デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデン…… 作:葛城
無惨「しつこい(震え声)」
──時は流れ、ある日の夜。
冬の時期に比べて明らかに温かくなってきているとはいえ、夜はまだ冷える。少なくとも、鬼殺隊の当主である耀哉にとっては、まだまだ肌寒い時期であった。
そして、そんな耀哉の布団が敷かれている室内に集まっているのは……耀哉の妻である、あまね。子供たちは、さすがに寝息を立てている。
後は、『日の神』をお連れした際に同席した5人(カナエは、外された)。そこに加えて、遠方故に間に合わなかった、残りの柱4人……計、11人の人間が、その場には集まっていた。
部屋の広さは、詰めれば11人ぐらいは十分入れるサイズだ。だが、さすがに、それだけの人数が集まれば狭く感じるのは、避けられない。
けれども、耀哉にとってはそれで良かったし、集まった柱たちにとっても良かった。
何故なら、『日の神』によって一時的に耀哉の体調が劇的に回復したとはいえ、元々が弱り切った身体である。本来であれば、話すだけでも体力に気を使わなければならないレベルだ。
対して、柱たちも耀哉の体調を理解しているからこそ、狭くとも耀哉が普段通りに話せば聞こえる……お互いを想うからこそ、それで丁度良かったのである。
「あなた……」
「ありがとう、あまね」
痩せ細った身体を支えられながら、ゆっくりと耀哉は身体を起こす。言葉は無くとも、それは夫婦の語らいでもあるのだろう。
「……待たせてしまったね。では、始めるよ」
「──御意」
「皆も既に報告を受けていると思うけど、我が鬼殺隊が管理する蝶屋敷にて、『日の神』様が降臨してくださっている」
「……っ!」
「中には、一目お会いしたいと願う者もいると思う。でも、今だけは待ってほしい。あの御方は、そういう特別扱いを嫌っていらっしゃるからね」
「──御意」
言葉少なくも、力強く頷いたのは、『鬼殺隊』の最高戦力である、9人の剣士たち。
石油ランプの明かりに淡く照らされた室内に集った……緊急集合のために、『日の神』とはまだ顔を合わせていない柱も居た。
……さて、だ。
まず、一人目……全身に傷痕がある白髪の男、名を不死川実弥(しなずがわ・さねみ)。風の呼吸を修めた、『風柱(かぜばしら)』である。
その風貌のみならず、苛烈な物言いも相まって、下級隊員からは密かに怖れられている柱である。
二人目は、集まった柱の中では2番目に長身ながら筋骨隆々。輝石(きせき:ガラス光沢を持つ鉱物の一種)をあしらった額宛てに加え、傾奇者然とした化粧を施した派手な男。
二言目には派手だとか地味だとか口にするが、音の呼吸を修めた確かな実力者、音柱(一部からは派手柱、とも)である。
三人目は、はっきり言って地味だ。男性陣の中では下から数えたぐらいに背丈が低く、年齢も低い。何処となく、子供っぽさも抜け切れていない。
名を、時透無一郎(ときとう・むいちろう)
しかし、その実力は確かに柱であり、『鬼殺隊』の歴史を紐解いても上位に位置する程の才覚を持つと言われている……月の呼吸を修めた……月柱である。
……ちなみに、だ。
胡蝶しのぶは、蟲の呼吸を修めた蟲柱。富岡義勇は水柱で、悲鳴嶼と胡蝶姉妹に呼ばれた大男(悲鳴嶼行冥(ひめじま・ぎょうめい))は、岩の呼吸を修めた岩柱。
つまり、『鬼殺隊』の当主である耀哉の前には、水柱、蟲柱、音柱、恋柱、月柱、蛇柱、風柱、岩柱の8名と。
