ジェノが声をかけると、二人は嬉しそうに微笑んで帰宅を告げる。

 

「ねぇ、ジェノちゃん。どんなお菓子を作っていたの?」

「私も気になります!」

 手を洗って戻ってきたバルネア達に尋ねられたジェノは、どう答えれば良いのか少し考えたが、正直に話すことにした。

 

「その、すみません。俺自身、どんな料理か分からないんです」

 その言葉に、バルネアとメルエーナが怪訝な顔をする。

 

「どういう事? ジェノちゃんのことだから、創作料理だとしても、完成形を考えずに適当に調理するということはありえないわよね?」

「そうです。それに材料は決まっているんですよね? それならば……」

「完成形のイメージはあります。ですが、そのイメージが正しいのかどうかもわからない状況でして……。いかんせん、俺はその料理を食べたことはおろか見たこともないので」

 ジェノがそう言うと、バルネアとメルエーナは不思議そうに首を傾げた。

 

「俺に最初に剣術を教えてくれた先生が作ろうとしてくれていた料理なんです。ですが、かなり難しい料理らしくて、先生もそれまでの人生で一度しか作る事ができなかったそうです。それで、俺は結局その料理を食べることはできなかったんですよ」

 ジェノは簡単に説明し、調理道具を片付けようとした。

 もう少ししたら夕食を作らなければいけないので、邪魔にならないようにと。

 

 しかし、そこで自分に向けられる視線に気がついた。

 

「その先生って、以前話してくれたリニア先生よね?」

「確か、剣術だけでなく、料理もお上手な先生だったはずですよね? その先生が一度しか成功したことがない料理ですか……」

 ジェノはバルネアとメルエーナの目が輝いていることに気がついた。

 未知なる料理というものは、やはり料理の道を志すものとして胸が高鳴るのだろう。

 

 ジェノは今更隠しておくことはできないと観念し、二人に話をする。

 

「リニア先生と別れた後、何ヶ月か経って一度だけ手紙が来たんです。そこに、この料理の作り方が書かれていました。先生は、剣術を最後まで教えられなかったことと同じくらい、俺をびっくりさせる不思議な料理を食べさせることが出来なかった事を後悔してくれていたみたいで、故郷の料理人に詳しい作り方を訊いてくれたんです。そして、俺ならば作れるかもしれないと期待してくれていたみたいなんですが、未だに成功したことが有りません」

 ジェノはそう言って嘆息する。

 

「ふむふむ、なるほどね。よ~し、ジェノちゃん、材料を教えて。そして、その料理の特徴も」

「バルネアさん……」

 ジェノが少しだけ戸惑うように名前を呼ぶと、バルネアはにっこり微笑む。

 

「大丈夫よ。その料理はジェノちゃんとリニア先生の約束の料理何でしょう? 私が代わって作ったりするような無作法はしないわよ。でも、私の調理経験からなにかアドバイスができるかもしれないと思ったの。そこに、アイデア料理が得意なメルちゃんも加われば、どうにかなるような気がしないかしら?」

「えっ、私も参加させてもらっても良いんですか? そっ、それなら、ぜひお手伝いさせてもらいたいです!」

 バルネアとメルエーナの嬉しそうな笑顔に、ジェノは今更協力を拒むことはできなくなってしまったことに気が付き、苦笑する。

 

 けれど、自分が困っていると手を差し伸べてくれるだけでなく、こちらの気持ちを慮ってくれる人がこんな身近にいることはとても幸せだと思った。

 

(……そういえば、先生にも言われていたな)

 友人や心を割って話せる人をたくさん作りなさいと。そして、そういった人が困っていたら自分も助けてあげられる人になりなさいと。

 

(成長した俺は、逆なことばかりしてきてしまったが……)

 ジェノはこの店に来るまでの荒んでいた自分を思い出していたが、首を横に振り、それを胸底に沈める。

 

「さぁ、それじゃあ早速始めましょう! 『料理人が多いとスープが不味くなる』とは言うけれど、私達ならきっと上手くいくわ!」

「はい。頑張りましょう!」

 すっかりやる気満々のバルネアとメルエーナの姿に口の端をわずかに上げ、ジェノは二人に「お願いします。力を貸してください』と頭を下げるのだった。

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