Angelic Nostalgia -忘却の空から- 作:スグリ@あれこれ書いたりする人
神は見ている。
ずっと我々の世界を見ている。
時に冷酷に。
時に慈悲深く。
いつでも神は我々の世界を見守っている。
そして我々は、神に選ばれた。
敵を殺せ。罪深き者たちを滅ぼせ。
さすれば我々は、神の祝福により楽園へと召されるだろう。
そう、これは「聖戦」である。
なんとくだらない言葉の羅列だ。モニターとレバーやスイッチに囲まれた狭い空間の中で、少女は記憶に焼き付けられた言葉をそう嘲笑う。
そして彼女が鍵を目の前の穴に差し込み捻ると、モニターが点灯。起動画面の後に、筆記体の文字列が映し出された。
“
『こちらが衛星で捉えた目標の映像になります』
ノイズのかかった、大人びた男の声が狭い鉄の箱の中に響く。
同時にモニターに表示されたのは、今現在のとある施設の映像だった。
『オーガニックフレームを、目視可能な限りでも十機確認。対空装備も多く、激しい抵抗が予想されます。その為、予定よりも高度を上げての投下になりますが宜しいでしょうか』
その施設を闊歩していたのは、それぞれマシンガンやバズーカなどを抱えた一つ目の鉄巨人たち。
また空からの敵を迎え撃つべく、大量の対空砲や地対空ミサイルなどの存在も見て取れる。
「大丈夫。心配しないで」
少女らが今いるのは、黒ずんだ雲の中を飛ぶ大型の輸送機。
そして少女が今座っている鉄の箱。それは、輸送機の中で銃を持ち出陣の時を待つ鉄鎧の巨人の、
この巨人の名こそが“アサルトファング”。先程基地にいた物と同じ、オーガニックフレームと呼ばれる鉄巨人。
世界の軍事バランスを塗り替えた、史上最強の全領域対応歩兵装備。
“生命”を持った、人型巨大ロボットである。
『対空砲火、来ます! 衝撃に備えてください!』
男の叫びが響いた。同時に、少女が座るコクピットの中にまで激しい衝撃が伝わる。
咄嗟に少女は状況を察して全ての武装のロックを解除し、操縦桿を強く握り締めた。
『これ以上は近付けません! 投下します!』
「了解。アサルトファング改……交戦開始」
直後、輸送機のハッチが開き横たわっていたアサルトファングがカタパルトで射出、砲火の嵐の中へと投げ出された。
「ッ……!」
内臓が持ち上げられるような不快感が少女を襲う。
尚も自由落下を続ける機体。
コクピットの中に、警報が鳴り響いた。パラシュートの展開を促す警告だ。
だがそんな物を使ってしまえば狙い撃ちは免れない。煩く響く警報を黙らせる為にパラシュートをパージさせ、バーニアで姿勢を保ちながら敵施設へと落下していく。
今だ。
タイミングを見計らい、ペダルを踏み締める少女。その瞬間、各部のバーニアが一斉に火を噴き落下する機体を減速させる。
だがそれでも勢いは殺し切れず、地面に激突しコンクリートの破片を巻き上げながらアサルトファングは着地した。
同時に鳴り響くロックオン警報。土煙の向こうには赤く輝くひとつの点が見えた。少女はその光へと狙いを定め……引き金を引いた。
「まず一つ!」
砲弾が、一つ目の頭を貫く。
だが人間とは違い
一つ目も咄嗟に反応してハンドアックスを抜こうとするが、その隙も与えずアサルトファングはナイフを一つ目のコクピットへと突き刺した。
「次ッ!」
深々と急所に刃が突き刺さり、パイロットは絶命したであろう一つ目からナイフを引き抜くと、アサルトファングは次の一つ目へと向かう。
迫るは南方。地面を滑るように、ホバーを使い接近してくるそれに狙いを定め、機関砲を連射する。
口径も小さく、装甲を破るには威力が足りないが怯ませるには充分。生まれた一瞬の隙を突いて肉薄し、マシンガンを持った腕をナイフで突き刺した。
肉が裂け、血が吹き出る。アサルトファングの白基調の装甲を、返り血が赤く染めた。
そのまま一つ目を押し倒して馬乗りになり、続けて胸の心臓部へとナイフを突き立てる。するともがき足掻いていた一つ目は事切れたように突然ぐったりとしてそのまま動かなくなった。
「二つ目!」
OFはロボット兵器とは言っても、本質は鎧を着せた人工の巨人のようなもの。そこには自我こそないものの、生命と呼べるものはある。生命体である以上、パイロットとは別にOFを殺す事もまた可能なのだ。
「うじゃうじゃと!」
レーダーに映る接近する敵反応は二つ。右側と後方の二方向から同時に迫ってくる。
咄嗟にその場から飛び退くと、直後に元いた場所に砲弾の雨が降り注ぐ。
だがこの程度で怯んではいられない。施設内部の突入まで温存しておきたかったが仕方ないとアサルトファングはマシンガンを構えるとバーニアで方向転換し、二体の一つ目へと弾丸のシャワーを浴びせコクピットを貫いた。
「これ以上は構ってられない! 行け、ビット!」
