デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデン……   作:葛城

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日輪刀で首を落とされるか日に焼かれない限り死なない鬼だけど、大怪我を負ったりして体力が消耗すると失神したりする描写あるよね

当然ながら、ほぼ毎日切り刻まれていたら、無惨とて消耗するよね( ^ω^)・・・


第十一話: 勝てば良かろうなのだ!

 

 

 

「あ、鬼狩りさんですか? 首を落としに来たのでしたら、どうぞ、ご自由に落としてください」

 

 

 ──特に、私の方から抵抗は致しませんので。

 

 

 

 そう答えたのは、相変わらずゴロゴロとやる気なさそうに寝転んでいる単眼の女鬼。その姿に、鬼殺隊の反応は……三つに分かれた。

 

 一つは、単純に敵だと認識して身構えた者。割合としてはこれが一番多く、即座に鞘から刀を抜いて、今にも切り殺さんばかりに睨みつけていた。

 

 二つ目は、予想外の行動を不審に思い、警戒した者。割合としては、一つ目より少しばかり少ないぐらいで、やっぱり鞘から刀を抜いていた。

 

 そして、三つ目。これは一つ目二つ目に比べて少数ではあるが……女鬼の姿を見て、僅かばかり気恥ずかしそうにたじろいだ者たちである。

 

 いったい、どうして……それは、女鬼の姿に原因があった。

 

 

 簡潔に述べると、あられもない恰好なのだ。

 

 

 女鬼が身に纏っている衣服は、いわゆる白襦袢という寝間着である。当然ながら、寝る為の衣服故に生地は薄くて軽く、ともすれば、透けて見える。

 

 

 そう……透けて見える。というか、透けている。

 

 

 真新しい生地ならともかく、女鬼が着ているそれは、一目で年期が入っているのが分かるぐらいにボロボロだ。そして、それだけボロボロならば……生地そのものが薄くなる。

 

 女鬼は巨大な単眼という人外の特徴こそあるが、首から下は人間の女性にしか見えない。つまり、首から下だけを見れば……痴女にしか見えない姿というわけで。

 

 

 そのうえ、現在の女鬼は体勢までもだらしない。

 

 

 無造作に放り出した手足のおかげで、今にも乳房が零れそうで、股の間まで見えそうになっている。というか、乳首の色合いすらも、目を凝らせば見えてしまっている状況で。

 

 仮に年頃の娘が同じ体勢でいたならば、何と破廉恥なと誰もが視線を逸らしただろう。あるいは、小言の一つや二つは言われてもおかしくない……そんな姿であった。

 

 

「お前は、鬼だな? 無惨は何処だ?」

「あっち」

 

 ぼりぼり、と。

 

 

 尻を掻きながらとある方を指差した女鬼……何だろう、世の父親が見たら嘆いて涙の一つや二つは零すような酷い姿である。

 

 その様は、ソファーにて寝転び通販番組を視聴する暇を持て余した……いや、止めよう、これ以上は過分だ。

 

 

 しかし……だが、しかし、だ。

 

 

 ちょっと呆気に取られている隊士たちを尻目に、女鬼の傍に……突如となくドサドサッと落ちてきたのは、大量の本と……紙袋。

 

 すわ攻撃かと身構える隊士たちを、これまた尻目に……またまた無操作にそれを手に取った女鬼が……袋の中よりつまみ出したのは、淡い茶色の粒。

 

 それを、女鬼は……ぼりぼり、と食べ始める。そして、寝転んだ姿勢のまま、本を手に取り……読み始めた。

 

 

 ──非常に行儀が悪い。

 

 

 思わず、そう思ったのは誰が最初だったか。

 

 元良家、あるいは良家の娘である蟲柱の胡蝶しのぶ、恋柱の甘露寺蜜璃は、そんな女を捨ててしまったかのような姿を見て。

 

 

「えぇ……」

 

 

 と、素直に引いていた。

 

 はっきりと、ドン引きである。

 

 鬼である事を抜きにしても、これは酷い……そう思うぐらいの、情けない姿であった。

 

 必要もなく素足を露わにしただけでハシタナイと言われちゃう時代だ。

 

 そういうハシタナイ姿になるのは絶対に嫌というわけではないが、男性の前でそれをやる勇気は、鬼殺隊とて無かった。

 

 

 ──おい、どうすれば良いのだ? 

