いちおう前回の内容を復習しておくと、ベレトとバルタザールが拳で語り合い、ユーリスの信頼を得たところですね。この説明でわかる方はたぶんこの小説をしっかりよんでくれてます、ありがとうございます。
それではどうぞ!
「『格闘王』の名が台無しだぜ、まったく…」
地下の通路を歩きながら、バルタザールがぼやいた。
「なあベレト、お前レスターの出身か?」
「いや、そうではないと思うが…」
ジェラルトの日記には、ガルグ=マクに居た頃に赤子が産まれたと書いてあった。
「んじゃあ、『レスターの格闘王』の座はひとまず安泰ってとこだな」
「おまえはそれで良いのか、バルタザール?」
呆れたような顔でユーリスが聞き返す。
「いいや、そりゃもちろん目指すは『フォドラの格闘王』さ。ちっとは名乗れるような二つ名を立てときゃあ、びびって逃げるような借金取りを追い返す手間がはぶけるってもんよ」
「それ、絶対さっさと借金返したほうが早いし」
そんな話をしている間に、一行は先程の番人が居る角へ戻ってきた。番人が軽く手を上げて出迎えてくれる。
「やあ、あんた勝ったんですね。じゃあ、あんたは追い返さなくてもいいんですよね。正直俺じゃあんたに勝てそうもないんで、良かったですよ」
「おいおい、仮にも番人なんだからそんなんじゃあ困るぜ。俺様が稽古でもつけてやろうか?」
「遠慮しとくよ。それに、バルタザールもこの騎士さんに負けたんだろ?」
「まあ…返す言葉もねえぜ」
番人とバルタザールの問答が一区切りついたところで、ユーリスが軽く咳払いをして注意を引き戻した。
「さあ、ベレト。こっちが、アビスの町だ。訳あって地上にいられねえ者たちが、助け合いながら暮らしてるんだ」
「そう、なのか…」
ベレトは、地下の町の様子に圧倒されていた。地上とも変わらないほど活気に満ち、子供たちが駆け回っている。しかし、来ている服は汚れて、繕ったあとも目立つ。生活の苦しさが伝わってくるが、助け合って生きているのだと聞き、住民たちの絆も伝わってくる。
「大修道院の地下に、こんなに大きな町があったとは…。すごいな」
「だろ? まあ、ここに居るやつらを見ればわかるだろうが、住んでるのは一癖も二癖もあるやつばかりだがな」
入り口で呆気にとられていたベレトを促して、ユーリスが広い通りに出た。
「さて、あんたは大事な『客人』だ。俺様直々に、案内してやるよ。あんただけじゃ、地下のやつは怖がるだろうからな」
「怖がる、というと…」
「ああ、みんな地上のやつを怖がってるんだ。地上から逃げてきたようなやつが多いんだよ」
「そうか…」
地上の国どうしだけでなく、地上と地下の間の確執もどうにかしなければならないようだ。
「まあ、俺と居りゃ問題ないさ。たぶんな」
ユーリスは地下のいろいろなところを案内してくれた。地下の住民たちが集う酒場、地上では読めないような書物が収められた書庫、時々占星術師が現れるという部屋。ベレトは特に地下書庫に興味を持った。今までに知り得なかった情報を見つけることができれば、目的の達成にも役立つと思ったからだ。時間を見つけてまた来ようと決めた。
そして、最後に紹介されたのが「灰狼の学級」の教室。
「俺たち『灰狼の学級』は、アビスで秘密裏に開かれた、第四の学級だ」
「教団の枢機卿が一人、アルファルド様が、地上で行き場を失った「元」士官学校生を助けるために設立されたのですわ!」
「第四の学級、か…」
「まあ、学級と言ったって、必然的に、面白い奴かやべえ奴ばかりが集まってるな。で、それをまとめてる、実質的な級長みたいなのがユーリスだな」
