デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデン…… 作:葛城
無惨「わっせ、わっせ、わっせ、何とか頑張ってとっても頼りになる不動のフレンズが出来たのだ! あとは、その下にいっぱいフレンズを作っていくのだ!」
年老いたはずの縁壱「参る……!」
無惨「ぬああああああああ!!!???」
※本編とはあまり関係ありません
──理由は分からないが、あの怪物が日本にしかいないということは、かなり早い段階から分かっていた。それは当てずっぽうではなく、これまでの経験から導き出した推測であった。
伊達に、大陸中をあっちこっちと回ったわけではない。吸血鬼や雪男、妖精や悪魔に関する伝承は、両手足の指では到底足りない数を耳にしてきた。
だが、あくまで伝承を耳にしてきただけだ。バスターマシン7号である彼女ですら、実物というやつを目にしたことは一度としてなかった。
そう……見た事が無かったのだ。吸血鬼も雪男も、妖精も悪魔も、この世界にはいなかったのだ。
彼女が目にしてきた生き物は全て、『かつての世界にも見られた』やつだけ。言い換えれば、彼女にとっては既存の生き物でしかなく、件の怪物は……正しく、この世界だけのオリジナルであった。
だからこそ、彼女は気になった。
仮にそれが(想像するのも嫌な話だが)宇宙怪獣ならば、周囲一帯を焦土に変えようが殲滅するところだが、そうでないのならば話は違う。
故に、二人と別れてから、彼女は大陸でやっていた事と同じく日本中を回る事にした。どうしてかって、電話などが有るわけ無いのだから、足で探す他なかったわけだ。
とはいえ……そこまで本腰を入れて探すつもりはなかった。
いや、正確に言い直すのであれば、色々な意味で探す余裕が無かったのだ。
何せ、日本を回ってみて改めて分かった事なのだが……どうも、今の世は戦国……後の歴史書に『群雄割拠の戦国時代』とか書かれそうなぐらいに、世が荒れ果てていたのである。
もう、何処も彼処もバチバチである。さすがに目と目が合った瞬間、殺し合いになった……なんてわけではないが、それでもこう……空気がこう、不穏なのである。
──領民を幸せにして、自分たちも幸せになる。騙し騙され殺し殺される殺伐さなんぞ真っ平御免だと考え、その為に活動する領主はいた。
だが、そんな天然記念物を通り越した絶滅危惧種なんぞ、本当に片手の指に数えられるぐらいしかいなかった。
何処ぞで小競り合い、何処ぞで大勢死人が出た、何処ぞの城が戦を始めたなんて話が人々の話題に上がるのなんぞ、もう当たり前。
昨日まで田畑を耕していたやつが、翌日には血みどろになっていたりする。昨日まで話していたやつが、翌日には数多の死骸の中に紛れて転がっていたりもする。
それが、戦国の世なのだろう。覇権を手にする為に、誰も彼もが武器を手に取った。それが、今の世の流れなのかもしれない。
実際、それが武士の本懐であり、それが上に立つ者の常識であったのは、彼女も分かっていた。もちろん、その中には、世の流れを嫌がるやつもいることも、彼女は分かっていた。
だが、時代が許さなかった。何処も彼処も、野心に満ち溢れた者ばかりであった。
そんな時代に、彼女は目立ち過ぎた。大陸とは違い、人間のフリをした時の、彼女の熟れた桃色の長髪は人目を引き過ぎた。それはもう、どうしようもない話であった。
だからもう、彼女は戦国の世がある程度落ち着くまで、一旦は地上から離れる事にした。
異形の怪物の件は、確かに気になる。けれどもまあ、時代が悪いのだ。幸いにも、バスターマシン7号となった今の彼女には、時間に対する感覚がかつてとはかなり異なっていた。
だから、待つという行為にそれほど苦痛を覚えることはなかった。日本を離れて大陸を回るのではなく、とにかく彼女は日本の上空にて待つ事を選んだ。
日中は目立つから雲の中に隠れ(ここでは、ある程度見た目を誤魔化しても目立ち過ぎてしまう為)、夜は夜で目立つから結局は雲の中に隠れたりとかして……そうして、そろそろ落ち着いて来たかなと思った彼女は……そう、彼女は。
「……日の神様ですか?」
「……もしや、縁壱なのか?」
まさか、地上では数十年ほどの時が流れていて。記憶の中では若々しく力強い青年であったはずの男が、面影こそ有ったとしても、皺が目立つ老人に成っていようとは……夢にも思わなかった。
……初めて縁壱たちと出会ったのが偶然であるならば、此度の遭遇もまた、偶然でしかなかった。
時刻は、夜。奇しくも、初めて出会った時もまた夜で、ソコを選んだのもまた、特に深い理由は無かった。
本当に、何の理由も無かった。縁壱の姿を目撃したわけでもないし、興味を惹かれるモノがあったわけでもない。
強いて理由を挙げるとするなら、何となく視線を向けた先にあった、降りやすそうな所。それ以上でもそれ以下でもないソレを考えた結果が……年老いた縁壱との再会であった。
……ちなみに、彼女が降り立ったソコは、日本全国の至る所にある、無数に存在する何の変哲もない街道(という程に整備されているわけでもないが)の内の一つであった。
人の往来で踏み固められた道ゆえに、そこを除けば周囲に広がっているのは雑草や木々ぐらいしかない。当然、そこに居合わせた老人……縁壱以外に人の気配はなかった。
