長くお休みしてしまいましたが、連載を復活します。
きちんと完結まで連載予定ですので、今後の投稿もお待ちください。
帝都アンヴァルの片隅。怪しげな商人たちが簡素な市を並べ、傭兵ともごろつきともつかない用心棒たちが道行く人々の顔をじろりと睨んでいる。帝都の人々は、漂う陰鬱な雰囲気に怯えるように、自然とその区画を避けて通っていた。アドラステアの繁栄の象徴たるアンヴァルの、もうひとつの姿だ。
「目的のものは手に入れた……。これがあれば、我が娘が……!」
「はい、必ずやお嬢様を救えましょう!急ぎ領地に……」
そんな人通りのほとんどない通りを、足早に駆ける一団がいた。薄汚い闇市に似つかず整った身なりをした男と、彼の従者らしき女性が数人。男の手には、とげとげしい形の籠手らしきものが握られている。
「閣下、お待ちください!何やら街のほうが騒がしい様子……。」
「な、何だ! 賊か? これだけは守り切らねば……! ……追手と戦う用意をしてくれ。」
「はい、承知いたしました!」
ー ー ー
同じ頃、闇市の別の片隅。バルタザールの故郷から盗まれたという謎の遺産を求めて闇市を訪れた一行は、用心棒のごろつきたちに囲まれていた。
「先程から言っているとおり、自分たちにはこの市を取り締まろうという気などない。ある品物を手に入れたいだけだ。」
「さすがにその格好で取り締まる気がねえってのは無理があるぜ、騎士さんよお。油断させておいて襲うつもりなんだろうがよ? 俺たちも黙ってしょっ引かれるつもりはさらさらねえんだわ。」
セイロス騎士の正装のままで来たのはまずかったか。闇市の者たちに無用な警戒をさせてしまったらしい。いかにこちらがセイロス騎士団の精鋭といえども、さすがにこの数を相手にするのは厳しいかもしれない。なんとか説得を試みるべきだろうが……。
「そう焦るんじゃねえ。俺様に任せときな。」
そう言って前に進み出たのはユーリス。
「ところでてめえら……裏の社会に生きてるからには、俺様の顔くらいは見たことあるんじゃねえか? この世に二人といねえ美少年の顔をよ。」
「あ? ……! てめえは、まさか……“狼の牙”の頭か!?」
ごろつきたちの一人がユーリスの正体に気づく。他の者たちも、“狼の牙”の名を聞いた瞬間に顔色を変える。
「よくわかってるじゃねえか。なら、誰に従うべきかもわかるよな?」
「へ、へい! なんでも好きなように見ていってくだせえ!」
「物分かりのいい奴で助かるぜ。さーて、探し物といこうか。」
「おう。……ユーリスお前、帝都でも顔が利くのか。なら、ついでに顔を貸してほしい件があるんだが……」
闇市の中に進みながら、バルタザールが何か思いついたらしい顔でユーリスに声をかける。
「俺様の顔は高いぞ。たぶん、てめえの借金よりな。」
「まだ借金の話とは言ってないだろ!」
「なんだ、違うのか?」
「いーや、図星だ。お前の名前で借金のひとつやふたつ消せやしないかと思ったんだが、どうもこいつは頼む相手を間違えたみたいだな。」
バルタザールはぼやきながら、市の商品をひとつひとつ確認していく。騎士たちも市の中に踏み入り、バルタザールの言う謎の遺産を捜索する。
「ん……あっちの人たち、なんかやけに急いでるみたいだけど。逃げてるみたいで、怪しいし。追いかけたほうがいいかな。」
ハピが走り去っていく一団に気付いた。
「コンスタンツェ、天馬で回り込んでくれ。自分も後から追いかける。」
「承知いたしましたわ。」
コンスタンツェとベレトで挟み込むように一団に接近する。貴族らしい風体の男は、手元に何やら抱えている。布で覆い隠されているが、端から棘のようなものが覗いている。‟遺産”と同じ材質のように見える。
「待て。止まって、手元の物を見せるんだ。」
「くっ、セイロス騎士に見つかってしまったか……! これを渡すわけには……なに、回り込まれたか!?」
「失礼いたしますわ。誠に僭越ながら、逃げ道は私が塞いでおりますわ。」
逃げ道を塞がれた男は、明らかに焦燥している。
「さあ、その手に持っているものを、こちらに渡していただこう。」
「き、貴様ら、近寄るな! こうなってはこの力を使うしか……!」
「!」
男は手の中の布を投げ捨てた。奇妙な形をした籠手らしいものが、男の手に嵌まっていた。
「やめろ! そいつは英雄の遺産と同じシロモノだ! 紋章を持ってねえ奴が振るえば、恐ろしい獣になっちまうぞ!」
「うるさい! 娘のためなら命など惜しくもない……!」
ベレトの背後でバルタザールが叫んだが、男は聞く耳を貸さない。力づくでも包囲を抜けるつもりのようだ。
「何の恨みもないが……許せ、家族のためなのだ!」
男の振るう謎の遺産と、従者であろう女性の魔法がベレトを襲う。しかし、相手が悪かった。時を何度も戻し、繰り返したベレトにとって、扱い慣れない武器での攻撃など、恐るるに足らない。ベレトは最低限の動きで攻撃を回避し、男の手を狙って剣を振るう。斬るのではなく面で叩き、男の手から籠手を弾き飛ばした。男は籠手に飛びつこうとしたが、ベレトが先に籠手を回収すると、諦めたように大人しくなった。