 

 

 そして、そんな女鬼を前にして……悪鬼滅殺を掲げる鬼殺隊は、迷いを見せた。

 

 それは、敵対する様子を見せない女鬼に対して情が湧いた……ではない。

 

 

 殺すか殺さないかで言えば、頸は絶対に落とす。

 

 

 それだけは全員に一致している前提である。だが、この鬼は明らかに普通ではない。何故なら……この鬼は、人間以外を食べているからだ。

 

 

 そう……たったそれだけのことだが、鬼殺隊にとっては非常に驚くべきことであり、奇妙な光景であった。

 

 

 何故なら、鬼は人間を食らう。動物等の死骸も食べる事があるらしいが、言い換えれば、人間を食らわなければ生きられない。

 

 そして、鬼は人間が食べる物を食べられない。食べないのではなく、身体が受け付けない。それは、どのような鬼とて例外ではない。

 

 その例外を、眼前の女鬼は行っている。その時点で、明らかに普通の鬼ではない。

 

 傍から見れば、ただ寝転んで物を食って本を読んでいるだけだが……新種の鬼かと、鬼殺隊が警戒して足を止めるのも、致し方ない事だったのかもしれない。

 

 しかし……何時までもこんな場所で足止めをするわけにもいかない。かといって、即座に頸を落とすわけにもいかない。

 

 何故なら、鬼舞辻無惨にとって、この空間はある意味では『日の神』の攻撃から身を守れる安全な隠れ蓑。

 

 地上に出て、空より監視を続ける『日の神』に狙い撃ちされるよりも、番人の手で閉じ込められ続けるのを選んだぐらいに、無惨は日の神を恐れている。

 

 まあ、そもそも出られるのかと言えば、番人が居る限りは出られないのだろうが……とにかく、無惨としても他の雑魚鬼と同等な扱いをしていないのは、想像するまでもない。

 

 先ほど出現した明らかな雑魚鬼であれば容易く切り捨てるが……仮に、この空間を制御している配下の鬼だとすれば、下手に頸を落とすわけにはいかない。

 

 とはいえ、片っ端から洗脳して制御するには時間が掛かり過ぎる。

 

 加えて、全ての鬼は無惨と繋がっている。下手に2度、3度と間違えれば、企みが無惨に露見してしまう危険性がある以上、おいそれと試すわけにはいかない。

 

 

「……単刀直入に問う。お前は、この空間を操っている鬼か?」

 

 

 故に、この場で……変わらず冷静さを保っている隊士……その中でも最強と目されている、富岡義勇が問い質した。

 

 義勇は、特別な目を持っている。『透き通る世界』という、当人曰く全てが透けて見える光景らしい。

 

 それにより、義勇は相手が如何に隠していようが、僅かな呼吸の乱れ、心拍の変化、筋肉や血流の動きなどから瞬時に見極める事が出来る。

 

 

「あ、うん、私で──えっと、もしかして、ここを地上に出してほしいとか、そういうやつですか?」

「む、そうだが……」

「じゃあ、地上に向かって動かすからちょっと待ってください。怪我しないように、だいたい5分ぐらい掛かるので」

「……なに?」

 

 

 だからこそ──義勇は、眼前の女鬼が全く嘘を吐いていない事を把握し……それ故に、驚いた。

 

 何故なら、鬼は嘘を吐く。

 

 大本である無惨の影響からなのか、自らが助かる為ならどんな嘘でもつくし、どんな非道でも笑いながらやる。

 

 それを知っているからこそ、義勇は驚いた。そして、驚いている義勇(と、様子を伺っている隊士たち)を尻目に、カタカタと周囲に振動が走り……はっきりと、強くなる。

 

 

「……あ~、うん、この鬼が言っている事は本当だよ。この空間が、そのまま地上に向かっているみたいだね」

 

 

 自然と、隊士たちの視線が……気配を消して隅の方に居る彼女へと向けられる。とりあえず、彼女が分かっている事をそのまま告げれば……また、視線が女鬼へと向けられた。

 

 

「女鬼、どういうつもりだ?」

「どういうって?」

「今は昼間、地上に出ればお前の命は無い。それに、無惨を裏切れば待っているのは確実な死……何が狙いだ?」

「あ、それは大丈夫です。今の私は無惨との繋がりは解かれていますので、直接殺しに来ない限りは平気ですから」

 

 