その「やべえ奴」たちをまとめあげるユーリスの手腕には感心せざるを得なかった。アビスを案内されるうちに出会った者の中には、明らかにごろつきという感じの者もいたが、大きな争いは起こっていないようだった。
「俺に案内できるのはだいたいこの辺りかね。これ以上の探索はおすすめしないぞ」
「ああ、ありがとう。おかげで、新しい世界を見ることができた」
「そりゃ地上のもんから見りゃ新鮮かもしれないけどよ、ここはそんな大したとこじゃねえ」
ベレトは、地下の様子とユーリスの人となりに、すっかり感心しきっていた。ユーリスにこう言われても、ベレトには薄暗いアビスが輝いて見えていた。
「で、ベレトさんよ。アビスに入れてやって、案内までしてやったんだから…タダってわけにはいかねえのは、わかるだろ?」
「…! 悪いが、今は持ち合わせが…」
「そう身構えるなよ。金なんかじゃねえ。ちっとばかし、手伝ってほしいことがあるんだよ。騎士であるあんたに、アビスを守ってもらいたいんだ」
「どうしたことか、このところ地上の者がアビスを襲ってくるのです。セイロス騎士がこの地下を守っているとなれば、賊も手を出しにくくなると思いましたの」
コンスタンツェの説明を聞き、納得する。地下でしか暮らせないような弱い者たちを、さらに虐げようとするなど、放っておくことはできない。
「暇なときだけでいい。引き受けちゃくれねえか?」
「もちろんだ。全力を尽くそう」
「あんたならそう言ってくれると信じてたぜ」
もう一度、ユーリスと握手を交わす。
「じゃ、ハピの出番減らせるよね。助かったよレトさん」
「残念ながら、キツかったとこがせいぜい普通になったくらいだ。お前の出番は減らないぜ」
「あっそ。ため息出そう」
事あるごとにため息のことが持ち出されるのは気にかかるが、今はまだ理由をきかないことにした。もう少し、食事やお茶会を共にしてじっくりと親交を深めてからだ。
「これから、何度もここに来させてもらおうと思う。やりたいことがあるんだ」
- - -
その言葉どおり、ベレトは騎士としての任務や鍛練の間をぬってアビスを訪れた。明朝には赤き谷に向けて出発するという日の日暮れ時にも、ベレトは地下書庫にいた。読んでいるのは「フォドラの虫大全」という本だが、その中身は教団が禁忌としたものの目録だった。
「よう、調子はどうだ?」
階下から、張られた縄の下をくぐってユーリスが現れた。
「あー、その本か。セイロス騎士のあんたからしちゃ、教団への忠誠心に関わるんじゃないか?」
「ああ、教団がこれまで隠してきたものの大きさに驚かされるな。ここに載っているものだって、正しく使えばフォドラの技術が大いに発展するはずだ。確かに危険性はあるが、教団は保守的だな」
自分の正体すら隠し続けていま大司教レアなら、この程度の隠し事は山ほどあるはずだ。ある程度譲歩するよう説得することが、戦争を止めることに近づく手段のひとつになり得るだろう。
「あんたもそう思うか? …教団は、都合の悪いことは全部無かったことにしようとするからな。今度の金鹿の課題だってそうだ」
「…というと?」
「いくら追われてるといったって、わざわざ教団の聖地に逃げ込む馬鹿は居ねえよ。俺の推測では、裏で動いてるもっとでかい計画の捨て駒にされた、ってとこかな」
裏で動いている計画。
今まではただの賊だと思って気にかけていなかったが、赤き谷の盗賊たちが、自分の使命に関わる重要な存在になるかもしれない。
「なるほど。その盗賊団について、なにか詳しく知らないか? その『もっとでかい計画』について、調べられるかもしれない」
「俺の情報網をなめんじゃねえぞ。これでもフォドラ中に子分たちが居るんだ。いいか、よく聴けよ?