作戦目的は、敵OFの全滅ではない。施設の制圧だ。未だ健在の地上の一つ目を無視してアサルトファングはロケット砲で搬入口の隔壁を破壊。置き土産とばかりに背部の二つのユニットを切り離して施設内部に突入した。
後を追って一つ目たちの軍勢が搬入口へと向かう。
そして一機目が足を踏み入れようとした瞬間、突如として銃声が響き、先頭の一機が蜂の巣となって倒れ伏した。
突入の間際に少女のアサルトファングが切り離した物は、試作型のビット。パイロットの神経から送られる信号を用い、思考による遠隔操作が可能な攻撃用の無人ドローン兵器である。
この武器を使うには脊髄に送信用のチップを埋め込む必要があるが、施術の非人道性から最初の被検体である少女を最後に研究はストップしている。いわばこれは、世界で彼女だけに使う事が許される武器なのだ。
本来はレーザー砲を装備する仕様だが一般向けの量産機のアサルトファングでは出力不足の為実弾砲を装備している。しかし、それでも死角から不意を突いての攻撃は脅威である。一つ目のOFを撃破するには、何の不足もなかった。
倒れた先頭の一つ目に躓き、後続の機体の足が止まる。その背後を突き複数の一つ目を纏めて貫くと、ビットは本体であるアサルトファングの元へと帰還し再び背部に装着される。
フル装備に戻ったアサルトファングは、OFに大きく劣る対人用の警備ロボットをなぎ倒しながら通路を突き進んでいく。
もはやその行く手を阻むものはない。防衛部隊は薙ぎ倒し、トラップは作動前にロケット砲で爆破する。
一方的な破壊の果てに、少女のアサルトファングは程なくして辿り着いた。目的の場所であるこの施設の中枢。淡く光る液の中に浮かぶ肉塊を中心に広がる、広大な実験場へと。
「ブランネージュの猟犬め、こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
蠢く肉塊へとライフルの銃口を向けるアサルトファング。
その行為を強化ガラスの窓の向こうから制止しようとする男が一人。恐らくここの研究者か、或いは責任者か。
「……任務、完了」
だがその声を少女は聞き入れる事なく、そう呟きながら引き金を引いた。
砲弾がシリンダーを貫き、肉塊を抉る。さらに畳み掛けるようにロケット砲やビットによる攻撃も浴びせ、その攻撃は肉塊が跡形もなく消滅するまで続いた。
「あなたがいつか生まれ変わる時が来たら、平和な世界になってるように……」
蠢く肉塊は消え去り、爆煙に満たされた実験場の中で佇むアサルトファング。そのコクピットで、少女は何かの入れ物になっているペンダントの蓋を開けた。
「できるだけ、頑張ってみるわ。アレシア……」
そこに収められていたのは、透き通るような空色をした数本の人の髪だった。
再び蓋を閉じると少女はペンダントを祈るように握り締めてその髪の主へと思いを馳せる。何年も前に喪ってしまった、たった一人の心から信じられる
多連地球世界。
それは、七つの“地球”が何万光年もの宇宙を越えて連なる世界。
数千年前の恒星間移民船団が次々とヒトの居住に適した惑星を発見し、人類の居住域が広大な宇宙の星々へと拡大した遠い未来の理想郷。
増大した人口も七つの地球に対しては少な過ぎる程で、住む場所にも食べる物にも困る事は無い。人類はこの世界で、人類史上例がない程に余裕を持ち、安定した日常を送っている。
領土や資源は今となっては命を賭けて奪い合う程希少な物でもない。
人類はたった一つの地球という星の牢獄から抜け出した事で、ようやく戦争から解放されたのだ。
そう、誰もが思っていた。
否、そう思い込んでいたかったのかもしれない……。
とある街の、ごく普通の民家にて。
「これは、血……?」
リビングの真ん中で、呆然と立ち尽くすのは桃色の髪の少女。その右手に握られているのは、真っ赤な血に濡れた包丁。
そして左手もまたべっとりと血に染まり、少女はそう口にしながら小首を傾げる。
「どうしたの? お母さん、そんな顔して」
ふと少女は、視線を自身の母親へと向けた。
目に映ったのは、地を這い逃げるように後ずさる姿。その時の母親の表情は目を見開き涙を浮かべながら震え、自身の娘である少女に対する恐怖に満ちていた。
「ああそっか。これ……」
その表情を目の当たりにして、ようやく少女は状況を頭で冷静に理解する。
次に目を向けたのは、足元に横たわる“人だったモノ”。それを人から物言わぬ肉の塊に変えたのは、他でもない自分なのだと彼女は悟った。
だがそれは“これ”が自分に、そして母親に危害を加えようとした“害獣”だったからに過ぎない。だから処理しただけだと、それ以上に思う事は何も無かった。
その肉が元々、自分にとっての何だったのか。それをふと、思い出す瞬間までは……。
