デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデン……   作:葛城

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無惨様「わっせ、わっせ、わっせ、十二人のふれんずを作って、あんぜんなパークを作るのだ!」


後々の縁壱「参る……!」


むざんさま「ぬああああああーーーーーー!!!!!!」



※本編とは関係ありません


第一話: 縁壱は人間(自己申告)です

 ──『宇宙怪獣』とは、何なのか。

 

 

 

 それは、彼女の身体の持ち主であるバスターマシン7号が登場するアニメにおいて、明確な敵役として描写された、宇宙に住まう敵対生物の総称である。

 

 その生態や種類は作中でも明確に描写されてはいないが、全くというわけではない。それを踏まえたうえで、劇中にてその姿を見た者の大半は同じことを考えただろう。

 

 

 ……人類、本当にこいつらに勝てるの……と。

 

 

 そう思うのも、無理はない。というのも、宇宙怪獣の恐ろしさは攻撃力や耐久力、大きさ等といった個別の戦闘力(もちろん、弱いわけではない)ではなく、物量……すなわち、群としての強さにこそあるからだ。

 

 つまり、数がべらぼうに多いのだ。確認された宇宙怪獣の数、おおよそ100億強。そう、確認出来ただけでも、100億以上なのだ。

 

 しかも、ただ数が多いだけではない。小さいものでもそのサイズは全長十数メートルにも達し、そのうえ……その表皮は固く、ミサイルの直撃にも耐える個体の割合が、9割9分以上。

 

 その内の3割近くに至っては、戦術核を数万発叩き込んでも反撃してくる化け物染みた個体なのだ。如何に宇宙怪獣というものが馬鹿げた存在であるかが、想像出来るだろう。

 

 加えて、100億というのはあくまで最低限であり、尖兵。全長数千キロにも及ぶ超巨大な個体もいれば、体内に数十万体近い兵士(小さい宇宙怪獣の事を、そう呼ぶ)を抱えたやつもいる。

 

 故に、その総数……つまり、本隊を含めれば、その数は数百兆にも達すると言われ、しかも時を経れば経る程、数が増えていく。それが、宇宙怪獣なのである。

 

 そんなの……普通に考えて、勝てるわけがない。例え、いくらバスターマシンが、そんな宇宙怪獣に対抗する為に作り出された存在であるとしても。

 

 現に、劇中においても人類は結局のところ、宇宙怪獣の進軍を食い止めることすら出来なかった。

 

 最後は人工的に作り出したブラックホールの中へと押しやるという周囲の星々ごと犠牲にするという荒業でしか、決着を付けられなかったぐらいに……強大なのだ。

 

 それを知っている(というか、覚えている)からこそ、彼女は恐れた。仮に宇宙怪獣がこの世界にいたとしたならば、どう足掻いても勝ち目がないからだ。

 

 

 ……とはいえ、だ。

 

 

 仮に宇宙怪獣が本当に実在していたなら、途方に暮れるしかなかった彼女だ。しかし、『とある事』を思い出した事で、いちおうではあるが、平静になる事が出来た。

 

 その『とある事』とはずばり、宇宙怪獣の性質である。

 

 というのも、この宇宙怪獣……単純な戦力というか、その危険性と凶悪性は栄華を極めた地球帝国軍すらも人類滅亡を覚悟しなければならないレベルではあるのだが、実はその性質から対策手段が一つある。

 

 それは……宇宙怪獣と接触しないことである。

 

 いや、第三者が聞けばふざけるなと激怒しそうな話だが、怒るのはまだ早い。何故そうなるのかというと、それは先述した通り宇宙怪獣の性質……いや、その生態にこそ理由があった。

 

 まず……宇宙怪獣というのは基本的に群れで行動し、『巣』を作ってそこからあまり離れることはない。

 

 その『巣』があるのは、宇宙怪獣と呼ばれるだけあって宇宙にある。正確に言い直すのであれば、銀河の中心……『いて座A』と呼ばれる中心地の辺りにやつらはいる。

 

 そして、宇宙怪獣というのは一部の個体を除き、基本的に本能に従って行動する。その本能とは、生物が持つ普遍の目的である繁殖……ではない。

 

 やつらの目的は、ただ一つ。文明を発達させて宇宙へと進出してきた知的生命体の絶滅……それこそが、唯一のやつらの本能なのである。

 

