一夏が簪とパートナーを組んでから一週間後の学年別トーナメントまでの時間はあっという間に過ぎ去った。
その間、一夏は簪の訓練を見ていたが……特に何かすることもなかった。
通常であればペアを組んだ者同士、連携訓練をするものである。だが、一夏は簪とそういった訓練などは一切しなかった。ブラックサレナの性能上、他と合わせることは出来ない。あまりに高すぎる機動性故に、連携など取れないのだ。
それもそのはず、ブラックサレナは北辰達と戦う為に作られたものだ。1対7の戦闘を前提で開発された物故に、その異常過ぎる高機動性を求められた。そのため単独での戦闘を極めたものであり、他者との共闘は前提に入れていない。結果、連携が取れない。逆に取ろうものなら、ブラックサレナの性能をまるっきり発揮出来ないのだ。
それは誰の目から見ても明らかな事であり、簪もそのことは理解していた。
一夏は連携訓練の不要を伝えると、簪は気にしないで、と一夏に笑いかけながら言っていた。その顔は少しだけ寂しそうであったが。
この一週間、一夏が簪と一緒にいてやっていたことはいつも通りの情報収集、それと簪への助言であった。
簪だって代表候補生である。その実力は決して低くは無い。だが、それでもやはりまだ甘いところがある。一夏はそういった甘い部分を指摘し、簪は一夏の助言を素直に聞き入れ反映させていった。
結果、簪はこの一週間で更に実力を向上させた。
また、一夏は連携の代わりに作戦を簪に伝える。
1対1に持ち込むようにし、ペアが危なくなったら助ける。それだけである。
ブラックサレナの性能上、連携が取れないなら必然的にそうなる。
酷い話を言えば、そもそも1対2だろうがここの生徒では一夏の相手にはならない。一夏にとって遊びにもならないのだから、敵と認識することすらないだろう。
別に一夏一人で2人を叩いても良いが、それはせっかくペアに誘ってくれた簪の出番が無くなる。それは何だか悪い気がしたので、こういう作戦にしたのだ。
連携訓練をしないことを伝えた時、少し悲しそうな笑顔をした簪のことを考えると少し悪く思ったが、作戦を詳しく伝えると簪は顔を真っ赤にして胸元で指をもじもじとさせ、
「お、織斑君が、私の事…助けるって……えへへ」
と笑っていたが、一夏はその顔を見ていなかった。
そして学年別トーナメントのことを知ったラウラは、当然とでも言うかの如く一夏に噛み付いてきた。
「このトーナメントで貴様を八つ裂きにしてやる。私は絶対に貴様を認めないっ!!」
教室に居た生徒全員に聞こえる程の大声でラウラは一夏に言い放ったが、一夏はこれを当然の様に無視した。
そして学年別トーナメント当日。
一夏と簪は控え室で試合の組み合わせが出るのを待っていた。暇つぶしがてらに観客席のモニターを見ると、大勢の人が来ているようだ。
「わぁ……凄い大勢……」
簪は人の多さに驚いていた。
元々人見知りがちな簪に、この人の多さはより緊張を促してしまう。
それを解そうと、簪は一夏に話しかけていた。
「これ……きっと織斑君の事も見に来たんだよね。織斑君の事、もう知れ渡っちゃってるから……」
一夏はこの学園に非公式で入学したが、それでもああまで暴れれば嫌でもその情報は漏れる。別に一夏自身、そんなことは全く気にしていないのだから、問題はないのだが。
「…………………………問題無い……」
一夏はいつも通り、何の感情も感じさせない声でそう答えた。
簪はその声を聞いて、緊張が解れていくのを感じていた。こんな大勢の人が見ていると知っても、まったく動じていない一夏の事を頼もしく思ったからだ。一夏としては、誰がいようがやることは変わらないということなだけであったりする。
そしてモニターに対戦表が映し出された。
「え………?」
簪からそんな声が漏れた。
モニターに映し出されたのは、一回戦の試合である。
『第一試合 織斑 一夏、更識 簪 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ、神崎 美亜』
そう映し出されていた。
簪が驚いた理由は一つだけ、ラウラが対戦相手だからである。
前に一度だけ関わっただけだが、危うくレールカノンで撃たれかけたのだ。忘れるには衝撃が大きすぎた。それが一夏を狙ってのことであるのだから、尚更であった。
「お、織斑君……」
簪は一夏に不安そうな視線を向ける。
その視線には、一夏への心配が込められていた。
