俺は家長丈瑠
浮世絵町に暮らす、ごく普通の少年だった。
でも、あの日から全てが変わってしまった。
「カナ、怪我はないか?」
「う、うん……」
学校の帰り、妹のカナと乗っていた路線バスがトンネルの崩落事故に遭い、乗っていた俺たちは生き埋めとなってしまった。
砂埃が立ち込めるバス内で、妹のカナや他のみんなの安否を確認する。
あたりを見回すと、トンネルの入り口は瓦礫で塞がれてしまっている。
「ガス漏れしてたら危険だ…とにかく、ここから出よう」
ひとまず全員、なんとか無事にバスの外へ出ることができた。
携帯で救助を呼ぼうとしたがトンネルの中のせいか圏外で繋がらなかった。
とにかく状況を整理するため、持っていた携帯のライトを使い、で窓の外を照らす。
するとそこに複数の人影が見えた。助けが来たのかと思ったが、すぐに違うとわかった。
その恐ろしい容姿やおどろおどろしい雰囲気。明らかに普通の人間じゃない。
「このバスにいるのは間違いない。とにかく、ここにいる子供は全員皆殺しだ。……若もろともな」
皆殺し。今確かにそう言った…
得体の知れないものを目の前に、恐怖がこみ上げてくる。周りのみんなも恐怖で泣き叫び、状況はより混乱してしまう。
「お兄ちゃん…」
「…!」
その時、カナが震えながら腕に抱きついてきた。怖いものが苦手なカナはこうやっていつも泣きついてくる。
そうだ、怖がってはいられない。
「…カナ、大丈夫だよ。絶対守るから…!」
「…うん」
カナやみんなを奥へとなるべく逃す。
そして前に出て、みんなの盾になるように両手を広げる。
「なんだお前…?」
「みんなに、手を出すな!」
「ほう…最近の餓鬼にしては随分と威勢がいいな……」
化け物は面白そうに、その恐ろしい形相でこっちを見てくる。
足の震えが止まらない。でも、今はこうする以外、他に思いつかない。
「面白い。ならば、お前から最初に殺してやる」
「あ……ぐ……」
なすすべもなく化物に捕らえられ、首を絞められる。
殺される___
そう思ったその時、派手な音を立てて、トンネルが崩れた。
「見つけましたぜ若ァ!生きてるみたいですぜぇ!」
現れたのは魑魅魍魎。人の姿をした者。獣の姿をした者。様々な姿をした異形たちが、群れをなしている。
「ガゴゼ、子供を殺して大物気取りか?」
異形の先頭に立つのは俺やカナたちと同い年程の少年だった。後頭部に伸びた独特な銀髪、血のように赤い瞳。姿は人間と変わらないはずなのに、その威圧感はこっちにもひしひしと伝わってくる。
「俺を抹殺し、三代目を我がモノにしようとしたんなら…テメェは本当に小せぇ妖怪だぜ」
「くっ…殺せ!この場で若を殺せぇ!!ぬるま湯に浸かった本家のクソども諸共全滅させてしまえ!!」
明らかに動揺にしているガゴゼと呼ばれた親玉が、周りにいる手下に命令する。
手下の妖怪が若と呼ばれた少年に牙を向け、飛びかかる。が、しかし__
「若には一歩に近付かせん」
周りにいる妖怪たちがそれを阻止した。
首と胴体が離れている男が、赤い糸を相手に絡ませ、絞め殺す。
ドレッドのような髪の大男が、その拳で粉砕する。
長髪の黒い僧侶が、衣服に忍ばせている大量の武器を射出し、串刺しにする。
白い着物にマフラーを着用した少女が、口から吹く冷気で凍てつかせる。
俺たちを襲った異形の集団は、同じ異形の集団によって次々と蹴散らされていった。
「そんなバカな…儂の組が……誰よりも殺してきた最強軍団が……」
親玉はその光景に唖然としている。
すると何を思ったのかこっちを睨みつけ近づいてきた。
「来るな!こいつらを殺すぞ!」
親玉は俺たちを人質にしようとしてくる。その鋭い爪がカナに迫っていた。
「危ない!」
俺はとっさにカナを庇うために前に出た。
「っっっっ!?」
怪物の爪によって俺の体は切り裂かれた。
体から大量の血が溢れ出す。
言い表しようのない痛みが全身を駆け巡る。どんどん熱くなっていく。俺はそのまま倒れ込んでしまった。
「お兄ちゃん!しっかりして!お兄ちゃん!!」
「カ…ナ…」
カナが俺に寄り添い、俺の手を握る。その顔は涙を流してぐしゃぐしゃだった。これじゃあせっかくの可愛い顔が台無しだ。
決して不安にさせぬよう、痛みに堪え、笑顔を見せる。
「泣かないで…カナ……兄ちゃんが……ついてる…から」
「いや…いやぁぁぁぁ!!!!」
カナの悲痛な叫びが聞こえる。さっきまで熱かった体が、今度はだんだん冷たくなっていくのを感じる。