ぷん、と臭うのは緑の臭い。彼女はすっかりそれらに慣れてしまっているので気にも留めない、濃厚な臭いと自然の気配が闇に紛れて漂う、その中で。
「……こうして日の神様と相まみえる機会が二度も訪れるとは……これもまた、天の采配でしょうか」
ポツリと、それでいて感慨深そうに呟いた縁壱は、静かに頭を下げた。
その髪は、夜の中でもはっきり分かるぐらいに真っ白になっていた。年齢は……おそらく、80歳前後といったところだろうか。
……老いたな、と。
胸元や額に見られる変わらぬ痣とは違い、皺が目立つ肌は確かな年月を物語っている。己とは違う、歳を重ねるという現実を前に、彼女は少しばかり寂しく思った。
背丈があって、首も手足も太く若々しさに満ち溢れていた頃を見たからこそ、余計に。ああ、やはり私はバスターマシンなのだな……と思い知らされるような気がした。
……けれども同時に、彼女は内心にて首を傾げていた。
何故かといえば、変わっていないのだ。いや、痣のことではない。何と言い表せば良いのか……そう、縁壱から感じ取れる、生命力とも呼べるソレが、若い頃と比べてほとんど変わっていないのだ。
……こいつ、やっぱり人外なのではないか……と。
失礼な話ではあるが、あの頃とほとんど変わりない雰囲気を放っている眼前の老人(?)を見て、率直に抱いた彼女の感想が、ソレであった。
「……申し訳ありません。茶屋が近ければ団子の一つでも召し上がっていただきたいところですが、あいにく、この辺りには……」
そんな彼女の内心を他所に、顔を上げた縁壱は困ったように視線をさ迷わせる。それを見て、しばし目を瞬かせた彼女は……堪らず、フフッと笑みを零した。
縁壱が困ってしまうのも、無理は無いなと彼女は思った。事実、客観的に見ても、それは致し方ない事でもあった。
彼女にとって、縁壱とのアレは数ある思い出の内の一つに過ぎないが、縁壱にとっては違う。妻と子供の命を助けてくれた恩人……それが、縁壱にとっての彼女である。
あの頃と同じく、頑固なまでに義理堅い性格はそのままなのだろう。
たとえ近くに茶屋が有ったとしても、こんな夜更けにやっているわけがない。見た目に出ていないから分かり難いが、けっこう動揺しているんだな……と、彼女の視線が縁壱の腰に向けられた。
「……ところで、そんな物を下げて、こんな時間にどうしてこんな場所に?」
「ああ、これですか……」
チラリと、彼女の視線を受けて……己の腰に下げた刀を見やった縁壱は、「未熟な様を見られてしまいました」少しばかり視線をさ迷わせた後……フッと、彼女の瞳を見つめた。
「──日の神様。突然の事で申し訳ありませぬが、しばし、私の昔話に付き合っては貰えぬでしょうか?」
「……? 構わない、少し待て」
口調や目の色こそ変わらないが、何か……そう、眼前の縁壱の雰囲気が、少しばかり変わったような気がした。なので、彼女は落ち着いて話を聞くために、フィジカルリアクターを稼働させた。
──道の傍に、彼女は掌を向ける。
途端、淡く光り輝く物体がふわりと出現したかと思えば……ものの数秒後に光が消え、そこにはベンチが出来ていた。
「おお……あのふわふわの布は、このように作られたのですね」
「まあ、原理は一緒かな。立ち話も何だし、座りなよ」
「かたじけない。あの時も、今も、日の神様は慈悲深い御方だ」
傍から見れば神の御業としか思えない光景を前にして、縁壱は子供のように目を瞬かせた。けれども、驚く様はとても静かであり、特に怖気づくこともなく、あっさりベンチに腰を下ろした。
その隣に、彼女も腰を下ろす。それは、何とも奇妙で珍妙で……摩訶不思議な光景に見えた事だろう。
片や、外ツ国とも違う歌舞伎な恰好をした、赤く光り輝く長髪をゆらゆらと靡かせる美女。
片や、青年顔負けの力強さを感じさせながらも、植物のように老成した雰囲気を醸し出している剣士。
見世物にしたら、少しは小銭を稼げるんじゃないかな……そんな感想を秘めつつも、「──さて、話とは?」さあ話をせい、と隣の縁壱に促した。
……促された縁壱は、すぐには話を始めなかった。
けれども、それは迷っているわけではない。表情の変わらぬその面の奥に、積もりに積もった想いを言葉に変えようとしている。
少なくとも、彼女はそう判断した。
そして、その判断は間違ってはいなかった。何をするでもなく時間だけが過ぎていく最中……ポツリと零し始めた縁壱の話を聞いて、彼女は思った。
縁壱の語りは……まず、縁壱自身の生まれから始まった。
若かりし頃に見た太い首や尋常ならざる身のこなしから只者ではないだろうと彼女は思っていたが、どうも……それなりに名のある、とある御城の双子の弟として生を受けたらしい。
彼女には理解出来ない事であったが、双子というのは凶兆とされ、基本的には弟の方が殺されてしまう。そうならなかったのは、単に母が身を呈して守ってくださったから……だと縁壱は話した。
そこでは、縁壱は双子という凶兆とはまた別の理由から、望まれぬ子として周りの視線を集めていたらしい。
というのも、今でこそこうして普通(?)に振る舞える縁壱だが、幼い頃の彼は白痴(はくち:昔の言葉で、知能が低い人のこと)の子として疑われ、自身もまたそう自覚していたから、とのことだ。
どうして縁壱がそう思い、かつ、周囲にそう思わせてしまったのかといえば、それは物心ついた時にはもう見えていたらしい、『透き通る世界』というのが原因であった。
『透き通る世界』とは、何ぞや?