「………問題無い……」
一夏はそう短く言うと、そこからピットへと歩き出す。
そして出口の前で止まると、簪の方を振り向いた。
「……誰であろうと……潰すだけだ……」
口元を少しだけつり上げて笑みを浮かべながら簪にそう言い、部屋を出た。
それが簪を励ますためにした事なのかは…誰にも分からない。
そしてアリーナで一夏とラウラは相対する。
「1戦目で当たるとは、待つ手間が省けたな。これでやっと貴様を叩きのめせる」
威嚇するかのようにそう一夏に言うラウラ。だが、一夏はそれを無視し、全くの無反応であった。
簪は簪でそんな一夏を心配しつつ、自分が戦うであろう対戦相手の方を見ていた。ラウラとペアを組んでいた生徒は五組の生徒らしく、まったく知らない生徒であった。
実は彼女はここ最近まで風邪で休んでおり、久々に学校に行ったら勝手にくじでペアを決められてしまったという可哀想な人物であったが、そんなことを知ることは一夏達にはない。彼女は一夏を睨み付けるラウラの雰囲気にオロオロしていた。
そうしているうちに、試合開始のブザーが鳴り響いた。
「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
開始と同時にラウラが吠えながらレールカノンを一夏に向けて発射する。
一夏はそれを察知し、即座に上空へと回避した。
簪は未だにオロオロしているもう一人の方へと攻撃をしかけに行った。
その様子に申し訳無く簪は思ったが、もう試合は始まっているのである。一夏の邪魔にならないよう、簪は倒すべき相手へと向かう。
一夏はというと、上空に逃れながら回避を続けていた。
事前にシュヴァルツェア・レーゲンの情報は調べてある。武装から機体特性まで、調べられるものは大体調べた。確かにAICは他のISからすれば脅威になるのかも知れないが、一夏にとっては脅威にならない。AICを使用するには停止させる対象に集中しなければならない。それは『実戦』では致命的になる。一々停止させるのにそれでは、多方向の攻撃には対応出来ない。また、距離が遠くては集中出来ないために止められないという欠点もある。
そんな欠点だらけの兵装に負けるほど、一夏は甘くは無い。
「どうした! 逃げ回っているだけか!」
ラウラは苛立ちながらそう叫ぶ。
そう挑発をしてはいるが、先程から発射しているレールカノンがかすりもしないことに苛立っているのだ。
「………………………」
一夏はこの挑発には一切乗らず、攻撃を避けていた。
大口径のレールカノンは当たれば結構なダメージになるだろう。だが、当たらなければ問題無い。
いくら高速の砲弾が襲いかかろうと、所詮は一人の攻撃。1対7の攻撃に晒され続けた一夏にとって、この程度避けるのは何てこと無い。
そしてそんな攻撃をするラウラに対して、一夏は内心で落胆する。
代表候補生でドイツ軍の軍人。それがどれだけの腕前なのか、ほんの少しだけ期待していたのだ。
北辰達と比べれば格段に弱いことは、最初に会ったときから気付いてはいた。
だが、少しはマシ程度にも感じたのだ。この学園に来てから戦闘という戦闘をしていない一夏にとっては暇つぶし程度にはなると。
しかし、実際に戦ってみて感じたのは、ただの失望だけだった。これならば、まだ前回襲撃に来た無人機の方がマシであった。
一夏はラウラにそう失望しつつ、視線を簪の方に向けると、簪は一生懸命に戦っていた。
「えええい!!」
「きゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
手に持った長刀で相手を突き飛ばし、隙を突いてミサイルを発射する簪。それが相手へと襲いかかる。
それを全弾喰らい、相手のISは機能停止した。
簪が勝ったことで笑顔を浮かべるのを見て、一夏はラウラの方に視線を戻す。
「…………この程度か……なら…もう終わりだ…」
そう言うと同時に、一夏はラウラに仕掛けに行った。
足の大型スラスターに火が灯り、砲弾のようにラウラの方に向かって突進する。
「ちっ!? 速い!!」
ラウラは舌打ちをしながらレールカノンを連射するが、一夏はそれを機体の推力を損なわないように僅かに機体を傾けるだけで避け、さらに加速していく。
ラウラは一夏を打ち落とせないと判断すると、即座に一夏の体当たりを回避した。
それに周りの観客は驚いた。今まで一夏の体当たりを避けた者がいないこともそうだが、あんな加速した者を避けたということにも驚いたのだ。