意識が朦朧とする中、さっきの少年が、その手に握った刀で親玉を切り裂いているのが見えた。
「全ての妖怪に告げろ!俺が魑魅魍魎の主となる…!全ての妖怪は、俺の百鬼夜行の群れとなれ!!」
「ちみ…もうりょう…の…ぬし…?」
少年のその宣言に、何故か畏れにも尊敬にも似たの感情を抱いてた。
そしてそれが、俺の最後の記憶。
この日、俺の命はあっさりと散った。
そのはずだった。
気がつくと俺はあのトンネルにいた。そしてどう言うわけか、痛みは感じない。
『俺、生きてる…?』
しかし、自分の声に違和感を感じた。まるで獣が呻くかのような不気味な声。まだ12歳の自分が出した声とは到底考えられない。
違和感の正体を探るために、近くにあった水溜りを恐る恐る覗いてみた。今思えば、覗くんじゃなかったと後悔している。
『なんなんだよ…これ…!?』
そこに映る自分の姿に、衝撃と恐怖を隠せなかった。
俺の身体は、おおよそ人間としての原型を残してはいない。恐ろしい異形の姿に変わってしまっていた。
一言で表すなら、ボロボロの黒いパーカーを纏った死体。
西洋のジャックオーランタンを思わせるオレンジ色の顔面。黒の眼や口はまるで憤怒の表情にも見え、顔の輪郭に他人の顔を縫い付けてたかのような縫い目が見られる。
フードを被った頭には禍々しい黒い一本の角を生やし後頭部からは白髪が生えている。
胴体は老衰死した死体や死蝋のような皺だらけの姿をしており全身にツギハギに縫い合わさている。
剥き出しになった両手足には赤と緑の血管のような物があり、指先の爪は黒ずんでいる。大きな眼が覗くパーカー部分には鋲が施され、さながら肉体にパーカーが寄生したかのよう。
そして背中にはGHOSTと書かれた歪な文字と2015の数字が刻まれ、腰には血走った複眼のような形のベルトが巻かれている。
なんでこんな恐ろしい姿になってしまったのかわからない。俺はおぼつかない足取りのまま、町に戻った。
町に戻ってからわかったけど、俺の変化は変化は姿形だけにとどまらなかった。
今の俺の姿は周りには見えていない。これだけ恐ろしい容姿をしていれば騒ぎが起こるはずなのに、道行く人々は誰一人気づきもしていない。
それだけではない。物に触れようとしてもすり抜けてしまう。まるで別の次元に閉じ込められたかのように、周りに干渉することができない。
詰まるところ、俺は何もできず、ただそこに漂うだけの存在なってしまっていた。
『父さん!母さん!カナ!俺はここにいる!気づいてくれ!!』
必死に呼びかけるも、家族は誰一人として俺の声に気づかない。仮に気づいたとしても、今のこの恐ろしい姿ではみんな怖がってしまう。頭ではわかっていても、それを受け入れることができなかった。
「お兄ちゃん…嫌だよぉ…!」
『カナ…』
カナは俺がいない言う事実を受け止めることができず、部屋に引きこもってしまった。俺はその姿をただ見ることしかできなかった。今ここにいると伝えたいのに……
周りに認識されることも、家族に触れることも、人間の姿にも戻ることができない現状に、ただただ絶望するしかなかった。
あれから数年。
「お、お主まさか……今この辺りを騒がせてる妖か…!?」
『……』
俺の目の前には妖怪がいる。
この妖怪は自分の悦楽のためだけにこの町の人々を危険に晒してきた。これ以上見過ごすわけにはいかない。
「なんなんだお前…一体なんのために…!」
『人を傷つける奴は…許さない…』
「ま、待て!許してくれ!なんでもするから…!なあ、頼む!!」
妖怪は土下座しながら許しをこうが、こんな安っぽい土下座に意味はない。聞く耳を持つだけ時間の無駄だ。こんな奴、生かす価値なんてない。
俺は胸の眼球に力を集中させる。
『その命、貰うぞ…!』
「や、やめろ…!やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!」
胸部にある巨大で不気味な眼球が妖しく光りだす。
眼球から放たれるその光は、妖怪から魂が抜き取り、眼球に吸い込まれていく。
「ぁぁっ……」
魂の亡くなった抜け殻の体は、程なくして倒れ伏した。
体の方は後でどうにでもなる…。
この辺りを取り仕切っているらしい妖怪ヤクザが、後始末なりなんなりしてくれるはずだ。
それよりも…
『ご飯が食べたいなぁ……』
空腹すらも感じることができないこの体で、ついそんな言葉をこぼしてしまった。
もう人間に戻ることは叶わない。もう諦めたと言うのに……
俺は今もこの浮世絵町を彷徨っている。
人間に害をなす妖怪を狩るために…