そう彼女が尋ねれば、縁壱は「万物の全てが、透き通って見えるのです」と、簡潔に答えた。
具体的には、相手の臓腑や鼓動や息遣いが透けて見え、次に相手がどのように動くかが手に取るように分かる……という感覚らしい。
にわかに信じ難い話ではあるが、縁壱が言うのならそうなのだろう。他の奴なら一笑してしまうところだろうが、縁壱ならば、ありえなくは……話を戻そう。
幼い頃の縁壱は、それが原因で頭の中が混乱しっぱなしだった。まあ、当然だろう。
物心もついていない頭で、そんな光景を当たり前に視認して、普通の子供のように振る舞えるわけがない。
おそらく、白痴と言われた理由は、それだ。脳に送り込まれる情報の整理に手一杯で、話し掛けられても返事が出来なかったのだろう。事実は違うが、結果的に白痴の子として見られた……というわけだ。
実際……縁壱の話を聞いてそう思った彼女の推測は正しかった。縁壱自身も、似たような理由だろうと見当をつけていた。
そして、幸いにも他者の声を理解することだけは出来ていた(自分がどのような立ち位置なのかも察した)ので、何とかある程度の制御が出来て会話が出来るようになるまでは、とても歯痒かった……と、縁壱は語った。
「……それで?」
「本来であれば、私はとうの昔に忌み子として死ぬはずだった。今の私があるのは、単に愛情を捧げてくださった母上と、こんな私を見守ってくださった兄上のおかげだ」
「兄……貴方の双子の兄だね?」
彼女が訪ねれば、縁壱は静かに……それでいて寂しそうに、かと思えば何処か嬉しそうに微笑みながら頷いた。
それから、縁壱はようやく『透き通る世界』をある程度制御出来るようになった後。後継ぎ問題から寺へと追いやられる際に行方を眩ませる……それまでの日々を語り始めた。
とはいっても、実際に縁壱が語った話の中身の大半は『兄上』に関することだった。
縁壱曰く、『兄上』はとても心優しく、未熟な私を想い、何時も私を守ろうとしてくれる、私などよりも崇高な御人……であるらしい。
そうして、行方を眩ませた後。
縁壱は、心から愛せる女性に(おそらく、うたの事だろう)出会い、一緒に暮らし、子供も日の神様(つまり、あの時の彼女だ)の助力で生まれ、幸せな日々を送った。
正直、お前はどんだけ兄上と奥さんが好きなんだよ……と、思わないでもない彼女ではあったが、それを口に出すことはしなかった。
「実は日の神様に助けられたあの後、私たちの下にとある組織の者が訪ねて来ました」
「組織とな?」
「名を、鬼殺隊(きさつたい)。家に押し入ってきた、あの異形の者たちを討伐する組織です。私は、そこで御館様に雇われる形となり、鬼を討伐しておりました」
「鬼を?」
「どうも、私はそういった事に天性の才があったようで……荒事は嫌いでしたが、貴女様との約束や、人の為になるならばと、うたも賛同してくれたのもあって……」
「まさか、今も?」
「いえ、やつを取り逃がしてしまった責を取る為に自ら鬼殺隊を辞めました。辞めたこと自体は何とも思ってはおりませんが、やつを取り逃がしたのは……それだけは……」
「……落ち着け、怖い怖い怖い、いきなり真顔にならないで」
それをする前に、少しばかり嬉しそうに話していた、その声色が……少しばかり冷えたからであった。
──縁壱曰く、異形の者たちの正体は『鬼』。鬼とは、一言でいえば人を食らう魔物であるとのことだ。
『鬼』は全て、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)という名の主(こいつも鬼らしい)が生み出した、夜の中でしか生きられない存在である。
日の下に出れば瞬く間に消滅してしまう存在ではあるが、その力は絶大。特殊な材料を用いて精製された武器でなければ仕留める事は叶わず、手足を落としてもすぐに再生してしまうのだという。
……なるほど、適材適所だなと彼女は思った。
けして、その脳裏にあの時の……瞬時に鬼を数十分割し、それを夜が明けるまで息継ぎせずにやっていた光景は、思い浮かべてはいなかった。
