「ベレト」とベレス先生   作:俺田マコト

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外伝「呪われし遺産」編です。それではどうぞ!


青海の節1 地駆ける灰狼

今節は、女神再誕の儀が行われる。ただでさえ厳重な警備が敷かれる中で行われる儀式であるうえ、前節にロナート卿が告発した西方教会の暗殺計画の件もあり、ベレトもセイロス騎士団の一員である以上は警護に専念せざるを得ないはず。今節は大した行動はできないだろう……と思っていた矢先に、レアからの呼び出しを受けた。

「ベレト。今節、貴方には特別任務を命じます。」

「特別任務……ですか?」

「ええ。詳しい内容説明は、このアルファルドから受けてください。」

「紹介にあずかりました、アルファルドです。ジェラルト傭兵団のベレト君ですね。どうぞよろしく。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

アルファルドという名に聞き覚えはなかったが、彼の顔には見覚えがあった。いつだったか、母の墓前に花を供えたいと申し出てきた修道士だ。口ぶりからして、両親のことは昔から知っていたらしいが、それ以外のことは何もわからない。

「後のことは任せましたよ。」

レアは執務室へと戻ってゆき、その場にはベレトとアルファルドだけが残された。

「では、改めて自己紹介を。私はアルファルド。教団から、アビスの管理を任されている者です。あなたは、ここ最近アビスに出入りしているそうですね?」

「どうしてそれを……?」

「おや、そんなに驚かないでください。責めるつもりはありませんから。管理者である以上、アビスで起こったことは自然と耳に入ってくるのです。前節は、灰狼の学級の生徒たちに付き合って、盗賊団を討伐してくれたと聞きましたよ。彼らを手伝ってくださって、ありがとうございます。」

「いえ、大したことはしていません。」

このアルファルドという男、穏やかな物腰の裏に、何か得体の知れないものを感じる。それが何なのかまでは掴めないが……。そういえば、花を供えに来ていたとき、不祥事で教団を追放されたというような話をしていた気がする。これから先、彼が教団を追放されるような不祥事を起こすというのも、妙な納得感がある。

「それでは、そろそろ本題に入りましょう。まず一つ目は、帝国貴族ゲルズ公爵家領まで出向いていただきたい。」

「ゲルズ公爵?」

「帝国の外務卿を務める六大貴族の一角です。教団は、公爵が不法に保有している『英雄の遺産』の引き渡しを要求し説得を続けているのですが、今のところ応じる気配はありません。そこでこの度、公爵の知己である灰狼の学級のコンスタンツェに交渉役として白羽の矢が立ったわけです。彼女を含む使節団の護衛が、あなたの任務です。こちらには、あなたの他にも騎士団員が同行することになっています。」

「わかりました。」

非公式の学級であるはずの灰狼の学級の生徒が、教団の正式な使者として派遣されるというのは、なんとも奇妙な話ではある。そこに頼るということは、頼らざるを得ない状況であると考えるのが無難だろう。ゲルズ公との交渉は、相当に難航しているらしい。

「二つ目の任務は、『女神再誕の儀』が行われる間の、アビスの見張りです。アビスの住人の中には、賊やごろつきという類の者も少なくはありませんからね……こういう時になると、どうしても教団からは冷たい目で見られがちになります。どうせ騎士を遣るのなら、彼らにとっても顔見知りであるあなたが適任と思い、セテス殿に推薦したのですよ。」

「なるほど。」

「では、頼みましたよ。最初の任務には今週の末に出立となりますから、それまでに用意を整えておいてくださいね。帝国から帰って来次第、二つ目の任務にあたってください。」

 

― ― ―

 

そして出立の日の朝。玄関ホールには、ゲルズ領への使節団としてコンスタンツェとベレト、そして他に数名のセイロス騎士が集まっていた。その中にはガープたち、ジェラルト傭兵団の面々の見知った顔もあった。そして―――

「いったい、なぜ貴方たちがここにいるんですの!?」

ユーリス、バルタザール、ハピが揃って姿を現したのだ。

「ゲルズ家にある遺産ってのをこの目で一度拝んでみたくてね。」

「俺は帝都に用があってな、どうせ帝国に行くならついでだろ。」

「で、三人とも行くならハピもついてこうかなって。一人で留守番じゃ寂しいじゃん?」

「……つうわけで、俺たちも同行させてくれねえか?」

「つうわけで、ではありませんわ!」

コンスタンツェの激しいつっこみが入る。

「これは教団の正式な仕事ですのよ! そんな軽い気持ちでほいほいとついて来させるわけにはいきませんの。特にユーリス、貴方は何か企んでいるとしか思えませんし。そうでしょう?」

