彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉕ 『報われない仕事』

 話が済んだことで、リウス達が帰ることとなった。

 

 バルネアとメルエーナ、そしてジェノが一緒に、彼らを見送るべく店の出入り口に並ぶ。

 一応、話を共に聞いた身なので、イルリアもそれに参加することにした。

 

「ご迷惑をおかけしました。このお詫びは、いずれさせて頂きます」

「いいえ。お詫びなんて必要ありません。ですが、よろしければ今度は食事をしにいらして下さい。私が腕によりをかけて作りますので」

 

 リウスはバルネアと握手を交わす。そして、バルネアの隣に立つジェノに一礼をして踵を返した。

 

 リウスは笑顔だったが、彼の妻は仏頂面だった。そして、コウは終始申し訳無さそうに下を向いて、何かを言い出したくてたまらないのに、何も言えずに、祖母に手を引かれて帰っていく。

 

 途中、コウが振り返ったが、ジェノは何も声を掛けない。

 メルエーナが何か言いたげな視線をジェノに送っていたが、彼は気づかないのか、結局最後まで何も言わなかった。

 

 やがて、リウス達の姿が見えなくなると、イルリア達は店の中に戻る。

 だが、戻るなりジェノに声をかける男が一人。レイだ。

 

「ジェノ……」

「なんだ?」

 

 返事を返すや否や、レイの拳がジェノの頬に叩き込まれた。ジェノは倒れこそしなかったが、体をよろめかせる。

 

「なっ、何をしているんですか、貴方は!」

「レイちゃん!」

 メルエーナとバルネアが非難の声を上げるが、レイはそんな事は気にせずにジェノの胸ぐらを掴む。

 

 イルリアは何も言わず、ただ成り行きを傍観する。

 

「お前、何様のつもりだ? 俺達は、お前の掌の上で踊らされていたってことかよ……」

 殺気すら含んだレイの声に、皆が声に詰まる。

 

「お前は、一人であの化け物を仕留めたんだろう? やっぱり、俺と一緒にあの化け物を見つけたときには手を抜いていたんだな。あの化け物を逃せば、さらなる犠牲者が出る可能性があったことを知りながら……」

 

 レイは怒っている。だが、それは正当な怒り。義憤だ。

 どんな理由があったにせよ、ジェノは化け物を見逃した。その事実は変わらない。

 

「もう一度訊くぞ。お前は何様のつもりなんだ? お前には、救う人間を決める権利でもあるって言うのか?」

「そんな権利などあるはずがない。だが、それでも、俺は……」

 ジェノが力なく答えると、レイは面白くなさそうに彼を掴んでいた手を離す。

 

「お前のしたことを、俺は決して許さない。俺はお前のことが大嫌いだ」

「そうか……」

 

 ジェノは殴られて口の端からこぼれた血を静かに手で拭き取り、それ以上は何も言わない。そして、レイもそれ以上は何も言わず、店を出ていった。

 

「ジェノちゃん、とりあえず手当をしましょう」

「そうです。あんなわからず屋な人の事なんて、気にしないで下さい」

 バルネアとメルエーナが、ジェノに優しく微笑みかけて治療しようとしてくれたのだが、ジェノは「大丈夫です」と言ってそれを断る。

 

「冒険者ギルドで話し合いをする必要が出来たので、少し外に行ってきます」

 ジェノはさらにそう言って、自分も店を出ていこうとする。

 

 そこで限界が来た。イルリアの我慢の限界が。

 気がつくと彼女は、全力でジェノの頬を殴っていた。

 

 人の顔面を殴ったことなどないため、イルリアの手にも痛みが走る。

 だが、そんなことは、今の彼女にはどうでもいいことだ。

 

「この大馬鹿! こんな目にあっても、まだ他人のために自分を犠牲にしようとするの、あんたは!」

 あまりの怒りに、イルリアの瞳には涙さえ浮かんでしまう。

 

「なんなのよ、あんたは! 今回はたまたまリウスってお爺さんが許してくれたから良かったけれど、それがなかったら、ただ非難されて、責任を追求されて終わりだったのよ!

 いいえ、そもそも! コウの事が明らかにならなかったら、どうするつもりだったのよ、あんたは!」

 

 もう、イルリアは自分を止められなかった。

 

「ずっと自警団に恨まれ続けることが望みだったの? コウが笑顔を取り戻せたから、自分のことはどうでもいいって言うの? ふざけるんじゃあないわよ!」

 

 イルリアは両手でジェノの服の襟を握りしめる。

 

「見ず知らずの他人なんかのために、どうしてそこまで自分を犠牲にするのよ! そのせいで、あんたを大切に思ってくれている人を悲しませているのよ!

 身を粉にして頑張っても、自分に優しくない他人なんてものは、それを認めてはくれない。それくらいのこと、いい加減悟りなさいよ!」

 

 感情が高まりすぎて、イルリアの瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。

 

「あんたの性格は分かっている。今回のことだって、一切手を抜かずに無茶をしたってことだって想像がつくわ。でも、でも、結果として、あんたは沢山の人に恨まれて、レイと私には殴られて……。こんなの、あまりにも割りに合わないじゃあないの。報われなさすぎるじゃあないのよ。それなのに、あんたはまた他人なんかのために……」

「…………」

 

 イルリアは涙を流しながら嗚咽する。

 だが、ジェノは優しく彼女の手を自分の服から離させると、

 

「すまない。これで、今回の件は終わりにする」

 

 そう言い残し、イルリアに背を向けて店を出て行くのだった。

 

 

 

 

 バルネアの店を後にして、自警団の詰所に戻る途中、レイはキールに再開した。

 

 ただでさえ人手不足な自警団だ。そのため、キールは先の老夫婦とコウとの話し合いには参加せずに、一人、見回り仕事に戻ってくれていたのだ。

 だから、事実を伝えなければいけない義務が自分にはあるとレイは思う。それが、酷く腹立たしい内容であったとしても。

 

「レイさん。その様子だと、やっぱりいい話ではなかったみたいですね」

 表情で察したのだろう、キールは苦笑する。

 

「ああ。腹立たしい内容だった。また、ジェノを殴り飛ばしてしまうくらいにはな。だが、一応、あいつの行動も……。なんだ、盗人にも三分の理、だったか?  それがあることは分かった。本当に業腹だがな」

 

「団長には報告するんですか?」

 きっと、話の内容を知りたいはずなのに、キールは追求はせずに、レイに判断を任せてくれる。本当によくできた後輩だ。

 

「ああ。事実は事実として報告するさ。俺が聞かなかったことにしていい話ではないからな」

「はい。了解しました。ただ、団長たちへの報告には、同席させてくださいよ」

 人懐っこい笑みを浮かべるキールに、「ああ」と答えて、レイは彼と二人で詰所に戻る。

 

 なんとも腹立たしい結末だが、自分達の仕事は大体こんなものだと、レイは自分を納得させる。

 

「まったく、報われない仕事だぜ……」

 そうぼやきながらも、レイの顔は自警団の男の顔に戻る。

 

 次の事件も、いつ始まるかわからない。

 いつまでも過去を引きずる余裕など、自分達にはないのだから。

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