 ……少しばかり、沈黙が訪れた。

 

 

「……お前がそうなった経緯を話せ、少し混乱してきた。あと、お前が食べているそれは何だ?」

「これですか、『花ぼうろ』です。それと、経緯は……まあ、つまらない話ですけど、知りたいのなら教えます」

 

 

 そう言うと、女鬼はぼりぼりと花ぼうろ(今で言う、卵ぼうろの事)を食べながら、これまでの経緯を話し始めた。

 

 

 その内容を、簡潔にまとめると、だ。

 

 

 まず、番人によってこの空間へと釘付けにされた当初は、女鬼自身も無惨の命令に従って、何とか隙を作ろうと頑張ったらしい。

 

 でも、番人が強かった。

 

 無惨が鼻水垂らして命乞いするぐらいに強かった。あと、怖かった。ついでのように切り刻まれたけど、それでも鼻水垂らすぐらい怖かった。

 

 あまりに強くて怖くて己では時間稼ぎすら出来ず、なのに使っている武器が日輪刀でなかったせいで、死ねずにみじん切りにされるばかり。

 

 もちろん、みじん切りされたのは女鬼だけではない。多くの鬼が、ここでは死ぬに死ねないまま何度もみじん切りにされた。

 

 なので、無惨自身もそうだが、少しでも盾を増やすためにと片っ端から鬼を作っては、この空間に引っ張り込んだ……けれども、上手くはいかなかった。

 

 番人の動きが速すぎるうえに、鬼以上に無尽蔵の体力のせいで、増やせば増やすほどに速度を上げてゆく。結果、まるで効果が出ないどころか状況が悪化してしまった。

 

 そうして、そのまま、だいたい10年ぐらい経った頃……ある時、女鬼は無惨との繋がり……すなわち、命令権が消失した瞬間があるのを知覚した。

 

 最初は、女鬼も気付いていなかった。だが、何度かその瞬間を体感してから……ふと、女鬼は原因に思い至った。

 

 

 ──あの番人だ。

 

 

 あの番人に切り刻まれ続けている期間が長すぎたせいで、無惨の体力が消耗し、配下の鬼を制御する余裕が無くなってきているのだ。

 

 もちろん、日輪刀で切られない限り、本当の意味で鬼は死なない。だが、ダメージが全く無いかといえば、そんなわけもない。死なないだけで、傷を負えば僅かでも体力は消耗する。

 

 それは、無惨とて例外ではない。そして、いくら無惨とて……瞬きにも満たない一瞬にみじん切りされ続ければ、息切れもする。

 

 おまけに、番人の持つ武器は日輪刀でこそないが、刀身が炎のように熱い。断面が燃やされてしまうせいで再生も二度手間……そりゃあ、徐々に意識も散漫になるわけで。

 

 

「──で、ある時、思い切って無惨の呪いを断ち切ったわけです。おかげで私、その時から頭もスッキリで自由になりました」

「では、何故ここに引き籠っている?」

「いや、だって、日の神様怖いじゃないですか。私、今でこそこんな醜い成りになっていますけど、人間だった時は敬虔(けいけん)な日の神教の信徒でしたから」

「……ならば、どうして鬼に?」

「色々あったのです。罪人で悪人である私は、運悪く無惨のやつに襲い掛かってしまい……そのまま返り討ち、鬼にされました」

「では、どうして今も無惨に協力をしているのか」

 

 

 その問いに、女鬼は首を傾げた。

 

 

「え? 呪いに縛られていた時ならまだしも、今は協力なんてしていませんよ。あくまで配下のフリをしているだけで、あの番人様寄りですし」

「なに?」

「そこの看板だって、真っ赤なウソですから。少しでもやつの注意をここに長く留めるために、日の神様の影響で術が上手く使えず回数制限があるという感じで誤魔化しているだけで……」

「どういうことだ?」

「どういう事も何も、そのままです」

 

 

 女鬼の言い分は、こうだ。

 

 人間だった時の自我こそ取り戻したが、全ては手遅れ。もはや、己は化け物以外の何者でもない。なので、最初は自殺しようと考えていた。

 

 

 しかし、だ。

 

 

 このまま地上に出て自殺するのは構わないが、それをするとこの空間が崩壊してしまい、場合によっては無惨が逃げ出してしまう危険性がある。

 

 元々、女鬼自身は望んで鬼になったわけでもない。

 

