…世界の移動は、終わったのか? ソティスは森の中に転移されると言っていたはずだが、この体を包む感触はまるで羽のように柔らかで、温かい。自分は今、どこに居るのだろう。ゆっくりと目を開けてみる。
「おっ!」
「気がついたか?」
「平気か?」
まだ何が何やらわからないが、頷く。
「おお、俺ゃもうダメかと…」
「そんなこと言うなよ、兄ちゃん。こいつはちゃんと生きてるぜ」
「そ、そうだな。まあどっちにしろ、あんなとこで寝てたら風邪引いちまってただろ」
そこまで聞いて気づいた。ここはジェラルト傭兵団の天幕、今話している彼らは兄弟傭兵のガープとベリアルだった。士官学校へ行ってからはあまり会っていなかったので、すぐには気づけなかった。
「ベリアル、団長に目を覚ましたって伝えてきてくれ。俺が話を聞いとくよ。」
「おう!」
ベリアルが部屋を出て、団長…この世界の父さんの部屋のほうへ向かっていった。
「よし。ちょっと色々と聞かせてもらうぞ。一応あんたは素性の知れない謎の男だからな…。あんた、何であんなところで倒れてたんだ?」
いつか聞かれるとは思っていたが、まだ何も答えは用意できていない。正直に「世界を救いに来た」などと言っても、信じては貰えないだろう。ここは少し不自然かもしれないが、賊に襲われたということにしておこう。
「盗賊に襲われたんだ」
「盗賊だと? このジェラルト傭兵団が守る村に近づくなんて、そうとう馬鹿なやつだな。…それは置いといてあんた、何のために森の中なんて歩いてたんだ?」
「故郷の村から、ガルグ=マクに向かおうとしていた」
「おう、ガルグ=マクか! 俺たちは行く予定が無いから、送っては行けないな…」
ガープは、少し人を信じやすい。彼が信じたおかげで殺されなかった盗賊が傭兵として働いていたりするが、皆からは騙されないか心配されている。そんな性格が、今は自分の役に立ったというわけだ。
「おーい、団長を連れてきたぞ」
ベリアルが戻ってきた。後ろにはジェラルトがついている。
「ガルグ=マクへ向かう最中で盗賊に襲われちまったらしい」
ガープが話を進めてくれる。ジェラルトは、俺の目をじっと見つめてから口を開いた。
「そうか。あんた、名前は?」
「ベレトです」
この世界の自分はベレスという名前だから、本名でも大丈夫だろう。
「ベレト、あんたガルグ=マクへ向かっているって言ってたな?もう今日は遅い。一晩くらいなら、ここで泊めてやることもできるぞ。まあ、明日の夜明け前にはここを発つ予定だから、早起きに自信があればの話だが。」
明日の朝には級長たちと盗賊団、そしてアロイスたちセイロス騎士団もここへ来るだろう。
「では、お言葉に甘えて。お世話になります」
「そうか、俺はジェラルトだ。分からねえことがあったら何でも訊いてくれよ。荷物を賊に奪われちまったんなら、そこそこの物なら貸して、いや貰ってくれて良いぞ。」
ガープだけでなく、父までもが自分を疑うということをしないのには驚いた。そればかりか、出発の用意まで整えてくれると言う。警戒されて当然だと思っていたのだが。そんなことを考えていたのが顔に出たのか、ジェラルトがその答えを口にした。
「なあに、何か礼でも貰おうってわけじゃねえ。お前の目は悪いやつの目じゃなかった。それだけさ」
何故かはわからないが、ベレトにはジェラルトが嘘をついているように見えた。
その夜、傭兵団はルミール村での最後の日を村人たちの手料理で催された宴で楽しんだ。ベレトも成り行きで参加することになり、自分の世界でも同じことをしていたのを思い出し、とても懐かしい気分になった。その時に自分が座っていた席 ─ ジェラルトの隣 ─ には、女性が座っていた。隣で肉を食べていたベリアルが視線を捉えて、教えてくれた。
「あいつは団長の娘さん、ベレスだ。手を出そうなんて考えるなよ? 団長が殺しにかかってくるぜ」
ベレスは、当然といえば当然だが、自分をそのまま女性にしたような見た目だった。袖が特徴的な上着、髪や目の色、感情の出にくい表情(自分も生徒たちによく言われていたが、やっと納得した)などだ。それに、周りの男たちを差し置いて、とてもたくさん食べる。
後々の為にしっかりと目に焼きつけていると、ベレスもこちらを見て、ジェラルトに何やら質問した。ジェラルトの答えに頷くと、向こうもこちらをじっと見つめてきた。そのままこちらからも観察を続けることにしたが、彼女の顔にはときどき少し不思議そうな色が浮かんでいた。あちらも自分との共通点に気づいたのかもしれない。