「……で?」
とりあえず、鬼舞辻とやらから話を変えようと思って促せば、「離れてからは、私はうた達と穏やかに過ごしました」縁壱は無表情ながらも話を変えてくれた。
「妻は25年前に、孫も大きくなりました。息子より『気遣う事なかれ』と言われたのもあって、私は一念発起し、今生の心残りを晴らす為にこうして毎夜、鬼を狩り続けております」
「……え、毎夜?」
「はい、こうして鬼が出そうな場所を見回り、見つけ次第鬼狩りをしております」
「ええ……」
「今宵は、どうにも胸騒ぎを覚えておりました。故に、急かされるがままこうして……貴女様に出会えたことを、神仏にも感謝せねばなりませぬ」
「そ、そうか……」
今生の心残りとか、鬼殺隊とか、色々と気になる点はあったが、それよりもまず彼女の注意を引いたのは、その部分であった。
いや、だって、冷静に考えてみてほしい。
正確な年齢は不明(おそらく、縁壱自身も把握はしていないだろう)だが、その御年は……少なくみても70代後半である。
雰囲気や佇まいこそ年齢不相応だが、肌は嘘をつかない。確かに、眼前の縁壱は年老いている。年老いているはず、なのだ。
……これが、かつての彼が暮らしていた、様々な分野が発達した時代であったならば、まだ話しは分かる。
けれども、この世界は(正確には、今の文明レベルでは)そうじゃない。若かろうが何だろうが風邪やら何やらであっさり死ぬ。それが、今なのだ。
生きて50年、60年。それが、ここの常識なのだ。速い者なら40代ぐらいで孫が出来ていても、何ら不思議な話ではない。
そんな世界で、70後半だ。しかも、こっそり彼女がスキャンした限りでは肉体に何一つ病が発生しておらず、出会った時から僅かばかり衰えがみられるだけ。
……どういう身体をしているのだ、こいつ本当に人間なのだろうか。
今更といえば今更な事を……というか、こいつ(縁壱)の事を考えるたびに同じようなことを考えているなあ……と思ったのは、彼女だけの秘密である。
「……とはいえ、私も老体となりました。さすがに三日三晩休まずに動く事叶わず、昼間は休む必要がありまして……不甲斐ないばかりです」
そんな彼女の内心を他所に、縁壱はしみじみと……それはもうやるせないと言わんばかりに、そんな事をほざいた。
「……?」
あまりに意味の分からない事を言い出した縁壱に、彼女はぱちぱちと目を瞬かせるしかなかった。
「今もなお戦っている若き剣士たちに負けぬ気概で頑張ってはおりますが……さすがに、若い頃のようには動けませぬ。山を五つ超えたぐらいで息切れしてしまう己の衰えに、歯痒いばかりであります」
「…………?」
思わず、彼女は改めて縁壱の全身を見回した。それぐらい、彼女は縁壱の言っている事が分からなかったからだ。
いや、言葉は分かっているのだ。縁壱の話している事は、1から10まで理解している。だが、だからこそ……彼女は首を傾げるしかなかった。
……この世界の老人は毎晩毎夜、山を五つも超えて動き回れるぐらいに活動的なのだろうか?
そんな馬鹿な……いや、もしかしたら……縁壱の常識で物を考えてはいけないと彼女も分かってはいたが、そう思わずにはいられなかった。
(あの時の私の言葉をそのまま実践してくれていたのは嬉しいが……うん、やっぱりこの人ちょっとおかしい。本当に人間か? 実は私と同じバスターマシンじゃないよね?)
夜が明けるまでの短い付き合いでしかないが、それでも分かる。やはり、この男はもう何というか次元が違う。中身は変な所で頑固で義理堅い男なのに、それと連動している身体があまりに異次元過ぎる。
実はわたくし、バスターマシン縁壱なのです……とか言われたら信じてしまうぐらいに、こう、何もかもが人外の域である。
……こんなやつから逃げ回れることが出来る鬼舞辻とやらも、大概なやつなのではないだろうか?
そう、彼女は思った。と、同時に、危険ではあるだろうが、出来る事ならその姿を拝見しておきたいものだが……ん?
