彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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⑨ 『隠し事』

 裏口からジェノ達が戻ってきた。

 

 店の入口近くの席に腰を下ろしていたイルリアは、それを横目で確認して嘆息する。

 

 店にやってくるなり店番をメルエーナとバルネア任され、ひとりで留守を守っていたのだが、先程、怒りを隠そうともしないレイが弟を連れて帰っていった。

 そして、ジェノは頬を腫らしている。何があったのかは考えるまでもない。

 

 バルネアとメルエーナは、手当をしなければいけないと何度も言っているのだが、ジェノは「たいしたことはない」とだけ言ってそれを断り、こちらに歩み寄ってくる。

 

「イルリア、来ていたのか。だが、すまんが、今晩の……」

 

 ジェノの言葉はそこで止まる。その代わりに、乾いた音が店中に鳴り響いた。

 話しかけてきたジェノの腫れた頬を、イルリアが全力で引っ叩いたのだ。

 

「私に話しかけてくる暇があったら、後ろを見なさいよ。バルネアさんとメルが、手当をしないと、って言っているのが聞こえないの?」

「……手当が必要なほどの怪我はしていない」

「あんたの判断なんてどうでもいいわ。私は、これ以上二人を心配させたらただではおかないって言っているのよ。それとも、手当を受けないといけないような大怪我をしたいわけ?」

 

 イルリアはそう言うと、腰のポーチから銀色の薄い板を取り出した。青白い光を放つそれは、凶器だ。人間一人ならば殺せるほどの雷がそこに封じられているのだから。

 

 だが、それを見ても、ジェノは眉一つ動かさない。目の前のこの板が凶器だと知っているにも関わらず。

 

「選びなさい。大怪我をするか、おとなしく手当を受けるのかを」

 そう言ってイルリアはしばらくの間ジェノを睨みつけていたのだが、今回は珍しくジェノの方が折れた。

 

「……分かった。だから、それをしまえ。暴発でもしたら店がただではすまない」

 ジェノはそう言うと、メルエーナが手にしていた薬箱を手に取り、自分で手当てを始める。

 

 そのことで、少しだがバルネア達は安堵の表情を見せたので、イルリアは先程の板をポーチの中に戻した。

 

 自警団とひと悶着があったのだろう。彼らとジェノが顔を合わせないようにというバルネア達のはからいで、イルリアは店の奥の居間に案内された。

 

 そして彼女は、テーブルを挟んでジェノと一対一で話を始める。

 バルネアとメルエーナは、自警団のメンバーが来たときの接客のために店で待機をしているためだ。

 

「それで、あんたはいったい何をしたのよ。レイのあの顔、普通じゃあなかったわ」

 ジェノの手当が終わると、イルリアは単刀直入に尋ねる。決してごまかしは許さないという強い気持ちを込めて。

 

「今回の事件の犯人を、自警団から横取りした。そして、そいつを俺が殺した」

 あまりにも端的な説明に、イルリアは呆れるしかない。

 

「だから、今回の一件はもう片がついた。来てもらって申し訳ないが、今晩の依頼はない。だが、お前の時間を奪ったのは確かだ。その詫びを含めて報酬は払わせてもらう」

 決定事項の確認のような一方的な物言い。だが、イルリアは腹を立てはしなかった。

 

 なんだかんだと一年以上この男との腐れ縁は続いているのだ。こういった相手を怒らせる物言いをするときは、決まって何かを隠そうとするときだとイルリアは知っている。

 

 だが、それ以上に、この男の口の堅さも理解している。いくら自分が尋ねても決して真実を話はしないだろう。

 

「報酬なんていらない、といってもあんたは押し付けてくるのは分かっているから受け取るわ。そして、これ以上の追求をしても無駄だから諦める。でも、一つだけ正直に答えなさいよ」

「何だ?」

「みんなに恨まれることくらい分かっていたんでしょう? それでも、あんたにはやりたいことがあったという事なの?」

 

 その問いかけに、ジェノは「質問の意味がわからんな」と答えたが、一瞬言葉に詰まったのをイルリアは見逃さなかった。

 

「そう。でも、私は分かったわ」

 イルリアはそれだけいうと席を立つ。

 

 これ以上、この腹が立つ男の顔を見ていたら、また頬を引っ叩いてしまいそうだったから。

 

「イルリア。今回の件は俺の独断。お前は何も知らなかった被害者だ。誰かになにか尋ねられても……」

「それ以上なにか言ったら、本気でアレを叩き込むわよ」

 

 イルリアはそれだけいうと、ジェノに背を向けて部屋を後にした。

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