彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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③ 『依頼』

 今回も失敗だった。

 イルリアは、苦労して手に入れた今回の魔法アイテムでも駄目だったことに、がっくりと肩を落とす。

 

 バルネアに見つからないようにと、<パニヨン>の裏庭にジェノを呼び出して、杖型の魔法アイテムをためしてみたのだが、まったく効果がなかった。

 いや、それどころか、使用した魔法アイテムの出力を最大にしすぎた弊害で、杖に亀裂が入り、壊れてしまった。

 これでは、下取りに出すことも出来ない。

 小金貨二枚以上払って競り落としたというのに、大損もいいところだ。

 

「イルリア。もうこんなことは止めろ。何度も言っているだろう。あれは俺のミスだ。お前が気にすることじゃあない」

 ジェノがいつもと同じ言葉を口にしたので、イルリアは不機嫌そうに彼を睨む。

 

「うるさい。何度も言っているのは私も同じ! あれは私の失敗。あんたには大きな借りを作ってしまったの。それを返すために私が勝手にやっているんだから、あんたに心配される筋合いはないわ」

 無茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、イルリアは叫ばずにはいられなかった。

 ジェノの、被害者の厚意に甘えるなど、最低だ。自分の不始末に責任を持てない人間に、イルリアは成るつもりはない。

 そう。被害者ぶって、全てを投げ出すあんな奴らと自分は違う。

 

「頑固だな」

「あんたにだけは言われたくない!」

 ジェノのふざけた一言に文句を言い、イルリアは壊れてしまった杖を再び布に包む。

 

「ジェノちゃ~ん。ジェノちゃ~ん、どこ~」

 不意に、間延びした女の人の声が聞こえてきた。間違いなくバルネアの声だ。

 

「ふっ、あはははははっ。ほら、バルネアさんが呼んでいるわよ。ジェ・ノ・ちゃ・ん」

 珍しく渋面のジェノに、イルリアは普段の仕返しとばかりに彼をからかう。

 

 温厚で天然なバルネアさんが相手では、ジェノも強くは出られない。

 あの人にかかれば、女はもとより、男も全て『ちゃん』づけで呼ばれる事となるのだ。

 

 ジェノは小さく嘆息し、家の中に戻って行く。

 イルリアもそれに続く。

 

「ああっ、よかったわ。リアちゃんと裏庭にいたのね」

 裏口から戻ってきたイルリア達を発見し、バルネアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 本当に、この人は三十代半ば近くにはまったく思えない。少なくとも十歳は若く見える。

 

「ええ。ですが、バルネアさん。俺のことはどうか、ジェノと呼んでくれませんか?」

「どうして? ジェノちゃんの方が可愛いじゃない。って、それよりも、お客様よ。自警団の団長さんと、カーフィア神殿の神官様らしいわ。ほらっ、早く、早く」

 天真爛漫な笑顔で、バルネアはジェノの背中を押す。

 本当に、この人が相手では、あの朴念仁も形無しだと、イルリアは微笑む。

 

「冒険者としての仕事なら、私も行かないとね。……それくらいの利子は払うわよ」

 イルリアは小さく呟き、ジェノを追いかける。

 

 

 店の方の、一番奥の席に座っていたのは三人。

 白い制服を纏った、顔見知りの自警団の団長ガイウス。そして豪華なローブを身にまとった四十代半ばくらいの女神官。そして、フードを深めに被って顔を俯ける人物が一人。小柄なことから、女性だろうか?

 

「ジェノ。おお、イルリアもいたのか。これはちょうどよかった。お前達に頼みたいことがあって訪ねてきたんだ」

 ガイウスは、そう言って笑みをこちらに向けてくる。

 

 しかし、腕の立つジェノに用事があるのは分かるが、たいした事ができない自分にまで用があるというのは不思議な話だとイルリアは思う。

 

「まさか、これを私が手に入れたことを知っている? いや、それはないわよね」

 イルリアは最近手に入れた秘密兵器が入った腰のポーチに手をやる。

 

 今までは、ジェノの足を引っ張るだけだったが、これがあれば自分も戦える。けれど、これが悪人の手に渡ったら、大変なことになる。

 この存在は秘密にしておかなければならない。だから、イルリアは顔なじみで信用が置ける魔法使いにしかこの存在を明かしていない。

 