 そして、人間としての自我が戻ったが故に、このような存在を野放しにするのだけは絶対に避けなければならないと考えるのは……ある意味では、当然の結論だったのだろう。

 

 

「──で、私は無惨の命令を聞いているフリをしながら実際は何もせず、日がな一日、無惨が切り刻まれているのを横目にこうしてダラダラ過ごしているわけです」

「……どうして、菓子を食べていた? 鬼は人以外食えないと聞いていたが……」

「食べられませんよ。私の場合は、とにかく食べられるまで吐いては食べてを繰り返した結果、これだけは食べられるようになっただけですから……味は、何も感じませんけれども」

「なるほど……」

「分かってはいるけど、人間の時の感覚が懐かしくて……花ぼうろは、仕事終わりの御褒美によく買っていたものなの。だから、これだけは……ね」

「……経緯は分かった」

 

 

 そう、締めくくった義勇は、「だが、お前は鬼だろう」だが、一番重要なことを尋ねる。

 

 

「たとえ他の物を食べる事が可能で、自我を取り戻したとしても、人を食らう事は止められないはずだが」

 

 

 ──ジロリ、と。

 

 

 代表して、義勇が女鬼を睨む。それを受けた女鬼は、「鬼殺隊のみなさんって、ある意味潔癖ですね」よっこらしょと年寄り臭く身体を起こすと。

 

 

「受け入れがたい事だとは思いますけど、死んだ方が世の為人の為っていう(やから)は探せばけっこういるんですよ。そいつが死んだおかげで、助かった命はあるのです」

 

 

 あっけらかんと、言い放った。

 

 

 瞬間、一部を除いた鬼殺隊の誰もが、憤怒に顔色を変えた。

 

 だが、「──落ち着きなさい」それまで静観していた岩柱の悲鳴嶼(ひめじま)が、パンと手を叩いて間を置いたおかげで、暴発はせず……そのまま、悲鳴嶼が言葉を続けた。

 

 

「たとえそうだとしても、それが許されない事だと分かっているのだな?」

「もちろん、分かっておりますよ。所詮はただの自己満足、役割を終えれば、それ以上私が生きる理由はない」

「……南無」

「おや、私を憐れんでくださるのですか?」

「鬼である以上は、滅殺は必定。人の時に罪を犯しているのであれば、なおさら……だが、たとえ非道であったとしても、それで助かる命があることを否定出来るほど、私は聖人ではない」

「……貴方とは、人だった時に出会いたかったですね」

 

 

 ポツリと告げた、その言葉。

 

 それに対して、悲鳴嶼は何も答えなかった。ただ、無言のままに涙を流し、懐に入れた数珠をじゃらりと奏でただけであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、間もなく、絶えず続いていた振動が、ひと際強くなったかと思えば……ピタリと、止まった。

 

 

「先端が地上に出ました」

 

 

 再び訪れた沈黙の中で、女鬼ははっきりと告げた。

 

 

「分かり難くはなっていますが、この空間は巨大な箱のようなもの。天井を壊せば、そこから地上の光が差し込みます」

 

 ──そして、無惨はあそこに。

 

 

 その言葉と共に、先ほど指差した先を、改めて指差す。監視に数名ほど残しつつ、その先を確認しに向かった鬼殺隊は……絶句した。

 

 

 

 何故なら──そこには、体重数トンはありそうな、巨大な赤ん坊がいたからだ。

 

 

 

 だが、ただ大きいわけではない。まるで肉と脂肪をこねて無理やり形作ったかのようなその姿は、強い嫌悪感を抱かせる醜い赤ん坊であった。

 

 その赤ん坊は、まるで腹を守るかのように(うずくま)っている。

 

 そして、その赤ん坊の周囲を……速すぎるがあまり残像を残しながら、1人の男が刀をきらめかせていた。

 

 

 ──番人だ。

 

 

 その姿を見た誰もが、理解した。と、同時に、日の神が無惨を封じるために置いたという番人の実力を……鬼殺隊は、思い知らされた。

 

 番人の剣技は、鬼を殺す為に命がけで肉体を磨き続けてきた隊士たちの目から見ても、言葉に出来ない程に凄まじかった。

 

 

 何が違うのかと問われれば、全てが違う……そうとしか、答えられない。

 

 