 すなわち、宇宙怪獣というのは、他の生物のように縄張りや生存本能といった、持って当たり前の本能が備わっていない。

 

 また、やつらは『敵』と認識した相手には徹底的に、何処までも執拗に追いかけ続けるが、その行動範囲自体はそれほど広くはない。

 

 実際、劇中でも宇宙怪獣と人類との戦いが始まったのは、ワープ航行が実用化され銀河の中を行き来するようになった後。

 

 ワープ時に発生する波動を感知して来た宇宙怪獣と、人類の宇宙船が接触してから……とされている。

 

 つまり、宇宙怪獣はこちらから接触さえしなければ……ひとまずは、大丈夫というわけだ

 

 

 故に……心から、彼女は安堵した。

 

 

 何故なら、先ほど(実際は、半年以上前だが)見た村人たちの姿から推測する限り、とてもではないが宇宙がどうのこうのと考えられるような文明レベルに達していないのが分かったからだ。

 

 いくら文明絶対許さないマンである宇宙怪獣とはいえ、宇宙にも出られない弱小な生き物にまで攻撃は仕掛けない。というか、そもそも存在に気付かない。

 

 つまり、後100年、200年……いや、正確にはワープ技術が確立されるまで……現時点で、宇宙怪獣にそこまで怯える必要はないというわけだ。

 

 

 ──そうやって、考え始めてから小一時間。

 

 

 その結論を出した彼女は……我知らず恐怖と緊張で固まっていた身体から力を抜き、深々とため息を零し、気持ちを切り替えたのであった。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………それで、だ。

 

 

 

 ひとまず……ひとまずは『宇宙怪獣襲来か!?』と胸中にて勝手に抱いていた危機感に区切りをつけた彼女は、さて、これからどうしたものかと首を傾げた。

 

 というのも、今の彼女には……こう、目的というものが何一つ無いのだ。

 

 普通に考えれば、まず考えるのは生存の為の方法だろう。人間は、着る物と食べる物と住む場所が無ければ生きられない。最低限、衣食住を確保しなければならない。

 

 

 それはどれだけ屈強かつ頑丈な人間であろうと、変わらない。

 

 

 氷点下のこの場所では、毛皮が無い人間は服を着込まなければ凍死してしまう。食べ物だって確保しなければ餓死してしまうし、家が無いと獣などに襲われる危険性がある。

 

 なので、仮に第三者が彼女の立場になったなら、その三つを確保しようと躍起になるところだろう。少なくとも、麓の村に助けを求めるぐらいはしたはずだ。

 

 しかし、彼女は違う。彼女にとって、その三つはそこまで重要ではない。

 

 何故なら、今の彼女は人間ではない。その身体は、栄華を極めた地球帝国軍の科学力の全てを結集して作り出された……第六世代のバスターマシン7号だ。

 

 

 つまり、見た目はいくら人間に似せているとはいえ、今の彼女は機械だ。

 

 

 精神が身体に引っ張られた影響からなのか、今の彼女は無意識のうちに、自分のことを人間とは思えなくなっていた。

 

 『心は男だった』という感覚だけは残っているが、結局は残っているだけだ。

 

 そのうえ女であるという感覚も薄い。おそらくは、性的な感覚がほとんど消えてしまっているのだろう。

 

 また、性的な云々以前に、その能力というか性能は、もはや人知の域を超えているのも、理由の一つになると思われる。

 

 まず、何と言っても身体の頑強さが生物の範疇ではない。隕石の被弾すらビクともしない宇宙戦艦の装甲を突き破る宇宙怪獣の攻撃にも耐える、圧倒的な防御力。

 

 もう、それだけでイノシシや虎などの野生動物では傷一つ負わないのが確定している。同様に、たかが数百℃の気温の変化でどうにかなるからだでもない。

 

 なのに、それだけじゃない。基本スペックだけでなく、搭載された装備一つとってもそうだが、何よりも心臓でもあり動力源にもなっている……『縮退炉』の存在だ。

 

 

 ──説明は省くが、縮退炉とは、とんでもなく膨大なエネルギーを生み出す動力炉だとでも思ってくれたらいい。

 

 

 その恩恵は凄まじく、縮退炉が稼働している限り、彼女は人間のように餓死することはないし、病気を患うこともない。というか、人間ではないから病には罹らない。

 

