「エリナ!エリナなのか!」
エリナは俺の胸に飛び込んできた。暖かい。
「トウヤ!死んじゃったかと思ったんだから!戻ってこないかと思ったんだから!」
エリナは俺の胸で泣きじゃくっていた。
「良かったわね、エリナ・キンジョウ・ウォン」
イネス先生がエリナを暖かい目で見ている。
「トウヤ…」
千冬がなんとも言えない表情をしていた。
「すまない千冬。しばらくは…」
「…分かっている」
千冬はそう言って医務室から出ていった。扉が閉まる直前に少し振り返り、ちらりとこちらを見たけども。
「エリナ、落ち着いて。俺が居なくなってからの話を聞かせてくれないか?」
エリナは泣き晴らした顔を上げる。
「しょうがないわね。話をしてあがるわ」
目と顔が赤いエリナはベットの脇に置いてある椅子に座る。
「あのチューリップに突入した後は1ヶ月後の金星と地球の間に飛んだわ」
え?金星と地球?
「そうよね。意味が分からないわよね。私もも分からないわ」
エリナの後ろにイネス先生が立っていた。
「私の見解では…」
「後で聞きますんで先に経緯を聞いていいですか?」
いつもの説明が始まりそうだったので止めた。
「良いわよ。後で詳しく見解を聞かせてあげるわ」
イネス先生が嬉しそうにカーテンの外に出ていった。言葉を間違えた様だ。
「トウヤ…続けるわよ?地球と金星間に飛んだ後は地球軌道に戻ってナデシコの修理を行って再び火星方面の哨戒をするために出港。そして、またテツジン型と戦闘をして自爆をしたところあなた達が現れたの」
また自爆?あいつらはパイロットの命を何とも思わないのか?パイロット一人を育てるのに莫大な時間とお金が必要なのに?
「そうか。また危ない状況だったのか?」
「そうでもないわ。トウヤの件からみんな慎重になったのよ。ジン型が出てきたら自爆を前提に作戦を立てて対処してるのよ」
「そうか。なら良かった。さて、皆に帰還報告をしないとな。あと千冬達の保護も頼まないと」
ベッドから起きあがり立とうと体の向きを変えるとエリナがジト目で俺を睨んでる。
「ん?どうしたんだエリナ?」
「いえ、あなたは何処で何をしていたの?あのチフユとか言う女はあなたの側を離れようとしなかったけど?」
ただならぬ雰囲気だ。
「何をって、信じてもらえるか分からないけども、あの爆発の後は別の世界の日本に居たんだ。IS学園と言う所にね。ISとはいわばパワードスーツの一種でブラックボックスのコアで空を飛んだりバリアをはったりと軍事兵器だな。そのISのパイロットを要請する教育機関の教官をやってたんだ。千冬は…織斑千冬は同僚で世界大会の王者でもあったんだ」
「え?アイエス?彼女達の着ていた…と言って良いのか分からないほど装甲の少ないあれが?」
「そうだ。装甲は少ないけどもバリアがはってある。バリアも武装もコアのエネルギーを使って展開するんだ。あの技術は凄いよ。武装も弾薬もあのご案内の中に格納出来る。スーツ自体もな」
「なにそれ!そんなのが有ったら軍事バランスが崩壊するじゃない!」
流石はエリナだ。あのISの危険性をすぐに見破った。
「そうなんだが、あのISを開発したのが篠ノ之束博士はコアの数を制限して、さらに国際機関で管理しているんだ。だからあの世界では逆に平和だよ」
言ってみればISが世界全体を抑止していると考えても良いのかも知れない。
「なんとも使いにくい物ね。結局数が揃わなければ使えないわ」
「そうだな。元々は篠ノ之束はあれを宇宙開発の為に開発したんだ。だから数は制限している」
「シノノノダバネね。あれ?もしかしてシノノノホウキは彼女の親類?」
「ああ。彼女の妹だ。けれども博士の事は聞かないでやってくれ。彼女は姉の発明のせいで重要人保護プログラムの保護対象になって相当辛い思いをしたようなんだ。ちょっと過激な思考になっている。好きな相手を木刀で攻撃してしまう位ね」
「何よそれ。…マジ?」
「マジでだ」
「よく捕まらないわね」
「俺もそう思うよ」
俺はエリナと顔を見合わせて苦笑しあった。
「そんなわけで俺は今はIS学園の生徒兼実戦教官兼護衛としての肩書きが有るわけだ」
「そうなのね。マツナガ教官」
「やめてくれ。エリナに言われるとなんだか恥ずかしいじゃないか」
