ウソつき怪談のススメ   作:笹貫 満

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 エレベーターのある学校って特別感がありますよね。

 エレベーターはお好きですか?



陸 エレベーターでちょっとそこまで

 

 同じクラスのみっちゃんはウソつきだ。

 

 彼女のウソに幾分か慣れてきた頃。

 

 体育の授業は大繩だった。どうも、私たちの今年の体育祭の学年種目は『これ』らしい。毎年、先輩方を見ていたので知ってはいたが、こうした種目をやるのは小学生以来である。

 

 「りっちゃん……。そんなことってある? 大繩だよ?」

 

 「しょうがなくない? たかが大繩、されど大繩だよ?」

 

 そう、久しぶりに大繩をした私は縄を跳んだその瞬間にギックリ腰になったのだった。

 

 保健室の先生には「赤ちゃんからご老人までなるから気にしないで大丈夫よ」と優しい言葉を掛けてもらったものの、痛いものは痛いし、お婆ちゃんだと言われればもう甘んじて受け入れるしかあるまい。

 

 小中高生はそういった年寄りネタが好きなのだ。二十五歳のまだ年若く、花盛り中の花盛りである女性の教師を『ババア』とあげつらい、悪口を言いまくるくらいには。

 

 失礼なことである。

 

 数学を教えるその先生の他は年が近いといえる先生がいないからいじりたくなるのかもしれないが、言っている彼ら彼女らも後七、八年したら同じ年になる癖によく言うものだ。

 

 「荷物、これだけでいいの?」

 

 「荷物は大丈夫。ありがとう。悪いけど図書館寄ってもいい? 返却物あるんだ」

 

 みっちゃんは快く頷いてくれた。

 けれど、ここは一階で図書館は同じ棟の三階に位置する。一応、階段を使おうと足を動かしてみたものの腰に響いた。

 

 結局、エレベーターを使うことにした。先生、又は足を負傷した生徒用のエレベーターなので、足に怪我を負ったわけでもない自分が使うことに少しの罪悪感を覚えたものの、みっちゃんは使用感を確かめる大チャンスだと私を狭い箱の中に押し込んだ。

 

 数秒で図書館のある三階に着く。返却ボックスにひょいと本を入れて、ポップでお勧めされていた本を借りた。図書館の入り口で佇んでいたみっちゃんのところに腰をかばいながら戻る。

 

 「終わったの?」

 

 「うん」

 

 じゃあ、遊ばない? とみっちゃんは言う。

 

 遊ぶと言ったって、学校周辺には畑と田んぼしかないし、学校外の知り合いと言っても案山子ぐらいだ。

 ついでに今の私はギックリ腰で腰を痛めている。校庭で遊ぶのは無理があるだろう。

 

 「いいけど、何するのよ?」

 

 「エレベーターを使うんだよ」

 

 どうにも、異世界へ行く方法とやらを試そうということらしい。

 

 

 

 丁度放課後で、教師たちも職員会議で職員室に缶詰め状態を免れない上に、私の怪我の功名とやらでエレベーターに乗っても怒られない。何という好都合なのだろう、とのことだ。

 

 持っていたスマホで検索してみると、異世界訪問のために使うエレベーターは、十階以上必要だそうだけれど。

 しかも、一人でやろうという気はさらさらない。

 

 「うちの学校のエレベーター、四階までしか行かないよ? しかも四階は屋上への入り口だけしかないし」

 

 「四イコール死。みたいな言葉遊びもあることだし、アレンジしてみよう。どうせお遊びなんだしさ」

 

 それもそうである。そもそも、一人だという制約があるのだ。それさえも破ろうというのにエレベーターの表示階数くらいなんだと言うのだ。

 

 早速、一階に戻ってからまた乗り込む。

 

 四階、二階、三階、二階、四階に移動する。

 

 移動のボタンを押すのはみっちゃんが買って出てくれた。

 

 「エレベーター、きれいだよねえ」

 

 「バカ高い学費払ってるんだから、設備くらいはきれいでいてくれないと」

 

 ぽつりぽつりと雑談を交わす。

 幸か不幸か、エレベーターに乗り込んでくる人物は誰一人いなかった。

 

 「次、五階だってさ」

 

 「無いしなあ。二階でいっか」

 

 みっちゃんの指が二階のボタンを押した。

 

 「女性が来るんだっけ?」

 

 「人間じゃないやつね」

 

 「知り合いだったらどっちにしろアウトだね」

 

 ぼそぼそと話し合って、無意識に段数を数える橙色の光を目で追った。

 

 どうしてもエレベーター内ではぼそぼそとした声でしか話せない。

 声が大きい方だと自認する私としては珍しいものだ。

 