盗賊団『鉄の王』の頭はコスタス。頭の回る男じゃねえし、実力も士官学校生と良い勝負ってとこだ。そのくせ金のためには何だってやる。この前も貴族子弟を暗殺しようとしたらしい」
ルミール村周辺での、夜営訓練の襲撃のことだろう。
「あまり良い印象は持てないな」
「おっと、まだ話は終わってないぜ。…やつらがそこまで金に固執する理由はな、孤児を養ってやってるからなんだよ」
「…!」
初耳だった。課題出撃のあとは、すぐに生徒たちと共に帰還していたので知らなかった。後の処理をしていた騎士たちに保護されていたのだろうか。
「狙う相手も貴族ばかりで、貧しいやつは狙わない。だが、負け戦はしない。不意討ちが『鉄の王』の基本戦法だ」
確かに、盗賊団からしてみれば安全に奇襲をかけたはずが、たまたま伝説の傭兵が近くの村にいたのでは敵わないだろう。
「そんな彼らが、わざわざセイロス騎士団を敵に回すようなことをするとは思えないな」
「そう、そこが明らかにおかしいのさ。たぶん、もうコスタスは自分の意志では動いちゃいない。金に目が眩んでやばい仕事を引き受けたか、誰かに脅されてるんだろうな」
「そうか。明日、彼らとよく話してみようと思う。…余裕があれば、だが」
「おう、頑張れよ。コスタスのことはどうでもいいが、孤児たちの保護は全力でやれよ」
ベレトは、どうすればコスタスを説得できるかを考え始めていた。
- - -
そして、課題出撃の当日。ベレスたち金鹿の学級と、ベレトたちセイロス騎士団が、赤き谷の入り口に詰めていた。
「ここが赤き谷か? 別に赤くはないが……。まあいいや。さっさと始めようぜ、先生。賊は谷の奥に追い詰められてるようだ。事前の情報どおりで実に面白味がないが」
「…そうか。それなら、新しい情報でもやろうか?」
クロードの気を引く発言。これがベレトが立ててきた計画だ。
「なんだ、そりゃ面白そうだな。ベレトさん、新しい情報ってのは?」
「実は…この盗賊団は、孤児を保護しているらしい」
「…!」
「あいつらが?!」
クロードだけでなく、近くで聞いていたベレスや他の生徒たちにも驚きがはしる。
「わざわざ教団に喧嘩売るなんて、子供を養う意識が低くないかね?」
「そう、そこが不自然なんだ」
クロードがいい具合に食いついてきた。
「そこで、考えたんだが…。誰かに命令されて、仕方なくこんなところに行かされたのではないか、と俺は考えている」
「…盗賊団を操っているやつが、別にいるということ?」
「確かに、俺たちが出会ったルミール村の件のときだって、3つの国の後継ぎをまとめて始末したい誰かに動かされてたと考えりゃ、自然だな」
ベレスとクロードの推論は、完璧だ。
「だから、できれば…。盗賊を討伐せずに生け捕りにして、真の黒幕を突き止めたいと思うんだ。騎士団や教団の決定でもなく、ただ俺個人の希望ではあるが」
…さて、彼らはどう出るだろうか。
「裏で暗躍している黒幕を引っ張り出すことができれば、黒幕がこれから起こすかもしれない事件を防げるかも。わたしは、この案に賛成」
「俺もだ。最初に言ってた孤児たちも、盗賊とはいえ、育ての親が死んじまったら辛いだろうしな」
「うんうん、きっと盗賊たちも戦うのはめんどくさいだろうし、なるべく戦わないようにしよ?」
「私も、女神様が降り立ったこの地で、血を流すのには抵抗があります…」
「裏で操る黒幕とやらが居るのなら、そちらを炙り出すほかあるまい」
ベレスとクロード、他の生徒たちも賛同する。側で聞いていたセイロス教団兵の隊長も、賛同してくれた。
「ありがとうございます。俺ひとりの勝手な自己満足に付き合ってくださって」
「なに、見えない敵の正体を探り、子供たちを救うとあらば、セイロス騎士として当然のことだ!」
これで、何かこの先に繋がる情報を得られるかもしれない。期待を胸に抱きつつ、傭兵団の仲間たちとともに、ベレトも配置についた。
「さ、先生。出撃の指示を出してくれ」
「うん。
「…クソッ! 騎士団の奴らか? こんなところまで追ってきやがって……!」
「お頭、もう逃げましょうよお! 奴ら相手に勝てっこないですよお!」
「…馬鹿野郎、今更どこへ逃げるってんだ! 死ぬのが怖くて盗賊やってられるかよ!」
