IS学園。それは世界的に有名となった“篠ノ之 束”が作り上げたマルチフォーム・スーツ、今となっては軍事転用され、パワードスーツとなった“IS<インフィニット・ストラトス>”の搭乗者を育成する学園である。
そんな中、IS学園の1年1組。ここには奇妙な空気が漂っていた。今日は入学式であり、生徒達も新たな新生活に胸を躍らせている……その筈だった。
ひそひそと教室に囁かれるのは女子のもの。明らかに困惑した様子で呟く視線の先に彼はいた。
身に纏ったのはIS学園の白い制服。だがこれだけならば、なんら変哲もない一生徒の筈だった。――制服を纏っているのが男でなければ、だ。
世界の一般的な常識として、ISは女性にしか動かす事が出来ない。なのに、そこにいるのは男だ。まずそれだけでおかしいのだが、制服を纏っているのは齢を重ねた立派な男性だった。
女子の囁きの中、微動だにせずに瞳を閉じる男の名は、篠ノ之 柳韻。
世界で発見された“2番目の男性IS搭乗者”である。
* * *
彼、篠ノ之 柳韻は、その名字から察する事が出来ると思うのだが、彼はISの生みの親である篠ノ之 束の実父である。
彼という人間をどう称するかと言われれば、古き良き日本の男と言うべきか。時代錯誤かもしれないが、武士道を胸に志した彼は正に現代に生まれた侍が1人であった。多くを語らず、剣と共に生き、剣と語らうように育った男だ。
そんな男が篠ノ之神社の娘さんと恋に落ち、後継として神社を継いだ。正に彼は間違いなく幸せな男であっただろう。子供も二人授かり、幸せはただ続くかと思われた。
しかし、彼から生まれたのが類を見ない程の麒麟児でなければ、或るいは彼は厳格な父親としての人生を真っ当していたかもしれない。
彼の上の娘である束は非常に優秀な子であった。柳韻の教えを水を吸うかのように学び、息をするかのように技術を体得していく。その姿には我が子の未来を期待するよりは、鬼の業を見るかのように柳韻は我が子の才を恐れた。
幸いであったのが、束は剣に興味が無かった事。下手をすれば容易く命を刈り取る事が出来る娘の力量に柳韻は恐れを為し、そして我が子が外道になる事もなく、安堵の息を零した。平和な現代において、過ぎたる力は争いを呼ぶ。
決して、下の妹である箒が才能がない訳ではなかった。むしろ充分な程に箒も才能に恵まれた子であった。ただ、束の才能は人外のソレに近しい危うい何かを柳韻は感じていたのだ。だからこそ、束が剣を取らずに生きる事を良しとした。
――今思えば、無理をしてでもその才能を活かしてやれば良かったのかと、柳韻は悔やむ。
剣への興味を失った束と柳韻との距離は擦れ違っていく事となる。剣を愛し、剣に生きた男は不器用だ。娘の機微など察する事など到底難しい。ましてや、科学という柳韻が不得手とする分野においても類い希な才能を見せた束を理解してやる事も出来ず。
次第に口数は減り、食事の席を共にしても会話は無く。束はそれから柳韻への関心を失っていき、やがては認識する程度に留めてしまった。柳韻は、そんな束にどう声をかけてやれば良いのかわからず、構ってとせがむ箒の相手に追われてしまった。
――そうしている間に、束によって一変された世界で柳韻の幸せは儚く散っていった。
束が作り上げたISは瞬く間に世界にその名を轟かせ、そしてその存在を確かなものへとしていった。その様を見つめる柳韻は、果たしてどんな気持ちだったか形容にし難い。
ただ、ただ娘が遠かった。我が子とは思えぬ程に卓越した才を持ち、世界を騒がせる程の束の姿を柳韻はただ見つめる事しか出来なかった。
やがて時が流れていくにつれ、人とのコミュニケーション能力が欠如していた束は世界から姿を眩ましてしまう。そして柳韻達には、国からの保護という事によって一家離散という結果が待ち受けていた。
妻と離れ、束も、箒もいなくなった。1人になった柳韻には何も残されていなかった。本来の名を名乗る事も出来ず、常に監視と共にある生活であった。向けられる視線は刀を握れば意図的に意識から外すことが出来た。
「――」
刀を振るい、柳韻は自問する。不器用な己は刀を通してでしか自己を知れぬ。ただ、ただ柳韻は答えを求めて稽古を続ける。
一体どうすれば、このような悲劇を防げたのだろうか。束ともっと向き合っていれば変えられた結末だと言うのか。しかし、ならば一体どのような言葉を交わせ、というのか。ただ己に問う。しかし答えを返す者などいない。