 同様に、縮退炉が稼働している間は眠る必要も無く、体表の汚染についてもフィジカルリアクターで何時でも分解出来る。万が一傷を負っても、すぐさま修復する事も出来る。

 

 つまり、今の彼女(バスターマシン7号)は、あえて人間のフリに拘らないかぎりは、衣食住の必要が無い……というわけだ。

 

 強いて挙げるとするなら、気分的な意味合いで住居ぐらいは欲しいが……正直、この恰好ではなあ……と、己の姿を改めて見やった彼女は、軽くため息を零した。

 

 かつての彼が暮らしていた『世界』なら、大丈夫だっただろう。本物そっくりのコスプレイヤーみたいに見られるだろうが、そこまで大騒ぎにはならないだろうから。

 

 しかし、ここは『世界』が違う。どれぐらいの文明なのかは知らないが、今の己の姿は……さぞ、注目を集めることだろう。

 

 気狂い程度に見られるなら、まだマシだ。最悪、害意を持つ妖怪みたいな感じに疑われ、石を投げられる可能性も……うむ、これはイカン。

 

 

 

 ──何を始めるにしても、まずはこの世界の常識を覚えるのが先だな。先ほどの怪物の事もあるし、俺の常識で考えては駄目だな。

 

 

 

 ひとまず、その結論を出した彼女は……脚部ブースターを稼働する。ごう、と足元の大地を削って瞬時に上空250メートル辺りにまで上昇し……そのまま、夜空を駆ける彗星となった。

 

 その高さならば、場合によっては目撃される危険性はあった。だが、彼女はあまり高く飛ぶようなことはしなかった。

 

 何せ、あくまで彼女が得たこの世界の情報は、この世界に降り立った場所の近くにあった村と、その村人たちと、異形の怪物ぐらいだ。

 

 最初の予想通りの文明レベルなら、まだいい。だが、ここが辺境も辺境で、都市部とでは天と地の差があり、実際は飛行機も日夜飛び回っていたら……逆に、高度を上げ過ぎるのも危険だろう。

 

 万が一にも衝突する可能性は無いが、ミサイルか何かと勘違いされるのは不味い。

 

 とはいえ、それ以上の高度……億が一の確率でたまたまこの近くに来ていた宇宙怪獣に目撃されたなんて事態は、絶対に避けねばならない。

 

 その折衷案が、飛行するには些か低すぎる高度であった。

 

 

 ……だが、この時の彼女はまだ知らなかった。というか、深く考えていなかった。

 

 

 宇宙怪獣を恐れるがあまりに取った、その折衷案。彼女にとっては致し方なしの選択でしかなかったのだが、その姿が、地上の人々の目にはどのように映る結果となったのかを。

 

 

 ……人目に付かないように夜の間だけ飛んでいたのが、仇となった。

 

 

 何故なら夜空には、脚部ブースターの光がよく映えたからだ。また、燃える様に赤く輝く彼女の髪は時に、『夜空を翔ける女神』として目撃され、一つの伝説として語り継がれていった。

 

 

 そう……女神だ。彼女は、それを失念していた。

 

 

 いくら夜の間とはいえ、全ての人間が眠っているわけではないということを。中には夜に起きて活動している人だっているし、むしろ夜にしか活動出来ない者もいた。

 

 そんな者たちにとって、閃光が如き勢いで夜空を駆け巡り、暗闇を淡く照らし出すその姿は……とても、目に留まるものであった。

 

 時には羨望の目で見られ、時には嫉妬の目で見られ、時にはそれ以外の目で見られながらも……独り彼女だけが気付けないまま、時は流れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして、彼女は時に普通の女性として紛れながらも、今の姿に見合う言葉遣いを始めとして、この世界の事を一つ一つ学び、それらしい振る舞いを身に着けていった。

 

 

 その間……色々な事があった。

 

 

 ある時は欠片も関わっていない戦争に巻き込まれ、ある時はとある部族の男から嫁として狙われ、ある時は魔女として住む町を追われて大陸を離れることもあった。

 

 山を越え、谷を越え、海を渡り、大陸を横断し、この星を数百回と往来し……人間であったなら5000回ぐらい命を落としていたぐらいに過酷な日々であったが、得る物は相応に有った。

 

