悲しい顔は頭から離れることなく。そしてその人の目にどう映るのか。
「おはようございます!マスター!」
マルタさんの寂しそうな顔が頭から離れなかった日の次の日。初めに見たのは俺の
彼女の服装は昨日の新撰組の羽織とは変わり、桜色の和装となっていた。
が、そんなことはどうでもよく。俺は沖田総司に腕を引っ張られ無理矢理起こされる。
「なにさ」
「ご飯です!ご飯!朝ごはんを!」
フラフラとよろけながらも立つ俺にご飯を要求しながら沖田さんは抱きついてくる。正直鬱陶しい。
一回は蹴って引き剥がすものの、再び光の様な速さで抱きついてくる。厄介だ。
「分かったよ!うるさいな!マルタさんが来るだろ!」
時間を確認。朝の8:00だ。マルタさんは5:00起きの超近所迷惑には敏感の人だから少しうるさくしただけでも30秒後には飛んできて鉄拳を喰らわせる人だ。それがここまでうるさいんだ。来ないはずがない。
俺は急いで沖田総司の口を塞ごうとするが沖田総司も抵抗をしてくる。挙句の果てには俺が彼女を押し倒す形になってしまう。
「ごらぁっ!うるさいわよっ!」
が、時既に遅し、マルタさんが俺の部屋の扉を破って入ってくる。顔こそ見えないものの、俺には分かる。あの耳に響く怒号は間違いなくキレている。
オマケに8:00は日課のランニング後だろう。つまり彼女の格好は・・・。
「見つけたわよ。覚悟は出来てるんでしょうね」
・・・スポブラか。マルタさんも・・・ごふっ
―――――――――
「ご馳走様でした!」
「にしてもあなたよく食べるわね」
「昨日から何も食べてませんでしたので!」
マルタさんの鉄拳制裁後。俺たちは美味しいご飯を食べていた。沖田総司は昨日から何も食べていないと言うがほぼ嘘だ。昨日俺の冷蔵庫を開けて甘味を食べていたのを俺は見逃していない。
しかし、
いや。思い返せば姉さん達の日記には
「ご馳走様です」
「ええ。後片付けですが・・・お皿は洗えますね?」
「何か用事が?」
「・・・この隣の隣人が最近生きてるか分からない所がありましてですね。部屋には鍵がかかってますし」
隣の部屋・・・あぁ。刑姫ちゃんのことか。
「なら自分が行きましょうか?」
「ダメです」
「でもマルタさんが出ないなら一緒じゃ・・・」
「・・・なら仕方ありません。任せるわ」
観念したのか。マルタさんは俺に刑姫のことを任せ、部屋を後にする。さて、お皿を洗いながらどうしようか考える。刑姫ちゃんは普通に外に出る性格の持ち主ではない。何かきっかけが欲しい・・・。
「マスター。この白い箱はなんなんです?」
「また君は・・・!」
しかし。沖田総司のその言葉で一つ思い出したことがある。そう言えばこの前マルタさんから貰ったケーキがまだ残っていたはず。
俺自身甘いものが苦手だが、刑姫ちゃんはこう言うのは好きだ。俺は沖田総司を退けて白い箱を取るとそのままの格好のまま部屋を出ようとする。
「・・・隣の部屋に行くよ」
「あっ!お供します!待ってください!マスター!」
深呼吸をする。会いに行くのは久しぶりだ。もしかしたら忘れてるかもしれない。いや、彼女の事だ、多分忘れている。あまり長居せず、用事だけ済ませればいいだろう。騒がなければマルタさんは来ないし長居しなければ姫ちゃんだって困らないはずだ。
そっと扉をノックする。一回、二回、三回・・・。
「姫ちゃん。僕だよ、慧だ」
返事がないから挨拶をする。これで何も返ってこなかったら別の方法を考えなきゃ行けないな。
「・・・慧くん?」
と、中から可愛い女の子の声がする。弱々しい声だが間違いない。刑姫ちゃんだ。
彼女は同人サークルの書き手で、売り子ではない。しかし、書き手と言うだけあって彼女の書く作品は格別だ。俺も何度か買って読んでいるが興味が湧きすぎて彼女の書く作品を早く読みたいと思うほどだ。
そんなこともあって俺たちはネットグループ。姫ちゃん同好会を開放、俺は姫ちゃんのお気に入りということもあって何故か情報部員の印を押されている。
その後、ゆっくりと部屋が空く。そこには夏が近いともあって薄着・・・と言うよりは下着のペンネーム、姫ちゃんこと、
「慧くんだぁ・・・」
出てくるや否や俺が反応するより早く彼女は俺の胸に飛び込んでくる。女の子特有の匂いが鼻に触ってくる。
が、そんなことはどうでも良く、この格好では誤解されかねない。沖田総司もどうしたらいいか分からなくてソワソワしている。
「と、とりあえず部屋に入ろう!ほ、ほら!ケーキもあるしさ!」
「ならこっちが私の部屋だよ?」
「姫ちゃんの部屋に用はないの!リビングがいいな!」