だが……甘い。
一夏は体当たりが躱されたのを見計らって、手にハンドカノンを展開。腕を下げたままラウラに向かって発砲した。
「ぐぁ!? なんだと!!」
放たれた弾がラウラに襲いかかり、ラウラが被弾する。
それを喰らい、驚くラウラ。まさか体当たりの後から撃たれるとは思わなかったのだ。
一夏はそのままターンし、またラウラに仕掛けに行く。
「舐めるなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ラウラはそう吠えながらワイヤーブレードを一夏に向かって射出する。
4つのワイヤーブレードが独自に動き、ブラックサレナへと襲いかかる。
一夏は迫り来るワイヤーブレードを無視して更に速度を上げて体当たりをしに行く。
ワイヤーブレードがブラックサレナの装甲を切り裂こうと刃を立ててくる。
それをみて、ラウラの顔に笑みが浮かんだ。このブレードは、通常のISでも結構なダメージを与えることが出来る。それに上手く絡め取れば、ブラックサレナの動きを封じることが出来ると判断したのだ。だが……
刃はブラックサレナの装甲に触れた途端、あまりの硬度から弾かれた。
「何!?」
それに驚愕するラウラ。
だが、一夏はそんなことはお構いなしに突っ込む。
砲弾と化したブラックサレナの体当たりが、ラウラを捕らえた。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
まるでダンプカーにでも撥ねられたかの如くラウラはその場から弾かれ、アリーナの壁に叩き付けられる。
さらに追撃でハンドカノンの砲撃がラウラに襲いかかり、見る見る間にシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが減っていく。
ラウラはそれを見ながら舌打ちをする。
「私は! ……負けない! 絶対に!!」
ラウラはそう自分に言い聞かせるように吠えながら壁から退避すると、その後からさらに砲弾の雨が降ってきた。無論ブラックサレナのハンドカノンである。
距離を取った戦闘は不利と判断したのか、ラウラは接近戦を仕掛けるためにプラズマ手刀を展開する。
「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
裂帛の気迫を込めながらブラックサレナに斬りかかるラウラ。
一夏はその斬撃の雨を紙一重で避けていく。
「織斑君!!」
簪が一夏が窮地だと思い、そう大きな声で叫んでしまう。
だが一夏はそんな簪に何の感情も浮かべずに通信を入れる。
「……問題無い……」
まるっきり問題無いと言わんばかりにそう答える一夏。
その声を聞いて簪は安心する。まぁ、一夏の手助けをすることは簪では出来ないのだが……速すぎて。
一夏は斬撃の雨を余裕でかい潜ると、至近距離でハンドカノンを撃つ。
それを受けてしまい、ラウラは後ろへと距離を取った。
(ちっ……まさかここまで強いとは……。未だに一撃も有効打を与えられないなんて……)
そう思ってしまい、ラウラは更に苛立つ。
本当ならばAICを使って停止させたいところだが、対象の動きが速すぎて集中しきれないのだ。
一夏は更にボディのレーザーバルカンもラウラに向かって撃っていく。
ラウラはそれを躱そうとするが、数発は受けてしまう。
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そう吠えながらレールカノンとワイヤーブレードで攻撃していく。
空気を切り裂き、轟音を立てながら襲いかかる砲弾。独自に動き、対象を狙ってくるワイヤーブレード。その二つの攻撃によって、ブラックサレナは距離をとる。
しかし、すぐさまラウラに向かって突進した。
それを好機と見るラウラ。
「ワンパターン過ぎだ! この愚か者が!!」
ラウラはカウンターでAICを使い、ブラックサレナを停止させようとした。
ブラックサレナはラウラに向かって真っ直ぐ突進してきている。これならば、集中もしやすい。
だが、ブラックサレナはラウラのAICが襲いかかる前に弾かれるようにコースを変えた。
「そんな!?」
それを見て驚愕に固まるラウラ。
あの速度で途中から進路を変えるのは、通常では有り得ない。そんなことをすれば、無事ではすまない。だが、一夏はそれを難なくやってのけた。
