「ギュッ!」
「動きが遅いっ!」
時刻は既に午前0時を過ぎている。開けた街道には電灯が設置されておらず、その暗闇は異質な不気味さを放っていた。
そんな深夜。仕事帰りの中年男性を、一体のアクサーが襲っていた。暗闇でよく見えないが、これまで相対してきたアクサーよりも比較的体格の大きいアクサーの様だ。男性を追い詰めている現状に慢心していたアクサーが晒す背中を、ビオラは不意打ち気味に蹴飛ばす。
それからすぐにエルフ サラマンダースレイヴに変身して戦闘を開始した。体格が大きいからなのか、動きが想像以上に鈍い。右腕を燃やし、腹部を複数回殴る。が、効いている様子が全く無い。構わず強く殴ると、アクサーは数歩後ろに下がった。
直後、アクサーは後ろに振り向いて全力で走り去って行った。
「…あっ、ちょっと! 待ちなさい!」
急いで追いかけるが、曲がり角で撒かれてしまい見失ってしまった。
「…チッ、めんどくさ……!」
悪態をついてからエルフは変身を解除し、逆方向に歩き始めた。
「ま、待ってください!」
「…?」
中年男性の声が、ビオラの歩みを止めた。
「あ、ありがとうございます! このご恩、絶対に忘れません!」
「……あっそ」
自身の右手を両手で握り締めながら目を輝かせる男性をよそに、ビオラは傍目から見ても……いや、肌でも感じる程の『早く帰りたい』オーラを放っていた。
漁港へと続く寂れた道。碌に舗装されておらず地表が剥き出しになっている道にはちらほらと小石が転がっている。眉を吊り上げたまま足早に歩を進めるビオラの後ろから、何者かがついて来ていた。しかし、その正体は明白だった。ビオラは何の前触れも無く立ち止まり、まだバレていないと勘違いしている男を自身の背にぶつけさせた。
「うおっと!?」
想定外の事態に、男 ─京太郎は素っ頓狂な声を上げながら尻餅をつく。
「……何してんの?」
「いやー…そのさ、ほら、俺この前アクサーに誘拐された訳じゃん?」
「それが?」
「えっと…あれだ、俺人間、アクサー化け物、俺ノットストロング、アーユーオーケー?」
京太郎は腕を大きく振ったジェスチャーで必死に用件を伝えようとする。
「ノーに決まってるでしょ。何が言いたいの?」
ジト目で質疑を繰り返すビオラに、京太郎は冷や汗をかきながら答えていた。
「その、あれだ! アクサーってやばい化け物だろ? で、俺みたいなひ弱な人間じゃあ太刀打ち出来ないだろ? それで、ビオラに守ってもらおうと思って…」
「…絶対嘘でしょそれ。私以外にも目的があるんじゃないの?」
「いやっ、違う! 守って欲しいのは本当だ!」
「守って欲しいの『は』?」
「……あ」
守って欲しいの『は』。その言葉は、守って欲しい事が本当だと認めると共に、それ以外にも何か別の目的があるということを示唆していた。
勘案した結果、京太郎は素直に自白する事にした。
「……その、だな。疚しいことがあるって訳じゃないんだが、ウィルに色々聞きたいことがあって…」
「僕に用〜?」
「うおわあっ!?」
唐突にウィルが声を出す。かなり前から京太郎の後ろに居たのだが、全く気付いていなかったようだ。
「びっっっっくりしたーー………心臓に悪いからやめてくれよそういうこと…」
「やーごめんごめん、もう慣れたかなーって思って…」
軽快な口調で話しかけるウィルに、京太郎は苦笑いで答えることしか出来なかった。
「それで? 僕に何か用事なんでしょ?」
「あっ、そういやそうだったな。ホントはウィルだけに聞きたかったんだけど…大丈夫かな」
ポリポリと頭を掻きながら、京太郎はその質問を口にする。
「…前にウィルが言ってた、『僕らのとこに来た奴らがそう名乗ってた』っての……その来た奴らっていうのを知りたかったんだが…」
「…!!」
辺りに緊張した空気が流れる。尤も、ウィルには表情というものが無いので緊張感を出しているのはビオラだけだが。
「…それを知って何になるの?」
冷淡な表情のままビオラは尋ねる。先程からの質疑に鬱陶しさすら感じていたビオラは、語気を強めて言の葉を放っていた。
「それに、『ウィルだけに聞きたかった』とか言ってるけど、だったらもう少し私にバレないようについて来るとか出来なかったの?」
「いや、バレてないと思ってたんだよ…」
「…なるほどね。京太郎は暗殺稼業には向いてないと」
「逆に向いてたら怖いだろ」
「ま、人間程度なら襲われたとしても私は全く問題な………?」
談笑の途中で、ビオラは自分達を尾けている何者かの影に気がついた。
「ん? どしたビオラ」
「…ストーカーは一人だけじゃないってことね……!」
シャッターの閉じられた車庫の裏側にいるであろう何者かに視線を向けて良い放ち、オーブを取り出す。
【シルフィード!】
影に向かって歩きながらシルフィードオーブをベルトの窪みに挿入する。
【セットアップ!】
「変身」
【サモン! ブラスターーーー…シルフィーードッ!!】
高速移動でストーカーの後ろを取り、道路まで吹き飛ばす。
「ギュエアッ!」
何か硬い物で黒板を引っ掻いた様な、頭の中で響くその声に嫌悪感を覚えた京太郎は両手で耳を塞ぐ。そそくさと物陰に隠れ、観戦に移る。