最後の……炎の呼吸を修めた『炎柱(えんばしら)』……煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)。を入れた、9名が集まっていた。
……その杏寿郎は、だ。
炎のように逆立った髪と、炎のような羽織を纏っている。ぎょろりと威圧感のある目つきは、まるで、炎そのものが人の姿を取ったかのような雰囲気を放っていた。
彼の場合は、他の柱とは少しばかり事情が異なる。過去に『日の神』と応対している事も有って、まだ出会っていない他の柱に比べて、些か反応は薄かった。
「──しかし、是非ともお会いしたかった! お館様からの命令が無ければ、いの一番に蝶屋敷へ駆けつけているところだ!」
……反応は薄かった(約40%程度)。
「うるせぇ! いきなり大声出すんじゃねーよ」
隣に座っていた天元は、耳を押さえながら杏寿郎に苦言を零した。
「それはすまな──」
「静かに、お館様の前だぞ」
返事の声もまた、人並みよりも大きい。それを見越していた義勇が、素早く杏寿郎の口を塞いだ。ぎょろり、と動く瞳が、義勇を見つめる。
……無言のままに、杏寿郎は頷く。悪いのは、誰が見ても己だと理解出来る程度に落ち着いたからだ。
謝罪を込めて軽く頭を下げれば、気にするなと義勇も頷いて……一拍遅れて手が外されれば、「──すみません、お館様」落ち着いた杏寿郎が耀哉へと頭を下げた。
「いや、無理もない。この中で、幼少の頃に『日の神様』と実際お会いしただけでなく、対話までしたのは、煉獄だけだからね」
「……恐縮の至り、申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。私だって、身体が元気だったら舞い上がっていただろうからね」
もちろん、耀哉は責めなどしなかった。何故なら、耀哉の言葉は誇張なき事実であるからだ。
……もちろん、他の柱も杏寿郎を責める気は全く無い。
耀哉を始めとして、普段より明朗快活(めいろうかいかつ)で、明朗闊達(めいろうかったつ)な人柄を知っている柱のだれもが、杏寿郎の言葉に怒りは見せなかった。
先ほど、杏寿郎が口にした『是非ともお会いしたかった』という言葉は、何も杏寿郎ただ一人の考えではない。
何故なら、この場に居る誰もが……いや、まあ、蝶屋敷に住まう胡蝶しのぶ以外の誰もが、日本という国で生まれ育った者なら、誰もがその存在に憧れと感謝の念を抱いているからだ。
たとえば、この場で幼少の頃に『日の神』と対面し、会話をした杏寿郎の場合は、だ。
不治とされていた母親の病を、後遺症無く治してくれた。
当時のお館様が四方八方に手を伸ばして集めてくれた様々な名医をもってしても、数か月延命させるのが限度だとされた病を、だ。
そのおかげで、母の病の影響から人知れず憔悴していた、父の槇寿郎の心も持ち直した。まだ歩くことが覚束なかった千寿郎も、無事に母の愛を受けて大きくなってきている。
正しく、足を向けて寝られないとはこの事だろう。
……で、他には……そう、ほとんど毎日のように『日の神』と対面出来ている、蟲柱の胡蝶しのぶの場合は、姉の命を助けられた。
親を鬼に殺され、残された家族は姉のカナエのみ。その、柱にまで上り詰めた姉が、手も足も出ずに『上弦の鬼』に殺されかけたのは、しばらく前のこと。
曰く、『どう足掻いても勝ち目はなく、生を諦めた』とまで言わしめるほどの強さだったらしい。
助かった理由は、ただ一つ。
その鬼より伸ばされた凶器が自身を切り裂く前に、天より落ちた一筋の閃光が、『上弦の鬼』を貫いたからだ。文字通り、『天罰』の二文字がカナエの脳裏を過ったらしい。