 まず、一番気になっていた事である文明レベルは、彼女がこの地に降り立った時に思ったのよりも、幾らかそれ以前な感じであった。

 

 また、アニメや漫画のようなドラゴンとかそういうのは(彼女が言うのは皮肉だろうが)いなかった。エルフや、デビルとか、そんなやつ。

 

 さすがに負ける事はないだろうが、わざわざそんなやつらと遭遇したくはない。だから、念のためと思って世界中を探し回ったから、いないのは確定した。

 

 

 ……だが、しかし。彼女には一つだけ、気になる事があった。

 

 

 それは、彼女がこの世界に降り立った、あの時。自らに襲い掛かって来た異形の怪物の存在であった。

 

 当初、彼女はあいつらのようなやつが他にもいると思っていた。そういうやつらがいる世界だと思っていたし、海を渡った先にもいるものと思い込んでいた。

 

 

 けれども、蓋を開けてみれば、どうだ。

 

 

 大陸には異形の怪物はおろか、それらしい生き物すら一体もいなかった。気狂いはいたが、一目で怪物だと分かるやつすら、一度として遭遇することはなかった。

 

 故に、彼女は気になった。あの生物は、いったい何だったのかということが。

 

 見方を変えればそれは、バスターマシン7号になってから初めてとなる、『目的』だったのかもしれない。

 

 特に深い意味があったわけでもなく、彼女は日本(この世界の地名も、元の世界と一緒であった)に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして彼女が、故郷ではないが故郷とそっくりな大地を、はるか上空より見下ろしたのは……幾度かの季節が巡り、春も幾ばくか過ぎた頃であった。

 

 

 夜空より見下ろしたそこには、村というよりは……そう、街道より少しばかり外れた場所に、古びた木造家屋がぽつんとあるだけの寂しい場所であった。

 

 時刻は夜、時代が時代だから、人の往来など全く無い。家屋の中に人がいるのは、隙間から僅かに漏れ出た光と熱源探知によって分かっていた。

 

 

 特に理由があって、そこを見ているわけではない。

 

 

 ただ、そういえば最初に降り立った時もこんな感じの自然の中だったなあ……と何気なく見ていたら、ぽつんと建っているその家が目に留まったからだった。

 

 別に……その家が珍しいわけではないし、ポツンと一軒だけ建っているのもそう珍しいことではない。本当に、たまたま目に留まっただけで、もう後4秒も見ていれば、すぐに離れる程度の興味でしかなかった。

 

 

 ──が、それも眼下の家の……扉を開けて飛び出して行った男の姿によって、そうではなくなった。

 

 

 一瞬、彼女は物取りに押し入った者かと思ったが、どうも様子が違う。逃げる……というよりは、どうも何かに焦っているように彼女には見えた。

 

 事実、明かり一つ手にしていない男は、よほど急いでいるようで。

 

 月明かりしかない夜の闇を前に、躊躇一つすることなく駆けて行く。あっという間に街道を駆け抜けて……いや、待て。

 

 

(……速すぎじゃないか?)

 

 

 思わず彼女が、なにアレ……と呟いてしまうぐらいに、その男は速かった。時速50キロ……いや、60キロは確実に……いや、これは……加速している? 

 

 信じ難い事に、駆けていく男の速度がさらに上がっている。全速力で駆け抜けているのであれば、徐々に速度は落ちるはずだが……あの男は、まだ全力ではないというのか。

 

 

 まさか……自分と同じように、この世界にやってきた来訪者なのだろうか? 

 

 

 気になった彼女は、彼を追いかけようと……する前に、ふと。男が飛び出して行った家の玄関が、開きっぱなしになっていることに気付いた。

 

 よほど、慌てていたのだろう。気持ちは察するけれども、些か不用心だなと彼女は思った。

 

 いくら街道から外れて泥棒なんて来ないだろうにしても、中から明かりがやんわり漏れているのが見える。つまり、火も点けっぱなしというわけか……中に人がいれば扉を閉めるだろうが、そのような気配は見られない。

 

 

 ……いや、本当に不用心だな。

 

 

 万が一、獣等が入って蝋燭を倒してみろ。小火(ぼや)で済むなら運が良い方だ。最悪、家どころか周辺に火の粉が飛び散って、周囲にも燃え移りかねない。

 

 

 これは……消すべきだな。

 

