彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑦ 『提案』

 騒がしい三人組をジェノが連れて行ってくれたおかげで、メルエーナ達はようやく人心地がついた。

 父のコーリスがリュックから大きめの敷物を取り出して引いてくれたので、メルエーナは父と一緒にそこに腰を下ろす。

 イルリアにも声をかけると、彼女も「ありがとう」と言って座る。

 

 日差しは少々きついが、森の中は涼しい。

 村から距離は離れているものの、この茸の採取場所へは村の人達と何度か来たことがある。見知った場所にたどり着けた安堵感が、今頃になってやって来た。

 

「メル。しっかり休んでおけよ。あいつらが戻ってきたら、今度はもう少しだけ奥に行くからな」

「はい。でも、何もしないのは悪い気がします」

「お前に捜索を手伝わせようとは思っていない。お前は、ただ帰りの体力を回復しておくことだけを考えていればいいんだ」

 

 父はそう言ってくれるが、ジェノは先頭をずっと務め、その上ほとんど休むことなく今もハンクさんを捜索してくれているのだ。メルエーナは本当に申し訳ないと思ってしまう。

 

 少しの間、メルエーナ達は言われたとおりに休憩していたが、不意にイルリアが「お話があります」と父と自分に顔を近づけて話しかけてきた。

 小声で話しかけてきた事から、状況を察し、メルエーナ達も黙って頷く。

 

 そして、彼女の話を聞いたメルエーナとコーリスは絶句した。

 

「本当に、あいつらはそんな事をしたのか?」

「証拠はありません。ですが……」

 イルリアの表情は硬い。それは、苛立つ気持ちを懸命に抑えているためだろうことは容易に想像できた。

 

 当初、今回の捜索はメルエーナたちの村の村長からの依頼で、可能な限りの冒険者見習いに参加して欲しいと頼まれていた。

 

 報酬はお世辞にも多いとは言えない額だったが、正規の冒険者達に随分遅れてこの村にやってきた見習い達二十人弱は、件の貴族の依頼を自分たちが達成するのは無理だと判断していたので、ほぼ全員が参加するつもりだったらしい。

 だが、ジェノとイルリア以外は、何故か約束の時間まで待っても誰もやって来なかった。

 

「少なくとも、昨日の晩に、私達は信用できる他の冒険者見習い五人に声をかけていたのです。それなのに、彼らさえこの捜索に参加しようとはしませんでした。見習いはなかなか仕事を得る機会が少ないので、今回のこの捜索は、渡りに船だったにも関わらずに」

 

 イルリアの話すとおりならば、他の冒険者見習い達に、今回の捜索に参加しないようにと圧力をかけた誰かがいるということになるのだろう。

 そして、その誰かが、あの三人だと彼女は推測しているのだ。

 

「そんな……。人の命に関わることなのに……」

 メルエーナには信じられなかった。そんな酷いことを平気でする人間がいることに。

 

「なんで、あいつらはそんな事を?」

「おそらくは、自分たちの報酬を高額にするために、他の見習い達を恫喝したのだと思います。人数が少ない中で仕事をしたのだから、色をつけろとでも言うつもりだったのかと」

 イルリアの説明を聞きながら、しかしメルエーナは一つの疑問が浮かんだ。

 

「ですが、イルリアさん。今お話して下さったとおりだとしたら、どうしてあの人達は真面目に捜索をしようとしないのでしょう? 父からその事を村長さんに報告されてしまったら、報酬は減額されてしまうのではないかと思うのですが」

「朝、村長さんが遅れて見送りにやって来たわよね。あの時、冒険者の皆さんに挨拶に行って、今回の探索に参加してもらえるように交渉したと言っていた。だからきっと、そこであいつらはそれなりの前金を貰ったんじゃないかと私は思っているわ」

 

 イルリアの答えに、コーリスが「ああ、あのお人好しの村長なら有り得そうな話だ」とため息をつく。

 

「コーリスさん。今日出会ったばかりの私の言葉をすぐに信用はできないと思いますが、提案させて下さい。ジェノ達がハンクさんを見つけられずに帰ってきても、捜索を中止して一度村に戻ったほうがよろしいと思います」

 イルリアの提案に、コーリスは少しだけ考えてから頷いた。

 

「そうだな。あいつらがおかしな事をしでかさないうちに戻るべきだろう。このままではうちの娘や君の身が危ないかもしれない」

 その言葉に、メルエーナは微笑む。

 どうやら父も、イルリアには好印象を持っていることがその言葉で分かったから。

 

「ありがとうございます。ですが、コーリスさんは娘さんを守ることだけに集中して下さい。私はなんとでもなりますので」

 そう言って、イルリアは微笑む。

 その笑顔は力強くも綺麗だった。

 

 

 やがて、ジェノ達が捜索に行ってから一時間近くは経った。しかし、彼らはなかなか帰ってこない。

 

「遅いな」

「ええ。まだ誰も帰ってこないなんて……」

 父とイルリアの言葉を耳に、メルエーナも心配していた。だが、それから程なく、ジェノが一人で戻ってきた。

 