さすがに仕留めるまでには至らなかったみたいだが、おかげで鬼はその場より逃げ出し、カナエも傷が悪化することも無く治療が間に合い、一命を取り留める事が出来た。
他の柱たちだって……いや、当人には無くとも、その知り合いが大なり小なり『日の神』より助けてもらった経験がある。
──というか、直接助けられた者は稀でも、間接的に助けられた事が無い日本人の方が稀だ。
ある時代では崩れた土砂を掬い上げ、ある時代では全てを呑み込む大火の上に雨を降らし、ある時代では長く続く冬の最中に幾つもの炎を生み出し、人々を温めた。
実在した伝説、天より地上を見守る太陽神。そう呼ぶ者も、けして少なくないのだ。
もちろん、直接的に助けられた経験がないので、他の神仏と同じ感覚で見ている者は居る。大半は、あくまでも間接的に助けられた者たちである。
比較的『日の神』の逸話を見聞きする事の多い鬼殺隊ですら、実際にその姿を目にした者が限りなく少ないからだ。
だが、逆に強烈な『日の神』信者……通称、『日の神狂い』とも呼ばれている信者も混じっている。
その信者の代表格に当たるのが、時透無一郎。月柱の名を与えられた、狂信的な『日の神狂い』である。
何故かと言えば、彼は『日の神』に三度も大切な者たちの命を助けられたからだ。
肺炎を患い死にかけていた母親を助けられ、その後、雨風が吹き荒れる中で薬草探しに出ていた父をも助けられ、その後、鬼に襲われた家族全員を助けて貰ったという経歴の持ち主。
故に、実のところは『日の神』の登場に一番顕著な反応を示したのは杏寿郎ではなく、無一郎だったりするのだが……話は割愛する。
だって、無一郎は助けられたけど緊張と感激のあまり上手く対話出来なかった狂信者である。そんな男が、実際に対話をした人物を目の前にすれば……長くなるので戻そう。
反対に、だ。この場では一番そういった信仰の薄いのが、だ。
蟲柱のしのぶを除いて唯一の女の柱である甘露寺蜜璃と、オッドアイが特徴の伊黒小芭内の両名だ。
この二人は、他の柱に比べて経歴もそうだが、鬼殺隊に入った理由も少しばかり他とは異なっている。故に、『日の神』に対してはある種、ドライな目で見ていた……はずだったのだが。
──その二人が、唐突に泣き出した。それはもう、いきなりだ。
あまりに突然過ぎて、歴代最強ではと目されている水柱の義勇ですら反応が遅れて、「──っ!?」ギョッと目を見開いたぐらいなのだから……他の者たちの驚きが伺えるだろう。
おかげで、話し掛けるべきか、否か、少しばかり迷いが生まれた。思い立ったら動く性分の杏寿郎ですら面食らっているのだから、誰もが動けなくて当然であった。
……。
……。
…………まあ、そうなれば、だ。
「どうしたんだい、蜜璃、小芭内。何か、有ったのかい?」
組織のトップを務める耀哉が話しかけるのは、必然の流れであった。この時ばかりは、普段は馬が合わない者たちが顔を見合わせ、成り行きを見守る形となった。
そうして……自然と場の空気が形成された中、最初に話を始めたのは……蜜璃からだった。
その内容を簡潔にまとめるならば、だ。
まず、蜜璃は先天的に常人の八倍の筋力を持ち、1歳少々で重さ4貫(かん:今でいう15kgぐらい)を持ち上げ、その筋力を支える為に常人の何倍もの食欲を宿す、特異体質である。
そして、些か信じ難い話ではあるが、特徴的な髪色の理由は、桜餅の食べ過ぎである。
おかげで、髪色が変色し、桜色と緑色が入り混じるグラデーションとなった……それ自体は、家族からは笑い話として受け入れられていたが、問題は家族以外であった。
ある時から、蜜璃はその髪色と特異体質から『日の神』の化身……あるいは『日の神』の加護を受けたとして、特別視する者が現れ始めたのだ。