 

 場合によっては泥棒が入り込んだと不安がらせてしまうだろうが、運悪く火事になるよりはマシだろう。燃えてからでは、遅いのだ。

 

 そう結論を出した彼女は、親切半分・好奇心半分の割合で、夜の闇に紛れて地上へと降り立つ。

 

 ふわり、と、すっかり慣れた脚部ブースターの加減によって音も無く着地した彼女は、特に気負うことなく、ヒョイッと中を覗いた。

 

 

 ──瞬間、思わず彼女の肩がビクンと跳ねた。

 

 

 何故ならば、誰もいないと思っていた部屋の中に、女性が一人。声一つ発することなく座り込んでいた事に加えて、入口からでもはっきり分かるぐらいに、顔色が青ざめていたからだ。

 

 ……医学の知識が素人である彼女の目から見ても、女性が尋常でない状態に陥っているのがすぐに分かった。

 

 堪らず、「──た、大変だ!?」室内に飛び込んで駆け寄る。「──あ、え?」突然の見知らぬ来訪者(まあ、当たり前だが)に女性は目を白黒させていたが……揺らめく彼女の赤い髪を見て。

 

 

「──日の神様?」

 

 

 ポツリと、呆気に取られた様子で呟いた。(ひの……なに?)疑問符を浮かべつつも、彼女は女性の下へと駆け寄り……あっ、と軽く目を見開いた。

 

 近づいてみて、よく分かった。この女性は、妊娠しているのだ。それも、衣服の上からでもはっきり分かるぐらいに腹が大きくなっていて……おそらく、産気づいたのだ。

 

 

 ──先ほどの男は医師か産婆を呼びに行ったのか。

 

 

 道理で、取る物も取らずに駆け出してゆくわけだ。

 

 独り納得した彼女は、改めて眼前の女性……女を見やる。彼女(不審者)の登場に驚いたおかげか、陣痛の苦しみが少しばかり飛んで……いや、待て。

 

 

(陣痛って……そんないきなり始まるものだったか?)

 

 

 ふと、そんな事を考えた瞬間……嫌な予感が、脳裏を過るのを彼女は実感した。

 

 ……かつての彼女は男で、出産を経験したことは当然のこと、立ち会った経験も無い。だから、実際の出産がどのようなものなのかを知らない。

 

 だが、サブカルチャーを通じて、一時期狂ったように様々な本を乱読した事がある。特に乱読していたのは思春期真っただ中の時で……その時の記憶から、彼女は……もしやと、目を見開いた。

 

 

 ──既に、出産が始まろうとしている? あるいは、それ以外の異変が起こった? 

 

 

 嫌な予感を覚えた彼女は、そっと、膨らんだ腹に掌を宛がう。ぴくり、と驚いた女に「──大丈夫、少し見るだけだ」声を掛けながら、彼女はおもむろに……『フィジカルリアクター』を稼働する。

 

 どうして『フィジカルリアクター』を稼働させたのか……それは単に、この状況を改善出来ると直感的に察したからだった。

 

 

 ……この世界に降り立ってから、今日まで。彼女は何も、ただぶらぶら世界を回っていたわけではない。

 

 

 この世界の事を学ぶ傍ら、彼女は常に己の制御訓練を行っていた。頭だけでなく、身体にも動かし方を馴染ませる為に、である。

 

 その結果、今では『フィジカルリアクター』の制御はほぼ完ぺきになっていて……同時に、彼女は如何に『フィジカルリアクター』がデタラメな武装であるということを、これでもかと理解させられていた。

 

 

 ……効果が及ぶ範囲が狭いという弱点こそあるが、そんなものは宇宙怪獣を相手にしない限りは些事だ。

 

 

 胎児に影響が出ないよう調整しながら、着物の上から膨らんだ腹を摩る。痛みに軽く顔をしかめる女を他所に、素早く胎内の調査を終えた彼女は……内心にて、舌打ちを零した。

 

 

(……まずい、逆子だ)

 

 

 元男でも、それが危険であることは知識として知っている。加えて、今の彼女にはリアルタイムで内部を透視出来る。実際、胎内をスキャンしてみたから、よりその危険性が分かった。

 

 この女は体質的にギリギリまで痛みが出ず、本来ならば周囲が驚くぐらいに安産が可能な恵まれた身体を持っている……が、今回は違う。運悪く、逆子の状態で出産が始まろうとしている。

 

 一般的な女性であればもっと前に異変に気付く所を、この女の場合は恵まれた体質が仇となった。この女が苦しんでいる理由が、コレだ。

 

 こうなればもう、医師や産婆が来た所でどうにかなるものでもない。危険が大いに伴う帝王切開でしか……あっ! 

