彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㊶ 『人質』

 この刃は、どうしてこの手が届く範囲しか斬る事ができないのだろう?

 

 あの外道の喉笛を断つ事ができない自分に、私は歯噛みする。

 あの男さえ、国王ガブーランさえ殺すことができれば、多くの命を救うことができるというのに。

 

 

 この村への配属が決まった私は、希望に胸を高鳴らせていた。

 敬愛するジューナ様のもとで、病に苦しむ人々の手助けをすることができる。

 それは、女神カーフィア様の信徒として、この上なく名誉なことで、私の幼い頃からの夢に他ならなかったからだ。

 

 今でもはっきりと覚えている。

 流行病に苦しむ私達の村にわざわざ足を運ばれて、ジューナ様は、その強大な魔法で、私を含む村人三百名の命を救って下さった。

 

 その上、懸命に病と戦っていたが故に、自らも病に冒されてしまった私の父と母が、自分たちの不甲斐なさを悔いて謝罪すると、あの方は私の両親を優しく抱きしめてくださり、

 

「カーフィア様の教えを守り、この村だけで病を食い止め、自ら病魔に冒されながらも人々を懸命に救おうとした皆さんの献身。私は何よりも尊く思います。

 ありがとうございます。皆さんの頑張りのおかげで、多くの命が救われました」

 

 そう言って、優しく微笑まれたのだ。

 

 父と母は落涙して、その場に泣き崩れた。

 側でその話を聞いていた幼い私も、止めどなく流れ落ちる涙を堪えることができなかった。

 

 命を賭して人々を救おうとした父と母の努力を、この方は認めて下さったのだ。

 

 この方のお力になりたい。

 いや、必ずお力になる。役に立ってみせる。

 

 そう幼い私は誓いを立てた。

 

 それが叶う機会が訪れた私は、本当に希望に胸を膨らませていたのだ。

 何も知らなかった、あの頃の私は……。

 

 

 

 この『聖女の村』の神殿に転属になって一週間が経ち、ようやく勝手を掴み始めた頃に、私はジューナ様の私室に呼ばれてその事実を知った。

 

「ナターシャ。貴女に話して置かなければいけないことがあります」

 

 この大地は、汚染されている。

 その事実を聞いた私は、我が耳を疑った。

 しかし、ジューナ様の悲痛な表情に、私はそれが事実だと理解する。

 

 そして、もう自分には、いや、自分達には救いはないのだと理解してしまった。

 

 ジューナ様の姿に心を打たれた国王ガブーランは、人々を救うために奔走する聖女のために、新たに村を作り、そこに大きな神殿を建てた。人々を救うための巨大な施設を。

 

 だが、それは表向きの理由だった。

 

 この地は、以前よりガブーランの命令で、未知なる力の研究が行われていたのだ。

 その力は、魔法に非常によく似た、けれど魔法とは異なるエネルギーなのらしい。

 

 便宜的になのか符丁的な意味なのかは分からないが、そのエネルギーは、<霧>と呼ばれ、ずっと研究が進められていたのだ。

 

 その<霧>は、生物に注入することで効果を発揮するのらしいが、その力を使いこなせる者は現れることはなかった。

 十年以上研究は続けられたらしいが、何の成果も挙げられなかった事により、その研究は破棄されることとなった。だが、そこで事故が起こった。

 

 厳重に管理されていた<霧>が、大量に漏れ出したのだ。

 

 霧は、またたく間にこの地に広がり、その上、少しずつだが確実に増殖していくことが明らかとなった。

 このままでは、この山奥の施設だけでなく、山全体に広がり、やがて麓の港町ルウシャにも汚染が広がることを危惧したガブーランは、ここでその対応に当たらせる人物を見つけ出した。

 

 それが、聖女と名高いジューナ様だった。

 

 ガブーランはジューナ様を騙し、汚染された土地に村を作り、そこにあの方を招いたのである。

 

 もちろん、聡明な上に凄まじい魔法の力を持つジューナ様は、この地が汚染されていることに気づき、ガブーランを糾弾した。

 

 だが、すでに手は打たれてしまっていたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 反吐が出る。

 それが、ジェノの抱いた感想だった。

 

「それで、どうしてジューナはガブーランの言いなりになったんだ?」

 感情を殺し、ジェノはリットに尋ねる。

 

 事実を人々に伝え、避難するのが最善の策のはずだ。だが、こんな誰でも思いつく方法を取らなかったのには、それなりの理由があるのだろう。

 

「なぁに、シンプルな理由だぜ。人質だよ。ガブーランは、人質を取ったんだ」

「人質? ジューナや神殿の関係者の肉親などの命を握っていたのか? だが、それだけでは……」

 

 ジューナ達が、どうせ人質も生かされ続ける保証がないと思い、反旗を翻した途端、そんなものは何の意味もなくなる。

 まして、かの高名な聖女を敵に回せば、世論は間違いなく聖女に傾くだろう。あまりにもリスクが高すぎる。

 

「うんうん。そうだよねぇ。だから、国王様はもっと大きなものを人質にしたんだ」

「勿体つけるな。ガブーランは何を人質にしたんだ?」

 ジェノの叱責に、リットは「へいへい」と全く反省していない態度を取る。

 

「まぁ、たしかにもったいぶることではないよな。簡単だよ。この国の全てだ」

「この国の全て?」

 ジェノには漠然としすぎて、その言葉の意味がわからない。

 

「そうそう。件の<霧>を研究していた施設は、この国だけでもまだ何か所かあるんだとさ。その<霧>を国内にばら撒くと脅したのさ」

「馬鹿な! 自分の国を弱めるだけだろう。なぜ、そんなことを……」

「さぁね。ただ、シンプルな思考だと思うぜ」

 リットは口の端を上げて、楽しそうに笑う。

 

「国王様は、何よりも自分が可愛いんだろうさ。だから、自分を害する、自分を認めない国なんてものには興味がないんだろうぜ。

 その証拠に、ジューナ様の故郷は、すでに<霧>っていうものが巻かれてしまったらしい。いやぁ、分かりやすい小物だねぇ」

 その言葉に、ジェノは拳を握りしめる。

 

「というわけで、聖女様はこの村だけでなく、この国の人間全てを守るために今まで懸命に頑張ってきたんだよ」

「……そうか」

 ジェノは静かにそれだけ答え、リットの目を見る。

 

「あっららぁ。てっきり、『俺はそんな人間を殺してしまったのか?』か言って、苦悩するジェノちゃんが見れると思ったのに、残念だなぁ」

 リットはそんな軽口を叩いたが、ジェノは何も言わず、微動だにしない。

 

「はいはい。わかったよ。話を続けますよ」

 リットは面白くなさそうに嘆息し、再び口を開く。

 

 そして、ジェノはようやく自分達がこの事件に巻き込まれた理由と、サクリが隠していた事柄を知るのだった。

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