イエリッツァは、予想通り訓練場で見つかった。ベレトが話しかけるよりも早くこちらの存在に気付き、視線を向けてくる。
「私と、死合う気になったか。」
「ええ。手合わせを申し込ませてください。」
仮面に隠された上からでも、その表情の変化は読めた。驚きと困惑。しかし、それ以上に……悦び。
「ただし、日付けは今日ではありません。今節の、27の日。『女神再誕の儀』の翌日です。」
「そうか……今すぐにでも貴様と死合えぬのは残念だが……決して違えるな。」
やや不満げではあったが、条件は呑んでくれた。これで、最初の準備は整った。剣を交えれば、イエリッツァは間違いなく気づくだろう。……ベレトの「本質」に。
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「やあ、お疲れさんです。本日は珍しく異常なしですよ。あんたがいる以外はね。」
アルファルドから任されたもうひとつの仕事、アビスの警備は、意外にも楽に終わりそうだった。ユーリスいわく、わざわざ騎士団の警護が厳重になる今、何かしようとするような馬鹿はいない、とのことだ。
「毎年、青海の節だけはアビスが静かになる。大事な儀式の間に事件なんて起こそうもんなら、たちまち騎士団が飛んでくるんでね。地上の奴らにとっちゃ、介入の口実なんていくつあってもいいからな。」
とはいえ、任務を放棄するわけにもいかない。仕事を取られて(普段にも増して)暇そうな番人の隣で、雑談などしつつ、本当に異常がないか目を光らせるのだった。
しかしそれも杞憂に終わり、女神の塔で儀式が行われている間、聖廟でベレスたちが死神騎士と激闘を繰り広げている間も、アビスは静かだった。むしろ、どこからか大修道院に賊が乱入してくるらしいと聞きつけて、撃退しようと暴れる準備をしている者もいた。これはバルタザールのことだ。
聖廟への侵入者は撃退され、ベレスは天帝の剣を手にした。これはベレトのいた世界と変わりない。変わるのはここからだ。明日に控えた「死合い」が、新たな分岐点になる。
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「……始めよう。」
翌朝、訓練場に入るや否や、先に待っていたイエリッツァは短くそう告げた。ええ、とベレトも短く応え、剣を抜いた。
一瞬の後、剣と剣がぶつかり合い、激しい音を立てた。剣が弾かれ、イエリッツァの次の一手がベレトの胸に迫るが、ひらりと躱して逆にイエリッツァを狙う。しかし、先ほどまでベレトに向いていた筈の剣がいつの間にか反転し、ベレトの一撃を受け止めた。ベレトは怯まず連続で追撃を仕掛けて、その内幾度かはイエリッツァの身体を掠った。
元の世界でも、何度かイエリッツァと手合わせをしたことはあった。だが、今は「手合わせ」ではなく、文字通りの「死合い」であることを肌で感じる。一瞬でも油断すれば、命に刃が届く。相手から感じる気は、「イエリッツァ」というよりも、「死神騎士」のものに近かった。そこにあるのは、ただ、強者と闘うことへの悦び……そして、純粋な、殺意。
連撃を受けながらも、一瞬の隙に殺意を纏った刃を返し、ベレトを斬り裂こうとする。身を捩ると、次の刃が回避先へ現れた。剣を使って攻撃を受け流した隙に、もう一方の手を突き出し、蹴りで追撃する。体術で体勢を崩されながらも、イエリッツァは寸分違わず心臓を狙って剣を突き出す。
「見えた!」
「……!」
それが、決まり手だった。無理な体勢のままでなお攻撃を繰り出したイエリッツァは、次の攻撃を避けられなかった。確実に捉えた筈の敵は、気付けば己の首に剣を突き付けていた。
「そこまでだ。」
よく知った声が響き、「死合い」の終わりを告げた。訓練場の入り口で、シャミアとカトリーヌがこちらを見ていた。
「まったく、朝からえらいものを見せられた。決闘でもしていたのか?」
「手合わせで真剣はやめとけって、いつも言ってるだろ、イエリッツァ。アンタがうっかり本気なんて出したら、へたな相手ならお陀仏だよ。」
「この者ならば、本気の私とも互角に渡り合える……そう判断した。そして、ベレトはそれ以上の立ち回りで、私を凌駕した……。」
イエリッツァは、半ば夢想するように応えた。
「それにしても、イエリッツァを相手に一本取るとは、あんたもなかなかやるな。ジェラルト傭兵団の新人だったか?」