 

 

 ──いっ、うくぅ!? 

 

 

 彼女が見ている目の前で、顔中に脂汗と冷や汗を噴き出した女が歯を食いしばった──直後。ぱしゃ、と微かに音がしたかと思えば、下腹部が目に見えて濡れ──いかん、破水した!? 

 

 

「──名は、何だ?」

「くっ、う……う、うた、です」

「『うた』、か。では、うた。私に対して不安を抱いているのは想像するまでもないが、単刀直入に言おう。このままでは、貴女の子は死にます」

「……え?」

 

 

 彼女の言葉に、サーッと。只でさえ青ざめていた顔から更に血の気が引くのを見やりながら、「落ち着け、あくまで、このままではの話だから」彼女はスキャンを続けつつ話を続ける。

 

 

「子が、逆さになっている。分かるね、逆子だ。このままでは赤子が出て来られない。お前の旦那が戻って来るまで、お前の体力も持たないだろう」

 

 

 あの男の健脚ならば、小一時間ぐらいでここに戻って来るだろう。

 

 だが、それでは遅い。赤子が無理にもがいたせいで、臍の緒の位置も悪くなっている。

 

 このまま放って状況が好転する可能性はあるだろう。けれども、可能性としてはこのまま赤子が窒息死する可能性の方が高い。

 

 ……元男だ何だと考えている場合ではない。このまま手をこまねいていたら、赤子も、母体も、共に息を引き取る結果になってしまう。

 

 

「……私も初めての事だ。それでも良いのなら、私が産婆を務めるが……どうだ?」

「ひ、日の神様がそうしてくださるなら、わたしは……」

 

 

 青ざめた顔だが、はっきりと、それでいて力強い眼差しを向けられた俺は……一つ頷いてから、準備を始める。

 

 

 ──断られる可能性の方が高いと思っていたが、こうも即答されるとは……全力を尽くさねば。

 

 

 フィジカルリアクターによって精製したタオルで女の汗を拭いつつ、「これを噛んで、合図と共にいきめ」うたがしっかりタオルを噛んだのを確認した彼女は……改めて、赤子に意識を向ける。

 

 

 ……同じく、フィジカルリアクターによって精製したナノマシンを用いて、ひとまず邪魔な位置にあった臍の緒は動かした。これで、絡まって窒息する事はないだろう。

 

 

 次いで、体内の赤子に負担を掛けないように気を付けながら……少しずつ、頭の位置を入れ替える。スキャンと感触から、既に子宮口が開いているのは分かっている……焦ってはならない。

 

 幸いにも、母体(うた)は直前まで健康体だった。体質というアドバンテージもある。だから、ある程度誘導してやれば、後は身体が勝手に子供を産み落とすだろう。私は、少しばかり手伝いをするだけでいいのだ。

 

 

「──まだだ、まだ力をいれるな。出来る限り力を抜け、小便や大便は垂れ流れてもいい、とにかく赤子に負担を掛けるな」

「うう、くう、いた、痛い……痛いよう、縁壱(よりいち)、縁壱……痛いよぅ……」

「耐えろ、耐えるんだ。それでも力を入れるな、大丈夫、貴女なら出来る」

 

 

 次々に精製したタオルやクッションを、うたの腰に宛がって背もたれ代わりにする。ふわりと揺らいで燃え上がる赤髪を手元に差し出してやれば、縋るようにうたはソレを掴み取った。

 

 

 深呼吸、深呼吸だ。

 

 

 そう声を掛ければ、うたは額に浮かんだ脂汗をそのままに、ふう、ふう、ふう、と唇を震わせながら言うとおりにする。

 

 僅かずつではあるが、緊張が解れて産道が緩み始めているのを彼女は感じ取り──ふと、背後に立つ気配に気づき、ハッと振り返った。

 

 

 ──玄関前に、先ほどこの家を飛び出していった男がいた。間近で見て初めて分かったが、その男は顔等に不思議な形の痣が浮き出ていた。

 

 

 虫の知らせか、あるいは別のかは定かでないが、何かしらの予感から戻って来たのだろう。しかし、さすがに状況を理解出来ないのか、ぽかんと呆けた様子で──ん!? 