「自分に聞かれても……。」

突然同意を求められ、ベレトは困惑する。

「だが……自分個人としては、別に構わないと思う。この三人なら実力もあるし、たとえ何か企んでいたとしてもこれだけの数の騎士がいれば対処できるはずだ。」

「だそうだが、どうだ? コンスタンツェ。」

「くっ……どうせ私に貴方たちを止める権限はありませんもの。仕方ありませんわね。」

「というわけで決まりだな。よろしく頼むぜ。」

というわけで、最初の予定よりも随分賑やかな一行でゲルズ領へと向かうことになったのであった。

 

― ― ―

 

ゲルズ領までは、特段これといった事件もなく、旅路は順調かに思われた。しかし、異変は突然に起こった。

「もう間もなく、政庁が見える頃かと思われます。」

「……待て、何か騒がしいぞ。ありゃ……盗賊か?」

ユーリスの言葉通り、前方に見える街のほうには、賊らしい風体の者たちが何人も見える。そんな中、コンスタンツェは目ざとく見覚えのある顔を見つける。

「そんな、あれは……! ゲルズ公爵閣下が襲われておられる模様……微力ながら救援に参りましょう。」

「クソッ、何でこんな状況に……! とにかく、さっさとゲルズ公と合流するぞ!」

ユーリスとコンスタンツェが先陣を切って駆け出す。ベレトたちもそれに続いた。

「コンスタンツェ、お前はゲルズ公を助けに行け! 俺はこっちの賊を片付ける! バルタザール、ハピ、お前らはコンスタンツェと公爵の援護だ!」

「ガープ、ベリアル、三人の援護に向かってくれ。残りの皆で盗賊たちを抑える。」

ユーリスとベレトがそれぞれ指示を飛ばし、戦闘が始まった。

「おいてめえら、どこの盗賊団だ? 何が目的―――」

「うああぁ……あああぁ……! 邪魔……するなああっ!」

「うおっ、何だこいつら! 正気じゃねえぞ……! 気をつけろ!」

ユーリスが問い詰めようとした盗賊は、目が血走り理性を失ったような状態で襲い掛かってきた。他の盗賊たちも皆同じような状態で、焦点の合わない目をギラつかせて武器を振り回している。

 

「くっ……盗賊風情に不覚を取った。この遺産を奪われるわけには……!」

遠くでは、ゲルズ公が魔法で応戦しつつ、盗賊から必死に逃れようとしていた。

「む……? あれは……まさか教団の手の者か?」

遠くにセイロス騎士団らしき一団を見つけ、ゲルズ公は複雑な表情を浮かべた。できれば教団にも遺産を渡したくはないが……命あっての物種だ。渡さぬ口実は身の安全を確保してから考えれば良い。

「やむを得まい、今は救援を求めるか……!」

騎士団がこちらへ着くまで、耐えるほかあるまい。終わりのわからぬ地獄よりは、まだ希望があるだけましというものだろう。

「ゆび……わ……置いて……うあ……お、おおおおお!」

「遺産に触れるな! これは奪わせんぞ!」

また斬りかかってきた賊の攻撃を躱しつつ、反撃にファイアーを撃ち込む。炎の魔法弾はしっかりと命中し、敵は確かに絶命した。そのはずであったのだが……

「ゆび……わ……よこ……せえぇェェアガアアァァッ!!!」

「な……!?」

ゲルズ公は我が目を疑った。倒したはずの賊の身体から黒い霧のようなものが立ち上り、それが徐々に形を変えてゆく。

「な、何だ、この化け物は……!?」

「ギャオオオォッ!!!」

ゲルズ公を襲っていた盗賊は、魔獣の姿に変わり果てた。

「公爵閣下に近づいた賊徒が異形の獣に……! いったい何が……?」

天馬を駆り、ゲルズ公に近づこうとしていたコンスタンツェは、信じられない光景に目を見開いた。

(このようなことが自然に起こるとは考えにくいでしょう。闇の魔道か呪詛の類のはず。ならばどこかに術者が……)

