さて、今回はやっとガルグ=マク大修道院に到着します。それでは、どうぞ。
「なああんた、ちょっといいか?」
騎士や傭兵たちの列がガルグ=マク近郊の森に入った頃、ジェラルトがベレトに声をかけてきた。
「ルミール村では、なかなか鋭く剣を振るってくれたそうじゃないか。ベリアルから聞いたぞ。そこで、なんだが…、ジェラルト傭兵団に入る気はねえか? もっとも、たぶんこれからはセイロス聖教会の傭兵になるはずだ。騎士団の端っこみたいなもんだな。ガルグ=マクに行きたいって言ってた気がするが、どうだ?」
思ってもみなかった好機だ。もとよりガルグ=マクへは騎士として入り込むつもりだったが、傭兵なら正規の騎士よりも自由に動きやすい。何より、自分自身は毎回学級の課題にジェラルト傭兵団を同行させていた。
「ええ、喜んで。よろしくお願いします、ジェラルト団長」
「おう。ベレト、だったよな? よろしく、ベレト」
こうしてベレトは、この世界のジェラルト傭兵団の一員となった。
ジェラルトは前方のアロイスたちのほうへ行ってしまった。
それからほどなくして、前方から級長たちの話し声が聞こえてきた。
「……では、修道院は初めてか。良ければ後で案内しよう」
「このフォドラの縮図のような場所さ、いろんな意味でね」
「……もうすぐ嫌でも目に入るわ」
森を抜け、級長たちとベレスの顔に陽の光が当たる。そして、目の前には壮大な建築物が広がっていた。
「あれが……、ガルグ=マク大修道院よ」
ベレスにとっては初めての、ベレトにとってはもう何度目か知れぬ、ガルグ=マクだ。
「レア様……」
ジェラルトが呟く。
その遥か上のテラスで、大司教レアも呟いていた。
「時のよすがに……手繰り寄せられたのでしょうか……」
一団はガルグ=マクの市街に足を踏み入れた。大修道院に集った者たちが暮らす街だが、戦乱の時代には戦場にもなった。ベレトが自分の世界で倒れた戦場も、この市街である。そして門を抜けると、市場に出る。市街にも商店はあるが、大修道院の職員や士官学校の生徒たちはたいていここを利用する。石段の上では門番さんが出迎えてくれている。
「皆さん、お疲れ様です! 本日も異常なしであります!」
「うむ、うむ! 土産話も土産物もたっぷり用意しておるぞ」
「ええ、楽しみにしています。アロイスさんと話していると、いつもとても楽しいですからね!」
「むっ、褒めても何も出んぞ。はっはっは!」
そんな会話を繰り広げてから、一行は建物の中へと進む。
「生徒諸君! いろいろとあったが、今日のところはこれで解散! 自分の部屋でゆっくり休むといい。騎士団も、休息をとるように」
生徒と騎士たちがわらわらと寮へ戻って行く。玄関ホールには、ジェラルト傭兵団が残っていた。
「ジェラルト殿、ベレス殿も、大広間の2階、謁見の間へ来てください」
「謁見の間だな。行くぞ、ベレス。レア様と会うのも何年ぶりか…」
そんなことを呟きながらジェラルトは大広間へ向かった。ジェラルトは扉を出る直前に振り返って、アロイスにほかの傭兵たちを兵舎に案内するよう言った。
「たぶん、俺は騎士団に戻ることになるだろうからな。その時は、こいつらも一緒だ」
「長年の仲間意識というやつですな。さすが団長、仲間想いですな。では諸君、これから貴殿らをセイロス騎士として扱うことになる。まあ騎士と言っても、セイロス教団が雇い主の傭兵、といったところだ。仕事の内容はさして変わらんはずだぞ」
困惑しているような一部の傭兵の顔に気づき、アロイスが補足する。
「では、こちらだ。付いてきてくれ」
案内された騎士たちの寮は、騎士の間の裏手だった。この方面は生徒たちが立ち入り禁止なうえ、騎士団や傭兵団の面々もだいたいの場合は騎士の間か訓練場で見つかるため、こちらへはあまり来る機会はなかった。
案内された騎士の寮は、生徒や教師の部屋とは違い相部屋ではあったが、そのぶん広い。傭兵団の天幕よりも、ひとりひとりの空間がとれそうだ。日々新兵が増えることを見越してか、部屋は綺麗に整えられている。傭兵たちは、ちょっとした興奮状態だ。
