彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで
① 『世界を憎んだ少女』


 この世界の始まりは、一本の大樹でした。

 

 世界樹と呼ばれるその大きな木が、この世界のありとあらゆる物を作り出していったのです。

 

 それは、この大地も、水も、光も、空気も、生物も、神様さえも生み出しました。

 そして、この世界は世界樹の管理下で、完璧な秩序が保たれていたのです。

 

 ですが、いつまでも続くと思われたその秩序にも終わりがやって来ます。

 本当に気が遠くなるほどの長い年月を生き抜いてきた世界樹にも、寿命がやって来たのです。

 

 世界樹は自らが終わってしまう前に、二つの種子を残しました。

 あまりにも強大になってしまった自らの力を、二つに分けたのです。

 

 もしも、この種子が二つとも無事に芽吹いていたのであれば、この世界には再び完璧な秩序が生まれるはずでした。

 

 ですが、残念ながら種子の一つは芽吹くことがなかったのです。

 

 だから、今のこの世界は不完全なのです。

 そして、私達人間も、一つしか種子が芽吹かなかったこの不完全な世界で生まれた存在であるため、また不完全なのです。

 

 だから、この不完全な世界には、こんなにも悲しみが満ちているのです……。

 

 

 

 

 これは、子供でも知っているこの世界の成り立ちの物語。

 どの神様を奉じる神殿でも、この教えは絶対なものとなっています。

 

 私は子供の頃にこの話を聞かされて、怖がった事はあっても、この世界を憎んだことはありません。

 ですが、あの人の話に出てきた女性は、女の子は、この世界を憎んでいました。

 

 神に仕えるその女の子は、それまでの人生を捧げてきた神様を恨むことは出来なかったのです。だから、彼女は、この世界を恨むしかなかったのでしょう。

 

 私は、その女の子に会ったことはありません。

 ですが、あの人の話を聞いているうちに、涙を堪えきれなくなってしまいました。

 

 それは、あまりにも過酷過ぎる、無慈悲な運命でした。

 

 第三者の私でも、このような気持ちになってしまうのです。

 実際に、その女の子と一緒に旅をして、彼女を懸命に守ろうとしたあの人の心の痛みを思うと、私は胸が張り裂けそうになります。

 

 でも、最後にその女の子は、あの人に……。

 

 

 

 

 第三章 『誰がために、彼女は微笑んで』

 

 

 

 昼食時も過ぎて、食事を楽しんでいたお客様達も帰られた。

 そして、いつものように、メルエーナは『本日の営業は終了いたしました』と書かれた掛け看板を入口にかけておいたのだが、また今日もそれを見ずに入店してきた人がいた。

 

 もういつも、店主のバルネアさんが居る間は、夜の六時までここが開いていることを常連さんは知っているのだ。

 ただ、今回に限っては、その入店してきた人が問題だった。

 

「まったく、お前という奴は。いいか、結果としては確かにお前の思惑通りに行った。だが、一歩間違えれば……」

「……ですから、それはもう分かっています」

 店の一番奥の席で、ジェノと向かい合って座り、くだを巻いている壮年の男性。彼がこの街の自警団の団長、ガイウスである。

 

 精悍な顔立ちで、普段では威厳のある人なのだが、今はかなりお酒が回っているようで、その片鱗さえ見えない。

 

 このお店、料理店<パニヨン>ではお酒類は提供していないので、何処か他の店でかなり飲んで来たようだ。

 彼の相手をさせられているジェノが、不憫でならない。

 メルエーナとバルネアは、別の席でお茶を口にしながら、そう思っていた。

 

「まったく、最近は大きな事件はないが、相変わらず俺達の仕事場は人手不足だ。俺がこうやって休暇を取るのだって、一ヶ月ぶりなんだぞ。そこを分かっているのか、ジェノ?」

「……先日の俺のやったことで、ガイウスさん達に迷惑をかけたことは分かっています。ですが、先程から言っているように、あれは冒険者の決まりを破ったわけでは……」

 ジェノがもう何度目かわからない説明を口にしたが、ガイウスは一人で頷き始める。

 

「おお、そうか! 分かってくれたか! じゃあ冒険者なんか辞めて、うちの自警団に入れ! お前のやったことを快く思っていない連中は多いが、それを乗り越えてこそ、真の団結力が生まれるんだ!」

 バンバンとジェノの背中を叩きながら、ガイウスは豪快に笑う。

 本当に、ジェノが不憫でならないとメルエーナは思った。

 

「もう、団長さん。ジェノちゃんをあんまり虐めるようなら、奥さんを呼びますよ」

 流石に見かねて、バルネアがガイウスに文句を言う。

 怒った顔が何処か微笑ましく、そして全然迫力のない声だったが、それを聞いたガイウスの動きがピタリと止まった。

 

「……すみません、バルネアさん。それだけは止めて下さい」

 傍目にはそうは見えないが、バルネアの方がガイウスよりも歳上である。

 その意見に耳を傾けないわけにはいかなかったのだろう。だがそれ以上に、どうやらガイウスは奥さんが怖いらしく、すっかりと酔いが覚めてしまったようだ。

 

「団長さん。久しぶりの休みだからといって、羽目を外しすぎないようにしないと駄目よ。それに、どうせお酒ばかり飲んで、おつまみくらいしか食べていないんでしょう? 