不意に──縁壱が彼女から視線を逸らし……大きく目を見開いた。
いったい、どうしたのか。気になった彼女は振り返り……視線の先。距離にして20メートルの位置に立つ、帯刀している異形の者に目を向けた。
──その異形は、人の形と人の成りをしている男であった。
しかし、放たれる気配が違う。何よりも、その顔に備わる六つの瞳が……その異形を、異形であると証明していた。
だが……その姿よりも、なによりも。
彼女の興味を引いたのは、その異形の顔に浮かんでいる表情。その造形は……目玉の数こそ違いはあるが、縁壱とよく似ている。
そして、何よりも……今にも目玉が零れ落ちんばかりに開かれた六つの瞳が、こちらを見つめている。その理由が、彼女は気になった。
彼女の姿に驚いた……いや、違う。
チラリと、異形から視線を戻し……大粒の涙を零している縁壱を見やった彼女は、思わず目を瞬かせた。そんな、彼女を他所に。
「兄上……お探し致しました」
次から次へと溢れ出る涙をそのままに、ゆるりと縁壱が立ち上がる。「……え、兄上?」疑問符を浮かべ続けている彼女を尻目に、縁壱は……異形へと向き合う形で立ち止まった。
「……縁壱……何故……お前が此処に……」
「これもまた、日の神様のお導きでしょう……」
ポツリと零れたその呟きに初めて、異形の視線が縁壱から……困惑している彼女へと向けられた──途端。
「日の神……日の神……日の神、だと……!」
何故か、いきなり異形の顔色が変わった。
あまりに突然の反応に、(いや、お前も私の事をヒノカミとか言うの?)と思わないでもない彼女であった……と、いうか。
「何故だ……何故、お前ばかりが……まだ生きているのだ……日の神に……何故、お前だけが……!」
「兄上……どうして、鬼舞辻の手になど……鬼などに……」
「……どうしてだと……お前が……お前がそれを……天に愛されるお前が……この私に言うのか……!」
「兄上は誤解をなされている。私もまた、歴史の中に生まれた玉石の一つに過ぎません。私なんぞ、兄上に比べれば……」
少しぐらい状況を説明しろと彼女は思った。しかし、そんな彼女を尻目に、縁壱がその言葉を言い終えるか否かの瞬間、ばきり、と。
「己なんぞ……だと……!」
兄上と呼ばれる異形の奥歯が砕けた……如何様な逆鱗に触れてしまったのか……それは、彼女には分からなかった。
「縁……壱……!」
「ご安心召されよ……兄上の責は私が取ります。人の愛を教えてくれた兄上と共に、私もまた地獄の業火に焼かれましょう」
「……縁壱……縁壱、縁壱、縁壱縁壱縁壱……縁壱……!!!」
ぬらり、と。
噛み締めた奥歯が砕けるままに憤怒の形相となった異形が、腰に下げた鞘から刀を抜く。血のような赤みを帯びたそれは、ただの刃でないことを物語っていた。
「……お労しや、兄上」
対して、すらりと抜かれた縁壱の刀は、まるで日を思わせる灼色(あかいろ)をしていて。色合いこそ似ているが、まるで天と地を思わせるような、正反対の印象を与える輝きを放っていた──と。
──参る。
そう、縁壱が呟いた時にはもう……戦いは始まっていた。だがしかし、それを戦いと呼ぶには……あまりに一方的な光景であった。
異形は、放たれる気配に違わず常識外の力を有していた。身のこなしや振るわれる刃、普通の人間が相手なら、例え相手が100人掛かりでも2分と掛からず全滅させられるだけの速さがそこにはあった。
加えて、肉体的なアドバンテージは、圧倒的に兄上と呼ばれた異形……いや、鬼の方であった。
何故なら、受けた傷を瞬く間に修復してゆくのだ。深手の傷を負おうが、すぐさま傷が塞がり、応戦する。人間ならば致命傷の傷を負っても、まるで堪えた様子を見せない。
普通に考えれば、まず勝てないだろう。
何せ、鬼とは違い、人間はそのように傷が治ったりはしない。出血して失われた血の補充は一昼夜では利かず、骨が折れれば完治まで相応に月日を要する。
手足が落とされれば鬼のように繋がることは無いし、痛みや疲労で動作が鈍る。無尽蔵の体力がある鬼とは違い、動けば動く程に息がきれてしまうのが人間なのだ。
そんな、様々なアドバンテージを得てもなお……それでもなお、縁壱を相手取るには足り得なかった。
縁壱の、その動き、とてもではないが老体のソレではない。人外である異形の速さをもってしても、人間である縁壱の動きにまるでついていけない。
辛うじて……そう、辛うじて異形の者は致命傷こそ避けているが、それも時間の問題だろう。
何せ、顔色一つ変えずに刃を振るう縁壱に対し、異形の顔色は遠目からでも分かるぐらいに悪い。このままでは成す術も無く負ける事が分かっている、そんな目をしている。
憤怒、嫉妬、焦燥、おおよそ良い意味で表現出来ないであろう形相だが、形相だけ。それでもなお……縁壱の刃を防ぎ切れず、次から次に負傷し……気付けば、傷の修復が成されなくなっている。
そうして……続けられた剣戟は、時間にして5分にも満たなかった。
しかし、その間には、幾千幾万にも及ぶ不可視の駆け引きが二人の間で行われていたのだろう。
あいにく、無知な彼女には分からなかったが……それでも、傷だらけの異形と無傷の縁壱が同時に距離を取り、向かい合う形で改めて刀を構えたのを見た時。
──ああ、終わるのだな。
それだけは、理解する事が出来た。そして、実際に終わりの時は──その直後に訪れた。