 

 

 そこまで思った途端、いきなり──男の身体がブレた。

 

 

 ひゅん、と。音も無くいきなりブレて、次の瞬間には元の体勢に戻っていた。と、思ったら、ばらばらと男の足元に……肉片が転がった。

 

 

 ──何をしたか……いや、何が起こったのか。

 

 

 ありのままに述べるならば、ナニカが背後から襲い掛かって来た。それを、男は振り返ることもせず瞬時に体捌きで受け流しつつ地面に叩き付け、苦痛にナニカが呻き声を上げるよりも早く、台所から頂戴した包丁で素早くナニカを15分割したのである。

 

 

 ……え、いや、待て、何それ、どうやったんだ? 

 

 

 瞬きすれば見逃してしまいそうな、刹那の神業。あまりに展開が急すぎて、彼女は思わず手を止める。無表情のままにこちらを見やる男のこともそうだが、その足元に散らばっているナニカも……あ、これ、何時ぞやの異形のアレだ。

 

 姿形が異なってはいたが、何となく彼女は同類だと察した。雰囲気というか、何というか……上手く説明出来ないが、何やら肉片が繋ぎ合って再生しようとしているナニカに、彼女は男に注意を──促そうとする前に、さらにナニカは17分割された。

 

 

 ……え、いや……え、え? 

 

 

 バスターマシン7号としての動体視力が無ければ、ブレた事すら認識出来ない速さであった。

 

 世界中回ったが、断トツでコイツが一番速いぞと思ったぐらいに、その動きは人外染みて──っと、いかん、そっちに気を向けている場合ではなかった。

 

 ひとまず、異形の化け物は、この男(おそらく、縁壱だろう)が何とかしてくれている。男の目が凪いだ水面のように静かであったが、そういう性質なのだろう。

 

 

 そう判断した彼女は、再びフィジカルリアクターを稼働させる。

 

 

 相も変わらず無言のままにナニカを切り刻む男と、『ご、ごろじで! いっぞごろじで!』泣き言を漏らし始めたナニカの悲鳴を尻目に……彼女は、うたの出産に全力を尽くすことにした。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だからといって、いくら相手が異形の怪物で、かつ、襲ってきたとはいえ、子が産まれるまで息一つ顔色一つ変えずに切り刻むのは、ちょっと怖いと彼女は思った。

 

 

 いや、まあ、産声を上げる赤子と、それを抱き留めるうたの姿に、無表情ではあるものの、ぽろぽろと大粒の涙を零す姿は、正しく父親ではあったのだが……まあ、うん、ヤバいやつだが悪いやつではないのだろうと彼女は思った。

 

 

 ……まあ、文字通りみじん切りにされてもまだ絶命していないナニカをさらに分断しようとする(しかも、顔色一つ変えずに)のには、正直ちょっと引いた。

 

 

 怪物とはいえ哀れに思って『バスターミサイル』で止めを差そうとしたら、涙ながらに感謝の言葉を述べられた……こいつはキレさせたら駄目なタイプだなと彼女は思った。

 

 

 ……そうして、夜が明けて。

 

 

 出産の疲労から子を抱き留めたまま寝入ってしまったうたが目を覚まし、一睡もせずに番を務め切った縁壱(うたが気絶するように寝た後で名乗られた)と、改めて対面することになった彼女は。

 

 

「……本当に、お礼は何もいらないと? 妻と赤子の命ばかりか、これだけの物を譲っていただけるなんて……私に出来る事であれば、如何様にもお使いいただいて構いません」

「いや、いらん。頼まれたわけでもなく、勝手にやっただけだしね。ていうか、何度も言うけど、その手拭いは本当にいらないモノだから。贈り物とか、そういう意味合いは全くないからね」

 

 

 だから、気にするな。

 

 

 そう視線で促せば、「……恩人の言う事ならば」縁壱はしぶしぶといった様子で頷いた。うたも、旦那が受け入れたのならば、といった様子であった。

 