相変わらずマイペースな姫ちゃんに俺はオロオロしっぱなしだ。まぁ女性にぺたぺた触られるのは慣れてないし、そもそも姫ちゃんは普通にスタイルがいい。部屋でだらんとしてる割には太ってないし・・・おっぱいや・・・おしりが同世代の女の子よりかは全然成長している。
そんな女の子が玄関で半裸で出てくるんだ。オロオロしないわけが無い。
今、押し倒せとか思った奴はあとでシバいてやるからな。
「マスター、この方は?」
「あぁ。家族みたいな人でこのアパートでの数少ない知り合い、通称姫ちゃんだ。普段は本を書いたりイラストを書いたりしてる」
「へぇ・・・文書を」
何か勘違いが起きた気がするが、無視しておく、リビングまで来て、ケーキ入りの箱を机の上に置いておく。姫ちゃんは冷蔵庫からお茶を出してくれている。
隣の部屋は姫ちゃんの部屋、下着が脱ぎ捨ててあったり、ゲーム機があったり、テレビ画面にはイケメンたちが映し出されてたり・・・。
普段はぐーたらしてる姫ちゃんだが俺が来た時にはこうやっておもてなししてくれる。半裸なのは勘弁して欲しいがまぁ、出でくれないよりはマシだと思ってる。信頼してる・・・のかなあ。
「ゆっくりしていってね?」
「あっ。はい」
だがココ最近姫ちゃんに会ってなかったのにはわけがある。それはなんと言うか、私情で忙しいって言うのもあったのだが、それ以上に数ヶ月前から姫ちゃんの様子が少しおかしいのだ。いつもは脱力した感じのまったりした女の子だったのに今では獲物を見る目をしながら何故か生き生きとしている気がする。
「・・・最近寝てます?」
「どうして?」
「布団がですねぇ・・・全然使われてるようには見えないのですが」
「・・・最近忙してね」
理解した。要するに新しい同人誌の発想が出来たから彼女はそれに本気を出してしばらく寝てないのだ。そして彼女が今日半裸だったということは・・・。
「まだ出来てないんだ」
「うん・・・」
ビンゴ。やっぱり出来てないんだね。
さて・・・手伝うのもいいけど俺は素人だ。何か特別手伝えることがあるという訳でもない。さらに言ってしまえば素人が手伝ってプロの仕事を邪魔したくないというのも考えだ。
・・・気まずい。姫ちゃんも座って三人は特に会話も弾ませることなくただ、ケーキを食べたり、お茶を飲んだりしている。沖田総司は俺と姫ちゃんの顔をキョロキョロと見ている。
「・・・彼女?」
姫ちゃんからの第一声がそれだった。不意をつかれた俺は「ひっ!?」と柄にもない声を上げてしまう。
別に沖田総司は彼女という訳では無い。どちらかと言えば昨日知り合った同居人というポジションだ。それも俺の生活パターンを大きく崩してくる迷惑な同居人だ。決して、断じて、彼女という存在では無い。
俺は「違うよ」と短く答えてケーキを頬張る。前では姫ちゃんが「よかった・・・」と安堵しているのが見えるがなんで?なぜそんなに安心しているのか俺にはわからなかった。
「それで?本あとどれぐらいで出来る?俺たちに手伝えることは?」
「それがね。あと数ページなんだけど・・・モデルが欲しくて・・・頼める?」
モデルかぁ。初めてあった時も確かそんなお願いされたんだよなぁ。男物のBL本を書こうとして確か無理矢理被検体にされたんだよな。懐かしい。その時は御門も共に犠牲になったものだ。
「いいけど?俺?」
「ううん?そっちの・・・彼女に」
そう言って姫ちゃんが指を指す先。そこにはもぐもぐと美味しそうにケーキを頬張る沖田総司がきょとんとした顔で「なんですか?」とハテナを頭にうかべていた。
――――――――――――
「ありがとう。これで書けそう」
「うん。書けそうなら何よりだよ」
あれから沖田総司は犠牲となり、姫ちゃんにあんなことやこんなことをされていたようだ。
同じ女性どうし、やはり手加減は無いようで。だが帰ってきた沖田総司も何故かわくわくしていた。この二人に一体何があったんだ・・・。
ともかく、これでマルタさんに言われていたお使いが終わった。後はお昼からフリーだからどうしようか考えるだけだ。そうだな。買い物に行って日用品を新たに買い直すのもいいかもしれないし、ご飯のおかずを買いに行っても良い、またまた、部屋でゴロゴロしながら課題をやるのもいいかもしれない・・・。
が、そんなことを考えていると沖田総司が、俺の服のすそをクイクイと引っ張ってくる。
「何?」
「良ければお昼から散策に行きませんか!ここら辺のことよく知りたいです!」
・・・
「いいよ」そう短く答えて俺たちは部屋に帰ってくる。俺は沖田総司をリビングに置いて自室にある外出用に必要なものだけ取り出す。
「準備出来たよ。行こうか?」
「はい!沖田総司、不肖ながらお供致します!」
沖田総司が嬉しそうに後ろから着いてくる。俺たちはそのまま街へと向かう。マスターであることを・・・今は忘れよう。