もちろん蜜璃本人も、蜜璃の家族も、その都度訂正した。
特異体質は本当に生まれつきだが、髪の色は桜餅の食べ過ぎだと。怪力に驚くだろうけれども、根は心優しく、朗らかな女の子である……と。
けれども、人々はそれを信じなかった。信じたいモノしか信じなかった。
そのせいで、蜜璃は幼い頃より様々な苦労をしたらしい。家族は理解してくれていたが、怪しい宗教組織に誘拐されそうになったことは一度や二度ではないのだという。
そのうえ、家族が用意してくれたお見合いの席で、お見合い相手から酷い言葉を言われた。『日の神』の加護を受けているのに、その下品な所作は恥ずかしくないのか……と。
その後、色々な事が重なった結果、『己は『日の神』ではない、自分は自分らしく心のままに想いのままに』、その一心で鬼殺隊へと入って……つい先日、偶然にも蝶屋敷にて『日の神』に対面したと、蜜璃は涙ながらに告げた。
「……何を、言われたのかな? それとも、何かを尋ねたのかな?」
耀哉の問い掛けに、強制力は無い。その声色にも、口調にも、『話したくないのであれば、言わなくていいよ』という言外の想いが込められていた。
そこには、優しさが込められていた。
いったい、どのような事なのか……それは、蜜璃が(おそらく、小芭内と……報告しなかった胡蝶しのぶも)命令違反を犯していることに言及しない、それに尽きた。
何故なら、『日の神』が居るのは、蝶屋敷。その屋敷の目的は、負傷した隊員の治療……すなわち、蝶屋敷とは医療施設なのである。
言い換えれば、負傷なり何かしらの不調を起こしていない限り、あるいは、屋敷にて勤めている者に用が無い限り、蝶屋敷に行く理由も必要もないわけである。
そして、柱たちには招集命令が下されていた。当然、負傷して動けない等の理由が無い限りは、耀哉の命令に従うのを最優先とする……ならば、だ。
傷一つ負わず、不調も起こしていない蜜璃が、『日の神』と対面している……それすなわち、命令違反をして、『日の神』に会いに行った……というわけである。
だからこそ、蜜璃は……答えた。
言葉に甘えて、黙ったままも出来た。けれども、その優しさに甘えるのは今回、違うと思ったから。ふうふう、と軽く息を整えた後……畳から視線を外すことなく、ポツリと告げた。
「貴女は、貴女にしか見えない、と」
「それは、どのような言葉で尋ねたのかな?」
「私は、日の神様にとって、どのような人間に見えるのかと尋ねました。女なのに人一倍力持ちで、女なのに人一倍ご飯を食べて、他人とは違う髪の色の私を、日の神様の目にはどのように映っているのか……と」
「……その答えが、最初の言葉なんだね」
──こくり、と。静かに、蜜璃は頷いた。
その言葉の意味に気付いた者は……そう、多くはない。
人心を読む事に長けた者や、個人的に付き合いのある親友以外には、その答えが如何に蜜璃の心を震わせたのか……分からないだろう。
『貴女は、貴女でしかない。貴女は貴女以外の何者にも成れないし、それは貴女以外も例外ではない』
『人が人である事を悩み、獣が獣である事を悩み、虫が虫である事を悩むのは、生ける者の通過儀礼なのかもしれない』
『だが、悩んだ所で答えなど出ない。人は何時だって、己にしか成れない。己の心のままに動く事しか出来ない』
『置かれた場所で、咲きなさい。そこが貴女の居場所になる。そして、その花を見守ってくれていた人と添い遂げなさい』
『答えはもう、出されている。後は、それに気付くだけ。立ち止まって、振り返りなさい。そこに、答えがあるのだから』
