彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉘ 『報酬』

 いつもが賑わっているとは決して言えないが、ここ数日の冒険者ギルドの過疎っぷりは酷いものだった。

 先の通り魔事件が終わり、それに関わった冒険者ギルドメンバーに報酬が支払われたため、懐がいくらか温まった彼らは、仕事をせずにつかの間の休暇を楽しんでいるのだ。

 

 まぁ、それもあと数日のことだろう。すぐにまた、金使いの荒い奴らから順番に、糊口をしのぐための手頃な依頼がないかと物色しに現れるはずだ。

 

 オーリンは、職員数人と冒険者ギルドで仕事をしていたが、正直暇を持て余していた。だから、そこに思わぬ客がやって来たのは僥倖だった。

 

「おお! よく来たな、ジェノ」

 一応はこのギルドの最高責任者だと言うのに、オーリンは事務所の奥から冒険者見習いの少年に歩み寄っていく。

 

「オーリンさん。相談しなければいけないことが出来てしまったので、少し時間を取ってもらえないでしょうか?」

「おお、かまわん、かまわん。暇を持て余しとったところだからな。……だが、その頬はどうしたんだ?」

「別に、特段説明するようなことではありません。それよりも、話を……」

 どうやら頬の怪我には触れられたくないらしい。オーリンはそう悟り、客室にジェノを招き入れる。

 そして、ジェノの口から、先の通り魔事件の裏事情が漏れたことを聞かされた。

 

「ああ、なるほどな。だが、心配には及ばんぞ。もう自警団があの化け物を退治したという話が流布しきった後だからな。あれから一週間以上経って別の噂が流れても、すでに皆の関心は離れてしまっている。そう大きな騒ぎにはならんさ」

 オーリンはそう言って笑う。

 

「ですが、自警団からまた抗議が来るのでは?」

「ああ、それもない。奴らはすでに裏取引に応じた身だ。今更その事を蒸し返したくなどないに決まっとるよ」

「そうですか……」

 ジェノが安堵の表情を浮かべたのを見て、オーリンは苦笑する。

 

「まったく、お前の人の良さも困ったもんだな。そんなことでは、悪い人間にいいように扱われるぞ」

「俺は別にお人好しではありません。ただ、今回の一件で、誰かさんにいいように使われたので、少しは気をつけようと思いますがね」

 ジェノがそう返してきたことに、オーリンは声を上げて笑う。

 そして彼は鞄から小さな革袋を取り出し、それをジェノの前に置いた。

 

「ほれ、受け取れ。誰かさんは悪いやつかもしれんが、約束は守るぞ。大銀貨が十枚入っている。確認してくれ」

 オーリンが促すと、ジェノは革袋を開けて中身を確認し、またそれを革袋に戻した。

 

「ジェノ。分かっているとは思うが、冒険者の原則は忘れておらんだろうな?」

「ええ。依頼を達成したのであれば、提示された報酬は受け取ります。それが、仕事に見合わない高額報酬だろうと」

 

 その言葉に、オーリンは頷く。

 ジェノの性格を考えれば、受け取らないことも予想していたので、先に釘を刺して置いて良かったと思う。

 

「すまなかったな。だが、あの子のことを頼めるのはお前しかいなかったんだ」

「もう終わったことですし、依頼を引き受けることを決めたのは俺です。オーリンさんが謝る必要はないはずです」

 

 ジェノはそう答えて立ち上がる。

 

「報告は以上です。報酬もたしかに受け取りました。ただ、あまり長居もしていられないので、すみませんが、ここで失礼します」

「そうか。長いことお前を借りていたから、バルネア達にも迷惑をかけてしまったな。それと、あの嬢ちゃん、メルエーナにも後日にお詫びとお礼に行くと伝えておいてくれ」

「分かりました」

 

 ジェノは一礼して客室を出ていった。

 オーリンはそれを見送り、苦笑する。

 

「ジェノのような奴こそが、民衆が求める英雄なんだろうがな。いかんせん、あいつは人が良すぎる。下手に名前が売れれば、悪人に利用されかねん」

 オーリンはそう呟いて嘆息したが、すぐにまた笑みを浮かべる。

 

「だが、それでも期待してしまうんだよ。あいつがいつか、伝説の英雄、冒険者ファリルのように、歴史に名を残す英雄になるのではないかとな」

 

 オーリンは誰にとなく言い、笑みを強めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、ジェノちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」

 リットは冒険者ギルドから出てきたばかりのジェノに話しかける。

 

「何が奇遇だ。俺に要件があるんだろう?」

 ジェノは苦笑し、そう返してきた。

 