そして盛り上がりが最高潮に達した頃、ジェラルトが明朝早くの出発に備えて寝るよう指示し、別れを惜しみながらもそれぞれが寝床へと戻って行った。
ベレスを見て気になったことがあったので、寝床へ入る前に鏡を見てみた。髪と目の色は、ソティスの力を得る前の色、今のベレスと同じ色に戻っていた。
この世界では、ベレスの髪をあの色にするようなことはさせない。そう決意した。
毛布に包まり目を閉じても、この世界を救う使命と、明日の明け方待ち構える級長たちとの出会いのことを思うと眠れなかった。どうすれば未来を変えられるのかということや、この世界では他人とはいえ父と丁寧な言葉遣いで話すのには違和感があるな、ということを考えているうちに、いつのまにかこの世界では初めての眠りに落ちていた。
─ ─ ─
次の夜明け前、ベレトは周囲の傭兵たちとほぼ同時に目を覚ました。ベリアルが声をかけてくれる。
「おっ、寝起きは良いほうか?もうそろそろ出発の時間だ。荷物は俺とガープで用意しといたからな」
「ありがとう」
数日ぶんの旅荷物が入った包みの中身を確認していると、向こうから会話が聞こえてきた。
「またあの夢でも見てたか?」
「少女の夢……」
「お前の話を聞く限り、そんな奴には会ったことはねえんだがな……。まあいい、そんなもん忘れちまえ!」
ということは、ベレスもソティスの夢を見たということだろう。そしておそらく、あの戦争の夢も。
「次は王国での仕事だ。少し距離があるから、夜が明けたら出ると言っといたろ」
「そうだっ…たね」
「……まったく。お前以外はもう外で待ってるぞ」
あれは「そうだっけ?」と言おうとした時の声色だった、とベレトは思った。性別は違っても、自分のことは自分が一番よくわかっている。
と、そこへ一人の傭兵が駆け込んできた。
「ジェラルトさん!すまんが、来てもらっていいか?」
「どうした?」
この先の未来を握る、重要人物たちが現れたようだ。
その傭兵について、外に出る。ジェラルトとベレス、そしてベレトや興味を持った何人かの傭兵たちが続く。
「突然、申し訳ありません!」
「こんな時間に、ガキどもが揃って何の用だ?」
そこに居たのは、見紛うこともない、三人の級長たちだ。黒鷲のエーデルガルト。青獅子のディミトリ。金鹿のクロード。
「実は私たち、盗賊団に追われているんです。どうか力を貸していただけませんか?」
「盗賊、か……」
「ええ、野営中に襲撃されたのです」
エーデルガルトが答える。この頃にはもう教会や王国との戦争を計画し終わっていたのだろうか。
「上手いこと仲間と分断されて多勢に無勢、金どころか命まで盗られるところでしたよ」
「その割には随分とのん気な……。ん? その制服……」
そこへ、ガープが走ってくる。
「村の外に人影! チッ……かなりの大所帯だ」
「来やがったか。ったく、ガキどもはともかく、この村を見捨てるわけにはいかねえ……。おい、行くぞ。用意はいいな?」
ジェラルトは周囲の傭兵たちを見回し、ベレトに目を留める。
「あんた、戦えるか?あまり客人を巻き込みたくはないが、戦力は多いほうが良い」
「ええ、戦えます。武器はありますか?」
「助かるな。ベリアル、ベレトに剣を一本貸してやれ。…よし、行くぞ!」
傭兵たちと盗賊たちが雄叫びをあげ、剣と斧がぶつかる。ベレトも剣を振り払い、もう何度目かわからぬ戦場へ、足を踏み入れた。
「ぐっ…!」
「うがあっ!」
二人の盗賊をまとめて斬り倒し、さらに次の賊の攻撃を防ぎ、また斬る。あの時は少し苦戦した盗賊相手にも、のべ4年の教師生活で能力が上がったベレトの前にはかなわなかった。
「やるな、あんた!」
「賊も傭兵もびっくりだよ!」
近くで戦っていたガープとベリアルがその動きに驚き、感嘆の声をあげている。
「ずっと鍛えていた。昨日の盗賊は汚い手を使ってきたが、正々堂々の勝負なら負けはしない」
四年間鍛えた体で盗賊に負けたことへの言い訳だ。実際は負けていないし、違和感があるのは当然だが、傭兵たちには戦いの中でそんな事を考えている余裕はない。
「…だいたい片付いたな」
数分後、ベリアルが最後の1人を斬りながら言った。
「思ってたより早く終わったなあ。あんたのおかげだよ、ベレトさん!」
「団長たちを援護しに行くか?」
「いやあ、団長とベレスなら援護なんて要らないだろうな。あのガキたちも士官学校の生徒なんだし、弱っちいやつらじゃあないだろうさ。まあどっちにしろ、指示を聞き逃すわけにはいかないし、団長のところへ行くぞ」
「おう!」
木々の間から聞こえるジェラルトの掛け声のほうへ、ベレトたちは向かった。
