彼は、英雄とは呼ばれずに   作:トド

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㊷ 『禁呪』

 生き地獄だった。

 本当に、そうとしか呼べない苦悩の日々だった。

 

 この村は汚染されている。<霧>に汚染され続けている。

 

 力の弱い老人や子供達が化け物に変わっていく。けれど、その事実を村人達に知られてはいけないのだ。

 

 口を封じなければいけない。

 そうしないと、監視者に密告されるから。

 

 ――とある商人に、この村に化け物が出没するということが漏れたことがあった。

 

 けれど、彼は心からジューナ様を敬愛し、協力を約束してくれていた。こんなひどいこの村の実情を知っても、彼は私達の力になると言ってくれたのだ。

 

 だが、その商人は、村を出る前に監視者の一人に殺されてしまった。

 私の目の前で、私の……、私の同僚の神官に殺されたのだ。

 

 後悔の涙を流し、けれど、家族を守るために、私の同僚はジューナ様を裏切った。

 

「すみません。今度は、私の番だったんです。もしも、もしも、事実が少しでも漏れたら、私の家族と、愛しいあの方を殺すと言われて……」

 

 村には、私達神殿に仕える者の家族からの手紙が来ることがあった。

 常に心をすり減らし、娯楽などもないこの神殿での生活で、その手紙がどれほど皆の助けになっていたか計り知れない。

 だが、ガブーランは、その僅かな希望さえも利用した。

 

 偽造は言うに及ばず、家族に無理やり手紙を書かせて、神殿内に裏切り者を、自分の連絡役を作り、私達を常に監視しようとしたのだ。

 

 もちろん、こんなことはすぐに対応できる。

 手紙は全て本人以外の第三者が内容を確認することとした。

 

 けれど、そのことが何か別の手段でガブーランに漏れた。

 

 それを知ったガブーランは激怒し、結果、ジューナ様の故郷が、あの男の命令で<霧>に侵食された。

 

 少しでも自分に反抗する行動は許さない。

 もしも、逆らうのであればこうなる。

 

 あの外道は、国王などと名乗る資格のないあの屑は、その見せしめのために、ためらいもなく自国の民を苦しめるのだ。

 

 

「……もしも、この村の秘密が漏れる恐れがある場合は、報告をして下さい。私が対処致します」

 あのジューナ様が、聖女と呼ばれるあの方が、そう決断し、自らの手で救うべき無辜なる人々を手に掛けることを決めた。

 

 その覚悟に、何も知らない年若い神官見習い達を除き、この村の真実を知る私達は全てを捨てて、聖女様と運命を共にすることをカーフィア様に誓った。

 

 こんな不敬な誓いなど、決してあってはいけない。

 

 だが、この地に顕現されることができないカーフィア様の代わりに、私達がこの国を、人々をあの暴君の手から守るのだと。

 そんな言い訳でもなければ、私達は立ち上がることもできなかったのだ。

 

 人々を救うべき私達が、カーフィア様の信徒が。

 罪のない人々を、ただ知ってはいけない事実に触れてしまったというだけの理由で殺めなければいけない。

 

 聖女様を慕い、その名に最後の救いを求めて村にやって来る人々。

 けれどそれは、新たな<霧>の犠牲者を増やすことにも繋がる。

 

 運よく、<霧>の悪影響を受けずにこの村を去る事ができるものもいた。それは、私達が、ジューナ様が懸命に治療と体調管理に努めたから。

 けれど、そんな助かった人々の噂が、また新たな犠牲者をこの村に連れてくるのだ。

 

 これが、地獄でなければ、何だというのだ?

 

 

 ――それでも懸命に、ジューナ様は人々を、そして私達を救う方法を探し続けて下さった。

 

 そして、ようやく私達は、希望を見出すことができたのだ。

 

 ……たとえそれが、禁呪と呼ばれる、外道の魔法であろうとも。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イルリアは体が震えるのを抑えられなかった。

 だが、その震えは恐怖ではない。それは、怒りによるものだった。

 

 しかし、話をするナターシャはそんなイルリアを気遣うことなく、口を開く。

 

「その禁呪というものであれば、この村を汚染する<霧>を浄化する事ができるとジューナ様は仰いました。そして私は、ジューナ様と一緒に禁呪を使用するために必要な触媒を集めたのです。それが……」