「ああ。実はそうなんだ。これから夜の街を楽しもうと思ったんだが、少し金に困っていてね。良ければ、今回の件の報酬を貰いたいんだけれど」

「ああ、それならば丁度いい。たった今、お前に払う報酬を手に入れたところだ。というか、どうせそれを何処かで覗き見でもしていたんだろう?」

 

 ジェノはそう言うと、リットの前に歩み寄ってきて、革の袋をまるごと手渡してきた。

 

「今回の報酬だ。とてもお前のしてくれた仕事に見合うものではないが、受け取ってくれ」

 ジェノはそう言うと、そのままリットの横を通り過ぎて歩いていく。

 

 あまりにもあっさりと、そしてさもそれが当たり前であるかのような行動に、リットは笑いを堪えられずに吹き出す。

 

「おいおいおいおい、ジェノちゃん。なんだよ、この金は?」

 リットは振り返り、ジェノを呼び止める。

 

「今回の報酬だ。そう言っただろう?」

「ああ、それは聞いたぜ。だが、冒険者としての報酬は、山分けっていう約束だっただろう?」

 振り返ったジェノにそう返し、リットは革袋をジェノに放り投げて返す。

 

「変なところで律儀だな、お前も」

 ジェノは革袋を空中で手に掴む。そして革袋の紐を解こうとしたが、それよりも速くに、リットはジェノに向かって掌を差し出すポーズを取って口を開く。

 

「報酬は全額で小銅貨五枚だっただろう? それの山分けだから、まぁ、小銅貨二枚でいいぜ」

 さも楽しそうに笑いながら、リットは報酬の請求額を明示する。

 

「リット。どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、今回の仕事はあのコウってガキの依頼の手伝いだっただろう? 何やらオーリンの爺さんと悪巧みをしていたみたいだが、俺にはそんなことは関係ないぜ。

 それに、『提示された報酬は受け取る』のが冒険者の原則なんだろう? 逆に言えば、提示されていない報酬を受け取る義務はないわけだよな?」

 その言葉に、ジェノは苦笑する。

 

「金に困っていたんじゃあないのか?」

「ああ。小銭が少し不足していたんだ」

 一瞬の間もなくそう返すと、ジェノは嘆息し、懐から別の革袋を取り出す。そして、そこから小銅貨を取り出して、リットの差し出した手にそれを置いた。

 

「おいおい、三枚あるぜ」

「小銭が不足していたんだろう? 取っておけ」

 ジェノが珍しく笑みを浮かべて、そう返してくる。

 

 リットは肩を竦め、「はいはい、わかったよ」と答えて、小銅貨を握りしめた。

 

「何かあれば、<パニヨン>に来てくれ」

 ジェノはそう言い残して、踵を返して去っていった。

 

「くっ、くくくっ。いや~っ、『正義の味方』っていうのは格好いいねぇ。力がないくせに突っかかってくる馬鹿な自警団の奴らには恨まれて、殴られて。自分の価値観を押し付けてくる自己中な女にも罵倒されて、殴られて。う~ん、俺だったら消しているね、そんな奴ら」

 

 レイの馬鹿が糾弾していたが、『正義の味方』のジェノがそのあたりに手抜かりをするはずがないのだ。

 

 彼は、化け物に魔法の剣で一撃を加えた後のことは事前にリットに頼み込んでいた。これ以上被害を出さないようにしておいてくれと、頭を下げて頼んでいた。

 だから、リットは頼まれたとおりに、化け物が傷を負うと、すぐにそれを追いかけて魔法の力で閉じ込めておいたのだ。

 だから、あれ以上の被害など出るはずはなかったというのが真相だ。

 

「それなのに、言い訳の一つもしないなんて。いやぁ、本当にジェノちゃんも馬鹿だねぇ。でも、それがたまらなく面白いんだけどな」

 

 リットはそう言うと、再び掌を開いて、三枚の小銅貨を確認する。

 

「俺にとってはただの小銭なんだけれど、ジェノちゃんにとっては、そうではないんだろうなぁ。あのガキが懸命に集めた、願いがこもったものだとか思っているんだろうねぇ」

 

 その大切な小銅貨を、一枚余分に渡された。

 それが、リットには借りを作ってしまったようで少し面白くない。

 

「ああ、やっぱり借りたままっていうのは気分が落ち着かないなぁ。手っ取り早く、この借りは返すとしようか。それに、そのついでになら、少しくらいの悪戯をしても許されるだろうし」

 

 リットはさも面白そうに笑い、

 

「くっくっくっ。どんな反応をするか楽しみだ」

 

 そう言って魔法の力を使い、その場から姿を消すのだった。

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