彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㉖ 『聖女』

 この村、『聖女の村』で一晩を明かした。

 やはり、空気が重い感覚が消えてくれないことに加え、リットの身勝手な行動が腹立たしくて仕方なく、イルリアはよく眠れなかった。

 

 だが、さして今はできることはないので、朝食を食べた後に、イルリアはベッドに横になって体力回復に努めた。

 午後からが本番だ。醜態を晒すわけにはいかない。

 

 ジェノは、結局リットの提案を受け入れなかった。

 きっとそれは、サクリの事を見捨てられないからだろう。もう、彼女をこの村に送るという契約は終わっているのに。

 

 相変わらず、他人にはとことん甘く、自分のことをないがしろにする男だ。馬鹿としか思えない。

 

「リットの言うことを、あいつは全面的に信用している。それなのに、あいつは私を納得させるために、聖女様に会うことを了承した」

 そして、ジェノがこの村に留まるのを選択した理由の一つが、自分のためだと分かることから、余計にイルリアは腹立たしい。

 

「聖女様なら……。それだけが今の私の希望」

 高価な古代の魔法が掛けられた品を手に入れ、ジェノにそれを使用したが、結果として全て徒労に終わった。

 商人の端くれとして、それらの品を転売することで損はしていない。しかし、自分は未だに一番の負債を返済できないままなのだ。

 

 そう、あいつがもしもこんなお人好しでなかったら、私は多額の賠償金を、一人の人間が一生をかけて稼ぐ金額以上を請求されてもしかたがない立場なのだ。

 お金ではなくても、もし、この体を要求され、生涯を奴隷として尽くすように命令されても、文句は言えない。

 それほどのことを、私はしてしまったのだから。

 

「あいつが、そんなことを要求する人間だったら、どれだけ楽だったのかしらね」

 イルリアは力なく微笑む。

 

 もしも、自分に多額の金銭や肉体関係程度を要求する男であれば、イルリアはジェノを軽蔑することができた。自分に否があるとしても、それを盾に無理やり何かを要求してくる相手であれば、こちらも恨むくらいのことは許されると思う。

 でも、あの馬鹿は、ジェノは、あの時こう言ったのだ。

 

『全て俺の責任だ。お前が気にすることではない』

 

 と。

 

 

 それは、残酷な言葉だった。

 何も要求してはくれない。恨み言を言ってはくれない。私の罪を罪と認めてさえくれない。ゆえに、罰してもくれない。

 

 分かっている。あいつは、全てを忘れろと言っていたのだ。

 でも、それでも私は、そんな無責任な女ではいられない。

 

 罪を罪と思わず、己の傲慢さを振り返ることがない。

 それは、この世で最も嫌悪するあの女と同じになってしまうことを意味する。

 

 家族を裏切り、その事にまったく心を傷めない、あの最低の女と同じになんてなりたくない。

 

 

 ……最低だ。

 結局、私は自分がそうしたくないから、罪を償おうとしているだけだ。

 

 そのために、結局、ジェノにさらなる迷惑を掛けている。

 そして、心の何処かで、そうしてくれるのが『当たり前』だと思っている自分がいることに気づく。

 

 だって、私はこんなに頑張っているのだもの。

 だって、私はただの女の子なのに、ここまでやっているんだもの。

 だから、そんな健気に頑張る私に、少しくらいは、協力してくれてもいいわよね?

 

「……吐き気がするわ。なんて、身勝手で図々しい女なの……」

 

 リットに言われた言葉が胸を刺す。

 知っている人間から教えてもらえるのが当たり前だと思っている、と言われたあの言葉が。

 

「でも、自己嫌悪なんていつでもできる。とにかく、私はなんとしてもジェノに借りを返済するのが先決。そして、もう一度あいつに心から謝ろう……」

 こみ上げてくる涙を拭い、イルリアは決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジェノとイルリアは、宿を訪ねてきてくれた神官見習いの少女の案内で、神殿奥の部屋に通されたのだが、その荘厳さに驚いた。

 

 華美ではないが、調度品一つとっても気品にあふれている。おそらく、この神殿でもかなり重要な来客を迎えるための部屋なのだろう。

 先に案内された、ナターシャ神官と話をした部屋とはまるで違う。

 

 ジェノはイルリアと一緒に、勧められるまま椅子に腰を下ろしていたが、程なくして、部屋のドアがノックされて、ナターシャ神官が部屋に入ってきた。

 