続けられた言葉は、まるで聖痕のように心に打ち込まれた気がした。少なくとも、蜜璃は……日の神様の言葉によって、救われたのである。
「小芭内も、『日の神』様にお尋ねしたのかい?」
耀哉は、視線を蜜璃より小芭内に向ける。一拍遅れて、小芭内は、「……いいえ」静かに首を横に振った。
「ただ、俺が尋ねるよりも前に、答えてくれました」
「……なるほど、『日の神』様は君が抱えているモノを見抜いた答えを貰ったのだね? 差し支えなければ、教えて貰っていいかな?」
「……申し訳ありません、それだけは……ですが……救われました。少なくとも、心を救われました」
「救われた?」
「どう、言葉に言い表せれば良いのかが分かりません。ただ……救われたと、強く思いました」
そして、それは……小芭内も同じであった。ただ、蜜璃と違うのは……彼は、『日の神』に尋ねる事が出来なかった、その一点だろう。
小芭内もまた、蜜璃と同じく……というよりは、蜜璃に連れそう形で対面したのだが……そこで、彼は何も言えなかったのだ。
もちろん、言う事が無かったわけではない。『日の神』を疑ったわけでもない。むしろ、どうしても尋ねたい事が一つ有った。
けれども、言えなかった。
それは、小芭内にとっては誰にも知られて欲しくない事で、特に、傍に居た甘露寺蜜璃にだけは絶対に知られたくなかったからだ。
だからこそ、黙るしか出来なかった。
それを言えば、蜜璃に全てを知られてしまうから。
だから、泣き崩れる蜜璃の背中を摩るぐらいで、とにかく、蜜璃の胸中にあった闇が晴れただけでも、小芭内としては感謝の念でいっぱいであった。
『──何時になれば、貴方は己を許すのですか?』
故に……その言葉を告げられた時、小芭内は……安直な表現だが、時が止まったと錯覚するぐらいに驚いた。
『生まれながらの罪人など、この世にはおりません。生きる為に物を食う、食うからこそ人は生きる。生きるという事は、罪を背負うという事』
『生きる限り、人は新たな罪を背負い続けるのです』
『ならば、罪を償うにはどうするか……それこそ、生を受けたその瞬間……いえ、生き物として形を成したその時から、やりなおさねばなりません』
『貴方の親が、その親が、そのまた親が、遡り、遡り、遡り、遡り続けて、その果てが今日を生きる命なのです』
『いいかげん、己を責め続けるのは止めなさい。それは、数多に繋がれてきた命そのものを侮辱する行為に他ならない』
『穢れは所詮、そう思い込んでいるだけに過ぎない。誰しもの身体に流れている血の色に変わりがないように、貴方もまた他の誰かと変わらない』
『それでも……それでも、貴方が自らを許せないと言うのであれば……罰して欲しいと望むのであれば』
『──私が、覚えておきましょう』
『貴方の罪を。貴方が犯した罪を。貴方に刻まれた傷の痛みを。私が滅するその時まで、遠い時の彼方にまで、貴方の罪を、私の胸に秘め続けましょう』
『……貴方の罪を、私が許します。抱えた罪を、ここに置いて行きなさい』
そうして、続けられた言葉に……もう、小芭内は何も言えなかった。
生まれて初めて……そう、本当に、心から歓喜の涙が零れたのは、それが初めてであった。
身体中に流れていたナニカが、涙と共に流れ落ちてゆく感覚。気づけば、摩っていた手は蜜璃に掴まれ……互いに抱き合う形で、嗚咽を零し続けていた。
それから、ずっとずっと、涙が止まらない。
ある程度流れれば止まってはくれるが、少しでも『日の神』の話が出ると駄目だ。掛けられた言葉が頭の中でリフレイン、止まっていた涙が再び出てしまう。
