彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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④ 『恨むべきものは』

 今後の話し合いが終わった後、馬車でこの街のカーフィア神殿に戻ってきたサクリは、先程まで一緒だったロウリアという名前の神官に案内され、お客様用の寝室に案内された。

 

 かなり上等な部屋だ。それに、体が思うように動かない自分のためにと、二十代半ばくらいの若い神官の女性を一人付けてくれた。

 地方の神殿の神官見習いの一人でしかないサクリには、破格の高待遇と言ってよいだろう。

 

 もっとも、それは、サクリが健常者であればの話だが。

 

「治療室を貸して頂けるとまでは思っていなかったですけれど……」

 サクリはベッドに横になり、心のなかでそう愚痴を口にする。

 

 この朽ちていくだけの体を少しでも長く持たせるためには、数時間おきの癒やしの魔法が必要だ。だが、自分の世話をするというこの神官の女性が、魔法をまったく使えないのは明らかだった。彼女からは魔法の力の片鱗を感じなかった。

 それに、サクリをベッドの上に横たわせると、布団をかけて彼女は部屋を出ていってしまったのだ。

 

「……私が地方とは言え、神殿長の娘だから、最低限の体裁を取っているだけ……」

 あのおせっかいな自警団の男性に連れられて、この神殿にやって来たばかりの自分に向けられた視線を、サクリは覚えている。

 

 見苦しい者を、直視したくない者を見る目。

 あれこそが、このような心無い上辺だけの気遣いをする、あのロウリアと言う名前の神官の気持ちなのだろう。

 

 重病の自分が死んでも、自分たちは取るべき処置をしっかりとしていたと言い訳ができるようにしているだけだ。

 

「……このままなら、私は早くに死ねるのかな?」

 今の自分には何も残っていない。

 大切な友達を失った自分には、何も残されていないのだ。

 それならば、このまま楽になりたい。

 そう思ってしまう。

 

「……でも、何もかもを放り投げて死んでしまっては駄目。命の限り生きようとしない者を、カーフィア様は楽園に導いては下さらないから……」

 

 大切な友人を目の前で失ったあの時、サクリは彼女達と運命を共にしたいと思った。

 だが、そんな彼女が考えを変え、生きようとしたのは、ただただ、天国での再会を願ったからだった。

 

「私を守って、カルラもレーリアも勇敢に戦った。だからカーフィア様は絶対に、二人を天国に導いて下さったはず。だから、私も天国に行けるように頑張らないと……」

 もうサクリには、この世に望むことはない。

 ただ、死後に大切な友人に再会することだけを願い、それだけを希望に生き続ける。

 

「カーフィア様。貴女様をお恨みしたことを、なにとぞお許しください。私は、貴女様の教えを最後まで守り、生きることに努めます。この苦しみにも耐えます。ですから、どうか私が死んだら、あの二人のもとに導いて下さい……」

 

 そう、カーフィア様をお恨みするなど、失礼この上ない話だ。

 自分がこんなに不幸なのは、カーフィア様のせいではない。

 だって、カーフィア様は私にあの二人との再会する方法を教えてくださっているのだから。

 

 ……では、私は誰を恨めばいいのだろう?

 

 十五歳の若さで不治の病に侵された。

 そしてずっと、苦しんで、苦しんで……。

 

 最後の思い出にと、自分の命よりも大切に思っていた親友二人と旅をしていただけなのに、そんなささやかな願いさえ奪われたこの身の不幸は、一体誰のせいだというのだろう。

 

「……ああっ、そうなのですね……」

 

 子供でも知っていることだ。

 この世界は、もともと不完全な世界なのだ。だから、こんなにも悲しみに溢れている。

 だから、自分はこんなにも不幸なのだ。

 ささやかな望みさえ奪われるのだ。

 

「この世界が悪いのですね。私から奪うばかりのこの世界が……。それならば、こんな世界なんて、なくなってしまえばいいのに……」

 そんな事を願いながらも、サクリは微笑む。

 

 ようやく、見つけることが出来たから。

 自分が唯一、恨んでもいい存在を。

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