仲良し二人組の意外な盲点!
同じクラスのみっちゃんはウソつきだ。
彼女のウソに胃を痛めないようになった頃。
生物の授業で、ある実験をした時だった。
担当教諭の笹本先生は気の抜けた炭酸みたいな話し方をする人で、授業がいつも面白い。
生物を教える先生は皆何故か面白い、というのは私が作ったジンクスだ。
数年前、まだ中等部の生徒であった時、部活の顧問であった沖田先生はやはり生物の先生で。カエルの幼生について話を聞いた時に「ティ◯カーベルじゃないよ、幼生だよ」だの、生物の変態の流れを教わった時に「春先によく湧いて出てくるアレ……あの、お巡りさんにお世話になる方々ではないよ? それにしても困るよねえ。啓蟄辺りに虫と一緒に湧いてくるのかな?」だの。やっぱり面白い先生であったことを思い出す。
でも、先生がそうやって講釈をする時、笑っている人は私以外誰一人としていなかったので、皆が真面目すぎてそういう冗談がすべて流されたのか、それとも私自身の笑いのセンスがかなり独特なのか分からなかった。もしかしたら両方かもしれない。
神経の分野を勉強していたのだが、皆の集中力が途切れてしまったのか、はたまた話のネタがこれしかなかったのかわからない。ただ、もう少しでお昼ご飯というところであったので、皆空腹で気もそぞろであったのは事実だ。
皆の集中力を取り戻すためにはやはり手を動かすのが一番だろう、とのことで、紙コップに静電気を溜める方法を笹本先生が話し始めた。
紙コップを2つ重ねて、アルミホイルで包む。それから下敷きやらバルーンアートで使用する風船やらを使って静電気を溜めて行くのだ。その静電気を使って、皆の神経伝導の速度を測ってみようという話になった。
さすがに静電気だと痛いし、実験のための用意もないとのことであったので静電気を通す代わりに、手をぎゅっと握ることにした。
まず、教室の各々の席に座って目を瞑った状態で皆前後の人と手を繋いだ。私の席は四列目の一番最後だったので、お隣のみっちゃんと手を繋ぐことになる。
やがて皆の手が1本に繋がって。1番端っこの人が先生の合図で繋がれた手をぎゅっと握った。手の刺激は繋がれた手から手へと移っていって、その刺激が伝わったもう一方の端っこの人が手の代わりに握られたストップウォッチを押した。
記録は8.70秒であった。先生が凄く早いんだねと少し驚いたように言う。
「皆若いから神経の伝導も速いのかねえ」
「いや、そんなことないでしょ」
残念ながら皆が若いから説はみっちゃんにばっさりと否定されてしまった。
この授業を受講していた人数は31名だったので、1人当たりの神経伝導速度を皆さんお馴染みの速度計算(小学生の時、『キ』ミの『ハ』ートに『ジ』ャストミートで覚えさせられた)で求める。
「あれま、見立て違いだったみたいだ。皆、本当に31人だよな?」
伝導速度が先生の予想よりも遅かったらしく、先生が何度も私達の人数を数えた。クラスの皆も一様に首を傾げて人数を数え直す。高校の授業なだけあって、やはり人数を余分に数えていたり、逆に少なく数えたりはしていなかった。
その上、小学生の頃にイヤという程使った速度の公式である。小学校、はたまた中学校でも追いかけ回されたからもうDNAの奥深くまでに刻み込まれているだろう。
その上、皆、理系を選択しておいて今更そんなところで躓くはずがない。
つまり、計算間違いの線は消えていた。
皆頭の上にハテナを浮かべながら、授業終了の鐘が鳴ったので解散することになってしまった。
完全なる時間切れ、というやつである。
釈然としないながらも、お弁当のエビフライを口にすることにした。
「それは、先生が人数間違えたんでしょ」
やっぱり何だかおかしかったよねえ、とみっちゃんに話を振ってみると、あっけらかんと彼女は言った。
「いや、皆でも数えたじゃん。31人ぴったりだったよ」
「だから、もう1人いたじゃんか」
「は?」
「皆が目を閉じてる中、私、薄眼を開けていたんだよ。その時に、もう一人、間に割り込んでたじゃない」
信じられないことを彼女は言った。「気付かなかった?」なんて余計な一言を添えて。
思わず少し乱暴に聞き返してしまったが、まあ仕方がないと思った。
算数の話をしている時にいきなりその対極の位置にいる幽霊を割り込ませてきたみっちゃんがいけないのだ。
「そんなのがいたら、その割り込まれた2人が気付かない筈なくない?」
「あのさ、思い出してごらんよ。先生の指示、手繋ぐのと目を閉じるの、どちらが先だった?」
そう言われて回想する。確かに私達は先生の指示に従って目を閉じて、手を繋いだ。
そう、目を閉じてからだ。
授業だとか、学校にそんな失礼な部外者が入れるはずがないだのということは横に置いておいて、可能か不可能かというと可能である。
「それに、りっちゃんとわたしでも手なんて繋いだこと、今までにあったっけ?」
みっちゃんと手を繋いだ記憶なんぞ、あの生物の授業しかないではないか。
幼稚園でもあるまいし、友達と呼ばれる関係であっても手を繋ぐというシチュエーションは余りないと言えるだろう。
「案外、気付かないものだよ。それが誰の手か」
そう言って、みっちゃんは笑った。
「え、じゃあ、もう1人いたから結果がああなった?」
自分の声が微かに震えるのがわかる。
案外、ビビリで気の小さい人間なのだ、私は。
「だと思うよ?」
と彼女は締めくくった。
その後、一拍置いてからみっちゃんはニヤリと笑う。
友人の笑顔に対して随分と失礼な感想だとは思うが、あ、嫌な予感がする、と思った。
「なんてね、ウソだよ、ウソ。幽霊が現実の人間に干渉できるわけないって!しかも、結果だってただ単に皆のチームワークの問題でしょ」
わたし達のクラス、統一感がないものね、と。
私の怖がりようをみて、ついに笑いが堪え切れなくなったのか、息絶え絶えにしながらみっちゃんは言った。
「なあんだあ。毎度毎度騙すようなマネして、酷いわ!私はビビリなんですぅ〜」
「語尾が独特過ぎますぅ〜」
どうやらやはりウソだったらしい。
怖がり損をしてしまったなあと頭を掻いた。
怖がる、というのも意外と体力を消耗するものなので、あまり怖がりたくないものだ。
だから私は知らない。
いつも教室の隅に茫然と突っ立っている、点呼を何故か取られないどこかモノクロな同級生がこの実験に参加していたことを。
32名で計算すると、先生が最初に見立てた通りの丁度良い数字になることを。