「さあ、ここが貴殿らのための寮だ。基本的には1階を使ってくれ。女性諸君は2階へ。あとで団長も来るだろうから、それまでゆっくりと休んでおいてくれ」
アロイスが立ち去り、傭兵たちがひとしきり騒ぎ終わった頃になってから、ジェラルトとベレスもやって来た。
「おいお前ら、騒ぎすぎじゃあねえか? 俺たちの天幕が狭かったのは認めるが、そこまではしゃぐこたあねえだろ。それは置いておいて、急にセイロス騎士団に入れることになっちまって、申し訳ない」
「いやいや、こんな凄い部屋に住めるんなら全然大丈夫だよ!」
さっきまで寝台で跳び跳ねていたベリアルが応える。
「随分と楽しんでるな、ベリアル。俺は騎士団長の部屋を使うことになるから、ここには居ないぞ。それから、ベレスは教師をやることになったから、お前らとは別だ」
ここであちこちから驚きの声があがった。
「教師?!」
「まさか、士官学校の?」
ベレトも、わかりきったことではあったが驚いたふうに見せる。
「いちばん驚いてるのは、わたし本人だけど」
「いや、たぶん俺だ。アロイスが推薦したのも、レア様が認めたのも、全部驚きだ。レア様が何を考えてるのか、さっぱりわからん。」
ベレスとジェラルトは2人でぼやき合っている。確かに自分も、教師になることを初めて聞いたときはかなり驚いた。その驚きのなかで傭兵たちの寮に来たとき、自分もそんなことを言っていたかもしれない。
「それじゃあ、わたしは生徒たちの様子を見てくることにするよ。どの学級を受け持つかも決めないといけないし」
「そうか。お前らも、騎士団の奴らと仲良くしとけよ」
ベレスとジェラルトは寮を出ていった。
その後すぐにアロイスが呼びに来た。セイロス騎士として初めての訓練をするそうだ。訓練場へ向かう途中、エーデルガルトと何やら話しているベレスを見かけたが、ベレスはもう士官学校に馴染んでいるようだった。
訓練場では、何名かの騎士が待っていた。カトリーヌの姿も見える。
「よう、アンタたちが噂のジェラルト傭兵団か? 待ってたよ。アタシはカトリーヌだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
返事をしたのはベレトだけだった。ほかの傭兵たちはカトリーヌの「雷霆」が気になっているようだ。
「なんだよ、活気がねえなあ。さーて、今日はここに居る奴らと打ち合ってもらう。あんたらがどれ程の実力か、見極めさせてもらうよ。ああ、さすがにこの『雷霆』は使わないから、安心しな」
ベレトには、周りの傭兵がほっと息をつくのが聞こえたような気がした。
「それじゃあ、さっそく始めようか」
傭兵たちは、騎士との打ち合いを始めた。どの組も接戦で、カトリーヌとアロイスも端のほうで見ている。
「さすがだな、兄ちゃん!」
「ははっ、ありがとな、ベリアル」
ガープが騎士との打ち合いに勝って戻ってきた。次はついに自分の番だ。
「よろしく頼む」
相手の騎士に声をかけ、訓練用の木剣を構えて向かい合う。順番が最後だったので、試合を先に終えた傭兵たちの視線を感じる。試合開始だ。傭兵時代と、4年間の教師生活で身につけた技で、相手を翻弄する。
決着はすぐについた。騎士の首もとに木剣を突きつける。
「勝負あり! なかなか強いな、アンタ。名前は何ていうんだ?」
「ベレトです」
「ははっ、良い名前だな。気に入ったよ、アンタの剣さばき。傭兵らしさも騎士らしさも感じる剣だったよ」
他のほとんどの傭兵たちよりも長い間、しかも強い意志を持って訓練してきたのだから当然といえば当然だが、べた褒めだと思った。いつだったか、シャミアが褒められると伸びるたちだと言っていたのを思い出したが、カトリーヌは褒め方を心得ているのだろうか。
「それじゃあ、今日はここで終わりにしよう…」
「…待て」
何者かが、カトリーヌの言葉をさえぎった。声がした入り口のほうに目を向けると、いつの間に入ってきたのかイエリッツァが居た。そういえばベレトの世界でも、この日イエリッツァは訓練場前に居た。
