時よ止まれ、の魔法の試し方。
同じクラスのみっちゃんはウソつきだ。
それに気付いて早数ヶ月の時、私とみっちゃんは二人だけの勉強会を図書館で開いていた。
私たちの学校は図書室のことを何故だか図書館と呼ぶのが習わしである。
「勉強しなよ」
「うーん、休憩?」
横目で地震展のポスターを眺めながら大鯰をルーズリーフに描いてた手を止める。鯰の上で大小様々の家が揺れていた。
しょうがあるまい。私は三日坊主の達人なのだから。
「そんなんじゃ受かるもんも受からんよ」
「大丈夫、大丈夫。受かるだろうよ」
「頭自体は悪くないのに」
なんて、残念な。とみっちゃんは私にコメントした。
どうもマジメに勉強していたみっちゃんは、宿題が終わって次をやらずにぼんやりしていた私の素行が目に余ったらしかった。
「えー、初夏だもんよ。そんなにカリカリ勉強してたら熱中症になっちゃうよー」
「それはりっちゃんだけの現象だと思うよ。それに今日はサマータイムとやらで六時には下校しないとバスも無くなっちゃうんだから」
「月日に関守なしってねえ」
みっちゃんもケラケラ笑う私を横目に見ながら手を止める。
どうやら彼女は生物の作文問題に悩まされているようだった。指を栞がわりにしていた教科書を何度も問題文と見比べている。
やがて問題文が勝ったのか、みっちゃんは教科書を軽い音と共に閉じた。
お、キリがいいのかしらと声を掛けてみる。
「もうすぐお八つ時なんだからさあ、お茶でもしばこうよ」
「わたしは熱いお茶よりアイスかな」
ぐだぐだと休憩を勧めてくる私に優しいみっちゃんは負けてくれるのか、二人で財布を取り出しながら購買に向かうことにした。
蒸し暑い中、私は結局冷たいほうじ茶を飲んだ。夏には全く売れないのか、温かい飲み物は売っていなかったのだ。
みっちゃんは私の隣の席でスーパーカップのバニラをちびちびと木ベラのスプーンで食べていた。
蝉の音が何十奏にもなっていてどうにも煩わしかった。
「蝉がうるさいねえ。もう少し少なけりゃ風流だと言えたのに」
「毎年こんな風に五月蝿いよ。結婚相手を探すのにご苦労なことだね」
みっちゃんの冷静な感想にもお構いなしに蝉は五月蠅い。
夏の風物詩の一つなものだから、これもまた風流なのだろうと少し納得して、その気持ちを固めるように少しばかりぬるい麦茶を喉に流し込んだ。
そうこうしているうちにアイスを食べ終わった彼女と一緒に図書館まで戻ることになった。
気分転換をしたにも関わらず、うだうだと机に突っ伏した私を見かねたのか、みっちゃんもやる気を無くしたのか、周りに人が居ないのをいいことに口を開き始める。
「この時間が一生続けばいいって思ったことってある?」
「たまーに」
「じゃあ、探してみようか」
何を? と聞くと本、と簡単に答えが返ってきた。
「四時四十九分四十九秒に図書館の何処かに隠されている本を開いた時、永遠にその時間が続くんだってさ」
なあにそれ。
高校の図書館で聞くにはあまりに陳腐な怪談に思わず苦笑が漏れた。
「本は物語を紡ぐもの、時計は時を刻むもの。この二つが合わさったんだから、この『物語』をこの『時間』に留めることだってきっと出来るんじゃないのかな?」
馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても構わないような話なのに、真剣な顔をするみっちゃんを見ていると、どうにもそういった思考が鈍る。
そして、こういった話が意外と好きな私は簡単にいいよ、と返してしまうのだ。
とは言っても、何の手がかりもなく本を探すなんて無理である。みっちゃんによると見れば分かるそうだ。何とも適当な話である。
キョロキョロしながら本の本棚を縫うように歩いていると題名も著者名も見当たらない、真っ黒な表紙の本が見つかった。
「みっちゃ〜ん! これかなあ」
「うわ、見事に真っ黒」
そう言って彼女はペラペラと無遠慮にページをめくった。紙が薄いのか、次々と捲れていく紙を目で追っていると、あるページでピタリと止まった。
細々と文字が書かれているそのページを、みっちゃんの横から身を乗り出して読んでみることにする。
「二人だけの勉強会を図書館で開いたものの、些かやる気に欠けた片方は地震展のポスターを横目に大鯰の絵をルーズリーフの片隅に書いていた――」
この一文から始まる文章は、間違いなく私とみっちゃんのこの午後イチの行動だ。
さっと顔が青ざめる。
みっちゃんがぽつりと私に問い掛けた。
「今何時?」
「四時四十九分四十九秒」
丁度の時間だった。
話は本当だったと、血の気がサーっと引いていくのを感じる。
突然、パタンっとみっちゃんが本を閉じた。
それを皮切りに、まるで金縛りが解けたみたいに私の足がたたらを踏む。
みっちゃんはそれをそのまま無造作にズボッと本棚に仕舞うとトコトコと歩き出していく。ぎぎっと椅子が嫌な音を立てながら引かれて、みっちゃんが座った。
それからため息なのか何なのかよく分からないものを一つ吐くと小首を傾げて言う。
「ウソだよ」
「は?」
「だから、ウソ」
なんで、としか言えなかった。
「さっきの話はりっちゃんが余りにも勉強しないでダラダラしてるから、ちょっとお灸を据えようとしただけの作り話。あの本は……ダミーって知ってる? この学校、作られてそこまで経ってないからさ、本棚の隙間を埋めるためにダミーの、中は普通のノートみたいになっている本を置いてるの。あれをさっき少し拝借してりっちゃんの様子をわたしが書いてたってだけだよ。びっくりした?」
「した」
呆然と目の前の彼女を見つめる。完璧に騙されてしまっていた。
みっちゃんはニンマリ笑って言う。
「時間は止まらないんだから、りっちゃんも手を止まらせないの」
「わかったよ」
彼女に一本取られた、という訳である。何だか悔しくて、宿題の数Ⅲの演習問題を予定したよりも五問多く解いて憂さを晴らすことにした。
一方、みっちゃんは生物の作文問題を諦めたようで、有機化学相手にあれは違うだのこれは違うだの、うんうん悩んでルーズリーフがたくさんの六角形で埋まった。
そして、一時間ほど勉強をした後、下校時間がとっくに過ぎていることに気付き、バスが来ないことを嘆く羽目になった。
だから私は知らない。
あの時、蝉の声が聞こえなかったことを。
図書館にダミーの本は置いてあるものの、それは開ける仕様になっていないことを。学校の図書館で働いている馴染みの司書さんに聞いた時に「いたずらされちゃ大変だからね」なんて教えてもらっていたのだ。
あの時、時計をすっかり読み間違えていた私は五時四十九分四十九秒を四時四十九分四十九秒だと思い込んでいたことを。