娘はそこにいないのだ。故に答えはない。燻るような時間は柳韻にただ、自問をさせるだけで過ぎていく。春が来て、夏が巡り、秋が色づき、冬に凍れども柳韻は稽古を止めた日は一日たりとも無かった。ただ娘の幻影を抱いて答えを求むのみ。
――しかし、そんな柳韻に遂に転機の時が訪れる。
それは世を騒がした一大ニュース。“世界初のIS男性搭乗者”が発見されたというニュースであった。そこには柳韻が良く知る少年、織斑 一夏の姿があった。
本来であれば女性しか動かせない筈のISを動かした一夏。束はあれを可愛がっていた、と柳韻は過去を懐かしむ。そして……彼は思ったのだ。
(私は何も知らぬ。あの子の気持ちも、あの子の作りし物も。私は剣に生きた。不器用なまでの男だ。父にすらなれなかった私だ。……ならば、滑稽でも良い。今からでも遅くはないだろうか)
だからこそ、柳韻は政府と掛け合う事にした。自分にもISが動くかどうか、試させて欲しい、と。
未だISが動く原因が見えぬ以上、物は試し、と柳韻もISの起動テストを行う運びとなった。そして柳韻が案内され、通された先には鋼鉄の甲冑を思わせるISが鎮座していた。
柳韻が息を整え、研究者達が行き飲んで見守る中、柳韻の手がそっとISに触れた。
――――。
何も、起こらない。落胆と、そして当然かという思いを込めた息が研究者の間から零れる。
しかし柳韻は手を離す事はなかった。装甲に置いた手を通じて、柳韻は奇妙な感覚を感じていた。まるで探られているような、覗かれているような感覚だ。面妖な、と思いながら柳韻は意識を研ぎ澄ませた。
その見えぬ“何か”に向けたのは、正体を白日の下に晒せという剣気であった。もしもここに熟練の剣士がいれば、思わず咄嗟に刀に手をかけていた事だろう。殺気とも似た、叩き付けるような気が柳韻の身体より発せられる。
――――ッ!?
柳韻を探っていた“何か”はまるで怯え、竦んだようにも柳韻には思えた。何が掴めそうで、掴めない。そんなもどかしさに柳韻はただ、今はもう届かぬ娘の姿を思い描く。
(――束……お前は、コレで何を見たのだ? お前は、一体何を――)
知りたい。知らなければならぬ。柳韻の心に浮かぶのはただそれだけ。そして、ゆっくりと柳韻が探っていた、怯え竦む“何か”はその気配を変えた。
それはまるで、おずおずと手を伸ばすよう“何か”は柳韻に寄り添ってきた。柳韻はただ、無造作にその寄り添ってきた何かを捉えるように感覚を研ぎ澄まし、目を見開き、意識を解放させた。
ぶぅん、と。瞬間、柳韻の手が触れていたISが光を帯びた。落胆の息を吐いていた研究者達は思わず顔を上げた。
「まさか……嘘でしょ?」
柳韻の全身には、鋼鉄の装甲が装備されていた。誰もが息を飲む中、ハイパーセンサーによって広がった世界を感じ取り、静かに柳韻は瞳を伏せるのであった。
――IS適正は、適正値としては最低のDランク。しかしそれでも、間違いなくISを起動させた二人目として柳韻は世界に認識される事となる。
* * *
(――思ったより、浮いている……!)
思わず心の中で呟いたのは、篠ノ之 箒。彼女は居た堪れない表情で振り返ると、そこには無言で着席した、制服を纏っている父親の姿がある。その姿に箒は何とも言えぬ表情で視線を前へと戻した。
どうしてこうなった、と箒は何度も自問自答を繰り返す。かつて姉が作り上げたISによってばらばらに引き離された家族。それで色々と恨みもしたが、そんなかつての過去を吹き飛ばすように報じられた“二人目の男性IS搭乗者”、その名を見た瞬間、箒は口にしていた味噌汁を吹き出してしまった。
まぁ、正直IS学園で母親も集められて、またこうして家族と再会する事が出来たのは良かったと言えよう。正直、この先一生、顔を合わせる事はないだろうと思っていた以上、明らかに自分は幸運だ。
(だが……! だが、どうして! どうして父親と同じ教室で授業を受けねばならぬのだ!? お父さん、凄く浮いてるじゃないか!? なんだこの毎日、親子参観の状況は!? 罰ゲームか!? わ、私は勉学の成績はあまりよろしくないし……あ、あぁあああ!? お、お父さんに頭の悪い子だって思われたらどうしよう……! 剣道にばっかかまけてた事がバレたら……!!)
表面上、平然としながらも箒の内心はガクブル状態であった。厳格な父親の事だ、幾ら理由があったとはいえ、剣に傾倒し、勉強を疎かにしたと知ったらどう思うだろうか? 怒るだろうか? それとも呆れ果ててしまうだろうか?