その場で徐に立ち上がり、怪人 ─バージェスアクサーの姿は、3人の目に捉えられた。その風貌は、3人全員に全く同じ感想を抱かせた。
「「「気っっ持ち悪ッ!!!」」」
丸みを帯びた頭部。そこから生えている、キノコの様な形をした汚れた緑色の眼。人間の口に当たる部分には薄汚れた桃色の蛇腹ホースの様な器官があり、その先には吻を具えていた。先端が口の様に大きく開き、鋭い牙が唾液を滴らせている。アノマロカリスにも似たアプリコットの胴体と五つの眼が怪しく輝いていた。
バージェスアクサーは3人の罵倒を物ともせず、漆黒に染まった足をエルフの方に向けて距離を縮める。エルフと2頭身は差がついているであろうその巨体は、圧倒的な威圧感を身に纏っていた。
怪人の容姿に少し戸惑いはあったものの、エルフはバージェスアクサーの腹部目掛けて高速移動し、連続攻撃を叩き込む。
バージェスアクサーの大振りな攻撃は予見が容易で、すぐさま後ろに回り背中に攻撃を加える。攻撃しては離れるヒット&アウェイでダメージを与えていたかの様に思われた。
が、実際には腹部への攻撃以外は殆ど効いていないに等しかった。厚い外殻に阻まれ、決定打を与えるまでに至らなかったのだ。
「じゃあこれで!」
スピードに注視したシルフィードスレイヴでは不利だと悟り、エルフはノームスレイヴの能力による強引な突破を試みた。
【ガイアーーーー…ノーームッ!!】
「これならどう!?」
エルフは自分より大きなバージェスアクサーの右腕を掴み取る。しかし……
「…!? 嘘!? 何で……!」
バージェスアクサーの右腕が石化する事はなかった。バージェスアクサーの弱体化は失敗した。寧ろ、大きく隙を晒したエルフの方がピンチになっていた。
「キィィーーアッ!」
バージェスアクサーは奇声を発しながら左腕をエルフの鳩尾に叩き込む。
「あうっ……!」
痛々しい悲鳴の残響が響く。観戦していた京太郎に焦りと驚きの表情が見られた。
「いやー…良い眺めですねぇ、最高ですよ」
漁港近くの道からかなり外れた建造物の屋上で、茶髪のミディアムをした男が双眼鏡で戦闘を眺めていた。尤も、その視線は仮面ライダーエルフにしか向いてはいなかったが。
「頑張ってくださいねえ? ビオラ・ヒアラルク……」
「うっ……ぅあ…」
横たわったままエルフは腹を押さえて蹲る。動けないでいるエルフにバージェスアクサーはゆっくりと近づいていく。喜ぶ犬の尻尾の様にその吻を左右に揺らす。
「ビオラっ!!」
物陰から身を乗り出して京太郎が叫んだ、まさにその時だった。
「…残念でした」
「ギュインッア!?」
エルフは、バージェスアクサーが立っていた位置の地面を隆起させ、遠くまで吹き飛ばした。エルフは腹部を左手で押さえながら立ち上がり必殺技の体勢に移行する。
【ノーム!】
「さあ……これで終わり…!」
宣言し、力を最大限に解放し始めたその時。
「キュウウッ、ウウ…」
なんと、バージェスアクサーは這いずりながら自ら海に飛び込んだのだ。水面に浮かんだバージェスアクサーは、こともあろうか吻を用いて自身の手足を喰らい始めた。
「キィィーーーーッ!!」
後ろに仰け反りながら雄叫びを上げる。その途端、まるで水を得た魚の様に海で暴れ始める。時折水面に顔を出しては、その長い消化管とその先に付いた吻でエルフに薙ぎ払いを仕掛けた。
「ぐっ…なら……!」
エルフはウンディーネオーブを取り出し、即座にウンディーネスレイヴに姿を変えて海に飛び込む。
【スプラッシャーーーー…ウンディーーネッ!!】
水の精霊『ウンディーネ』の力を使うウンディーネスレイヴは水流を無視して海中を縦横無尽に暴れ回る。
「はあっ!」
他の部位より柔らかいと思われる腹部を狙い、右腕を振り抜いて傷つける。バージェスアクサーは慌てて吻を振り回し、エルフを捕らえようとする。
だがその巨体故に小回りが利かず、自由に泳ぐエルフを捕らえる事が出来ない。弱点である腹部周辺を動き回るエルフを狙って吻を振り回すが、あと一歩の所で外し、代わりに自身を傷つける物に変わってしまっていた。バージェスアクサーは、エルフに完全攻略されたものだと思われていた。
しかし、勝負は時の運とでも言うのだろうか。バージェスアクサーは運良くエルフを捕らえる事に成功した。
「うぐっ!?」
バージェスアクサーは力いっぱい吻ごとエルフを振り回す。
「おいおい、大丈夫なのかアレ?」
水面に浮かんでくる泡に、不安げな表情で京太郎が問う。対してウィルは特に言葉を発する事も無くただ宙を揺蕩っていた。
「きゃうっ!?」
バージェスアクサーは水面から顔を出し、エルフを地面に投げ飛ばした。
「うぐ……」
エルフは疲労のため横座りから立てずにいた。今がチャンスと言わんばかりにバージェスアクサーは吻を瞬間的に肥大化させ、エルフを喰らおうとする。
「ビオラーーーッッ!!!」
京太郎の叫びが、エルフの頭の中で反響し続けていた。
やっと投稿出来る……それなのにこの文字量。
少な過ぎる(´;ω;`)
前回の予言は本物だったんだなぁ(遠い目)
10話の投稿も遅くなると思います。本当にごめんなさい……