パパはIS搭乗者!   作:駄文書きの道化

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セシリアさんの疑問

 柳韻の衝撃の自己紹介から授業が始まり、難解な授業に四苦八苦する箒と一夏。そしてちらちらと柳韻の様子を窺いながら授業を進める千冬と、奇妙な時間が過ぎ去り、現在は2時間目。……事件とは、得てして起こってしまうものなのである。

 

 

「あぁ、そうだ。授業を始める前にお前達にはクラス代表を選出して貰わなければならない。クラス対抗戦や生徒会の連絡、委員会の参加などの仕事があるのだが、自薦他薦は問わんが、誰か候補はいるか?」

 

 

 思い出したように千冬は告げる。すると1人の生徒が手を挙げて告げる。

 

 

「織斑先生! 私は織斑君が良いと思います!」

 

 

 これが、全ての引き金ともなると知れず、生徒は言い放った。

ちなみに、ここで矢面に一夏が立たされたのは“折角の男”だからと言う理由なのだが、柳韻が矢面に上げられないのは、やはり父親ぐらいの人に仕事を押しつけるのは恐れ多い、という遠慮の意識があった為である。

 

 

「え!? いや、俺はやらん――」

「待ってください!!」

 

 

 突然の推薦に一夏は断ろうと抗議しようとした所で遮られる。一夏はこの自分の声を遮ろうとした声を知っている。

 少し時間が遡るが、1時間目が終了する頃にこの少女、セシリア・オルコットに一夏は絡まれる事となったのだ。ISが登場して以来、立場が優遇された事で発言力を強めた女性。

 その中には男性を奴隷のように扱うような過激な者もいる訳だが、セシリア・オルコットはその傾向が見える少女である。何でもイギリスの代表候補生というエリートで、いかにもプライドが高そうな容姿から想像出来る態度に一夏は少し辟易とした。

 その場はチャイムがなった事でなんとか乗り切ったが、こうして矢面に立てばそりゃ噛み付いてくるよな、と一夏は溜息を吐いた。

 

 

「男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ! そんな屈辱を1年耐えろだなんて、私には耐えられませんわ! クラスの代表ともなれば実力がトップの者がなるべきです! そして私は代表候補生です! ならば私が適任だと申し上げますわ!」

 

 

 まぁ、言いたい事はわかるよ、と一夏は少しむっ、としながらもまだ頷ける意見に同意を示す。ちょっと男を軽視している発言には少し苛ついたが。だが、一夏はすぐさま顔色を変える事態が発生してしまう。

 

 

「物珍しいだなんて理由であれば、そんなのは極東の猿と同じではありませんか! 私はサーカスの見せ物になる為に来たのではなく、ISの技術を学ぶ為にここに来ているのですわ! 大体文化としても後進的なこんな島国で暮らさなければいけないのに、更なる苦痛を私に味わえと言うのですか!?」

(うっわぁああああああああああああああッ!?!?)

 

 

 一夏は思わず、内心で絶叫してしまった。顔が一気に青ざめていくのが自分でもわかる。セシリアは、よりにもよってこの娘は“あの人”がいる所で日本の事を侮辱してしまった。

 ふと、視線をずらせば箒も目を見開いて、やってしまった! という顔でセシリアを見ている。これは完全にアウトである。

 一夏と箒の視線。そこには未だ、揺るがずに佇む柳韻の姿がある。この良き古き男は日本文化をこよなく愛している。日本の四季を肴に酒を楽しみ、日本の雅たる芸術を良しとして箒や一夏に伝え続けた御仁である。

 そんな柳韻の前で、よりにもよって侮辱付きで日本を扱き下ろしてしまったセシリアに思わず一夏と箒は恐れ戦く。ただ、一夏と箒は気付いてしまった。自分たちと同じように柳韻の愛する趣向を知るもう1人の人物がいた事に。

 

 

(……この小娘、そんなに死にたいのか?)