空の上から戦場を俯瞰して、コンスタンツェは注意深く辺りを観察し始めた。……いた。怪しげな黒衣の魔道士の集団が、ゲルズ公の様子を窺っている。

「おい、コンスタンツェ! どこ見てやがる?」

「あちらに、この騒動の黒幕らしき人物を発見致しました。彼らを討てば、事態を収められるやもしれません。」

「でも、先にゲルズ公を助けたほうがよさそーじゃない? けっこうまずそうな状況だけど。」

見れば、さらに別の賊も魔獣に姿を変え、ゲルズ公へと迫ってゆくところだった。そして、さらにもうひとり……。

「閣下ほどのお方が魔獣程度に後れを取るとは思えませんが、数が増えれば万一ということもあるでしょう。ゲルズ公が亡くなられては困りますわ。死者とはお話しできませんので。まずは魔獣どもを殲滅するのが先決ですわね。」

コンスタンツェは天馬の手綱を引き、ゲルズ公と魔獣たちの間に舞い降りた。

「君は……コンスタンツェか!? あのヌーヴェル子爵家の……」

「お懐かしゅうございますわ。たいそう危ない状況のようですわね。」

「君に私を助ける義理はないだろうが……手を貸してもらえぬか?」

「どうぞご命令なさってください。従えぬはヌーヴェル家の名折れでございます。」

へりくだった態度で挨拶しつつ、魔獣に向け魔法の雨を降らせる。ハピとバルタザール、騎士たちも追いつき、コンスタンツェとともに魔獣への反撃を開始した。

「魔獣の相手なら得意だし。さっさと終わらせちゃおうよ。」

「魔獣だけじゃなく、盗賊も近づけさせるなよ。魔獣になる前に倒しちまうぞ!」

ゲルズ公を取り囲むように防衛線を張る。

……その様子を遠巻きに見つめていた者がいた。先ほどコンスタンツェが見つけた黒衣の魔道士―――ミュソンだ。

「邪魔が入ったか……獣どもめ。増援を出せ。あの男の持つ指輪を奪うのだ……。」

ミュソンの合図に合わせ、市街の各地から増援が現れ始める。こちらは賊ではなく、彼らの正規兵だ。

「増援のご到来ですの? 申し訳ありませんが、邪魔なさらないで。」

「これは……あまり余裕がなさそうだな。自分たちも公爵の援護に向かおう。」

ベレトやユーリスたちも加勢に加わり、戦いは激しさを増していった。何度か危うい場面はあったものの、大半の盗賊は魔獣化する前に対処できており、正規兵たちも人数をかけて当たればさほど苦労する相手でもなく、気づけば敵軍はほぼ全滅し、残るはミュソンと周囲の一団だけとなった。もちろん、ベレトはじめ騎士団の面々が多くの敵を捌いていた。

「このまま敵将を撃破するぞ。目にもの見せてやれ!」

ジェラルト傭兵団が敵軍に一斉突撃し、相手が動揺したところを一気に叩く。

「これで決める!」

ベレトの剣がミュソンを捉え、その身体を吹き飛ばした。

「ぬう……力ばかり強い獣どもめ……。遺産の回収はならず、か。……まあ良い。実験の成果があれば問題なかろう……。それに……」

ミュソンはベレトへどこか恨めしげな視線を向けたかと思うと、転移の魔法で姿を消した。街は、突然に静寂を取り戻した。

「助かった、か……?」

「はあ……クソッ、散々な目に遭ったな。何だったんだよあいつら……。」

「私めのような不詳の身では、疑問にお答えすることなど到底できませんわ。」

「……心当たりはある。また追々説明しよう。」

敵兵たちの青白い肌、正気を失った賊たち、魔獣と化す人間。ソロンたちのおぞましい所業の数々が、それらに重ね合わされる。こんなところにまで彼らの魔の手が及んでいたとは、知らなかった。

「ああ、公爵閣下がご無事で何よりでございます。遺産も盗られませんでしたし。」

「ああ……君たちのおかげだ。今日ほど肝が冷えた日はなかったよ。」

「ええ、スレンの冬よりも冷えましたわ。私どもには荷が重たい相手でございました。不本意に操られていたばかりであろう方たちを救えなかったのも、首魁らしき方を取り逃してしまったのも、すべて私の責、私が無能だったゆえ……。公爵閣下と遺産を守り切れたことのみが、まさに奇跡と言えましょう。」

