それでは今回のお話、どうぞ。
「…ガルグ=マクの地下をご存じない? あそこは、地上にいられぬ者の楽園ですぞ。ここで手に入らない品でも、地下では手に入れられるかもしれませんな」
男はそう言って、にやりと怪しい笑みを浮かべた。
地上にいられぬ者、ここで手はに入らない品、普通に考えれば、とても危険なものであるようだ。だが今のベレトは、今まで関わることのなかったそういったものの中に、戦争を止める鍵が見つかるかもしれない、と思った。
「では、俺を地下へ案内してくれないか? 少し、調べたいことがあるんだ」
「私はべつに構わないのですが…。地下には、騎士嫌いの者や、地上の者を恐れる者もいます。じゅうぶんに、気をつけてくださいますね?」
男に向かって頷いてみせる。
「では、こちらへ…」
男は地面の石畳を探り、床の隠し通路を開いた。その中に体を滑り込ませ、ベレトに手招きする。通路を覗き込むと、梯子が下へと伸びていた。
しばらく歩くと、通路に座りこんでいる男がいた。
「や、あんたは…騎士さんですかい。俺は、ここで番人みたいなものをさせてもらってます。厳しく見張るというよりは、のんびり眺めるほうですけど」
番人ははあーっとため息をつき、面倒くさそうに顔をあげた。
「あんたのせいで、今日は異常ありですよ。久しぶりに番人らしいことでもしてみますか。おーいユーリス、ちょっと来てくれえ」
「呼ばれなくてもいるさ。簡単にアビスへ入られちゃ困るんでな、誰か来たらわかるようになってんだ」
番人の背後の通路から、薄紫色の髪の青年が現れた。
「俺がユーリスだ。率直に聞くが、あんたはなんでここへ来たんだ?」
「この人からアビスのことを聞いて、気になったんだ。少し探検でもしてみたいと…」
「た・ん・け・ん? そう仰いましたか? 騎士団員というのなら、ここをどこだかご存知ない、はずはありませんわね?」
いつの間にやらユーリスの隣に現れていた、貴族令嬢らしき風貌の少女が口を挟んできた。
「言い訳が下手ですわね。貴方の真の目的、この私が言い当ててさしあげましょう! ずばり、アビス住民の排除を目論む教団の指示で、介入の口実を探しに来たのですわね!」
「そのへんにしとけ、コンスタンツェ。騎士団だって、全員が全員、何でも知ってるわけじゃねえ。それに、つい最近、有名な傭兵団が騎士団傘下に入ったそうだ。おおかた、そこ出身の傭兵が、初めてのガルグ=マクを端から探検してる、ってとこかもな」
ユーリスに諫められ、コンスタンツェと呼ばれた少女は不満げながら口を閉じた。
「だいたいそんなところだろ? なああんた」
「まあ、そうだな」
「なら、ひとつ聞きたいんだが…。この商人、フィルマンと一緒に入ってきたってことは、ここの存在はこいつに教えられたんだよな。ここは、探検してみたいほど魅力的だったか?」
確かに、ベレトは商人フィルマンの言葉を聞いて、ここへ来た。世界を救う目的のために何か見つからないかと期待してのことだが、明かすわけにはいかない。ある程度濁して答えることにした。
「ああ。地上にないものが見つかるなら、自分が探しているものもあるかもしれない、と思った」
しばらくの沈黙の後に、ユーリスが口を開いた。
「まったく信じられないほどじゃあねえが、微妙なところではあるなあ。もうひと押しほしいところだが、その探し物とやらをずけずけ訊ねるのも野暮だろ。仕方ねえ、あいつを呼ぶとするか」
そう言ってユーリスは、コインを一枚、床の石畳に落とした。チャリーン、という音が、地下通路に響く。
数秒の後、通路を曲がって男が走ってきた。
「今、金の落ちる音が…って、ユーリスかよ?!」
「悪い悪い、お前を呼び出すにはこれが一番早えと思ってな」
「確かに間違っちゃいねえが、何か根本的に間違ってるような気がするぜ、俺は」
現れた男は、戦闘慣れしていそうながっしりとした体格だった。傷も何ヵ所か見える。
「さて、こいつはバルタザールだ。バルタザール、こちらは地上から地下探検に来た騎士さんだ」
「騎士だとぉ? なるほど、探検なんてつまらねえ嘘に俺たちが引っかかるとでも思ったか? てめえから地下を護るために、この『レスターの格闘王』ことバルタザール様の力が必要なんだな?」
「そうじゃねえ、まあそう焦るな。ところであんた、格闘は得意か?」
ベレトは頷いてみせた。格闘は、昔から剣と同じくらい得意だった。
「だったら話が早い。バルタザール、お前の『相手のことを知りたきゃ、まず拳で語り合う』を実践するときが来た」
「何ですって!? そんな気品の欠片もない方法で、人の真髄を見通せるとでも言うつもりですか、ユーリス?」
コンスタンツェが驚きの声をあげる。
「ああ、そうさ。だいたいは俺の目と耳で確認したつもりだが、別の方面からも攻めてみないとな」
ユーリスは大して表情も変えずに答えている。
「確かにそうかもしれませんけれど、もう少しほかの方面もあったのではなくて?」
「まーいいじゃん。バルトはそれで今までやってきたわけだし」
またひとり、通路の奥から少女が現れた。リンハルトを思い起こすような、眠たげで面倒くさそうな表情だ。
「キミたち、うるさすぎてハピ寝れないし。もうちょっと声落としてよ」
「悪いハピ、邪魔したな。ちょっと、外からお客さんでな」
