部活動に熱心になるだとかゲームセンターにお友達と遊びに行くだとか。学習塾に一直線という方も今の時代は多いのかもしれません。
読んでくださっている皆さんはどうでした?
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください。だっけかなあ」
「うわあ、なにしてんの?」
同じクラスのみっちゃんはウソつきだ。
彼女のウソがある種の友情表現だと気付いた頃。
放課後、部活動に使うための資料を取ってくるために教室の引戸をガラリと思い切り開けた私は、珍妙な儀式を行っているみっちゃんと出くわした。
所謂、陽キャと呼ばれる部類である彼女は本来、誰もいない教室でこっくりさんなんてやるようなキャラじゃない。
きっと、茜色に纏わりつかれながら、頭上で輝くLED照明どころか超新星爆発よりも輝いている他の陽キャメンバーとゲームセンターにでも寄って、微妙にブサイクなマスコットを取るのに苦戦して、千円ほど無駄に遣いながらもそれをゲットする宿命にあるのではないだろうか。
「え、こっくりさん」
「知っとるわ! 何でそんなことしてるの。というかそれ一人寂しくやるもんじゃなくない?」
そう、こっくりさんとは二人以上でやるものである。
電気も付けずに一人寂しくやるものではないはずだ。悪ノリを受け止めてくれる友人相手にキャッキャッと騒ぎながらやるものである。
「いやだなあ、りっちゃん。君がいるじゃない。それ、忘れていったでしょう?」
そうして指差されたのは私の机。
『これで君もキンギョマスター!!』と書かれた図鑑が上に置かれていた。紛れもなく今まさに自分が取ろうとしていたものである。
そういえば、体育の準備体操をしている最中。みっちゃんに今日の部活動で持ち寄る資料がとても重かったのだと愚痴をこぼしたような気がする。しかも、結構値が張ったのだ。紙の枚数と値段はやはり相関関係にあるらしい。
その忘れ物を見たみっちゃんは私がここに取りに戻ることを当然の如く知っていたという訳だ。
物忘れをしたのが運の尽きというやつである。
よっこいしょ、と呟いてみっちゃんの対面に座ることにした。年寄り臭いぞ、と言いながらも、みっちゃんは私にルールを確認し始める。
一つ、恐怖心や不安を抱かないこと
二つ、西か北の窓を開けて換気すること
三つ、質問の途中で指を離してはいけないこと
西に面した窓は開けられていて、カーテンの裾と一緒に、みっちゃんご自慢のひとつくくりの毛先もふわりと浮かしていた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
十円玉がするっと『はい』へ動く。余りにもスムーズに動いたため、私は小さな感嘆の息を漏らした。
「こっくりさん、こっくりさん。明日の天気は晴れでしょうか?」
十円玉は『いいえ』の周りをくるりくるりと旋回した。
どうやら明日は綺麗なお天道様を拝めないらしい。
「鳥居の位置までお戻りください」
十円玉が無事に鳥居の位置まで戻ると、みっちゃんに次は君だと目配せされる。
「えー、こっくりさん、こっくりさん。今日の夕食は何でしょうか?」
十円玉がゆっくりとひらがな表へと動き始めた。
「や」
「き」
「ざ」
「か」
「な」
我が家の夕飯は焼き魚らしい。因みに私の好物ベスト3にランクインしている。
今の時期は鰆なんかが私の好みドンピシャだ。
「鳥居の位置までお戻りください」
十円玉はスムーズに言う事を聞いた。
質問を一巡したのでそろそろお開きだろう。こういった降霊術の類を長時間やるのは少しいただけない。みっちゃんの方へ目を向けた。
「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください」
途端、あんなに元気に動き回っていた十円玉が動かなくなる。さっきまで元気に跳ね回っていたのはどこのどいつだ。とツッコミたくなるのを抑えて今度は私が言ってみる。
「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください」
その後、三回ほど同じ文言をみっちゃんとかわりばんこで唱えたが、こっくりさんが帰る気配はなかった。
「こっくりさん、こっくりさん。次の質問に答えることが出来なかったら帰っていただけますか?」
みっちゃんが言う。そして、私に質問のパスを回した。
十円玉は『はい』の周りを猛烈な速度で旋回し始めた。随分と挑発されている……らしい。
「鳥居の位置までお戻りください」
十円玉はいっそ憎たらしいほどの素晴らしい動きで鳥居の位置まで戻った。
「こっくりさん、こっくりさん。一万八千七百八十二足す一万八千七百八十二はなんですか?」
こっくりさんの動きがピタリと止まった。
そこから出鱈目に『いいえ』やら『はい』やら『あ』だとか『さ』に移動する。道に迷ったような動きを繰り返していた。
分からないのだろう。なんせ算数の問題だ。
怪異、それも低級に計算が出来たら算盤の商売上がったりである。
「分かりませんか?」
みっちゃんが聞いても、十円玉は滅茶苦茶に動き回っているだけだった。
みっちゃんはそれをただ静かに見つめている。いつもニコニコと笑っている彼女にあるまじき、三角定規のような無表情であった。
「契約違反だ。白主の名において、お前みたいな低級は約束に従わなければ生きていかれないだろう? 去れよ」
みっちゃんがそう啖呵を切るとぴたりと十円玉が止まった。
やがて、ぷるぷると小刻みに揺れながら『はい』の位置で動かなくなる。
「「ありがとうございました」」
「いやあ、みっちゃんが言ってくれなかったら帰ってくれなかったかもしれないね」
おお、怖い。とカーディガンの上から二の腕を擦る仕草をした。
「こっくりさんなんて、ウソだよ。いるわけないじゃんあんなの」
みっちゃんが笑う。今日の体育でシュートを上手く決めていた時よりもイイ顔してる。
「え、え、え。だって、え? 動いてた、よね?」
「私が動かしてた」
「私の夕飯は?」
「テキトー」
「君が聞いた天気は?」
「お天気お姉さんが今朝のニュースで言ってた」
どうやら全て彼女の茶番だったらしい。バカバカしいと思いながらも質問を重ねる。
「まじかー。計算、出来なかったの? まじで?」
「まじまじ、あれ答えなんなの?」
「三万七千五百六十四(みなごろし)」
「は? こわっ」
「一万八千七百八十二(いやなやつ)に一万八千七百八十二(いやなやつ)足したら残るは殺し合いでしょうよ」
得意気に笑った私にみっちゃんはドン引いた目をした。
失礼な。みっちゃんがついたウソの方が酷いはずだ。
資料を引っ張り出して、部室へ行ったものの、白板には「帰ってるね☆」の文字。
当たり前ながらもう誰もいなかった。
結局、みっちゃんといつも通りに一緒に帰ることにした。
だから私は知らない。
今日の夕飯は鯵の干物だったこと。
お天気お姉さんが今朝ニュースで言っていた、明日の天気は晴れが百パーセントの一択であったこと。
みっちゃんは暗算が大の得意で、大会での表彰経験があること。
結局、翌日の天気は登校するだけで靴下が濡れるような土砂降りだった。