 そして、四十前後だろうか? 純白のローブを身にまとった品のいい女性がそれに続く。

 ベールを身につけているだけで、他の神官達の服装と差異はないはずなのだが、彼女自身が身にまとう、穏やかな雰囲気に自然と目が奪われてしまう。

 

 ひと目で、この女性が<聖女>と謳われるジューナ神殿長だとジェノもイルリアも理解した。二人は席を立って会釈をする。

 すると、女性は穏やかに微笑み、深々と頭を下げた。

 

「この神殿で神殿長を任されております、ジューナ=ハルネスと申します」

 優しい声で、ジューナはジェノ達に自己紹介をする。

 

「イルリア=セレリクトと申します」

「ジェノと申します」

 イルリアに倣い、ジェノも名乗るが、ファミリーネームは口にしなかった。

 だが、その事に眉をひそめたのは、ジューナの後方に控えるナターシャ神官だけで、ジューナは顔を上げて、上品に笑う。

 

「イルリア様に、ジェノ様ですね。この度は、信徒サクリを、このような遠方まで無事に送り届けて頂き、心より感謝致します。さぁ、どうぞお座りくださいませ」

 ジューナはジェノ達に先に座るように勧め、ジェノ達が座ってから、「失礼致します」と言って静かに椅子に腰を下ろした。

 

 何気ない所作にこそ、その人物の人柄というものが現れるものだが、ジューナは、年若い自分達にも深く敬意を払ってくれていることがよく分かった。

 

 イルリアの話だと、それなりの金額の寄付を約束しているらしいが、この女性は、寄付の有無で態度が変わるような人物には見えない。

 いままで、女神カーフィアに仕える人間に好印象を持ったことはなかったが、ジェノは素直に目の前の女性に好印象を抱いた。

 

 すぐに、先に出されていたお茶の代わりが運ばれてきた。

 そのタイミングで、イルリアが口を開く。

 

「この度は、私共のためにお時間をお取り頂きありがとうございます。聖女と名高いジューナ様に、どうしても見て頂きたい者がおりまして、無理を通させていただきました。なにとぞ、お力をお貸し下さい」

 イルリアは、眼前のテーブルに額を付けんばかりに平伏し、ジューナに訴えかける。

 

「どうか、お顔をお上げください、イルリア様。我らが信奉する女神カーフィアは、大地と人々の交流を司る慈愛の女神です。病める方が居られれば、自ら進んでその治療に当たることが我ら信徒の責務。

 されど、我らの力不足により、このような場所に自ら足をお運び頂かなければ、その使命を果たせません。ご足労をおかけしたことを、お詫び申し上げます。そして、微力ながら、私の力がなにかのお役に立てるのでしたら、これに勝る喜びはございません」

 ジューナはそう言い、逆にジェノ達に頭を下げた。

 

「そして、『聖女』などという呼称は、私のような未熟者には不相応なものです。どうか、ジューナとお呼び下さいませ」

 頭を下げたまま、言うジューナに、イルリアは顔を上げるタイミングを失ってしまったようだった。

 そのため、ジェノが「どうか、お顔をお上げ下さい」とジューナに顔を上げてもらう。

 

 ジューナが顔を上げたのを確認し、イルリアも顔を上げた。

 だが、そこでイルリアと目があったジューナは、微笑ましげに笑みを浮かべる。

 穏やかなそれにつられて、イルリアも思わず微笑む。

 

「なるほど、聖女か……」

 ジェノは言葉には出さずに、眼前の女性が<聖女>と呼称される理由を垣間見た気がした。

 

「さて、それでは、早速症状を確認させて頂きましょう。ナターシャ神官。用意をお願いします」

「はい、ジューナ神殿長」

 もったいぶる様子もなく、ジューナはナターシャに命じ、部屋の隅に別の椅子を用意させる。

 

 事前に、イルリアが患者を連れて行くと話していたことから、連れのジェノが患者で有ることは分かっているのだろうが、傍目には健常者にしか見えないはずの彼の様子に怪訝な表情を浮かべることもなく、ジューナは微笑む。

 

「さて、ジェノ様。それでは、あちらにお座り下さいませ。大丈夫です。何も怖くはありませんよ」

 まるで幼子を安心させるような物言いだが、ジューナに言われると、腹立たしい感じはまるでしない。むしろ安心感すら覚えてしまう事に気づき、ジェノは少し戸惑った。

 

 そして、ジェノがナターシャの用意した椅子に座ったところで、<聖女>ジューナの診察が始まった。

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