 単純な身のこなしもそうだが、重心の移動や足運び、目の配り方、腕の角度に刃の角度、振り抜く速さに力の抜き方に至るまで、全てが……極限の域。

 

 剣術を学び、鬼と戦う術を習得しているからこそ、その凄さが一目で分かる。如何に、人外染みた強さであるのかが、嫌でも思い知らされる。

 

 

 ──なにせ、無惨と思われる巨大な赤ん坊は……けして、無抵抗なわけではない。

 

 

 せめてもの、抵抗なのだろう。赤子の全身より伸びるのは、十数本もの触手。それらの先端には牙が生え揃った口が付いていて、それらが鞭のようにしなっては番人へと叩きつけられている。

 

 その速度、信じ難い速さだ。しかも、ただ速いだけでなく……切れ味も凄まじい。

 

 何せ、触手の一撃が床を切り裂き、砕いている。柱ならともかく、並みの隊士ならば反応すら出来ないままに命を落としていただろう。

 

 事実、柱を除いた隊士たちのほとんどが、顔を強張らせた。

 

 彼ら彼女らは、想像してしまったのだ。手傷を負わせるどころか、一方的に返り討ちに遭うばかりか……最悪、柱の邪魔をしてしまう可能性を。

 

 そして、柱も同様に理解した。

 

 自分たちを除けば、あの触手を掻い潜って攻撃に移れる隊士が非常に少なく……下手すれば食われて邪魔になってしまう事に。

 

 

 ──だが、しかし、だ。

 

 

 なのに、それなのに……番人の実力は、そんな柱と隊士たちの脳裏を過った懸念を、一瞬で拭い去ってしまうぐらいに桁外れであった。

 

 

 あまりに、速すぎる。

 

 あまりに、強過ぎる。

 

 あまりに、桁外れだ。

 

 

 柱ですら一歩しくじれば即死してしまうような猛攻の雨に晒されながらも、それを物ともせずに触手を切り落として断面を焼くだけでなく、瞬時に十数回も切りつけている。

 

 見たままを語るなら、触手が一つ動く度に10回切り返されているような状況だ。

 

 もはや……人の域ではない。誰しもが、畏怖の眼差しを向ける。

 

 それは、戦力の頂点に君臨する『柱』とて、例外ではない。いや、『柱』だからこそ、より強く……番人の強さを思い知らされた。

 

 

 ──だが、それがどうした? 

 

 

 隊士の誰もが……憎悪に突き動かされるがまま、鞘を持つ手に力が入る。暴走こそしなかったが、誰もが……刀を抜いて、飛び出したくなる衝動を抑えていた。

 

 だって……アレは、大切な者の仇なのだ。100回殺しても殺し足りないぐらいの、怨敵なのだ。

 

 

「……くそったれが」

 

 

 けれども、そう零したのは、柱の誰だったか……そう、それは……柱とて、例外ではない。

 

 恨みの強さに大きいも小さいもない。ただただ、憎い。常軌を逸した訓練を乗り越え、命がけで鬼を殺し続けたのも……全ては、鬼舞辻無惨を殺す為。

 

 もし、ここに鬼殺隊しか居なかったら……彼ら彼女らは、喜んで無惨を殺しに向かっただろう。

 

 けれども、現実は違う。自分たち鬼殺隊よりもはるかに強い『番人』が、無惨の動きを完全に抑え込んでいる。

 

 これでは、柱とて迂闊に横入り出来ない。柱ですら、足手まといになってしまう。

 

 下手に入って均衡を崩し、それが原因で取り逃がすような事態になれば、己の命で百万回償おうが償いきれない大罪となってしまう。

 

 けれども、憎い、憎いのだ。

 

 せめて、一太刀……そう思ってしまうのは、致し方ない事だろう。恨みが深いからこそ、己の手で少しでも晴らさねば気が済まない……そう思ってしまうのは、当然の事であった。

 

 

「──番人様が無惨を抑えている間に、天井を崩しましょう」

 

 

 しかし、そんな湧き出る憤怒を誰しもが抑えている最中……ふと、そんなことを呟いたのは……蟲柱の胡蝶しのぶであった。

 

 その場の……特に、柱たちの視線がしのぶへと向けられる。

 

 けれども、しのぶは欠片も怖気づく事もなく……静かに、首を横に振った。

 

 