「うん、だいたい聞こえてたし。バルトと拳で語り合うんでしょ? ずっと寝れなくてため息つく前に、さっさと終わらせてよ」
ため息をつく前に、とはあまり聞かない例えだ。それとも、このハピという少女にはため息をつきたくない理由でもあるのだろうか。
「んじゃ、ちょっと移動するか。ここじゃ狭いからな。こっちだ」
ユーリスの後をついて行くと、通路が少し広がった空間に出た。番人とフィルマンとは先ほどの通路で別れ、ベレトとユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピという面子が揃った。
「さて、ここが今日の戦場だ。準備は良いか?」
「おう、任せろ!」
「ああ、いつでもいける」
バルタザールと向き合い、構える。
「よし、存分にやり合え! 開始!」
お互いに籠手は装備せず、素手格闘が始まった。
「『レスターの格闘王』の拳、受けてみな!!」
バルタザールが先制攻撃を仕掛けてくる。
「見えたっ!」
連続で繰り出される左右の拳をひらりひらりとかわし、こちらも反撃する。そのまま攻勢に移行したが、籠手をつけていないので腕がいつもより軽く、感覚を掴みにくい。連撃のとどめを回避されてしまった。
「甘えな、ほれい!」
反撃の一撃が横腹を掠める。直撃していれば、大ダメージを受けていただろう。それでも怯まずに、こちらも追撃する。蹴りも織り交ぜ、反撃の隙を与えない。
「逃がさない!」
相手が少し怯んだ隙をつき、強い一撃を叩き込む。バルタザールは、尻餅をつくような形で床に倒れた。しかし、笑っている。
「へっへっへ…。なかなか強いじゃあねえか…。だが、俺にはわかるぜ。手加減してるな?」
確かに、ベレトは少し加減していた。傭兵時代から鍛え続け、更に教師として奮闘しつつ4年ぶんの時を過ごしたのだから、ベレトの戦闘力はかなり強まっているはずだ。バルタザールの「拳で語り合う」方法は、意外にも正確なようだ。
「しっかしだ。俺はそれでもお前に勝てない。でかい実力差があるのがわかるぜ。だったら、俺が勝つには…」
バルタザールの目が、ぎらっと光った。
「手加減してもらってるうちじゃなきゃあな! 吹っ飛べ!」
バルタザールの強烈な一撃が、ベレトの胴を捉えた。体が吹き飛ばされる。
「ぐっ…、」
「追い詰められるほど、力が湧くってな! お前が俺様を追い詰めてくれたおかげさ!」
地面に倒れたベレトに、バルタザールが迫る。
「風穴空けてやるぜ!」
バルタザールは大きく右腕を振りかぶり、ベレトに向かって振り下ろした。
先ほどの打撃でぼんやりとしていた意識が、急にはっきりしてきた。振り下ろされる拳が、妙にゆっくりと見えた。素早く横に転がってかわし、立ち上がる。
「! なに…っ」
攻撃がはずれて驚いた様子のバルタザールに、そのまま二連撃を打ち込む。
「これで決める!」
ベレトが放ったとどめの一撃はバルタザールの胸を強打し、今度はバルタザールが吹き飛ばされた。
「そこまでだ! バルタザール、命を取ろうってわけじゃねえんだから、やりすぎるな。騎士さん、あんたもだ」
ユーリスがふたりの間に割り込み、お互いを制した。
「すまなかった」
「いやあ、久しぶりに俺様が本気を出しても死なねえくらいの奴と戦ったぜ。血が滾っちまった」
バルタザールは、腰や胸のあたりをさすりながら立ち上がった。
「で、バルタザール。騎士さんの素性はどうだと思う?」
「ああ、そういやそのための戦いだったな。ひとりの戦士として、尊敬したいような感じだったな」
「そうか、それなら大丈夫そうだな。ふたりとも、今回の健闘を称えて握手しな」
ベレトとバルタザールは、ユーリスに促されるままに握手した。先ほど初めて会ったときとは違い、戦友を見るような目をしている。
「んじゃ、改めて自己紹介だな。俺はユーリス。こいつがバルタザールで、そこのご令嬢…いや、元ご令嬢がコンスタンツェ。あっちで寝てるのがハピだ」
「ベレトだ」
「よろしくな、ベレト。これからはいつでもアビスに来てくれて構わないが、安全は保証しないぜ。まああんたなら、襲われても大丈夫だろうが」
ユーリスがにやっと笑う。ベレトも微笑み返した。
「ユーリス、本当にこんないい加減な方法で判断しても大丈夫なんですの?」
「もっともな意見だが、これでも俺はバルタザールの腕を買ってるんでね。もしベレトがアビスを襲撃したって、一応策はあるからな」
ユーリスはまたにやりとしたが、今度は目が笑っていなかった。
「んじゃ、街のほうへ戻るか。起きな、ハピ。終わったぞ」
「ううーん…。あ、おはようユリー」
ユーリスが、いつの間にか眠っていたらしいハピを起こしに行く。
「街に戻るぞ。とりあえず、このベレトは大丈夫だって判断になったから、友達みたいに接してやれ」
「ユリー、キミはこの人の母親か何か? あ、よろしくレトさん」
「こちらこそ」
ハピが手を振ったので、こちらも振り返した。「レトさん」という呼び名は、少し気に入った。
こうして、地下に新しい仲間ができた。地下にしかない情報網には、世界を救うためのヒントが引っかかっているかもしれない。ベレトはそう期待しながら、アビスの街へ続く通路を歩くのだった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!
まあどうせまた期間が空くでしょうが、読み続けてもらえると幸いです。