とにかくそれが恐ろしい。だらだらと見えぬ所で冷や汗を掻いていると、ふと視線を感じて横へと視線をずらす。
そうするとそこには懐かしい顔が見えた。このIS学園に入学した“一人目の男性IS搭乗者”織斑 一夏その人だ。彼は何とも言えぬ表情で箒を見ていた。再会を果たした幼馴染み達は、再会して間もない癖に視線で意思を交わす。
――先生、めっちゃ浮いてないか!? これ、どうするんだよ!?
――凄く気まずい! とにかく気まずい! い、一夏、助けてくれ!!
――お、俺だってどうしたら良いかわかんねぇよ!?
互いに思うことが手に取るようにわかり、箒と一夏は同時にぶわっ、と心の中で涙を流した。一夏も恩師とも言える柳韻と共に授業を受ける事になるだなんて想像もしていなかっただろう。しかも、この女子の園、IS学園でだなんて。
ただ、ただ違和感から目を背けながら、この状況にどう適応すれば良いのか二人は頭を悩ませていた。
* * *
「……うっ……! い、胃が……! 胃が……!」
一方で職員室。そこでは織斑 千冬が胃を抑えながら悶絶していた。世界最強と呼ばれた彼女をここまで追い詰める原因はただの胃痛。速効の痛み止め、お水はいらない胃薬を飲み干して千冬は光を失った瞳で虚空を見た。
全ての原因は、この学園に入学してきた“二人目の男性IS搭乗者”、篠ノ之 柳韻の存在が彼女の胃をここまで追い詰めさせていた。
当初、柳韻はその扱いをどうするか論議になったのだ。何せ二人目のIS搭乗者、下手をすれば爆弾にも成りかねないその存在の処遇を悩んだのだ。
柳韻はその性質上、世に情報が表に出回らない。悪い考え方を言えば“黙っていればわからない”のだ。故に存在そのものを秘匿してしまおう、という考えもあったのだ。元より飼い殺ししている身。今更、扱いを変える必要はない、と。
だがしかし、と反論を唱える者がいた。何せ柳韻はあの“篠ノ之 束”の実父である。まさか全てが“篠ノ之 束”によって仕組まれたとすれば、実父の扱いによっては“篠ノ之 束”がどう動くのかが未知数すぎた。
論議に論議を重ね、いたずらに時間だけが流れていく。そんな時だ、千冬がIS学園から召喚されたのは。
――千冬君! 君は柳韻さんの元・門下生なんだってねぇ?
――は、はぁ……。
――じゃあ、弟君共々、君に任せようと思う! はっはっはっ! 我が日本の為に頑張ってくれ給え! 君の教師として立派な姿を見せてあげると良い!
その時ほど、ここにいる重鎮の者共を皆殺しにしてやろう、と殺意を抱いた事はなかったと千冬は振り返る。一体、誰が彼女を責められようか。日本政府の重鎮が出した答えは“千冬に丸投げ”する事だったのだから。
柳韻からデータは欲しい、しかし柳韻には一体どんな爆弾があるかわからない。では扱いをどうするか。もしも無下に扱えば篠ノ之 束から報復が来るのではないか。じゃあどこで彼を保護すれば良いか。もう面倒だから知り合いって言うんだし“ブリュンヒルデ”に丸投げしようぜ!! と言う訳である。
「ここで保護するだけならば良い……しかしデータは取らねばならない……!」
ならば柳韻に誰かがISの知識を教えるしかない。そして効率だけを考えるならば生徒と一緒に勉強して貰うのが手っ取り早いのだ。IS学園は何かと人手不足であり、誰かが柳韻に付きっきりになって教え込むという事も出来ない。
何より……柳韻が千冬に望んだのだ。久しぶりの再会を喜び、今までの苦労を労って貰った千冬は正直、身が軽くなる思いでいっぱいだった。千冬にとって、最も父親に近い存在から投げかけられた言葉の数々は今でも胸の中に残っている。
――千冬君、私は一生徒として扱い給え。難しい話かもしれんが、それが一番苦労が少なくて済むだろう。
――し、しかし先生!
――千冬君、……いや、織斑先生。私は機械には疎く、ISに至っては右も左もわかりませぬ。そして既に老骨となりかけた身では生徒達と同じように、すんなりと知識を身につけるのは難しいでしょう。ならば、生徒として学び、個人でも学ぶ時間を増やした方が効率的ではないでしょうか?
――で、ですが……!
――確かに私がいる事で女子の園であるIS学園では浮いてしまうし、生徒達の集中を削いでしまうやもしれませぬ。しかし、どこを引いても上手く行かぬ状況ならば私を一生徒として扱って欲しい。それに……。
――それに?