「私たちは確かに鬼を殺す為にこれまで頑張ってきました。ですが、必ずしも命がけで戦わなくてはならないという話ではありません」

「……何が言いてェ?」

 

 

 これまで沈黙を保っていた柱の1人……風柱の不死川実弥が声をあげれば、「勘違いしてはいけない、という事です」しのぶはそう言葉を続けた。

 

 

 そう……手段と目的をはき違えてはならない。

 

 

 鬼殺隊の目的は、鬼を退治して人々を守る事だが、大前提として存在しているのが『鬼舞辻無惨の討伐』である。

 

 当然ながら、討伐出来るのであれば非道でない限りは何でもいいわけだ。そして、日輪刀という武器で鬼の頸を落とすのは……武士道とか、そんな話ではない。

 

 それしか方法が無いから、そうしているだけ。日に当てる以外では、それでしか殺せないから、そうしているだけ。

 

 呼吸法という技術を活用し、正面から挑むしかないから結果的に正々堂々と戦う結果になっているだけなのだ。

 

 

「鬼を仕留められるのであれば、それが刀であろうが銃であろうが毒であろうが、何の問題もありません。それこそ、『日の神様』にお願い奉ることすらも、問題ではありません」

「…………」

「そうしないのは、いえ、それに対して素直に賛成出来ない理由は只一つ。私は……いえ、私たちは……鬼に対して復讐してやりたいだけ」

 

 

 沈黙する隊士たちをくるりと見回した後……ぴん、と指を一本立てた。

 

 

「ただ、それだけ。その為ならば、己の命すらどうでもいい……私含めて、少なからずそう考えている人も……この場にちらほら居るのでは?」

「……それの何がわりぃんだよ。鬼を一匹でも多く殺せば、結果的にはより多くの人が助かるだろうが。そのための鬼殺隊だろうがよォ」

「いえ、悪いです」

「アァ!?」

「だって、日の神様は違うと仰いました。哀れだと、仰いました」

 

 

 ──その瞬間、隊士たちの視線が一斉に……隅の方で気配を消している彼女へと向けられた。

 

 

 彼女は、何も言わないし、何もしない。入口を用意した後は、あくまで傍観者に留まり……静かに、見守っているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

(……あの、いきなりスルーパスみたいに私へ会話を振るのは止めてね、心の準備が出来ていないし、話を全然聞いていなかったから)

 

 

 傍から見れば、それは非常に神秘的な光景であった。

 

 当人の内心が何であれ、少なくとも、この場に居る誰もが……『日の神様が言った事ならば』と、沸騰しかけていた頭が冷えるぐらいの効果はあった。

 

 ちなみに、当の神様(笑)が考えていたのは、今日は何だか天ぷらが食べたいなあ……という、場違いにも程があるような事だったのは、絶対に漏れてはいけない秘密……話を戻そう。

 

 

 

 

 

 

「不死川さん、私たちは、死ぬ為にここへ来たわけではありません。無惨を倒す為に来たわけですよ」

「んなもん、当たり前だろうが」

「そう、それを、日の神様は仰いました。私たちは生きる為にここへ来た。あの日を……あの夜を乗り越え、朝を迎える為に、私たちはここへ向かうのだと」

「──っ!」

「決着を付けなくてはならないと、私は思います。どんな形であれ、私たちは己に降りかかった運命に決着をつけなくてはならないのだと……そう、日の神様はお言葉を掛けてくださいました」

「──なっ!!」

 

 

(──えっ!?)

 

 

 それは──正しく、天啓であった。雷鳴のような何かが背筋を走るのを、誰もが感じた瞬間だった。

 

 と、同時に、それは彼女にとっても正しく寝耳に水であった。

 

 少なくとも、彼女にとっては『お前急に何を言ってんの?』みたいなアレであった。

 

 誰しもが、何も言えなかった。言葉が、全く出てこなかった。柱の誰一人、神様(笑)とて例外ではなかった。

 

 それは、『鬼』という存在に……いや、鬼舞辻無惨によって人生を狂わされ、大切な者を奪われ、踏みにじられてきた隊士たちにとって……想像の外にある考えであった。

 

 その中には、代々鬼狩りを生業にしている者もいる。例外ではあるが、そういった理由以外で鬼殺隊に属している者もいる。

 

 けれども、彼ら彼女らの気持ちもまた、一般的な隊士たちと同じである。何故なら、鬼によって、無惨によって、泣き崩れる者たちを幾度となく目にしてきていたからだ。

 