我ながら、良い台詞を言うもんだ。そう、死ぬのは怖くなどない。ガキを養うために別のガキを殺すような馬鹿には、お似合いの最後だ。
「…俺が死んだら、無駄な抵抗はやめてさっさと捕まれよ。義理のために死ぬまで戦うなんざ、騎士のやることだろうが。盗賊なら、泥水すすってでも生き残りやがれ!」
「なら、お頭も一緒に投降しましょうって! きっと、一緒に…」
「馬鹿野郎、俺が逃げたところで、どうせ騎士団の代わりにあの仮面の野郎が殺しにくる。俺が死ぬまでは、団ごとやつらの命令に縛られてんだ。頭の俺が死にゃ、お前たちは自由だ。…ガキどものことは、任せる」
「お頭…」
谷の向こうでは、最前線の盗賊たちが騎士団と戦闘を始めているのが見える。
「気合い入れろ! 騎士団のやつらを迎撃するぞ!」
「へい!」
橋の上に布陣していた盗賊たちは、弓や魔法で弱ったところを叩く戦法で、撃破されていった。
「ひいっ…! 命だけは助けてくれ!」
「民の暮らしを守るのが貴族の責務…。君たちも守るべき善良な民になるよう、改心したまえよ」
死なない程度に怪我をさせられた盗賊たちは、各々武器を捨て、投降していく。
「初めて本気で戦ったけどよお、オデ、わりと強えんじゃねえか?」
「よしっ、戦える……! わたしの鍛え方、間違ってなかった!」
初めての模擬戦ではない戦いに、生徒たちは手応えを覚えているようだ。
「前回は不意を突かれちまったが…ま、盗賊なんてこんなもんか。ところで先生、西側に裏道があるらしい。西側と正面で、二手に分かれりゃあ、奥にいる敵を挟撃できるかもしれないぜ」
「確かに、普通の戦闘なら挟撃のほうが効果的だけど、今回は無駄な戦闘を避けたい。戦力はひとつにまとめよう」
「了解、先生」
ひとかたまりになって進軍し、盗賊たちを次々と戦線離脱させることに成功した。が、いつまでも順調というわけにはいかなかった。
死角から現れたアーチャーに陣形を崩され、間をすり抜けた盗賊たちが後衛の生徒たちに突撃したのだ。
「死ねえッ!」
「マリアンヌちゃん、危ない!」
まさにマリアンヌに斬りかかろうとしていた盗賊を、ヒルダが斧で吹き飛ばした。すぐにリシテアの魔法が飛び、盗賊は動かなくなった。もうひとりの盗賊も、イグナーツの矢が胸を貫いていた。
「後ろで見てるだけのつもりだったのにー。マリアンヌちゃん、大丈夫?」
「は、はい…。でも、あの人は…?」
「うわ、すごい血…。助からない、かな…」
「そんな…。主よ…赦したまえ…。この者の魂を、救いたまえ…」
「…あんたたちの死は、無駄にはしませんから」
敵とはいえ、死者が出たことで、動揺が走る。
「ご、ごめんなさい…。こうするしか…」
「謝る必要はないよ、イグナーツ。戦場では、何よりも自分の命を守ることが大事。そのためには、討ちたくない敵を討つことも、仕方がない」
やはり元傭兵、ベレスが教師らしく教える。
「今は違ったけれど、普通は全部、こうなんだ。…早く、慣れたほうがいい」
「そ、そう…ですよね。やっぱり、傭兵って…すごいなあ」
「感心するようなものでもないよ」
「ま、仕方ないこった。恨まれはしないはずさ」
危機を乗り越えたことで、生徒たちの心は成長し、仲間としての絆も生まれたようだ。お互いに励まし合いながら、進軍を続けていく。
「…ありゃ、騎士団も混じってるが…士官学校のガキ供か? 騎士団じゃなくガキをぶつけてくるたあ、なめられたもんだな!」
谷の奥で待ち構えるコスタスは、舌打ちした。あの時仕留め損ねたガキをここで殺っちまえば、あの仮面の野郎も文句はねえだろう。
「苦労も知らねえ貴族のガキどもが…。今度こそおとなしく死にやがれ!」
盗賊団「鉄の王」は、コスタスのほか数名を残して、大多数が既に投降していた。金鹿の学級の面々はコスタスが陣取る遺跡の周りを包囲していた。
「…自分が、頭を説得してくる。みんなは、ここで待っていてくれ」
「俺も行かせてくれよ。こういう奴らの手口なら心得てるぜ。それから、もちろん先生も来るだろ?」
「いや、それは…。まあいい、来るといい」
正直、説得できる相手かは不安だった。ここはおとなしく2人の力を借りることにしよう。
「賊の頭コスタス、武器を捨てて投降しなさい!」
ベレスが呼びかける。
「てめえは、まさか…この間の傭兵か! 騎士団の連中と手を組んでやがったとはな!」