とある都市の一角にて。
「殺せ!」
「独裁者を殺せ!」
鈍器や銃、火炎瓶などで武装した暴徒たちが、叫び声を上げながら大通りを行進する。だが彼らを止めようと警察や軍が出てくるような様子はない。
もう既にこの国の政府の機能は完全に失われている。そして今、旧政権は倒され革命勢力による新政権が樹立しようとしていた。
「クソッ、暴徒がもうこんな所まで!」
情勢は既に革命派の勝利で終わっていると言っても過言ではない。
ならば今暴徒たちは何をしようとしているのか。それは、旧政権派の残党狩りという名の粛清である。
見つかるのも時間の問題という状況下で、旧政権派の男たちはこの国から運び出す物資をコンテナにひたすら詰め込んでいた。
「嫌……お父様、お母様ッ!!」
そんな中、食料や燃料といった物資に紛れて幼い黒髪の少女が男たちによってコンテナの中に押し込まれる。
一見すれば誘拐のようにしか見えない光景。だが男たちの行動は、一点の曇りもない少女を思っての行動だった。
「どうか、あなただけでも生き延びてください。それが……あなたのご両親の最期の願いです」
旧政権派の人間を見つけては、身ぐるみを剥がし全てを奪って殺す。そのような暴徒たちの殺意は、この幼い少女にも向けられているのだ。
故に男たちは、少女をこの国から脱出させようとしているのだ。監視の目をかいくぐる為に“人”ではなく、“物”として。
「ここから出して! 出しててっば!」
泣きながら必死に叫ぶものの、少女の叫びも虚しく男たちによってコンテナが完全に閉ざされてしまった。
「ここから……出してよ……!」
そして何も見えず何も聞こえない暗闇の中で、少女は膝からがくりと崩れ落ちる。
誰の声も聞こえない。
誰にも声が届かない。
この日、彼女は……全てを失った。
第一の地球の首都、最大の病院の一室にて。
凄まじく広く、殺風景な部屋に一台のベッド。周りには大量の大きな機械が並び、無数のチューブがベッドの中へと伸びている。
そのベッドの上にいるのは、まだ十歳にも満たないであろう長い空色の髪を持つ少女。周りは見舞いとして贈られた数え切れない程の花束に囲まれ、その姿はまるで美しい花畑に埋もれる妖精のようにも見えた。
だが少女には右腕がなかった。そして右目もまた眼帯に覆われて窺う事はできない。
(これを飲めば、あたしは……)
そんな花に囲まれた少女の左手の中にあるのは、熊やうさぎ、猫や犬などの形をした可愛らしい形の錠剤。それを彼女は、物憂げな表情で見つめていた。
この薬は、致死性の筋弛緩剤。片腕を失い、身動きを取ることも難しい彼女でも飲みやすいようにと、甘酸っぱい味付けがされラムネのような菓子の感覚で服用できるようになっている。
少女が医師から勧められた選択。それは、安楽死だった。一度はその選択を受け入れ、少女はこの劇薬を喜んで受け取った。
「でも……まだ……」
これをひとたび飲めば、もう何も怖い事も痛い事も苦しい事もない。それは少女にとってはこれ以上にない程甘い誘惑だった。
だが少女は決意を込め、左手をぐっと握ると……手に持った錠剤を投げ捨ててしまった。投げ捨てたと呼ぶには、落としたという方が相応しいかもしれない程に力のないその動き。
しかしそのか弱い小さな動作には、どこまでも強い少女の“意志”が込められていた。
「まだ、やらないと……!」
こうして空色の髪の少女は、救済を拒み果てなき苦難の道を歩み始めた。
果たすべきと心に決めたただ一つの使命を果たし、いつか胸を張って最期を迎える為に。
そしてとある星の某所にて。
何重ものロックがかけられた扉をくぐり、歩くのは熟年の男とその秘書らしき女の二人。
その通路の先の最後の扉の前で立ち止まると、女は扉のロックを解除して男に深く頭を下げた。
「会長、どうぞ」
「ご苦労。君はここまでで構わない」
女は最後まで男のお供をするつもりだったのだが、男は彼女を扉の前で待たせてこの先を一人で進もうとする。
「はっ、ですが……」
「久々に娘に会うのだ。ここは親子水入らずといきたいのだよ」
「畏まりました。私はここでお待ちしておりますので、どうかごゆっくり」
「すまないな」
そして女がその心情を理解し足を止めると、男は一人扉の向こうの暗闇の中をコンコンと足音を立てながら歩いていった。
「久しぶりだな……」
辿り着いた暗闇の最深部。そこにあったのは、液で満たされたガラスの筒。
その中には、長いブロンドヘアの美しい少女がぷかぷかと一糸まとわぬ姿で力なく浮かんでいる。
男は優しく微笑みかけるとガラスの壁に手を伸ばし、彼女の名前を呟いた。
「ステラ」と……。
これは、幼くして重い宿命を背負った少女たちの、『戦いと救済の物語』だ。