 実際、これを口にしたのが……事情も知らぬ一般人から言われたら、誰しもが激昂していただろう。

 

 けれども、実際にそれを口にしたのは『日の神様』だ。

 

 古来より雲海にて人々を見守り、日本史においても幾度となくその名が出てくるほどの存在。地上に留まる唯一の神にして、数多の悪を挫き、弱きものに手を差し伸べて来た神である。

 

 だからこそ、誰しもが、しのぶの……それを教えた『日の神様』の言葉を改めて思い返し、考えて……考えて……考えて……そして。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………ぽつり、と。

 

 

「そう、だな。胡蝶、お前の言う通りだ」

 

 

 つい今しがたまで視線だけで人を殺せる程に睨みを利かせていた実弥は……大きくため息を吐くと。

 

 

「俺たちは、無惨の野郎を殺す為に来たが、死ぬ為に来たわけじゃねえ。どんな形であれ、確実にぶっ殺せる方法があるなら……それを選ぶのもまた、鬼殺隊ってもんだな」

 

 

 そう、言葉を続けた。

 

 その言葉……いや、決断に対して、異論を唱える者は……この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………その、隊士たちの後方。これ以上突然のキラーパスをされては堪らぬと、より隅っこの方へとひっそり息を殺している、彼女であったのだが。

 

 

「あ、ああ……日の神様、私は、ああ、私は……!」

「……己の名を忘れた女鬼よ、犯した過ちを真の意味で償う事など、神ですら成し得ない。過ちを過ちと定めるのは、人が自ら定めるモノ……貴女のその言葉は、誰に捧げるモノなのですか?」

「ああ、日の神様……私は……私は……」

「……良いのです、名を忘れた女鬼よ。誰に捧げれば良いのか分からぬ言葉であっても、それでも貴女は心から悔いている。自ら打ち切るのではなく、己の命で支払おうとしている」

「…………」

「そう望むのならば、それを貫きなさい。死を迎えた貴女は、地獄の業火に焼かれて罪を償い続けるでしょう。長き時を掛けて、犯した過ちに見合う苦痛を味わい続けるでしょう」

「…………」

「そうして、全ての罪を償い終えた時……貴女の魂は私の下で休み、新たな肉体を経て……再び、現世に舞い戻るのです」

「──っ! あ、ああ、あああ……神様、日の神様……!」

「良いのです、名を忘れた女鬼よ。貴女の罪を、私も背負いましょう。禊を終えた時、貴女は……再び、日の光の下に出られる。その日を、私は何時までも待ち続けましょう」

「ああ、あああ! ああ……日の神様……日の神様……!」

 

 

 今にも己の頸を自ら断ち切らんばかりに己を責め続け、何度も額を床に擦りつけ、涙を流し続けて土下座する女鬼を前に。

 

 

(……騙しているのが辛い、これも無惨が悪いのだな)

 

 

 表面上は優しく、内面では滝のような汗を流しながら……女鬼を刺激しないように言葉を選び、ひたすら慰め続けるという作業を行っていた。

 

 何時もであれば、適当にお茶を濁してその場を後にしていただろうが……残念なことに、ここは閉鎖空間、出入り口は一つしかない。

 

 加えて、何やら背が高い盲目の男……たしか岩柱とかいう役職に就いている男がこちらを見ながら、『南無……』とかいって手を合わせているおかげで、迂闊に逃げられない。

 

 神様扱いされるのは畏れ多くて嫌なのだが、だからといって、サンタクロースを信じる者たちの心を裏切るのもまた嫌なのが、彼女の本音なのである。

 

 

 ……まあ、それはそれとして、だ。

 

 

 正直、地獄とか生まれ変わりがあるのかなんて、彼女には分からない。

 

 でも、バスターマシン7号になるという事例を、身をもって体感しているのだ。生まれ変わりの一つや二つはあっても不思議ではないと、彼女は思っていた。

 

 

 

 なので……本当に地獄があって、罪を償って人間に生まれ変わり……逢えたらいいな、というのもまた、本音であった。

 

 

 

 

 

 




大金掛けて万全の準備を整えたけど、その5%も使わずに作戦を終えられるのは幸運か、あるいはムダ金だったかと思うかは、判断に分かれると思う
個人的には、幸運だったから無駄じゃないと思う方かな







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