「まぁ、とりあえず座ってくれ」

 ガイウスの言葉に、ジェノは頷き、三人の対面の席に座る。イルリアもジェノの隣に座る。

 

「団長さん。皆さん、昼食はもうお済みですか?」

 バルネアが、お客様と同じ様に、イルリアとジェノの前にお冷を置き、笑顔でガイウスに尋ねる。

 

「あっ、ああ。俺は済ませました。神官様は?」

「私も済ませています。ですが、この娘は朝から何も食べていませんので、消化の良いものを少量出して頂けませんか? かの有名な貴女の料理ならば、食が進むかもしれません」

 神官はそう言って、隣に座るフードの人間――少女なのだろう――を一瞥し、バルネアに笑みを向ける。

 

「……なんなの、この人?」

 思わず声が出そうになり、イルリアは慌ててそれを飲み込む。

 

 言葉こそ丁寧だが、この神官からは傲慢さが溢れているように思える。

 フードの少女に向けた目が、慈しみではなく哀れみに見えた。そして、その哀れな少女に施しをする事に陶酔しているように見えるのは邪推だろうか?

 

「はい。承りました」

 しかし、バルネアは気にした様子もなく、笑顔で応えて厨房に行ってしまう。

 

「それでは、神官様……」

「はい。分かりました」

 ガイウスに促されて、女神官が立ち上がる。

 

「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありませんでした。私の名はロウリア。女神カーフィア様に仕える神官の一人です。

 ジェノさん、でしたわね? この度、貴方達にご依頼したい事があり、こうしてお訪ねした次第です」

 ロウリアと名乗った神官は笑顔で言うが、やはりイルリアは彼女の目があまり好きにはなれない。明らかに、あれはこちらを見下している目だ。

 

「これは、カーフィア神殿からの正式な依頼です。ですので、報酬はお一人につき小金貨一枚をお約束致します。ジェノさん達は三人のチームとのことですので、小金貨三枚ですわ。もちろん、移動費などは全て別にお支払い致します。これは、破格の……」

 ロウリアの話は突然遮られることになった。

 

「もういい。この依頼は受けられない」

 ジェノがそう言って、席を立ったのだ。

 

「まっ、待って下さい! これは、カーフィア神殿からの正式な依頼です。この上なく名誉なことなのですよ! それを何故断ると言うのですか!」

 恐らく依頼を断られるとは微塵も思っていなかったのだろう。ロウリアは驚き、そして怒りを顕にする。

 

 ジェノはそんなロウリアに対して、冷たい視線を向ける。

 

「まだ、報酬が足りないとでも言うのですか? 正規の冒険者ですらない貴方達に、これ以上の報酬を支払えと?」

 的はずれなことをいうロウリア。

 向かいで頭を抱えているガイウスを見て、イルリアは彼も自分と同じ気持ちなのだと察して同情する。

 

「あんたは高額な報酬を提示した。仕事の内容も告げずにな。冒険者見習いなら、高額報酬をチラつかせれば思うように動くと思ったのか? そんな不誠実な依頼主の仕事を受けるわけには行かない」

 ジェノはそう言い捨てると、ロウリアに背を向ける。

 

「待ってくれ、ジェノ。神官様が言葉足らずだったことはすまなかった。だが、ここは俺の顔を立ててくれないか? これは、けっしてお前たちに不利益な話ではない。そして、俺達自警団と、神殿関係者だけでは対応ができないことなんだ」

 ガイウスの説明に、ジェノは振り返る。

 

「ガイウスさん。それならば、見習いの俺達ではなく、正規の冒険者に頼むべきではないでしょうか?」

「いや、俺はお前たちに頼みたいと思っている。理由は三つ。一つは、お前達のメンバーにはイルリアがいるからだ」

 ガイウスは、そう言い、イルリアの方を向く。

 思いもかけない展開に、イルリアはただ驚くしかない。

 

「こちらのフードの嬢ちゃんを異国のとある村に送り届けるというのが、大まかな内容だ。しかし、この嬢ちゃんは病を患っている。他人に感染する類の病ではないが、日常生活が一人では困難なほど重篤な状態なんだ。そのため、どうしても女手が必要になる」