おかげで、小芭内だけでなく、蜜璃も酷い顔になっていた。
何とか会議に出席する前に涙が止まり、濡れた手拭いで腫れを冷やして応急処置をしたはいいが……先ほど、ちょっとしんみりした空気に成りかけた事で涙腺が決壊した、というわけである。
……無理もない。誰もが、自然とそう思った。
そう思ってしまうのは、それほどに『日の神』が特別だから。嘆き悲しむ人々を憂い、この地に唯一残ってくださった神々の……慈悲深き一柱。
「……さて、話を戻そう。此度、集まって貰ったのは他でもない……宿敵、鬼舞辻無惨の討伐に関する話だよ」
「──っ!?」
「この話は、数十年前の先代が残した書記から続いている話だ」
だからこそ──耀哉は、いや、この場に集まった誰もが、今まで雲海より見守ってくださっていた『日の神』が地上へと降りた、その理由に思いを馳せた。
「実は、以前より鬼たちの動き……正確には、鬼舞辻無惨の動きに変化が起こっているという話が、その先代の書記より登場している」
「なんと、そのような物が……」
「今までお前たちに話さなかったのは、その書記を裏付ける情報が何一つなかったからだよ。色々と私なりに調べてはみたけど、結局は……けれども、だ」
少しばかり、間が置かれた。
「『日の神』様から幾つか言葉を交わし、確証を得られた。どうやら、かなり以前から……鬼舞辻無惨は、『日の神』様の手によって地下深くに封じられているらしい」
その言葉に──柱たちは、表向きは平静を保っていた。
柱の位を与えられたのは、伊達ではない。封じられた、ただその一言で終わるような話ではない事など、言われずとも察したからだ。
「……仕留めなかった……いや、仕留められなかった理由は、ただ一つ。『日の神』様の想定以上に、鬼舞辻無惨がしぶとかった」
「……と、言いますと?」
「簡単な話さ、あの男は人質を取った。『日の神』様の力が及ばぬ地下深くへ自ら潜った。そうなれば、『日の神』様は手が出せない。何故ならば──」
「……周辺に生きる、数多の命を想ったのですね?」
「──『日の神』様の力はあまりに強大。それ故に、手が出せなかった。だからこそ、『日の神』様は封じる事を選んだ。殺せはしないが、二度と地上へと出られぬようにと番人を置いた」
「…………」
「封印は、厳重だ。『日の神』様ですら、入口を開くのに難色を示すぐらいに。だからこそ監視し、封じ込める番人を置いた」
「……ですが、それでも」
「そう、そこなんだ。そこは、『日の神』様も分からなかったらしい。だが、おかげで分かったのは……今なら、鬼舞辻無惨を倒す事が出来るということだ」
「──本当なのですか!?」
「ああ、やつが地上に出ないのは番人に手も足も出せず、『日の神』様を恐れているからだ。今ならば、やつは隠れる事も逃げる事も出来ず……戦うという選択肢しか選べない」
「では、決行の日は──」
「焦ってはいけないよ。この戦いには、『日の神』様の協力が不可欠だ……まずは、入念な準備が──」
……ぽつり、ぽつり、と。
その日……鬼殺隊の柱と、当主とその家族以外には誰も知らない、秘められた会議は長引き……何時もよりも一刻は長く続くことになった。
……。
……。
…………さて、だ。
そんな、人知れず決戦の日に向かって様々な作戦が連日に渡って練られ、トップを中心にして少しずつ熱気が高まりつつある……そんなある日のこと。
時刻は、昼。もうすぐ、お昼ご飯が配膳される、時間帯。
話題の中心となっている『日の神』が滞在している蝶屋敷では……ある種の、高揚感にも似た緊張感が漂っていた。
……元々、だ。