「それが、子供達の首と、サクリの……命だったというの……」

 声を絞り出すイルリア。

 

 できることであれば違ってほしいと思いながらも、これまでの話をまとめると、その結論しか出てくれない。

 

「正確に言えば、禁呪の使用に必要な触媒は四種類です。魔法を行使する者がその手で殺めた幼子の首が十二個。行使者以外の者の膨大な魔法力。生贄として類まれなる魔法の力を秘めた乙女の命。そして、最後に行使者の命をも捧げることで、禁呪は完成するのだと……」

 ナターシャはそう言うと、顔を俯けた。

 

「……そんな、そんなの……」

 嘘だと言いたい。だが、この村に入ったときに感じたあの不快な感じが、今は全くなくなっている。

 

 その事実が、イルリアの二の句を繋げさせない。

 

「貴女達が、あの少女を、サクリさんを無事にこの村に送り届けてくれたことには心から感謝致します。ですが、誤解なきように。

 サクリさんは、この事実を知りながら、自らの命を、この国の人々のために捧げると、女神カーフィア様への献身とすることを決めていたのです。決して、私達が唆したのではありません」

 

「……そんな……そんなことって……。ふざけないでよ! それじゃあ、私達は、サクリを……。違う。違う! 私は、サクリに助かってもらいたかった! でも、あの娘は最初から……」

 拳をテーブルに叩きつけ、発せられるイルリアの言葉は気持ちばかりが先走り、支離滅裂なものになってしまう。

 

「私達は、懸命に人々を救うために魂をすり減らしていたのです。敬愛するジューナ様を失うことを覚悟しながら。それなのに、それなのに、貴女たちは、何も知らず、私の仲間たちを!」

 ショックを受けるイルリアは、ナターシャの怒りをただ受け入れるしかなかった。

 

 だがそこで、リットが口を挟む。

 

「おっと、その言い方はフェアじゃあないな。一から全てを話すって約束だろう? ナターシャさん」

「……リット、どういう事?」

「んっ? 不思議に思わないのか? まだ、誰がどうして、こんな大事な事柄に俺たちを巻き込もうとしたのかの説明がされていないだろう?」

 

 その説明を聞き、イルリアは、はっとする。

 そうだ。まだ、どうして自分とジェノがいる宿を、この女が襲撃したのかが不明だ。

 

 すでに儀式が行われていたことから、触媒とやらは足りていたはずだ。

 となると、イースの首を狙ったという事はない。まぁ、ジューナがあの場にいなかったのだから、どちらにしろ触媒にはならなかったのだろうが。

 

「……それは……」

 ナターシャは言葉に詰まる。

 それを見て、リットは嘆息した。

 

「やれやれ。興醒めだ。ジューナ様のためとか言いながら、結局はお前も自分が可愛いんじゃあないかよ」

 最低限の礼節を持っていたリットの口調が、侮蔑に変わる。

 

「リット。どういうことよ?」

「んっ? まだ気づかないの? やれやれ。それじゃあ、ただ話を聞くのも飽きてきたから、ネタばらしをしてしまおうか」

 リットはそう言うと、ナターシャを指差す。

 

「この女は、聖女ジューナが禁呪を使ったという事実を隠したいと考えたんだよ。せめて、聖女の名が美しく後世に伝えたいという我儘な理由でな。

 おそらく、ジューナ様はそんなことは望んでいなかっただろうにな」

 

 そこまで言われ、イルリアもようやく話を理解することができた。

 

「ああ、なるほどね。私達を利用しようとしたって訳。聖女様が死んだ理由は、私達が原因だとするつもりだったのね」

 そう考えれば、いろいろ辻褄も合う。

 

 村に現れた化け物をジェノが倒したことを、この女は喜んでいるようだった。それは、村の人間に私達の存在を深く認識させることに成功したから。

 

 昼に奇襲を仕掛けてきたのも、賊を追いかけながらとはいえ、神殿に向かって私達が武器を手に向かっていった事実を衆目に晒すため。

 

「ええ。そのとおりです。私は、貴女達をジューナ様を殺害した犯人に仕立てるつもりでした」

 悪びれることもなく、ナターシャはそう言い切った。

 

 けれど、それを聞いたイルリアは、何故かさほど怒りがこみ上げては来なかった。

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