ベッドから立ち上がろうとするとエリナも椅子から立ち上がり俺に肩をかしてくれた。体に痛みがあるがなんとか歩けそうだ。
「とりあえず艦橋に行って艦長に挨拶をしないとな」
「そうね。艦長も話を聞きたがってたわ」
「だよな。さて行こうか」
カーテンを開けて医務室のドアに向かおうとすると脇からエリナが抱きついてきた。
「トウヤ…お帰りなさいなさい」
少し小さい声だったが間違いなく聞こえた。
「うん。心配かけてごめんな。ただいま」
そう言うとエリナは離れて笑顔でまた答えてくれた。
ブリッジに入ると拍手で迎えられた。この艦はなぜか二段構造になっていて上が幹部(指揮、参謀等の意思決定)席があり、下段にオペレーター、操舵、通信、パイロットの席がある。
「艦長!ご心配とご迷惑をお掛けしました。マツナガ只今戻りました」
ブリッジの艦長席の横で敬礼をするとミスマル艦長も立ち上がり敬礼をして
「お帰りなさい!よく戻ってくれました!マツナガさん!」
そう言うと目に涙を浮かべていた。
「艦長、泣かないでくださいよ。あの状況ではあれしか方法が無かったのですから。私は怒ったり恨んだりしていません」
敬礼の手を下ろしてミスマル艦長に差し出すと、艦長も俺の手を握ってくれた。
「本当にありがとうございます。マツナガさんのおかげでみんな無事でいられました。今度、マツナガさんは中尉に昇進します。私から提督に進言しておきました」
「ありがとうございます!」
そう言うと周りから拍手が起こった。
「良かったじゃないか!おめでとう!そしてお帰り!」
「ジュン!ありがとう!ただいま!」
ナデシコの副長だ。あまりにも普通過ぎて存在を忘れられやすいが、破天荒なナデシコクルーでは得難い良心だ。ミスマル艦長に惚れてるらしいが。
「よく戻ったな」
「はい!戻りました!また宜しくお願いします」
戦闘指揮のゴート・ホーリーで連合軍の先輩だ。
「ああ。お前の状況認識は素晴らしいものがある。こちらも頼りにしているぞ」
そう言いながら肩を叩いてくれる。
戻ってきたと実感させてくれる。
「艦長。ご相談があるのですが」
「はい。大丈夫ですよ。IS学園の生徒達の件ですよね?彼女達は『遭難者』としてナデシコで保護します。なので司令部にも報告は入れないでおいてます」
流石は連合軍大学校の首席だ。あのISの危険性をもう認識しているのか?
「ありがとうございます。彼女達をモルモットにしかねないので…連合軍は」
「はい。なので今後の事を考えなくてはなりません」
「そうですね。一応は彼女達は単独の戦闘マニューバは使えます。ですがマンセルマニューバはまだ覚えていません。万が一に備えて連携と実戦は教えるつもりでいます。あと、アカツキを使ってあれをネルガルの試作機扱いにしてしまおうと考えています。それによって彼女達の身分の保証になれば良いかと考えます」
今、千冬達はこの世界では存在しないことになっている。しかもISと言うこの世には存在していない兵器を持ってだ。ISはこの世界の個人携帯レベルの武装としてはとてつもない危険性がある。それを連合軍に目を付けられたら間違いなく『接収』に動くだろう。
拒否すれば手段を選ばずにだ。
「いいよ。その話に乗ってあげるけども、僕には何かメリットは有るのかい?」
俺の肩をポンポンと軽く叩いて横に立った。アカツキだ。
「そうですね。彼女達の協力を得られればネルガル重工独占のISの研究ですね。あのバリアなんかは喉から手が出るほど欲しいのでは?そもそもあんな軽装で宇宙空間での作業が可能になる上にパワードスーツ並みのパワーが有るんですから」
「そうだね。あれは是非とも欲しいね。分かったよ。ネルガルが全面的に支援をしよう。身分とその保護でね」
流石はネルガルのトップだ。決断が早い。
「アカツキさん、助かります」
俺は頭を下げるがアカツキは首を横に振った。
「いや、トウヤには助けられた。正直あの時は君にもう会えないかと思ったよ。また会えて良かった。あの時は本当に助かった」
「私は私の仕事をしただけです。気にしないで下さい、アカツキ隊長」
「さすがはパイロット過程の首席だよ」
「ちゃかさないで下さいよ」
そう言いながらアカツキも右手を差し出してきたので握手をした。
こうして彼女達の保護の方針は決まった。