「コンスタンツェ……見る影もないな。過去の出来事が、君をそこまで……。」

知己らしいゲルズ公とコンスタンツェは言葉を交わしている。公爵は、コンスタンツェが二重人格であることを知らないらしい。地下で見たような、自信に満ち満ちているコンスタンツェしか知らなかったのなら、この豹変は確かに衝撃的だろう。

「……だが、君は私を救ってくれた。その恩には必ず報いたいと思う。いや、今日の恩だけではないな。私は君の両親にも大きな借りがある。教団が君を派遣したのも、それを見越してのことだったろう……。」

「両親はともかく、私に恩を感じることなど無用ですわ。報いていただく必要も……」

「いや、そこは素直に報いてもらえよ。遺産が必要だろ?」

ユーリスが呆れたように口を挟む。それを聞いてゲルズ公は、持っていた『英雄の遺産』らしき物を差し出した。いくつもの指輪が細い鎖で繋がっていて、ちょうど片手に嵌められそうな形をしている。

「ああ……これを持っていってくれ。受け取れなければ君の仲間に渡そう。『ドローミの鎖環』という。オーバンの紋章に対応する英雄の遺産だ。ダグザに伝わっていた宝物でね、講和の際、彼らが友好の証として差し出してきた。」

「なぜダグザに英雄の遺産が?」

「古の時代、聖セイロスは十傑やそれに与する氏族たちを討伐していったという。氏族の長の中には、討伐の手から逃れ、海の向こうを目指した者がいたのかもしれない。」

「なるほど。ではもうひとつ、なぜ教団の要請に応じなかったのです?」

「私は帝国の外務卿だ。手札は何枚あっても困ることはない。特に教団に対しては切り札にもなる。近年、帝国と教団の関係は冷え込んでいるしな。だが……私は外務卿失格だな。私情を優先してしまった。今は亡き友人と、その娘への恩返しに……手札を手放そうとしているのだから。」

「公爵閣下……。」

コンスタンツェは胸を打たれた様子で、静かに俯いた。

「さて……私はそろそろ政庁へ帰らねばな。達者で過ごすのだぞ、コンスタンツェ。」

「閣下こそ。どうか、お元気で……。」

ゲルズ公はベレトたちに頭を下げ、去って行った。

「さて、遺産も無事に手に入ったことだし、俺たちも大修道院へ戻ろうぜ。」

「ああ、そうだな。あの魔道士たちのことも報告しなければ。」

「あー……ちょっと待っちゃくれねえか?」

完全に帰る雰囲気になったところで、バルタザールが呼び止める。

「なんだ、金でも落としたか?」

「いや違えよ。そもそも落とす金なんてねえよ。で、本題なんだが……そもそも俺がここに来た理由、覚えてるか?」

「ん? ……ああ、何か帝都に用があるとか言ってたな。一人で勝手に行くもんだと思ってたが。」

「いや、これがそうも言ってられない事態かもしれなくてな……。最初は地下の面子だけでなんとかなると思ってたが、もしかすると騎士団の力も借りなきゃならんかもしれんのさ。」

「バルト、いったい何やらかしたのさ。」

「なんでおれがやらかした前提なんだよ! まあいい、とにかく聞いてくれ……。」

バルタザールは真剣そのものという顔つきで語り始めた。

「さっきの魔道士、遺産の回収がどうとか言ってたよな。だったら奴らは、他の遺産も狙ってくる可能性があるだろ? だから、奴らに奪われる前に遺産をこっちで回収しなきゃならねえ。」

「確かにそうですわね。しかし、英雄の遺産はすべて教団の管理下にあり、所在地も王国や同盟の貴族家のはず。何故帝都に話が繋がるのか、私の浅学では到底理解することは叶いませんが……。」

「今まさに教団の管理下にない例外を回収したばかりだろうが。……こいつの他にも管理外の遺産があるんだな? で、それが帝都にあるってわけか。」

「話が早くて助かるぜ、ユーリス。そうだ、その通り。もともとは、おれの母の故郷で大切にされてた、一族の秘宝みてえなもんらしくてよ。それがどっから情報が漏れたのか、この間、盗まれちまったんだ。」

「遺産が、盗まれた……?」

「おう。そしてその遺産が、帝都の闇市に出るって噂があるのさ。……こいつを取り戻しに行きたいんだ、おれはよ。」

バルタザールは、重々しくそう告げた。




作者がかなり多忙でして、次回の更新はかなり先になってしまいます。早くても2024年2月か3月まではかかるかと……。お待たせしてすみません!
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