 そんな二人の傍には、大量に精製したタオルが山のように置かれている。彼女としてはもう必要ないから捨てるつもりだったが、いらないならくれと言われたので、譲渡したものだ。

 

 

 おそらく、お礼云々に意固地になっている理由の一つがソレなのだろう。

 

 

 フィジカルリアクターで作り出した量産品でしかないのだから、それはちと大げさ……いや、そうじゃないか。そこまで考えたところで、彼女は己の思い違いに気付いた。

 

 

 ……彼女にとっては、ただの布でしかない。しかし、それはあくまで、彼女にとってはの話、だ。

 

 

 現時点における日本(というか、日本に限らず)の産業レベルを考えれば、手拭い1枚お皿1枚というのはそれなりに高級品である。加えて、彼女が用意したタオルは……流通しているそれらに比べて質が良い。

 

 ぶっちゃけてしまえば、名の知られた武家に卸されているような超高級品の山を、ポンと譲られたようなものだ。

 

 現代であればタオルぐらいでと思われるところだろうが……この二人でなくとも、どうお礼すれば良いのか思い悩んでも何ら不思議ではない。

 

 

(……う~ん、あまり良い顔はしていないな)

 

 

 実際……チラリと二人の顔を見やった彼女は、困ったぞと内心にて頭を掻く。ふわふわと揺らぎながら赤く輝く彼女の長髪が、赤子の頬を淡く照らしていた。

 

 要は……この二人は真面目なのだ。

 

 捨てるのならばという名目があってもなお、それを『棚からぼた餅』で納得出来ない善性を持っている。親切を受けたのならば、それに報いなければという考えがあまりに強いのだ。

 

 で、あるならば……いっそのこと、何かしらの要求を……でもなあ。

 

 改めて二人の恰好と室内を見回した彼女は……ひとまず、金銭的な要求は辞めておこうと思った。ついでに、物品的な要求も。貰っても、正直な話、邪魔でしかないから。

 

 なら、どうしようか。後は、そうだな……要求出来そうなのは、縁壱が見せた超人が如き身体能力だが……ん、待てよ。

 

 

(……そうだな。私には必要なくても、他の人達にとって、彼の力は大きな手助けになる)

 

 

 そうだ、それがいい。

 

 

 私を助けるのではなく、私に助けられた分、奥さんや子供を守る傍らで良いから人々を助けていけば良い。そして、私と同じように、受けた恩をまた別の者たちへ……それならば、眼前の二人も納得するだろう。

 

 

 そう思った彼女は、早速二人にその事を提案した。

 

 すると、二人は驚きに目を見開いた。けれども、すぐに快諾した。よし、これで事件は落着だと結論を出した彼女は、それではな、と二人に答え……外に出て、ふわりと夜空へ舞う。

 

 振り返れば……ぽかん、と呆気に取られている二人。それを見た彼女は、さもありなん、と苦笑を零した。

 

 『人間ではない』という点はあっさり受け入れたというのに、空を飛ぶ事には言葉を失くすぐらいに驚く。

 

 その何ともちぐはぐとした感性に、彼女は手を振って別れを告げると、そのまま夜明けの彼方へと飛び立ち……その身を溶かしていった。

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………その、月明かりが降り注ぐ夜空の中で。

 

 

 

 ──あ、ヒノカミ様って何なのか聞き忘れた。

 

 

 

 そんな呟きが成されたのだが……誰も、その呟きを耳にした者はいなかった。何故なら、彼女自身、その事に大した興味を抱いていないからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ──鬼殺隊

 フラグ1『縁壱の血を受け継ぐ剣士誕生(先祖がえりによって、後々の鬼殺隊の戦力に大幅プラス)』

 フラグ2『うた(赤子)生存により、原作よりも心が平穏。父親になれたことで、自分が如何に無造作に他者を傷つけてきたかを理解した』

 フラグ3『うた生存により、鬼殺隊への呼吸指導の果てに起こる『痣』の危険性を察知出来たので、原作のような軋轢は少なくなった』



 ──正しいし間違えない御方

 フラグ1『うた生存により、後々の世に縁壱に勝るとも劣らない剣士が出現するようになる』

 フラグ2『後に上弦となる鬼が、戦力を増して地盤が前よりも堅牢になった鬼殺隊によって討伐されるようになり、全体の戦力が弱体化した』

 フラグ3『縁壱から与えられるトラウマが増大』


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