 ガイウスの説明に、ジェノは再び席に座る。

 

「……続けて下さい」

 神官であるロウリアには目もくれず、ジェノはガイウスに続きを促す。

 

「もう一つは、リットの存在だ。病に直接効果があるのかは、門外漢の俺には分からんが、癒やしの魔法が使える者が同行するに越したことはないだろう。

 だが、魔法の使い手は希少だ。この街のカーフィア神殿にも、その使い手は五名しかいない。だから、何週間もその使い手をこの嬢ちゃんに付き添わせることは出来ないそうなんだ」

 そこまで聞き、イルリアは納得する。

 なるほど、確かにこれほど今回の仕事に適した冒険者のチームはいないだろう。

 

「そして、最後の一つはもっともシンプルな理由だ。俺が信頼をおける冒険者が、ジェノ、お前しかいない。だから、俺はお前達を神官様に推薦したんだ」

 ガイウスの言葉に、ジェノは「分かりました。詳細を教えて下さい」と返す。

 

「おっ、送り届ける場所は、セラース大陸の山奥の村。かの高名な聖女、ジューナ=ハルネス様がいらっしゃる村ですわ」

 自分を無視されて話が進むことに業を煮やしたのだろう。ロウリアが、二人の話に割り込んでくる。

 

「……聖女、ジューナ様……」

 イルリアはその名前をよく知っている。

 銅貨一枚払わずとも、ありとあらゆる病人に分け隔てることなく神の奇跡を施し、数多の病める人々を救っていると言われる人物だ。

 しかも、その魔法の力は歴史でも類を見ないほど素晴らしいものだと言う。

 

「ジューナ様なら、こいつの事も……」

 ジェノの顔を一瞬見て、イルリアは心を決める。なんとしても、かの聖女様に彼を治してもらおうと。

 

 それに、ジューナ様も、女神カーフィアに仕える身分だ。同じ信徒を遠方より送り届けてきた人間を無下にはしないだろう。もしかすると、直接お会いできるかもしれない。

 そうすれば、チャンスはある。

 

「はい。お待たせしました」

 イルリアがそんな事を考えていると、バルネアが料理を持って皆が座る席にやって来た。

 料理は、シンプルなパン粥と野菜のスープ。そしてデザートのゼリー。

 特段珍しい料理ではないのに、どうしてこんなにいい香りがするのか、不思議でならない。

 

 バルネアはそれをフードの少女の前に配膳する。

 

「……あっ、あの……」

 フードの少女が、料理を前にしながら、何かをガイウスに伝えたそうに口ごもる。

 そう言えば、この少女の名前をまだ知らない。

 分かったことは、この少女さえ、ロウリアよりガイウスを信頼しているということだけだ。

 

「……サクリ。どうせ分かることだ」

 サクリと呼ばれたフードの少女は、しばらく考えた後に、小さく頷いた。

 それを確認し、ガイウスはそっとサクリのフードを脱がせて後ろにやる。

 

「っ!」

 思わず、イルリアは声が出そうになった。

 サクリという名の少女の見た目は、それほどまでに衝撃が大きかった。

 

 骨と皮だけ。本当に、心無い例えだが、その表現が一番的をいているだろう。

 目の周りの頭蓋骨の穴の位置が分かりそうだ。どこが骨で何処が筋肉かの境界さえあやふやの程にやせ細った顔。

 髪は肩の辺りで切りそろえられているものの、色素を失い老人のような白髪で、だいぶ痛みが酷い。

 

「ジェノ。彼女に残された時間は少ない。どうか、この娘を聖女様のもとまで送り届けてくれないか? 聖女様ならば、彼女を救えるかもしれない。頼む、このとおりだ」

 ガイウスは深々と、ジェノに頭を下げる。

 

「……詳しい話を聞かせて下さい」

 ジェノの表情は変わらない。だが、イルリアは彼がこの依頼を受けることを確信した。

 

 それなりの付き合いがある。ジェノが即答をしないのは、自分の見た目を哀れんでの行動だと、サクリさんに思わせないための配慮なのだ。

 

 そして、話し合いの結果、イルリアの予想通り、ジェノはこの依頼を受けることを決めたのだった。

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