「どうしたんだ、イエリッツァ」
カトリーヌの言葉には耳を貸さず、イエリッツァはまっすぐにベレトの目の前に来た。
「お前の剣は見事だった。俺と、死合え」
イエリッツァの言う死合いとは、手合わせのことだ。ベレトの世界でも、何度か死合った。
「…今は、断らせていただく」
仮面に隠れてよく見えなかったが、イエリッツァの顔に不満の色がよぎった。ベレトとしても手合わせに応じたいのはやまやまだが、今はそうできない理由があるのだ。
その理由というのは、イエリッツァが剣で相手を判断することだった。ベレトの剣は、4年ぶんの教師生活を経たとはいえ、ベレスの剣と同じだ。イエリッツァこと死神騎士がベレスと戦う際に、自分の剣を通してベレスの動きを読まれ、ベレスが敗れるなどということがあってはいけない。少なくとも、ベレスが死神騎士と一度戦うまでは手合わせはできない。
「またいつか、こちらの準備ができるまで待ってもらいたい。その時には、全力で臨ませてもらう。この約束は違えない」
「…その刻が、近い日であることを祈ろう」
意外にもあっさりと、イエリッツァは去っていった。
「いやあ、まさか断るなんてなあ。アタシも予約を入れておくことにするよ。楽しみに待ってな、ベレト!」
カトリーヌは冗談なのか本気なのかよくわからない口調だったが、こちらともいつか手合わせをすることになるだろう。
「皆、見事な剣さばきだった。さあ、それでは寮に戻るぞ。いや、この時間なら食堂に行ったほうが良いかもしれん」
確かに空はもう夕焼けで、美しい赤色に染まっていた。
食堂へ向かう道中、大広間の2階から降りてきたベレスと出くわした。
「先生1日目はどうだった、ベレス?」
ベレスの女傭兵仲間、アスモデが声をかける。
「受け持つ学級を選んだんだ。金鹿の学級だよ」
ベレトも、最初は金鹿の学級を選んだ。だが、戦争が始まる未来を変えるため、何度も学級を選ぶ前に時間を戻したのだ。
2度目の選択では、帝国に味方してエーデルガルトを内部から説得するため、だがエーデルガルトの意思は強く、戦争を止めることはできなかった。
3度目の選択では、青獅子の学級を選んだ。エーデルガルトが戦争を始めたことに最も驚いていたようすのディミトリなら、エーデルガルトとの親交もあり、説得できるかもしれないと考えた。しかし、ディミトリは心を病んでしまい、むしろ王国と帝国の戦争を激化するような結果になってしまった。
そして最後には、何か変えることができる部分を探した末に、黒鷲の学級を受け持ちながら、エーデルガルトを裏切ることにした。もちろん未来が変わるはずもなく、遂には時間を戻す力も使い果たし、戦場に倒れたのだった。
「昔、父さんに師匠として教えてもらったらしい子がいてね」
もちろん、これはレオニーのことだ。選んだ理由も、自分とまったく同じだ。
「金鹿の学級といや、同盟領の生徒たちだよな」
「自由そうな学級だなあ。うまく取りまとめてやれよ!」
傭兵たちからの声援にうなずいてみせ、ベレスは士官学校の教室へ向かった。
それからの数日間は騎士団の任務や訓練などで忙しかったが、ベレスの教師としての初陣、学級対抗戦の日にはジェラルト傭兵団が揃って同行することを許された。ジェラルトとその傭兵団に見守られながら、ベレスたち金鹿の学級は見事勝利を収めた。ベレスとレオニーの大活躍で、あくまで公平な立場のジェラルトも嬉しそうに見えた。
こうしてベレスは、士官学校の新任教師としての第一歩を、軽やかに踏み出したのだった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
ここからのストーリーは、金鹿ルートで進行することになります。ただあくまで主人公は騎士団員のベレトなので、全クラスの生徒がまんべんなく登場します。ご安心ください。
ちなみに、ジェラルト傭兵団の傭兵仲間として登場しているガープ、ベリアル、アスモデは、「ゴエティア」に登場する悪魔の中で、ベレトと並んで王の地位の悪魔たちです。