 二階に到着する。音もなくエレベーターが開いた。

 

 女性が堂々と乗ってきたのに驚く。

 軽く私の肩が震えた。その震えは腰に響いて、ううっと唸る羽目になった。

 

 腰痛は死ぬほど痛い。

 

 会釈をした女性はよく知っている人――Z先生である――だった。

 

 まだ年若い先生で、小柄な人だ。眉下で切られた重たい前髪、化粧っけのないその顔、モノトーン調のスーツ。何処かの寡婦のようだった。

 いつも悪口を言われている理由はその格好もあるのかもしれない。この人の倫理の授業はきめ細かでとても楽しいのに。もったいないことだ。

 

 まあ、話さない訳にもいくまい。無視なんてしたら明日も学校へ行くのに気まずくなってしまう。

 

 「先生、何階です?」

 

 「一階をお願い。あら、怪我? 大丈夫なの?」

 

 「腰をやってしまいまして」

 

 「あら、それは大変ねえ」

 

 みっちゃんは一階を押したきり黙ったままだ。お遊びに失敗して少しすねたのだろうか。

 そんなことでいちいち神経を尖らせるような友人ではないはずなのだが。

 

 彼女は先生の授業を取っていなかったっけと思い返してみても、彼女は確かにクラスの後ろの方の席にいたはずだ。そりゃ、何か話すまではいかないとは思うけど挨拶くらいはしなくてはならないのではないか。

 

 一階に着き、先生が降りた。

 

 なんにせよ、私たちのちょっとしたお遊びも失敗と相成ったのだ。

 

 そう思って、一階に踏み出そうとした瞬間、みっちゃんに手首を掴まれる。

 

 「降りないの?」

 

 「どうせなら最後までやっちゃおうよ」

 

 まあ、いいけど。

 

 扉が閉じた。

 

 みっちゃんが四階を押す。

 密室にこうして閉じ込められるのは少し苦手だ。それに私は飽きるのも早い。

 腰痛と相俟って口数がさらに少なくなった。

 

 そして、四階に着いた。

 

 エレベーターの外は真っ暗だった。廊下の伸びたその先にはポツリと屋上に繋がるはずの扉がうすらぼんやりと浮かび上がるだけ。

 

 「めっちゃ静かだね」

 

 しーん、という音が聞こえてきそうなくらいに静かだった。ついでに言うと、みっちゃんも黙ったままだ。

 

 「みっちゃん? おーい?」

 

 声を掛けても無視。隣に変わらずみっちゃんはいたものの、無言である。

 

 十センチの差があるこの身長、その上背を伸ばそうものなら今度こそ確実に腰が死んでしまう。彼女の表情は窺えなかった。

 

 やがて、みっちゃんはエレベーターのボタンを押したのか、扉は閉まり一階へと降りていく。何十秒かでしかなかったが、一階に着いた途端にロビーへ飛び出した。

 

 「え、え? 異世界行っちゃったかんじ? みっちゃん黙ったままだったし?」

 

 ギックリ腰を考慮しなかった私は飛び出した瞬間、あまりの痛さに軸がぶれ、転ぶ。

 

四つん這いのまま、みっちゃんに向かって叫んだ。地声でもうるさいと言われることのあるその声はエコーがかかって四方八方に散った。

 

 みっちゃんはそんなみじめったらしい姿の私に笑う。

 

 「ウソだよ」

 

 「は? また? どこがよー」

 

 「階数足りてないし、一人だけじゃないし。そもそも成功するわけないじゃん」

 

 「四階! めっちゃ静かだったよ! 暗かったし! みっちゃん無視するし!」

 

 「十六時半には電気消えるんだよ。しかも屋上なんて行く生徒、うちの学校にいる?」

 

 只今の時刻、十六時三十二分。

 

 確かに屋上に用がある生徒はいない。あそこには何もないからだ。たまに告白だのなんだので盛り上がっていることもあるが、あそこは監視カメラど真ん中である。用務員さんが苦笑いしながら教えてくれたことを思い出した。

 

 「まっただましたなあ!」

 

 拳を振り上げる私にみっちゃんはやっぱり笑う。

 

 意地の悪いことだ。

 

 質問には答えてくれなかったが、きっと怖がらせるために無視だのなんだのしたんだろう。

 彼女は私に手を伸ばしたが、それを断って一人で立つ。

 

 それでも、彼女と私は友達なので一緒に帰ることにした。

 

 

 

 だから私は知らない。

 

 この学校のバスケットボール部は屋上を練習拠点にしていること。

 

 屋上に繋がるあの短い廊下は自動点灯になっていて、エレベーターが着いた瞬間には点灯すること。

 

 

 僅かに腐臭のした、Z先生とは誰なのか。

 


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