 

 

 びき、びききっ、と一夏と箒はそんな音を幻視した。恐る恐る振り返ってみると青筋をこれでもか、と立てて開眼している千冬の姿がそこにあった。

 その様、正に修羅降臨。恩師の前で、恩師の愛する祖国を貶された千冬はブチ切れる一歩手前だった。一夏と箒が恐れ戦く程度に止まったのは、幼少期に柳韻からの説教の記憶があるからだ。怒った柳韻の印象の方が二人には強かったのだ。

 一方で、千冬は怒られた記憶こそあれど、大凡物心が付いた頃であった為、恐怖というよりは尊敬の念の方が勝っていた。これが一夏と箒との相違である。

 そんな千冬の前で、恩師がいる場で日本を扱き下ろすとは、この娘、余程命が要らないと見える、と千冬はセシリア・オルコットの名を己のブラックリストの最上位に上げておく。

 セシリアは未だ興奮が収まらぬ様子で何かを口にしようとしている。これは不味い、色んな意味で! と悟った一夏は慌てて口を開こうとした時だ。

 

 

「――織斑先生、発言をよろしいでしょうか?」

 

 

 柳韻が、動いた。すっ、と手を挙げて千冬を真っ直ぐに見つめている。

 場が一気に静寂へと包まれる。その静かな声にセシリアすらも動きを止めてしまった。一夏と箒は身が竦んで動けない状態だ。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。一方で千冬は眉を顰めていた。

 

 

「せんせ……いえ、柳韻さん。すいません、彼女は――」

「織斑先生。私は、発言をよろしいかと聞いているのですが?」

「……ッ……!」

 

 

 千冬が何かを言いたげに表情を歪めるも、柳韻はただ静かに千冬へと視線を向けるのみ。その瞳の奥の涼やかさに千冬は戸惑った。

 

 

「……発言とは、一体何を?」

「では、失礼して」

 

 

 千冬の返答を受けた柳韻はゆっくりと席を立つ。席を立つだけでまるで巨木のような佇まいに生徒達が思わず息を飲む。

 

 

「――オルコットさんの意見は、どうやら織斑君に恥をかかせないよう、気を使ったものと思われます」

「は?」

 

 

 思わず千冬は耳を疑った。今、自分が敬愛する恩師は一体何を言った、と。それは周りも生徒も同じだったのか、呆気取られた表情で、頭上に“?”を浮かべている。

 

 

「まず、常識としてISとは女性しか動かせぬ物であり、私を含めて織斑君が動かせるようになったのはつい最近の事。一方で、代表候補として国に認められている実績があるオルコットさんでは実力と信頼が違いましょう」

「は、はぁ……」

「そんな実力ある者を差し置いて、男がクラス代表となるのは嘲笑の的となるのではないか、と彼女は懸念しているようです」

 

 

 いやいや、それはないない、とクラス中のほとんどの生徒は思った。明らかにセシリアに一夏を心配するつもりなど無かった事は、誰でもわかる事だ。

 セシリアでさえ、突然何を言い出すのかと柳韻の背を見ている。ただ、誰もが柳韻の発する空気に有無を言えずに黙り込む。

 

 

「少々言葉が乱暴だった為か、恐らく皆さんの耳にも聞こえは良くなかったかもしれませんが、オルコットさんなりにこのクラスの事を思っての発言だったと私は思います」

「せ、先生! それは流石に……」

「織斑先生。先生は貴方ですよ?」

「……失礼しました」

「彼女ははるばる遠路からこの日本へとやって参りました。慣れぬ国での生活は文句の1つや2つも生みましょう。そんな中、心静かであれ、というのも酷な話です」

 

 

 そこまで柳韻は一息に言い切り、セシリアへと振り返った。セシリアは思わず気圧されるように、理解が出来ないものを見るように柳韻を見た。

 だが、柳韻の纏う空気はどこまでも穏やかだった。セシリアは初めて見た“男”の姿にただ圧倒される事しか出来ない。

 