太陽の輝きを思わせる、灼刀の揺らぎ。万物を照らす温もりは灼熱へと姿を変え、闇夜に蠢く鬼を滅する一撃と成りて。
月の優しさを思わせる、静かな揺らぎ。万物の心を安らげる光は、空高く輝き続ける太陽を討たんとする一撃と成りて。
日の呼吸──その言葉を、異形は聞いた。
月の呼吸──その言葉を、太陽は聞いた。
日は、月を支えて守ることで、明日へと飛び立つ足場に成るはずだったのに。
月は、日の支えを受けて、日だけでは行けぬ明日へと向かうはずだったのに。
いったい、何処で間違えてしまったのか。何が、間違ってしまったのか。それは、事情も何も知らない彼女には知り得ないことである。
けれども……太陽が放つ灼刀のきらめきが、異形の頸(くび)を断ち切った、その瞬間。
涙を流す日と、涙を流す月。
ごとん、と大地を転がる頸。合わせて、ぼろぼろと、少しずつ朽ち果て始める異形の身体。夜空へ向いた月の傍に座る、日。
互いを見つめるその視線が改めて、ようやく交差したその時にはもう……取り返しのつかない全ての決着が、ついていた。
……。
……。
…………互いの間に流れた沈黙は、思いの外短く。互いの頬を伝う涙が一つ、零れ落ちるまでと、ほぼ同じであった。
「……縁壱……私は、お前が羨ましかった……お前が、妬ましくて堪らなかった……」
頸だけとなった異形……いや、縁壱の兄は、ポツリと呟いた。
「天に愛されたお前の才に嫉妬した……いくら研鑽を積もうが、どれだけの血反吐を吐こうが……辿り着けぬ領域……妬ましくてならなかった……」
それは、もしかしたら生まれて初めてとなる弟への本音の吐露だったのかも……いや、事実、そうなのだろう。「兄上……」涙で濡れた頬をそのままに、縁壱は言葉を失くした。
「お前が……いっそのこと……傲慢であれば良かった……無様な兄など蹴落とす……そんな弟であれば良かった……」
「兄上……兄上は無様などではありません。兄上を蹴落とすなど、私には……」
「……どうして、お前が生まれたのだ……どうして、お前は、私の前から消えてくれないのだ……憎い……お前が憎いのだ、縁壱……」
「……兄上」
俯く縁壱を他所に、倒れた異形の身体の四肢は崩れ去り、既に崩壊は胴体へと達しようとしている。
このまま行けば、残された頸もまた……その中で、最後の力を振り絞るかの如く、兄と呼ばれた異形は話を続ける。
「……生き恥を晒し、このような醜い姿になってまで……強さを求め続け……それでもなお、老いたお前の足元にすら……私は何をしていたのだ……何の為に、このような……」
「兄上……兄上は、誑かされてしまったのです。あの鬼舞辻に、心の隙を突かれてしまっただけなのです」
「……否……否だ、縁壱……私は望んでそうなった……家を捨て……妻を捨て……子を捨て……世のため人の為と謳いながら……ただ、お前に勝ちたいが為に……人であることすら……」
ぽろぽろ、と。六つの目から零れ落ちる涙。静かに、けれども熱く……止まらない。
「……兄上、私は」
その涙が……おそらく、いや、確かな切っ掛けとなったのだろう。
「私は……私だって、何時も貴方が羨ましかった」
「……なん、だと……?」
「羨ましかったのです。私が出来ない事を容易くやってのける貴方の事が」
それも、もしかしたら……生まれて初めてとなる、兄へと向けた弟からの本音であった。
「うたに……妻に出会うまで、私は己と他者の違いが分からなかった。如何に、様々な人たちの自尊心を傷つけていたか……それを私は分からなかった」
「縁……壱……」
「兄上の言う通りです。きっと、私は傲慢にならねばならなかった。兄上がそうしたように、例え兄上を傷つける結果になるにせよ、私は……兄上を蹴落とし、上に立たねばならなかった」
ですが……そう呟いた縁壱の顔には、苦悶の色が色濃く出ていた。
「私は兄上に甘えた。人の上に立つ責務も、家を背負う覚悟も、何もかもを兄上に押し付けて無邪気に甘えた。私はただ、わきまえたフリをした卑怯者に過ぎなかったのです」
「違う……縁壱、お前は……違う……」
「違わないのです、兄上。兄上が私に理想を押し付けていたのと同じく、私もまた兄上に理想を押し付けていた。兄上なら万事上手くやってくれると、勝手に思い込んでおりました」
かちゃり、と。鞘に納めた刀を、頸の前に置いた。
「兄上の言う通り、私には二人といない剣の才があるのでしょう。しかし、それだけなのです。それが有っても、私はあまりに多くのモノを取り零してきました」
「…………」
「うたに出会えたから……いえ、それ以前の……兄上がいたからこそ、今の私があるのです。兄上がいなければ、私は……おそらく、ただ強いだけの無機質な男になっていたでしょう」
「…………」
「私は、兄上の思うような男ではありません。兄上から目を背け、『ありふれた生活』という恵まれた夢へ、当たり前に手に入ると思って手を伸ばした……愚か者なのです」
その言葉と共に……縁壱は、兄上と呼んだ頸に……頭を下げた。それは、一般的には……土下座と呼ばれるものであった。
「兄上の今生が『生き恥』であるならば、私の今生は『卑怯者』です。だから、とは言いません。ですが、せめて御自身だけは蔑まないでください」
むくりと、顔を上げた縁壱の目に浮かぶ涙……しかし、そこには先ほどのような苦悶の色は無かった。