「て、てめえ……まさか、“壊刃”のジェラルトか!? 何でそんな凄腕の傭兵が、ここにいやがるんだ!」
ベレトたちが森の端に着いたとき、ちょうどジェラルトが賊の頭と戦闘を始めたところだった。
「文句を言いてえのは、巻き込まれたこっちだ……」
そんなことをぼやきながらも、ジェラルトの槍はしっかりと盗賊頭の体を捉える。体勢を崩したところへ、ベレスが追い討ちをかける。
「これで決める!」
その一撃が、盗賊頭を吹き飛ばした。
「いやあ、さすがは団長の娘だ! 格好いいなあ!」
ベリアルが興奮した様子で言う。確かに今のベレスの一撃はとても良かったと思うが、まだこれで終わりではないことを知っている。
倒れていた盗賊頭がさっと起き上がり、エーデルガルトに向かって斧を振りかぶった。エーデルガルトが短剣を取りだそうとするが、間に合わない。
「危ない!」
ベリアルが叫ぶ。エーデルガルトの体を盗賊頭の斧が捉える、その直前。ベレスが間に割って入り、斧を弾き飛ばした。未来を読んだかのような素早い行動は、「天刻の拍動」で時を戻したからだ。ベレスも、ソティスと出会ったということだろう。
「おーい!」
クロードとディミトリが駆け寄ってくる。ベレトやほかの傭兵たちもベレスの周りに集まってくる。
「ベレス? お前、今何か……」
ジェラルトはベレスの動きに違和感を感じていたようだ。そこへ、今度は別の聞きなれた声が響きわたった。
「セイロス騎士団、ただ今参った! 生徒を脅かす盗賊ども、覚悟せええ……い?」
セイロス騎士団を率いて現れたのは、アロイスだった。
「おい、盗賊が逃げていくではないか! 貴殿らは後を追うのだ! さて、級長たちも無事のようだな。……と、そちらは……?」
「おっと……面倒な奴が来ちまった……」
以前自分の世界で見たのとまったく同じように、アロイスはジェラルトに気づいた。
「やはり、ジェラルト団長ではないですか! うおおお!! お久しぶりですなあ!! 私のこと、覚えておられますか!? 自称“あなたの右腕”、アロイスですぞ!! 団長が突然いなくなってから20年、ずっと生きていると信じておりました!」
「相変わらずうるせえ奴だな、アロイス……」
ジェラルトたちは話に花を咲かせている、というよりほとんどアロイスが一方的にまくし立てていた。と、アロイスがベレスに気づいた。
「おや、もしかしてそちらの若者は、団長のお子さんですか?」
「はい、そうです」
「そうであったか! 見た目はともかく、雰囲気は団長にそっくりであるなあ。で、そちらはご兄弟ですかな?」
今度はベレトのほうを向く。ベレトは昨日のうちに、騎士団の新兵として雇ってもらい、ガルグ=マクで行動するという計画を立てていた。そのためにも、アロイスの好感度を上げておくのが良いだろう。アロイスは冗談が好きだ。
「逃げ遅れた盗賊の一味だ」
成功した、と思った。アロイスは満面の笑みで冗談に笑ってくれた。
「あっはっは! またまたそんな冗談を。団長と雰囲気がそっくりではないか」
「いや、アロイス。残念ながら、こっちは俺の息子じゃあない。行き倒れてるところを、たまたまうちのやつに見つけられてな。一晩泊めてやってたんだ」
「むう、それにしては何だかよく似ているような気も…。まあそれはそれとして、娘さんにも是非、大修道院を見てもらいたい。同行願えるか?」
ベレスは頷いたが、ジェラルトは何やら喉の奥で唸った。
「どうかしましたか、団長。まさか逃げようなんて思ってませんよね?」
「かのセイロス騎士団を相手に逃げ出せるなんて、流石の俺も思ってねえよ」
視界の端で、ベレスが少しビクッとし、それから頷いた。自分もこの頃は、ソティスに話しかけられると驚いてばかりだった。
「さて、もちろんお前たちも大修道院まで着いて来てくれるよな?」
「もちろんだ!」
「例え火の中、水の中! 団長に着いて行きます!」
傭兵たちが応える。
「ベレト、あんたも大修道院に行くんだったよな。一緒に来るか?」
「はい、そうしましょう」
数分後、ルミール村からジェラルト傭兵団とセイロス騎士団、そして級長たち、ベレトという列が出発したのだった。
内容の補足
・ここでのベレトは神祖の力を持たない普通の人間なので、ベレスの「天刻の拍動」を感じることもできませんし、ソティスの声も聞こえません。もちろん自分で「天刻の拍動」もできません。
あまりにも更新が空いているうちに、FEH公式マンガでベレトの一人称が「僕」だと判明しましたが、こちらは「俺」のままでいこうと思います。
それでは、次回をお楽しみに!(もう一度言っておきます、遅くならないよう頑張ります)