 

「オルコットさん。貴方は自身の実力に覚えがあり、何より恥を晒して笑いものにされる事を望まない高潔な精神をお持ちの方だ。貴方自身がそうした誹りを受けるのを望まず、同時にクラスの為にも望まないと言えるお人だ」

「……わ、私は――!」

「しかし、貴方は可憐な少女の身だ。そこに異国の地の慣れぬ生活。戸惑うのも重々承知しています。それに……我が国の言葉ながら、日本語は少々難しい。故に容易に人を誤解させてしまう事がある故、少し落ち着かれると良い。深呼吸をお勧めいたしますよ」

 

 

 柳韻がただ静かにセシリアへと告げる。セシリアはそれで自分の呼吸が整っていない事に気付く。柳韻の指摘を受け、セシリアは目と閉じてゆっくりと肩を上下させながら呼吸を整えていく。

 その姿を満足そうに見た柳韻は改めて千冬へと視線を向ける。千冬はただ戸惑ったように柳韻を見るだけだ。

 

 

「しかし、クラスの意見として織斑君を推すのも、彼ならばという信頼の顕れとも取れます。それに古来より、男とは女を護る者です故。今は失われつつある姿に期待を抱く者がいるのも、また好ましい事かと思います。

 ですので、如何でしょうか? オルコットさんと織斑君。今、ここに二人の候補者がいます。彼等を何かの形で競わせ、その結果で代表として任命するというのはどうでしょうか? そう、それこそIS学園ならば、ISで競うのも華かと」

「柳韻さん、貴方は……」

 

 

 千冬は呆れたように柳韻を見た。柳韻はこう言っているのだ。全ては誤解なのだ、と。セシリアに柳韻の言った配慮が含まれているとは、クラスの誰もが信じていない。

 その上で柳韻は“丸め込む”つもりなのだ。言葉巧みに騙し、セシリアがさも日本に慣れぬ事を理由に、これは仕方なかった事で、本心は別なのだと。だからこそ、柳韻は今、セシリアを庇おうとしている。

 柳韻の意図を悟った千冬は静かに首を振った。恩師がそう言うのであれば、と自らの怒りを奥へと沈め、静かに吐息。

 

 

「……柳韻さんの案は一理ある。では、クラスの意見を窺おう。候補者は二人、織斑とオルコット。今から一週間後の来週の月曜日、この放課後、二人にはISによるクラス代表を決定する為に決闘をして貰う。これでクラス代表を選定する。何か異論がある者がいれば手をあげるように」

 

 

 そして、生徒の中から手が上がる事は無かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「お父さん! さっきのアレは何ですか!」

「箒、ここでは私の事を父と呼ぶのは止めなさい」

「そんな事より! どうして!」

 

 

 授業が終わり、箒は柳韻が座る席まで近づいていき、疑問に声を荒らげていた。どうしてセシリアを庇った、と言うようにだ。

 箒には納得がいかない。男である父の侮辱され、更に愛する文化を扱き下ろされたのに。父はセシリアの発言を咎める事無く丸め込んで、結局はそのまま飲み込んで終わらせてしまった。

 その場では言えなかった意見も、少し間を置いたら怒りが再燃したのか、箒には黙っていられなかった。しかし、柳韻は箒を咎めるように静かな眼差しで箒を射貫いた。箒は言葉を詰まらせて、眉を寄せながら父の顔を見た。

 

 

「人の多い所で、そのように声を荒らげるのは行儀が良くないぞ」

「……お父さん……!」

 

 

 端的に、言うな、と。箒の口を閉ざそうとする柳韻に箒はただ納得がいかない、と憤る事しか出来ない。すると、柳韻の後ろから近づく影が1つあった。

 箒はその姿を目にして思わず視線が鋭くなった。柳韻に歩み寄ってきたのはセシリアであったからだ。

 

 

「箒さん、でしたわね。申し訳ありません。……柳韻さん、少しよろしいでしょうか?」

「……うむ」

 