「兄上が何と言おうと、私にとっては、兄上は憧れなのです。兄上がそう思わなくとも、私にとっては唯一無二の……憧れなのです」
その言葉に、頸は……いや、縁壱の兄上が何を思ったのか、それは少しばかり離れた場所で成り行きを見守るしかない彼女には、分からないことであった。
だが……彼女には分からなくとも、兄と弟の間には……通じる確かなモノがあったのだろう。
ぼろり、と。
遂に、身体中から立ち昇っていた白煙も止まり、全てが灰のように朽ち果て消えてしまった後。その崩壊がいよいよ頸から始まった……その時。
「……日の神よ。貴女は、縁壱の事をどう思う……?」
「──へ?」
「……正直に……教えてほしい……」
不意に──六つの瞳が、手持無沙汰になっている彼女を捉えた。あまりに突然の問い掛けに、思わず変な声が出た。
しかし、兄も……弟も気にしていない。どちらも、真摯な眼差しで彼女を見つめている。
キラー・パスにも程があるだろう……と、言いたくなったが彼女は我慢した。自覚は無いが、伊達に今の姿になって数十年ではない。そういう細かい事は誤魔化す(スルースキル)を彼女は得ていた。
──さて、だ。
気持ちを切り替えて、彼女は縁壱を見やる。今にも消えそうな兄上の為にも、いちいち考えている暇は無い。ただ、率直に思った事をそのまま伝えれば……ふむ、そうだな。
「『こいつ本当に人間か?』かな。他には、『やっぱりこいつ人間じゃない』かな」
やっぱり、コレしかないよな。
そう思い、言われるがまま素直に縁壱の印象について答えた。言っておくが、悪意は無い。本当に、思ったままを答えただけなのだ──が、しかし。
「……え、その、日の神様?」
「うん? 何故、驚いた顔をしているのかな? まさか貴方、自分が普通の人間だと思っていたの?」
「……人間なのですが」
「貴方みたいな人間がそう易々と生まれていたら怖いよ」
「ひ、日の神様……?」
まさか、頸だけ(何か、白煙も出てる)になった兄が、六つある瞳と口をまん丸にさせて。
その兄の首を無傷で落とした弟が、頬を伝う涙をそのままに、心外だと言わんばかりに顔をしかめる結果になろうとは、さすがの彼女も──と。
「……ふ、ふふ……」
唐突に響いた、笑い声。驚きに振り返る縁壱と、どうしたどうしたと視線を向ける彼女を他所に、こみ上げてくる笑みを噛み殺していた兄は。
「──あははは、はーはっはっは、あははははははは!!!!」
堪えきれないと言わんばかりに、笑った。それはもう、盛大に。
「なるほど! 日の神もそう思うか! なるほど、女神すら疑う者に追い縋ろうとした私が間抜けであったか!」
六つの瞳から、これまでとは異なる涙を滲ませ、今はもう存在していない臓腑が震えているかのような、それはそれは盛大な笑い声を……夜空へと響かせた。
あまりに突然のことに、縁壱はどうしたら良いのか分からず目を白黒させる他なかった。もちろん、彼女も縁壱と似たような思いであった。
そうして……時間にして、十数秒ほどだろうか。兄が、笑うのを止めたのは。
その時点で崩壊は既に頸全体に回り、ぼろぼろと顔の輪郭が崩れていた。それは六つある瞳も例外ではなく、ぴしぴしと至る所にヒビが入り、今にも砕けそうになっていた。
「……縁壱」
「──っ! 何でございましょうか」
居住まいを正して正座する縁壱を前に、兄は……ほう、と息を吐いた。
「頼みが……ある……」
勢いを増してゆく白煙の中で、間もなく訪れる消滅を前に……ぽつりと、兄は呟いた。
「恥の上塗りであるのは重々承知の上……頼む……我が呼吸を……月の呼吸を……どうか、後世に……」
「……っ、分かりました」
唇を噛み締めて頷いた縁壱に、「ああ、頼む……お前なら……」兄は安堵のため息を零すと。
「地獄へは……わたしだけで……兄の……意地……を……」
最後に、途切れ途切れにそれだけを呟き……ぽろりと崩れ落ちて灰のようになったそこにはもう……何も残されていなかった。
そして、その灰すらも夜の闇へと溶け込むように消えて……その中で。
「……お労しや、兄上」
万感の想いが込められた激情を堪えて俯く……縁壱が残されたのであった。
……。
……。
…………とまあ、そんな感じの感動的で悲哀の別れが行われている、その後ろで。
(何か、よく分からんうちに兄弟が因縁に終止符を……?)
一人(正確には、一体)、状況が呑み込めずに疑問符を胸中に浮かべまくっている彼女の姿があった。
まあ……それも致し方ないことだろう。だって、本当に何も知らないのだから。
何せ、ついさっきだ。
つい先程、久しぶりに偶然にも再会した知り合いの昔話に付き合っていたかと思えば、その知り合いの兄……おそらくは鬼になったであろう兄と、これまた偶然にも再会し。
そして──いきなり、殺し合いが始まったのだ。
第三者からすれば、いきなりどうしたといった感じだろう。実際、死闘が繰り広げられている間、彼女はそんな感じのことを考えていた。
もしかしなくとも、自分は全く関係ないのでは?
そう思わないわけでもなかったが、さらっと姿を消すことは出来なかった。何故かは知らないが、縁壱の兄らしき男が彼女を見て激昂したからだ。
(ヒノカミ……縁壱や、うたも私のことをそう呼んでいたが……もしかしたら、私によく似た『ヒノカミ』というやつが存在しているのだろうか?)