そんなラウラを無視して一夏は更に加速する。
「だが、まだだ!!」
ラウラは驚き固まっているところから復帰するとブラックサレナに向かって手を翳し、またAICを使おうとする。
すると、ブラックサレナはラウラの前で動きを変えた。
体当たりから上に逸らすように軌道を変えると、その場で前転した。
「な、何を! ぐはぁ!?」
その意味不明な行動に目を剝いたラウラは、その後に上から来た衝撃で地面に叩き付けられた。
その途端に砕けるシュヴァルツェア・レーゲンの装甲。
ラウラが何とか起き上がり、自分に何が起こったのかを考えてブラックサレナを見た瞬間に何が起こったのか理解した。
ラウラを見下すように上空で浮遊しているブラックサレナ。その体から垂れ下がる悪魔の尾。
ラウラはテールバインダーによって叩き墜とされたのだ。
その場に居ては不味いと即座に判断すると、ラウラは急いでその場から引いた。するとその場にブラックサレナが突進してきた。
地面に激突し、凄まじい轟音を起てる。まるで砲弾が地面に激突し炸裂したかのような衝撃がアリーナに走り、土煙が上がる。
ラウラがその光景に意識を呑まれていると、また衝撃が走った。
「今度は一体!?」
土煙を裂いて砲弾がラウラへと襲いかかり、ワイヤーブレードを撃ち砕いていく。
土煙が晴れると、そこにはまるで何も無かったかのようにブラックサレナが佇んでいた。
装甲に一切の損傷は見当たらず、少し土で汚れただけであった。
「…………これで終わりだ………」
一夏が感情のこもらない声でそうラウラに言う。
その声を聞いて、ラウラを寒気が襲った。あれだけ此方を責めておいて、まったく疲労を見せない。それどころか、戦っているという意識すらしていないんじゃないかと思わせるほどの、淡々とした物言い。それはラウラに、お前は敵とすら認識していないと言っているに等しい。
もはやそれは人ではない別の何かにしか見えない。
ラウラはこの時、初めて一夏を敵に回したことを後悔した。
すでにシュヴァルツェア・レーゲンは中破状態。プラズマ手刀とAIC以外は先程の攻撃も含めてすべて破壊されてしまった。
満身創痍になりそうな相手であろうと、一夏は躊躇しない。
そのままブラックサレナをラウラに向かって突進させる。
「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
半ばやけっぱちになりながらラウラはブラックサレナにAICを使う。
そして……
「や、…やった……やったぞ!!」
ついにブラックサレナを停止させる事に成功した。
ラウラの顔に喜びが灯る。
だが………
「………この程度か………」
ぞっとするような声がラウラの耳に届いた。
その場で停止しているブラックサレナは足のスラスターの出力をさらに上げていく。
肩部や腰部などの各部姿勢制御用ノズルも展開され、ブラックサレナはさらに推力を増していく。
AICで停止していたブラックサレナが段々と前へと進んでいくのをラウラは感じた。
「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
そしてついに……AICの呪縛を打ち破った。
今まで溜められていたエネルギーを解放するかのように突進するブラックサレナ。
その神速の砲弾が、ついにラウラを捕らえた。
「っ………………………!?」
もはや声も上げられない。
それぐらいの衝撃がラウラに襲いかかった。
ブラックサレナはラウラの体に激突すると、そのままアリーナの壁にまで押し込む。
壁に激突したラウラは、さらに壁にめり込んでいく。
シュヴァルツェア・レーゲンは火花を散らしながら破壊されていき、大破まで持って行かれる。だが、それでも尚、ブラックサレナは停止しない。
そしてついに絶対防御が作動して、ラウラが倒れ込む。
それを見て、ブラックサレナが離れた。
もうラウラのISに戦う力は無いと判断したからだ。
そのままその場を離れようとしたら、途端にラウラが起き上がった。
「あああぁああぁあああああぁああああああああぁあああ!!」
突然絶叫し始めると、大破していたシュヴァルツェア・レーゲンが紫電を放ち始めた。
紫電が収まったかと思うとシュヴァルツェア・レーゲンは黒いどろどろとした泥のようになり、ラウラを包んでISを纏った人型の何かに変わっていた。
それを見て、一夏はまだ戦闘が終わっていないことを悟った。