「ああ、前に話したろ? イエリッツァの手合わせを断ったヤツだよ。イエリッツァにしちゃ、今になってやっと念願叶った、ってとこらしいね。」
「ああ、あれか。随分と肝の据わった奴だと思っていたが、あんただったか。」
シャミアから半ば感心するような、半ば呆れたような視線を向けられる。
「ところでイエリッツァ、ベレトでもいい、アタシと今から打ち合わないか? アタシも体を動かしたい気分なんだ。」
「ああ、構わん……三つ巴でどうだ。」
その後しばらく、3人は剣を交え続けた。その中でも、イエリッツァが自分に意識を向けていることは感じていた。剣を通じ、ベレトを見定めようとしている。
「お前に、訊ねたいことがある。」
カトリーヌたちが去った後、イエリッツァはベレトを呼び止めた。訓練場の中には、2人きりだ。
「今日、私はお前と初めて剣を交えた。しかし、私はお前の剣を知っていた。……何故だ?」
「ええ、きっとそうだろうと思っていました。」
焦らないよう、淡々と返す。
「そして、あなたは……同じ剣の持ち主と、昨日戦った。そうではないですか?」
イエリッツァの表情は、彼の仮面のように静かだった。しかし、その仮面で動揺を隠すことは能わなかった。しばらくの沈黙の後、押し殺すような声が返される。
「お前は……何者だ。どこまで知っている。」
「あなたが昨日戦ったのと同じ人物だ。ただ、今年の終わりまでに起きることはすべて知っている。実際にこの身で体験してきた。」
彼ならば自分の正体を言いふらしたりする心配はないだろう。そう判断したうえで、さらに深くまで切り込んでゆく。
「“
イエリッツァは、また少し沈黙した。そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。しかし、そこから先は、私の判断するべきところではないだろう。どうなるかは、わからない。」
「ああ、構わない。」
イエリッツァは去った。ただひとり取り残されたベレトは、次の一手を考え始めた。
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翌日の夜。この日もアビスの書庫を漁っていたベレトは、闇の中を騎士寮へ向かっていた。アビスの住人たちの夜は遅い。アビスにいると、どうも時間の感覚がなくなってしまう。
昼間は生徒たちでにぎわう士官学校の教室も、今は既に灯りが消され、真っ暗だ。辺りは静まり返っている。だが……
「そこに誰かいるな。何者だ?」
「おや、気付かれてしまいましたか。」
現われたのは、ヒューベルトだった。
「奇襲でも仕掛けて差し上げようと思ったのですが、索敵能力は一流以上のようですな。もっとも、我が主の剣となると豪語するのですから……この程度は当然ですかな。」
そう言いつつ、ヒューベルトは後ろ手に黒鷲の教室の扉を開いた。
「さあ、こちらへ。要らぬ者に漏れ聞かれては困りますからな。」
ヒューベルトが燭台のひとつに火を灯すと、教室内は一気に明るくなった。それでも、その光も隅々までは届かず、影を不気味に揺らめかせている。
「さて、単刀直入に伺いましょう。何が目的ですかな。未来を知ってなお、我が主の剣となりたい理由は?」
ただ彼女の力になりたい、などというような言葉で騙せるような相手でもないだろう。本来の目的のとおりに、話してみよう。
「今のエーデルガルトのやり方では、その過程で生まれる無用な犠牲が多すぎる。それをなるべく減らしたい。」
「その第一歩が、かの者たちと手を切らせることですか。確かに彼らならば、どんな非道な行いも躊躇なく実行するでしょうな。懐刀にするには少々危険です。安全な武器に持ち替えられるものなら、間違いなく我らの利となるでしょうが。」
ここでヒューベルトは、しかし、と間を置いた。
「問題は、貴殿がいささか信用ならないという点です。現状、貴殿は我々の救世主にも、彼ら以上の脅威にも、容易に転じ得ます。そこで、貴殿には明確な忠誠を示していただきたい。」
「……自分は、何をすればいい。」
「簡単なことです。ただ、これから指定するとおりに、ある盗賊団を討伐していただければ良いのですよ。」
この小説を書き始めた頃にはまだ無双が出ていなかったのですが、このへんは後から無双の展開を参考にしながら作ってます。書き始めた頃は冒頭と最終盤しかストーリーを考えてなかったので、後から中を埋めてるんですね。