にわかには信じ難い事だが、『縁壱』や『鬼』というファンタジー極まりないやつがいるのだ。人が空を飛んでも何ら不思議なことではない。
……まさか、バスターマシンが他にも存在すると?
そんな不安が脳裏を過るが……考え過ぎだろう。というか、彼女自身もこの世界ではファンタジーみたいな……この件については後に回そう。
……とりあえず、私はどうしたら良いのだろうか。
この雰囲気で黙って離れる勇気は、彼女には無い。せめて、一声掛けてから離れるべきかな……と、思っていると。
「……私たちの因縁に、巻き込んでしまいました事……深くお詫びいたします」
縁壱の方から話しかけられた。ひとまず、心の整理を付けたのだろう。立ち上がった縁壱の目じりこそ赤らんではいるものの、もう涙を流してはいなかった。
しかし……その身より放たれる気配は、ほんの小一時間前に比べて5歳は年老いてしまっているように見えた。
「……その、大丈夫?」
正直、そのままぽっくり逝きそうな気がする……という内心を隠しながら尋ねれば、「はは……大丈夫、とは言えませんな」あっさり内心を見抜いた縁壱は寂しそうに笑みを零した。
「ですが、今生の心残りは果たせました。後は、兄上に託された『月の呼吸』の指南書を記し、お館様にお渡しすれば……私の役目も終わりです」
「あ、そう」
当たり前のように色々なキーワードが出て来たが……面倒事になりそうな気がして、彼女は何も尋ねなかった
「日の神様に会えて、良かった。先に逝ったうたにも、胸を張れる……鬼舞辻を仕留める事こそ出来なかったが、それは後の世に生まれる者たちに託そう」
それでは──そう話し、彼女に背を向けた縁壱は──直後、そうでした、と足を止めて振り返った。
「日の神様は、何か目的があって此処に?」
「いや、特に目的はないよ。ただ、そろそろ争いも治まってきたなあ……って思って降りて来ただけ」
「なるほど、動乱の世は日の神様にとっても好ましくないというわけですね」
納得に頷いた縁壱は、「ならば、もうしばらくは天に留まるべきかと……」けれども、困ったように首を横に振った。
それはどういうわけかと尋ねれば、今はまだ落ち着いているというよりは、各々の痛み分けから来る一時的な平穏でしかないと縁壱は告げた。
「どの勢力が勝つにせよ、今は何が火種となるか分かりません。おそらくは豊臣……いえ、徳川が最後に立っているでしょうが、後50年……いや、場合によっては100年近くは様子を見るべきかと……」
「はあ、そうですか……まだ、争いは終わらないと?」
「その二つが雌雄を決する時、戦乱の世は終わると思われます。しかし、落ち着くのはもっと後……様子を見に降りに来るにせよ、今は長居をするべきではないと私は思います」
「……貴方がそう言うのであれば、そうなのでしょう。ありがとう、しばらく様子を見ましょう」
そう彼女がお礼を言えば、恐れ多いと言わんばかりに縁壱は慌てた。
しかし、彼女を否定するわけにもいかず、「そ、それでは……これにて御免」場を誤魔化すかのように一つ咳をすると……小走りに駆けだし──ん?
「……ちょっと待て。まさか、あんな命がけの戦いをした後で山を越えるの? あの老体で?」
あまりに普通に走って行ったから反応するのに遅れたが……その時にはもう、縁壱の背は遠く、豆粒のように彼方へと向かって行くのが見えた。
……。
……。
…………やはり、失礼だとは思うけれども。
「……とんでもねえ縁壱だ」
やっぱ、あいつ人間じゃないな……そんな内心を噛み殺しながら、彼女はそう呟く他なかった。
──鬼を殺す異常者たち
フラグ4『縁壱の兄(故・巌勝(みちかつ):鬼・黒死牟(こくしぼう)の討伐により、鬼殺隊の死亡数が永続減少(一定値で頭打ち)』
フラグ5『縁壱により『月の呼吸』が指南書として継承され、以後、月の呼吸を習得する隊士が出現する(鬼殺隊の戦力上昇)』
フラグ6『時々地上に降りてくるバスターマシン7号(彼女)が、たまたま遭遇した鬼を討伐するときがあり、結果的に隊士の生存率がアップ』
──正しく間違えず赤ちゃんにもなる御方
フラグ4『黒死牟(後の最強戦力・不動の1位)討伐により、永続的な戦力ダウン。ならびに、老体になってもほとんど衰えていない縁壱を黒死牟越しに見てしまった事でトラウマ再発』
フラグ5『黒死牟が存命ならば行えた戦力補充(黒死牟が行う)が出来ず、また、月の呼吸が伝わってしまったことにより、補充した鬼の消耗率がアップ』
フラグ6『後年、何とか仕込んで育ってくれた『上弦の鬼』が、たまたま降りて来た彼女によって瞬殺されたのを見て、ストレス性胃潰瘍を発症する。髪の色が一部白くなる』
──コソコソ裏話
『とある組織には、とある女神の姿が描かれた、この世のものとは思えないぐらいに柔らかい布を使った御旗があって、家宝として大切にされているらしい』