――あの子が見ていた世界が、もう少しで見えそうな気がするのです。
何か遠く、思いを馳せるような目をされたは千冬は何とも言えなくなってしまったのだ。束の事情を知る千冬としては、柳韻からまさかそんな言葉が聞けようとは夢にも思っていなかった。
そして手助けをしたいと思ったのだが、そこではた、と気付く。柳韻を一体誰が生徒として受け持つのだろうか、と。そんなの自分しかいない。つまり自分はかつての恩師に対して教師として振る舞わなければならない――!!
「う、ぐぅ……!?」
未だかつて無いプレッシャーが千冬の胃を襲う。ブリュンヒルデと呼ばれるようになって尚、ここまでのプレッシャーを感じた事はなかった。
自分がかつて、尊敬に値すると認めた恩師相手に教師をする? そして今までの自分のスタイルを思い出す。
『私の返事には全てYESで答えろ! 口答えは許さん! 貴様等は少女からIS搭乗者として生まれ変わるのだ! さぁ、がたがた言わず学べ!! 出来ん奴に価値はない!!』
端的に言ってしまえば、だいたいこんな感じ。これを、恩師である柳韻にする?
(で・き・る・かぁあああああああああああッッ!?!?)
ガッデム、と頭を抱えて千冬は絶叫した。今までずっとそうしてきた千冬は今、教師としての自分を見つめ直すという苦行を、HRギリギリになるまで悩み続けるしかなかったのだった。
* * *
――そして、時間は少し遡る。
「ふんふふーん♪」
陽気な鼻歌が響く。空中に浮かんだディスプレイを眺めながらキーボードを叩くのは現在、世界から逃亡を続けている篠ノ之 束その人だ。彼女は随分と機嫌が良かったのは、彼女にとっても予想外で、しかし嬉しいニュースが舞い込んできたからだ。
「まさかいっくんがISを動かすだなんてなー! 思わずビックリして吹き出しちゃって咽せ込んじゃったよ!」
そう、自分の愛し子とも言える一夏が自分の作った発明品を動かしてしまった。本来であれば女性しか動かせない筈のISを動かした、という事実は束にとって驚愕の事態だった。思わず咽せ込んで苦しい思いもした程に。
そんな訳で、こうなれば黙ってられない! と言わんばかりに束はこうして一夏へと送る“プレゼント”を用意しようとしているのだ。都合の良い事に“見合うだけの物”が放置されている事もあって、作業は比較的に楽に終わりそうだった。
「ふふ~ん♪」
「束様、コーヒーです」
「おー、クーちゃんどうもありがとう!」
そこに束にとって自分の娘とも言えるクロエがマグカップを手にやってきた。まるで苦くて飲めた物ではない味だが、敢えて束は何も言わない。クロエが煎れてきたコーヒーに罪はないからだ。ならば飲み干してしまおう、と。
ふと、ニュースでも見ようかと、回線をジャックする束。まだ一夏に対しての報道がやっていないかな、という気まぐれだった。そして、束の目の前に表示されたのは。
『いやー、まさか“二人目の男性IS搭乗者”が、開発者である“篠ノ之 束”博士のお父様、“篠ノ之 柳韻”さんとは驚きですねぇ!!』
「――ごぶふぅっ!?」
「束様!?」
――自分の父親と認識していた人がニュースに映し出された事に束は思いっきり噎せ返った。
気管に入っただけでなく、鼻にも入って鼻から黒い液体がこぼれ落ちる。思わず痛みに涙目になってよろよろと足下が前後不覚になってしまう束、すると足下にあったコードに引っかかってしまい、束は勢いよくバランスを崩した。
そして、悲しいことに束が倒れ込んだ先には機材が置いてあった。その機材に勢いよく後頭部を打ち付ける。激痛に目の前がちかちかとする中、今度は自分の手の中から離れたマグカップが放物線を描いてひっくり返り、束の頭上にあつあつのコーヒーと共に落下してくる。
「~~~~~~~~ッッッッ!!!!!」
「た、束様!? 束様、しっかりーっ!?」
激痛やら熱いやらなにやらで、その場で悶え苦しむように束は転がり回る。そんな束を慌てたように介抱しようとするクロエ。
二人しかいない束謹製のラボには二人の悲鳴が高らかに響き渡るのであった。
* * *
本来はあり得る筈のない“二人目の男性IS搭乗者”。それは、パパでした。
Q.二人目の男性搭乗者がパパだった場合、どうなるか答えよ。
A.千冬の胃痛がマッハで死ぬ。箒と一夏は気まずさMAXで死ぬ。束は理解不能すぎて死ぬ。つまり皆、死ぬ。
やったね、箒ちゃん、これで家族が揃ってずっと見守って貰えるよ!!