「今投降すれば命は助けてやれる。あんたも死にたくはないんじゃないか?」
「へっ、ガキが説得か? 生憎、俺はもう死ぬ覚悟決めてんだ。何人道連れを増やせるか、ってとこだ」
今のところは説得に応じる様子は無さそうだが、こちらには切り札がある。
「思い残すことは無いんだな。…ここで、死んでもいいと?」
「ああ。てめえら騎士様みたいに、守るべきもんなんてのはねえぜ」
「それなら、ひとつ訊いておきたいことがある。面倒をみている孤児たちのことはどうする気だ?」
コスタスはしばらく黙り込んだ。
「…俺の知ったことじゃねえ。ガキどもは俺の手下が面倒みるさ」
「本当にそれでいいのか? 子供たちは、育ててくれた優しいコスタスさんが居なくなって、悲しいだろうなあ?」
「どうせすぐ忘れちまうだろうよ。覚えてて得なんてねえからな」
コスタスは頑なに投降しようとはしない。孤児たちの話題を出されても、せいぜい少し動揺した程度だった。期待していた反応とはまったく違う。
「さあ、剣を抜きな。俺はいつでもてめえらを叩っ斬る準備は出来るからな!」
コスタスはまた斧を構えている。目には、殺意が浮かんでいるようだ。
…仕方がない。話ならば、手下たちからも聞くことができるだろう。コスタスは、斬るしかないか。
ベレトは、腰の剣の柄に手をかけた…が、その手が押し止められた。
「まだ諦める時じゃないと思うぜ、ベレトさん。俺に任せてくれよ」
「クロード!」
「さっきも言ったように、俺はこういう奴らの手口を心得てる。あいつが何を考えてるのか、わかるぜ」
ベレトの右手を離し、クロードは前に進み出た。荒い息をしているコスタスに近づいていく。
「コスタス、あんた多分、戦いたくもないのに戦ってるよな。生にしがみつくのが仕事のはずの盗賊が、自ら死にに行くなんて、おかしいじゃないか?」
「苦労も知らねえ貴族のガキに、盗賊の何がわかるってんだ!」
「生憎、貴族には貴族の苦労があるんでね。まあ、俺の場合はそこらの貴族よりは平民寄りの苦労ではあるが…。ま、これでもあんたらに理解はあるつもりなんだ」
ベレトは、かつてクロードが言っていたことを思い出した。俺もぬくぬくと育ってきたわけじゃない。クロードの出自は、他の貴族とは明らかに違うらしい。
「へっ、そうかよ。だから何だってんだ。俺が死なねえようにできるのかよ?」
「できるかもしれないぜ。あんたらを裏で操って、最後には都合よく始末しようとしてる黒幕のほうを、先に処理しちまえばな」
「…! あの仮面の野郎を、知ってんのか?」
「そういうのは、俺よりこっちの騎士さんのほうが詳しいと思うぜ。ベレトさん、『仮面の野郎』に心当たりはあるか?」
コスタスの言う『仮面の野郎』はおそらく炎帝のことだ。今のうちに炎帝の動きを掴んでおけば、戦争を起こすために行動を起こすのを防ぐことができるかもしれない。
「仮面に炎が描かれていて、このくらいの身長か?」
エーデルガルトの身長のあたりを、手で示してみせる。
「間違いねえ、そいつだ!」
「なら、仮面の人物についての情報を出せば、情報料くらいなら支払える。ガルグ=マクなら、身の安全も守れると思うが…」
「そうかよ。なら、俺は降伏する。てめえのとこのガキが言うとおり、俺は死にたかねえ。天下のセイロス騎士団なら、俺ひとり守るくらい容易いもんだろうしな」
そう言って、コスタスは斧を捨てた。
「好きなようにしろ。処刑する以外なら、抵抗しねえよ」
「ああ。協力に感謝する」
手を挙げて、コスタスは投降した。
「あっ、出てきたよ!」
遺跡のそとで待っていた他の生徒たちが、集まってくる。
「ほう、本当に賊の頭を説得するとは…。お前はなかなかに弁論の才があるようだな、クロード」
「お褒めにあずかり光栄、ローレンツくん。さてみんな、大修道院に帰るぞ」
「はー、やっと帰れるー! 汗かいちゃったし、汚れちゃったし、帰ったらまずは浴室かなー」
ガヤガヤと話しながら、生徒たちは帰還の準備を始めた。ベレスも生徒たちに囲まれ、遺跡の中でのことを話してやっている。
「ベレト、いいか?」
セイロス教団兵の隊長だ。
「我々は盗賊団が保護していたという孤児たちを探してくる。投降した盗賊たちは、我々が後から輸送する。君たち傭兵団は生徒たちと共に修道院に戻り、今回の件について大司教様に報告するように」