蝶屋敷は、鬼殺隊における病院的な役割を果たしている。様々な役目を与えられた施設がある中で、蝶屋敷は他とは異なる雰囲気を感じ取る者が多い。
何故なら、この屋敷で命を落とす者がそれなりにいるからで……というのも、だ。
蝶屋敷に居る者は、その役割故に、怪我人や病人が大半だ。それも、『藤の家』と呼ばれる、鬼殺隊に協力する者たちでは対処できない深手を負った者たちばかり。
当然、間に合わない場合も多い。処置を終えてもそのままという場合も多く……けれども、まだマシだろう。
何故なら、敗れた隊士はほとんどの場合、戦った鬼に骨一つ残さず食われてしまうからだ。まだ、遺体が残るだけでも、ここでは喜ばれる事なのである。
それに……鬼との戦いで負う傷は、ただの怪我ではない。常識では考えられない症状が出て、肉体そのものが変形している事もある。
鬼と戦って、人の形を残したまま死ねるのは、ある意味幸運な事なのだ。
実際、つい先日の事だが……とある鬼によって、肉体を蜘蛛のような形に掛けられた隊士が多数運び込まれた。
適切な治療こそ続ければ元の姿に戻れるが、その姿は異様の一言。忌避感こそないものの、その姿を見た隊士の誰もが絶句し、涙を流してしまうぐらいであった。
……だが、しかし。それはもう、過去の事だ。
何故なら、『日の神』が降臨しているからだ。薬祖神の側面を持つ(と、人々から思われている)『日の神』が、負傷した隊士たちを治療しているからだ。
おかげで、その日から蝶屋敷の空気は変わった。穏やかで静かではありつつも、何処となく漂っていた悲しげな空気が消えた。
──隊士たちは、口を揃える。いや、隊士に成れなかった者たちも、口を揃える。
『日の神様、ありがとう』……と。
だからこそ、誰もがお館様の御指示通り、不必要に『日の神』に近づこうとはしなかった。
『日の神』が、そういう特別扱いを嫌っているとのであれば、そうする。それは、『日の神』に対して何も返せない……せめてもの感謝の現れであった。
……。
……。
…………で、だ。話を戻すが、そんな最中、当の『日の神』……いや、彼女はというと、だ。
(良かった……謎の人生相談が止まってくれて、本当に良かった)
宛がわれた自室(様々な意味での激闘の末にそうなった)にて、ようやく訪れた平穏な日常に、のんびりダラダラしていた。
いったい何が有ったのか……色々有ったが、一番大変だったのは、『人生相談』だろう。
何故かは分からないが、ある時から鬼殺隊の者たちから人生相談をされるようになったのだ。本当に何がキッカケでそうなったのか、彼女にもサッパリ分からなかった。
もちろん、最初は断ろうとした。何せ、長生きこそしているが、彼女の人生経験はけして豊富というわけではない。
何せ、大半は雲海の中に居たのだ。ついでに、地上に降りていた期間のほとんどは、今よりも数百年、数千年ぐらいは前の、ぶらぶら大陸を歩き回っていた時の事。
ぶっちゃけてしまえば、語れる情報が古過ぎた。いちおう、相談に乗ること自体はやぶさかではない……ないのだが、しかし。
そう、だがしかし、だ。
動物の小便で歯を磨いていた時代の常識や、文字通り首の取り合いこそ男の誉れとか言っていた時代の常識でモノを語っても役に立たないよなあ……という事ぐらいは、彼女も分かっていた。
なので、断ろうとした。素直に、君の悩みを晴らすキッカケにもならないよ~と、断ろうと思っていた。
けれども……それが出来なかった。いったい何故か……なに、答えはそう複雑なモノではない。極々単純な話で、つまりは──。
(……何だろうか、私はそんなに相談し易そうに見えるのだろうか?)