「よかった。ご無事だったんですね」

 メルエーナがジェノに笑顔で声をかける。しかし、相変わらず彼は「すまない。遅くなった」と言っただけで、にこりともしない。

 

「ああ、こういう奴なの、本当に。この朴念仁は」

 聞こえよがしにイルリアが文句を言うが、ジェノは二人には目もくれず、座っているコーリスに頭を下げ、彼に自分の捜索した箇所の報告をする。

 

「……なるほど。それは時間がかかるはずだ。だが、あの役立たず達はどうしたんだ?」

「途中までは一緒でしたが、散開してある程度範囲を広げました。不測の事態に備えて、私が一番ここの近くを探索していたので、彼らも時期に戻ってくると思います」

 ジェノがそう答えると、コーリスは頷き、ジェノに少し休むように言う。

 

「いえ。もう少しで昼ですので、休息はその時にでも」

「いいから、少しは休みなさいよ。あんたに何かあったら、みんなが困るんだから」

 イルリアにまでそう言われ、ジェノは「そうか。分かった」と言い、敷物の端に腰を下ろす。

 

 歩き詰めだったジェノがようやく休んでくれたことに、メルエーナはホッとする。

 どうもこの人は、自分のことをないがしろにする傾向があるようなので心配だ。

 

 同じ敷物に座り、ジェノの顔を近くで見て、メルエーナはやはり自分はこの男の人を知っている気がしてならない。

 待ち望んでいた人に、ようやく巡り会えたような気持ちなのだ。

 

 けれど、どこで自分はこの人と出会ったのだろう?

 自分は村から出たことがないのに。

 

 メルエーナはそんな事をずっと考えていた。

 

「どうかしたのか?」

 不意に、ジェノがメルエーナに声をかけてきた。

 そこで、メルエーナは、自分がずっとジェノのことを見つめ続けていたことに気がつく。

 

「あっ、いえ。そっ、その……」

 メルエーナは言葉に詰まる。聞きたいことは山ほどあるのに。

 

「メルエーナ。お前がいては、彼もゆっくり休めないだろう。すこし、父さんと辺りを歩こう!」

「えっ、あっ、でも……」

 メルエーナはジェノと話がしたかったのだが、父に強引に連れられて、辺りを散策することになってしまう。

 

「あっ、あの、お父さん?」

「……」

 メルエーナはコーリスに手を引かれ、ジェノと距離を置かれる。

 前を歩く父の顔は見えないが、不機嫌な顔をしていることは間違いない。

 

「もう、いつもこうなんですから……」

 メルエーナが少し村の男の子と話をしただけで、父は不機嫌になる。

 娘のことを大切に思ってくれているのは分かるが、流石にもう少し自分のことを信じてほしいと思う。

 

「足元に気をつけろ。踏み外すと危険だ」

 進行方向の右側に高い段差がある場所に差し掛かり、父はそれだけ告げる。

 自分の言いたいことだけを言ってこちらの声を無視する父に、流石にメルエーナも我慢の限界が来た。

 

「もう、お父さん!」

 何度声を掛けても無反応な父に、メルエーナは声を荒げる。

 

「……なんだ?」

「なんだ、じゃないです。どうして、ジェノさんに失礼な態度を取るんですか? あの人は一生懸命私達のために頑張ってくださっているのに」

 振り向きもしない父に、メルエーナはそう文句を言う。

 

「あいつが、あの三人とは違うのは俺にだって分かる。だが、可愛い娘に色目を使うのならば、話は別だ」

「あの人は色目なんて使っていません。ほとんど会話もしていないじゃあないですか」

「それでもだ!」

 全く理由にならない事を言い、父は手を離して振り返る。

 

「いいか、メルエーナ。あいつは確かに顔はいいかもしれないが、冒険者なんて言う根無し草、しかも見習いなんだ。お前にはふさわしくない」

「ふさわしい、ふさわしくないなんて、今は関係ありません。ハンクさんを捜索してくださるだけではなく、私達にも気を使って下さっている方に対して、あの態度はあんまりだと言っているんです!」

 メルエーナの怒りの声に、コーリスはたじろぐ。

 

「うっ、うるさい! いいから、お前は父さんの言うこ……」

 コーリスの言葉は最後まで続かなかった。

 

 メルエーナは、不意に父の肩から何かが生えてきたかのように見えた。

 しかし、それは大きな間違いだ。

 彼は矢を肩に打ち込まれたのだから。

 

 矢の勢いが強く、肩を撃たれたコーリスの体制が崩れる。そこに、もう一本の矢が飛んできて彼の足を射抜いた。

 そして、完全にバランスを失った彼は、絶叫しながら高い段差から落ちていく。

 

「…………」

 メルエーナは唖然とすることしかできなかった。

 いま、目の前で起こった事柄が、現実なのだと理解することができない。

 

「……いっ、いや……。いやぁぁぁぁぁっ!」

 数秒後、メルエーナはその場に座り込んで絶叫した。

 

 だから、彼女は気づかなかった。

 今度は自分の足を狙って矢が放たれたことに。

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