 すぐにお腹にたまるものを作るから、おとなしく待っていなさい」

「はっ、はい。ですから、あいつを呼ぶのだけは……」

 

 剣の腕ならばジェノも敵わないと言っていたはずの男性が、ここまで恐れる奥さんというものに、メルエーナは少し興味を惹かれてしまう。

 

 バルネアが調理のために厨房に入っていったのを確認し、ガイウスはほっと胸をなでおろす。

 

「ガイウスさん。そろそろ、俺の方からも一ついいでしょうか?」

 ジェノは話を切り出す。

 

 ガイウスが店にやってくるなりジェノは彼に話をしようとしていたのだが、酔っぱらい相手には正論が通じずに、ここまで話ができずにいたのだ。

 

「なんだ? お前の方から俺に用事があるなんて珍しいな」

 ガイウスはそう言い、すっかりぬるくなってしまった水の入ったコップに口をつける。

 

「実は、二週間後にカーフィア神殿の神殿長である、セリカ卿がこの店を訪ねてこられることになりまして……」

「んっ? カーフィア神殿のセリカ卿? だが、それが俺に何の……」

 そこまで言ったところで、ガイウスは口を閉じて、忌々しげな顔をして拳を握る。

 

「……ジェノ。それは、あの嬢ちゃんのことか?」

「はい。その人は、彼女の実の母です」

 メルエーナも、バルネアからその話は聞いているが、偉い人がご来店されるとしか思っていなかった。

 だが、どうやら自分が知らない何かがあるようだ。

 

 ガイウスは面白くなさそうな顔でコップの中身を全て口にし、それを叩きつけるようにテーブルに置く。

 

「もう一年以上前の話だぞ! 今頃になって、何をしに来るっていうんだ!」

「……それは俺にも分かりません。ですが、娘の恩人として、ガイウスさんにもお会いしたいと言っています」

「何が恩人だ、ちくしょう」

 ジェノの言葉に、ガイウスは乱暴に自分の髪を掻く。

 

「断る、と立場がなければ言いたいところだが、そうもいかないだろう。分かった。予定を入れておく」

「助かります」

 ジェノはガイウスに頭を下げ、当日の細かい日程を彼に伝える。

 

「はい。お待たせ。団長さん」

 あっという間に料理を作ってきたバルネアが、ガイウスの前に料理を並べる。それを見て、メルエーナもお冷のおかわりを運ぶ。

 

「すごい音がしたけれど、どうしたの?」

「ああっ、すみません。少し腹立たしい事を思い出してしまったもんで……」

 ガイウスはバルネアに謝罪し、それから食事前の祈りを口にする。

 

 そして、ガイウスは遅い昼食を口にする。

 不機嫌な顔をしていた彼だが、バルネアの作った料理がことのほか美味しかったようで、すぐにそれが笑みに変わる。

 やはりバルネアさんの料理は素晴らしいとメルエーナは感心した。

 

「団長さん。その時の話を私とメルちゃんにも聞かせてくれないかしら? 私もあの女の子――サクリちゃんと一回しか会ったことがないし、ジェノちゃんに訊いても、彼女は亡くなったとしか教えてくれないのよ。

 事の経緯がわからない中で、歓待する料理を作るというのはすごく難しいの。だから、お願いできないかしら?」

 

 バルネアは突然そう言い、ガイウスとジェノが座るテーブルの席に腰を降ろす。さらに、メルエーナに手招きをして、同じ様に座るように言う。

 話の蚊帳の外におかれていたメルエーナは、バルネアさんの言葉に甘えて、彼女の隣に座る。

 

「……ジェノ。バルネアさん達には話していなかったのか?」

「ええ。知る必要がないと思ったので」

 ガイウスはジェノの言葉に、大きく嘆息する。

 

「そうだな。知る必要はない。それどころか、知らないほうがいい話だな」

「はい。ですが……」

 てっきり、話の流れから、詳細は教えてもらえないと思ったのだが、ジェノはバルネアを見て、口を開く。

 

「すみません。今まで話さなかったのは、バルネアさん達を危険に巻き込みたくなかったからです。ですが、先日の化け物騒ぎとも関係のある話ですので、近いうちに二人にだけは話そうとは思っていました。丁度いい機会です。話を聞いて下さい」

 ジェノの思いもかけない言葉に、メルエーナは驚く。

 先のコウ君と彼のお父さん達を襲った化け物の話が、そのサクリさんという女の子とどう関係しているというのだろう。

 

「ちょっと待て。俺もそれは初耳だぞ! 先日の化け物と何の関係があるっていうんだ?」

 ガイウスも、ジェノの言葉は意外だったようで、驚き、ジェノに説明を求める。

 

「店の入口に鍵をかけてきます。万が一にも、他人に知られてはいけない話です。もっとも、こんな話を信じる人間がどれだけ居るか分かりませんが……」

 ジェノはそう言って店の入口の鍵をかけて席に戻ってきた。

 

「さぁ、ジェノ。話せ」

「ガイウスさん。サクリと出会ったのは、貴方の方が先のはずです。それをまず、二人に話して頂けませんか?」

「んっ? あっ、ああ。そうだな。分かった」

 本当は今すぐにジェノから話を聞きたいのだろうが、ガイウスはメルエーナとバルネアのために話をしてくれた。

 

 それは、あまりにもやるせない話だった。

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