──相談内容が、どいつもこいつも重苦しいモノばかりだったからだ。
いや、だって、アレだ。
別に、相談を拒否しているわけではないのだ。
今日の献立とか、恋のキューピット(笑)とか、金欠で困っているとか、そういう内容なら彼女なりに相談に乗る事は出来る。
何やらタダでご飯やら何やらしてもらっているのだから、それぐらいはお安い御用である。負傷した鬼殺隊員の治療だって、朝飯前というやつだ。
……でも、先日の二人組はナイ。
あんな、桃色と緑色の奇抜なグラデーションをした髪の娘から、『貴女に、私はどのように映っておりますか?』とか、困る、本当に困る。
──だって、明らかに深刻な悩みじゃないか。
もう、見ただけで分かる。質問内容自体はシンプルではあるが、悩みの深みレベルが底なしなのがすぐに分かる。
ぽやぽやとした雰囲気とは裏腹の、可愛らしい声色とは裏腹の、真剣具合。その後ろで固唾を呑んでいるオッドアイの少年も明らかにヤバそうではあったが、この娘の本気具合も相当だった。
──ああ、この子は見た目で苦労してきたんだな……って。
大陸では大して珍しくない金髪碧眼がここでは注目の的であるように、桃と緑の髪色は、この地ではさぞかし目立ったであろう事は、考えるまでもない。
ていうか、彼女も大陸を歩いていた時、迫害(笑)をさんざん受けた身だし……故に、彼女は迂闊に返答が出来なかった。
聞こえなかったフリをするにしても、思い詰めた顔を見やればそれをする勇気はない。かといって、答えられないと正直に言うのも……駄目な気がする。
……なので、彼女は……全力でそれっぽい言葉で誤魔化すことにした。
正直、自分が何を口走ったのか全然覚えていない。
とにかく、鬼舞辻無惨と戦った時以上に真剣に頭を動かし、意味深な言葉を意味深に聞こえるように並び立てた。
そのおかげか……あるいは別の理由かは不明だが、娘は泣き崩れた。そういうのはグッドかバッドか分からんから非常に困る。
しかし、悩んでいる場合ではない。何故なら、その娘の背中を摩るオッドアイの彼から向けられる視線もまた……こう、アレだった。
──なんで君ら、見ず知らずの相手にそんな真面目な相談するの?
そう、尋ねたかった。でも、駄目だった。だって、そのオッドアイの彼……何処となく見覚えがあるというか……ああ、そうだ、アレだ。
──機会が与えられれば即座に自分の首を切り落とす、アレだ。
大陸を旅している時に、似たような目をした者に出会った青年と、同じ目をしている。ていうか、全体的な雰囲気が似ている。
不義の子として生まれた己のせいで御家騒動が勃発し、何人もの人間が命を落としたとかで、ずーっと自分を責め続けていた、あの青年と……ああ、こりゃいかん。
──これ、自分の血は穢れているとか大罪を背負っているとか思い込んでいるタイプだ。
そう判断してからの彼女は、とにかく思い留めるように言葉を選んだ。非常に嫌な経験だが、あの青年のこともあって二度目なので少し余裕が持てた。
まあ、最後に決めるのはオッドアイの彼だ。ぶっちゃけ、思い過ごしであればそれで良い……という程度の感覚でもあった。
結果……オッドアイの彼は泣いた。それはもう、大粒の涙をぼろぼろと零し、摩っていた女の背中に縋りつく勢いで。
正直、冷や汗が出た。やべえ、言葉のチョイス間違えたかなと後悔した。
とりあえず、たまたま近くに居た蝶屋敷の人達に預ける形でその場を離れ、その後は何事も無かったかのように振る舞って諸々を誤魔化したが……本当に、あの時は焦った。
(そういうのは、私じゃなくてお館様とやらにやるのが一番だと思うんだけどなあ……)
まあ、この時代というか今の日本には、メンタルクリニックなんて言葉はおろか、概念すら存在していないのだ。
個人的な悩みを会社の社長に相談なんて出来ないだろうし、かといって、怖そうな上司にするのも……結果、何か長生きしてそうな己に……なのかなあ、と。
先ほど、わざわざ自室にまで持って来てくれたおやつ(どら焼き)を片手に、ずずず~っと、お茶を啜りながら。
「これはもしかして、鬼舞辻無惨というやつが悪いのでは?」
ふと、何の意味も理由もないが、例のアレに責任を押し付け……ふふっと笑った。
「このどら焼き美味しいなあ」
そんな、おやつの感想と共に。
なお、日の神狂いに対する当人の印象は
「人様の顔を見た瞬間に号泣して土下座された、やめてほしい」
で、ある