「了解しました」
「帰還中も、生徒たちのことを守ってやるのだぞ」
もう全員がすっかり荷物をまとめ終わった頃、クロードが話しかけてきた。
「なあベレトさん、先生を見なかったか?」
「こちらには来ていない…」
「いつの間にか居なくなっててなあ。いったいどこに…って、あっちに居るじゃないか。どうも、ベレトさん」
クロードの視線の先には、ザナドの景色をぼうっと見つめるベレスの姿があった。
「先生? 何してるんだ、こんなところで。無事に帰るまでが課題だろ?」
クロードがベレスを呼んで戻ってきた。ベレスも、なにやら首をひねりながら後をついてくる。
かつて女神ソティスが暮らしていたという谷の景色は、ソティスの記憶が教えてくれた。だが、なぜザナドが赤き谷と呼ばれているか、ということはソティスも知らなかったようだ。何度ここを訪れても、それを思い出すことはできていない。
「ベレト、どうした?」
考えに耽っていたので、ベレスとクロードに話しかけられて驚いた。
「いや、何でもない。…良い場所だな、と改めて思って、見ていた」
「うーん…先生といいあんたといい、この谷はそんなに魅力的かねえ。俺にはわからないけどなあ。まあいい、修道院に戻ったら、我らが初めての課題達成を祝って宴でもするか」
「おいクロード、課題の達成くらいでいちいち宴を催していては、月に一度は宴を開くことになるぞ」
「ははっ、宴はそのくらいが適量さ!」
生徒たちの騒がしさは、その中に居ると心が落ち着く。生徒たちに囲まれるベレスを見て、ベレトも教師だった頃が懐かしくなってきていた。
- - -
「盗賊を討伐ではなく、生かしたまま捕らえることができたのですね。ザナドの地を再び血に染めることがなかったのは、喜ばしいことですね」
ベレトは盗賊団のことを、ベレスは課題の成果を報告するため、謁見の間に来ていた。
「なぜ彼らが生徒たちを狙ったのか…背後にあるものを調べねばなりません。ベレト、捕らえた賊の頭に対して、ザナド侵入の背景を聞き出すことを命じましょう。彼らは騎士寮裏の牢へ収監されるはずです」
「わかりました」
牢の存在は聞いたことがあったが、実際に見たことはなかった。教師をやっていると、生徒立ち入り禁止の騎士寮方面にはあまり行く用がないのだ。
「それから、盗賊団は孤児を集めて養っていたようです。子供たちも騎士団が保護して、大修道院へ連れ帰る手はずになっています」
「本当に、多くの命を救ったのですね。あなたの働きに感謝します」
「はい。報告は以上です」
報告を終え、ベレトは謁見の間を後にした。
騎士寮に戻ろうと歩いていると、セテスが向こうからやって来た。
「やあ、君がベレトという騎士だな。ザナドでは、懸命な判断をしてくれたと聞く。私からも礼を言おう」
「いえ、無駄な血を流したくはありませんからね」
「ほう、そうした理想を掲げた者は多くいたが、ここまでやり遂げた者は、私もあまり知らないな」
自分だけでなく、他の騎士や金鹿の皆が協力してくれたおかげである。
「ところで、セテスさんはどちらへ?」
「ああ、私はな、盗賊団のところの孤児たちについて大司教と相談しようと思ってな。盗賊たちの懲役期間が終われば、また共に暮らさせてやることも考えているのだ」
「そのほうが、子供たちも嬉しいでしょうね」
「君もそう思うか。では、私は行くとしよう」
セテスの後ろ姿を見送りながら、ベレトは孤児たちのことを思った。親代わりだった盗賊たちが自分たちに殺されていた世界では、彼らはまた寂しい生活に戻らざるを得なかった。もしかすると、親代わりを殺した騎士団や生徒たちに復讐心を抱くこともあったかもしれない。
結果的に、ということではあるが、小さな平和を生んだことに気づいたベレトは、少し嬉しい気持ちで外に出た。
遅くなった言い訳をさせてください。説得シーンが本当に難しいです。コスタスが急にいい人になったりしてしまって、ここだけでも何回も書きかえました。次の敵将登場までに文才を磨いておきます…。
ちなみに孤児たちは主人公↔ディミトリ支援A会話に出てきた少年の話を参考にしています。どこの盗賊団かは出てないですけど、コスタスたちのところと仮定して書いてます。