 

 箒に小さく頭を下げ、セシリアは柳韻へと声をかけた。柳韻はやや眉を上げたが、すぐに応じるように席を立った。そのままセシリアを伴って教室を後にしようとする柳韻の背に箒はただ悔しげに視線を送る事しか出来ない。

 そんな箒に一夏が歩み寄る。心配げに箒を見つめる一夏の瞳には、やはり戸惑いがあった。

 

 

「……箒」

「……何故だ? あんなに日本の事を愛しているのに……どうして……!!」

「……きっと、何か考えがあるんだよ。そうじゃなきゃ柳韻さんが、悪いことを咎めずに飲み込むなんて思えない」

 

 

 納得がいかないのは一夏だって同じだ。そもそも男である事を侮辱され、日本の事まで馬鹿にされて腹が立っているのは一夏だって同じ思いだ。だが、自分よりも強い思い入れを持っている柳韻が咎めず、セシリアを庇おうとした事には絶対に理由があるのだ、と。

 

 

「そうじゃなきゃ、俺だって納得いかねぇ……!」

「……一夏」

 

 

 怒りを抑えているのは自分だけでないと、箒は一夏を見て思い知らされる。だからこそ少し落ち着くことが出来た。それでも……やはりわからない。

 

 

「お父さん……」

 

 

 切なげに父を呼ぶ箒の姿に、一夏は何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ここで良いかしら?」

 

 

 セシリアが柳韻を伴ってやってきたのは人気のない屋上だった。セシリアは後ろに付いてきた柳韻へと振り返り、挑みかかるような視線で柳韻を睨み付けた。

 

 

「……先ほどのは、どういうつもりでしたの?」

「……どう、とは?」

「何故、私を庇ったりなどしたのですか?」

 

 

 セシリアは、柳韻の言葉が信じられなかった。自分を庇おうとしている事だけはわかった。自分の発言は強く言いすぎたもので、本心は別にあるのだと語ったのだ。それこそが騙りであるのにだ。

 セシリアは男を疎んでいる。その理由には彼女の“父親”に対してのトラウマがあるからだ。だからこそ、セシリアは“男”を、そして“父親”を疎んでいる。

 そして目の前の“男”も“父親”である。だが……セシリアにはまるで未知の存在に思えたのだ。自分の知る父親は優秀な母に媚びへつらうような、うだつの上がらない大人だったのに。

 この男は揺るがない。まるで巨木のように聳え立っているのに、まるで思ってもいないような言葉を騙ってセシリアを庇おうとした。意味がまるでわからない。だからこそ問わなければならなかった。

 

 

「哀れみのつもりですか? それとも私を笑いものにするつもりかしら? 確かに、あのまま発言を認めれば私は日本という国を貶めた傲慢ちきな女でしょう。クラスメイトの受けも良くは無かったでしょう。そんな者をクラス代表に推すだなんて……!」

「……質問の意味が、よくわかりませんな」

「ッ!? 何故!? 私は貴方を、男を貶しているのですわよ!? 何故、それで私を庇おうと……!!」

 

 

 言葉を続けようとしたセシリアの前に、柳韻は大きな掌を翳す。そして無表情のまま、ゆっくりと首を左右に振った。

 

 

「それ以上、“思ってもいない事”を口にするのは良くありません」

「……っ、何故!? 私は!」

「私は、卑しい男でしてね」

 

 

 セシリアの言葉を遮るようにして柳韻は告げる。セシリアに喋るな、と言うように強い視線を向けて。

 

 

「……かつて、騙してやる事も、本当を教えてやる事も出来なかった子がいました」

「……え?」

「私は、嘘もつけない、本当も言えない男なのです。何も言えない、言えなかった。そんな愚かな男です。貴方が蔑んでも当然の男です。……ですが、そんな私が1つ、騙ってみせようと思った。どうかその決意を、踏みにじらないで頂きたい」