「よし、いいぞ。……悪いが、こいつはおれの大事なものなんだ。それに、危険なものでもある。あんたの事情は知らないが、こいつを渡すわけにはいかない。」
「……それに、人の命がかかっているとしてもか?」
「なに?」
「我が娘が人質に取られているのだ。“英雄の遺産”を差し出せば娘を助けてやると、青白い肌の魔道士に取引を持ち掛けられている。だから……私はどうしても、その“遺産”が必要なのだ。」
男は懇願するようにバルタザールを見据える。と、コンスタンツェが何かに気付いたようだ。
「恐縮ですけれど……もしやそのお顔、オックス男爵では? 私の記憶の正確性は甚だ怪しいものですが、おそらく数度お目通りしたことが。」
「……ああ、その通りだ。私はオックス家の当主だ。セイロス騎士団ならば、我が娘が……モニカが、数節前に行方不明になったことは把握しているだろう?」
なるほど、この男はモニカの父親だったのか。となると、“英雄の遺産”の取引を持ち掛けたのは、クロニエかその仲間だろう。偽モニカがガルグ=マクに潜入してくる角弓の節までには、本物のモニカは殺されてしまうのだろうが……今、青海の節に、彼女はまだ生きているのだろうか? これから先の未来に起こることを知っているベレトとしては、少し引っかかる部分がある。偽モニカがガルグ=マクに現れたのは角弓の節。モニカが攫われてから、ゆうに6節もの時間が経ってからだ。単に偽モニカを潜入させることだけを考えるなら、それほど長く待つ必要はないはずだ。その理由は何だ? ベレトの立てた仮説では、それは「本物のモニカが生きているから」だ。万一、本物のモニカが彼らの隙を突いて脱出するようなことがあれば、偽モニカの正体が明らかになってしまう。本物のモニカを完全に亡き者にしてから、やっと偽モニカを潜入させたのだろう。
人体実験なども平気で行う者たちの下にいる以上、無事に、という保証はできないにせよ、モニカがまだ生きている可能性は信じるに足るはずだ。かといって、遺産を馬鹿正直に渡したところでモニカを救えるかというと、望みは薄い。
「一方的に遺産だけを奪われてしまう可能性が低くない以上、これを渡すわけにはいかない。だが、別の方法で力になることはできるかもしれない。……来節の末まで待ってもらえないだろうか。それまでには必ず、ご息女を救出してみせる。」
「なに、来節だと? それまでの間にモニカの身に何かあればどうするのだ。」
「信じてもらうより他はないが……来節までは、自分の推論が正しければ、だが彼女が生きていることは保証できると思っている。」
「正直、信じ難いな。しかし、残念なことに、私にはお前たちに抗ってそれを奪い返せるほどの力もない。今、私が取れる選択肢の中で最も確実なのは……お前を信じることだ。だが、来節までの間も、私なりに娘を救う努力は続けさせてもらうぞ。どうかそれだけは許してくれ。」
「協力に感謝する。」
よし、なんとか遺産を手中に留めることには成功した。あとは、男爵を裏切らぬよう、モニカを救出するだけだ。
― ― ―
「遺産を守り切れたのはいいが……男爵の娘ってのを、本当に救えるめどは立ってるのかい?」
今度こそ大修道院への帰路についた時、バルタザールが訊ねた。
「ああ、策はないわけではない。ただ、少し不確実ではあるな。」
「博打ってわけか。燃えてくるねえ。」
「人の命が懸かった賭けに燃えるんじゃねえよ。……いいか、ベレト。俺からひとつ忠告だ。『勝てるかもしれない賭け』になんて挑むなよ。必ず『勝てる賭け』に挑むんだ。どんな賭けだって、あらゆる可能性を予測して備えときゃ、必ず勝てるようになるもんだ。」
「半端な覚悟では挑むな、ということだな。わかった、あらゆる手を尽くそう。必ず、助け出すことができるように。」
ユーリスの忠告を受け、ベレトは改めて自分の策を見つめなおした。……まだ、改善の余地は多くある。
― ― ―
「ご苦労様でした、ベレト。思いがけず、ふたつもの“英雄の遺産”を回収できたようですね。回収されたふたつの遺産は、“灰狼の学級”の生徒たちに貸し出すこととしました。」
「大司教が彼らと話し合い決定したことだ。節末の『女神再誕の儀』の警護では、彼らは君の管轄の下にある。もしものことがあれば、彼らの持つ遺産の力が役立つだろう。」
帰還後、他の騎士から報告を受けたレアとセテスに呼び出され、ベレトは謁見の間にいた。
「そして、オックス男爵の件についてです。これまで一切の足取りが掴めていなかったモニカについて、このような手がかりを発見できたことは大きな進歩です。」
「他の騎士とも連携し、捜索に臨むように。行動の際には、必ず報告することを忘れないでくれ。以上だ。」
セテスに念を押され、ベレトは謁見室を出た。モニカ救出のための最初の一手を打つ。そのために、ベレトはイエリッツァを捜し始めた。