 

 

 すっ、と。柳韻は静かにセシリアへと頭を下げた。その姿がセシリアには“父親”の姿と被って見える。かっ、と血が頭に上って手を上げそうになる。

 だが、それでも身体が動かなかった。柳韻は頭を下げながらも、何も恥じる事はないと言うように堂々としていたからだ。それが尚更、セシリアの理解に追いつかない。

 

 

「……っ、その騙りで、私を庇って……一体貴方に何の得があるというのですか!?」

「自分を肯定できます」

 

 

 柳韻は静かに顔を上げて、セシリアを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。

 

 

「私は、騙る口がある。ならば次は……本当も言える。かつて言えなかった言葉を届けられるかもしれない、と。そんな小さな自信の為の、小さな一歩なのです」

「――――」

「オルコットさん。しかし、騙りとは良くない事です。えぇ、嘘はいけない。ならばいつか真実にしなければならない」

「……それは、どういう意味ですか?」

「貴方は、私の“真実”になってください。それが……きっと貴方の為になると私は思っています」

 

 

 柳韻の言葉の意味を悟り、セシリアは目を見開いた。柳韻の言う“真実”とは、セシリアが一夏を思い、クラスの為に思って発言したのだと言う“騙り”の事だろう。

 これは嘘である。何故ならばセシリアに男性を気遣う意思などは無かった。ただ、ただこのような島国での生活にうんざりしていただけだ。あれは間違いなく、自分の本心だったのだ。

 だが、柳韻は言うのだ。“騙り”を“真実”にしろと。セシリア・オルコットは“クラスの為を思い、立候補を申し出た高潔なる人物”である、と。

 

 

「私に……嘘吐きになれと?」

「……いやはや、日本語とは難しいものですな。上手く伝わりませんでしたかな?」

「……いえ」

 

 

 何と、言えばいいのだろうか。彼はきっと、ただの善意でセシリアを庇おうとしている。そこにどんな思いがあって、セシリアを庇おうとしているのかはセシリアには理解出来ない。

 “だからこそ、知りたい”。セシリアの胸の奥に抱いた思いは静かに燻る。どうしてもかつての“父”と重なる姿。セシリアの父は情けない男で、セシリアが最も卑しいと思う人間だ。なのに、セシリアの母はそんな男を夫としていた。

 “もう”いない両親にセシリアは思いを馳せる。何故、母はあのような情けない男と結ばれたのか。どうしてあんな情けない男と夫妻で在り続けたのか。……そして、最後の瞬間だけ、一緒にいたのか、セシリアにはわからない。

 でも、答えがここにあるのかもしれない、とセシリアはかつての父と似て、しかし似つかない柳韻の姿を目に収めた。

 

 

「……柳韻さん、私は貴方に対して酷い事を言いました、更には私を庇って頂いて……本当に、なんと仰って良いか……!」

「はて……一体何の事でしょうな?」

「ッ、柳韻さん、貴方は……!」

 

 

 ――私に、謝罪すらもさせてくれないと言うのですか?

 

 

 思わずセシリアは泣きそうになった。自身の行いが恥ずべきものであるのに、彼はそれを謝罪させない。それはセシリアには納得がいかない。自らの不徳を、それでは一体どうやって清算すれば良いと言うのか!?

 

 

「……日本語とは、面妖なものでしてな。なかなか外国の方には通じない、されど日本人であれば、そのたった一言でありとあらゆる意味を伝えてしまうような言葉がございます」

「え……?」

「――“ありがとう”、と。人は言うそうですよ」

「……ぁ」

 

 

 それは、本当に魔法の言葉のようにセシリアには聞こえた。思わず、悲しみに溢れた涙が別の意味で頬を伝っていく。セシリアはその涙を指でそっと拭い去りながら、ふっ、と力を抜いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「――ありがとう、ございます……!」

 

 

 

 

 

 ――今度は、自然と頭を下げる事が出来た。

 

 

 

 

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