花冠の節、1の日。牢に囚われたコスタスに話をきくため、ベレトはいつもより少し早く起きた。服を着替え、泉から引かれた冷たい水で顔を洗う。空はよく晴れ渡っていて、清々しい朝だった。
「おはよう! 今日は早いのだな」
日課だという走り込みの最中らしいアロイスが、元気な挨拶をくれた。
「おはようございます。今日はちょっと、捕虜牢のほうへ用があって…」
「ああ、先日貴殿らと金鹿の生徒たちが捕らえた賊の尋問だな? 牢へ行くのなら、注意を怠らぬようにな」
「はい、捕らえられているとはいえ、もとは賊ですからね」
「ああいや、確かにそれもそうだが、実はな…」
ここでアロイスは急に声を落とした。
「あの牢獄には、『出る』らしいのだ…」
「出る、というと?」
「牢の中で果てた罪人の霊が、無念のままにこの世に留まり、悲痛な叫びをあげる、と。どうにも恐ろしくて夜も眠れん…ということもないが、気にかかるのは確かだ」
そういえば、アロイスは幽霊の類いが苦手だった。
「なるほど…。霊にも気をつけておきましょう」
「ああ。では、頑張ってくるのだぞ」
そう言って歩きかけたその時、どこからともなく恐ろしげな叫びが響いた…。
先ほど聞いた話のせいで、特段幽霊などが苦手ではないベレトも、さすがに少し鳥肌がたつのを感じた。アロイスはというと、若干腰が抜けかけ、青い顔で辺りを見回している。
「い いいい今のは…いや、ま まさか、な…」
「牢のほうから、ですね。行ってみましょう」
「わ、私もか…? …いや、私も…騎士だからな。覚悟を、決めるぞ…!」
牢まで駆けつけた2人は、ベレトを前にして通路を進んでいった。足音を聞きつけたのか、奥から「早く来てくれ!」と呼ぶ声もする。
そして、盗賊団「鉄の王」の面々が収容されている牢屋の前へたどり着いた。恐怖の表情を浮かべた盗賊がひとり、鉄格子に貼り付いていた。
「あっ、あんた、お頭を助けてくれた騎士さんだよな! お頭が、大変なんだ! 助けてくれ!」
「さっき叫んだのは、君か?」
「そ、そうだ。お頭が、お頭が…!」
その焦燥した様子に、脱走はしないだろうと判断して、牢屋の鍵を開き中に入る。盗賊たちの人垣がさっと割れた先に見えたのは、寝台の上で眠っているようなコスタスだった。
寝台のわきにかがみこみ、そっとコスタスの手首に触れる。…脈はなかった。
「…アロイスさん、セテスさんへ報告をお願いします。盗賊の頭が急死した、と…」
「あ、ああ。わかった」
アロイスは青い顔のまま、走っていった。
「あまりわからない、わね」
1時間ほど経ち、牢屋の中にはベレト、アロイス、セテスにマヌエラが揃っていた。マヌエラがコスタスの死体を検屍した末に発した言葉である。
「武器で斬られた傷も、黒魔法の痕跡も、新しいものは無いわね。持病もなし、毒物も出ないし、攻撃の白魔法か闇魔法を受けたのかしら」
「他の賊たちは、夜の間は何も見なかったと話しております。注意深い盗賊たちが気付かないのだから、派手な白魔法ではなさそうですな」
幽霊でないとわかってからは、アロイスもある程度冷静になっていたが、顔色はすぐれないままだ。何の思い入れもない賊の頭とはいえ、人が1人殺されたのだから、当然だろう。
「ふむ、成る程…。マヌエラ、朝からご苦労だった」
「闇魔法の使い手で、かつこのガルグ=マクに居る者となると、かなり絞られるのでは?」
「だが、巡礼者などに紛れて闇の魔道士が出入りしていても、気付くことは難しいだろう。それに、初級魔法のドーラΔくらいなら、使える者も少なくはない」
ベレトとしては書庫番のトマシュに成り替わっている闇の魔道士ソロンを怪しんでいたが、トマシュの正体がわかっていない今は、誰も理解を示さないだろう。
「他の盗賊の中に何か知っている者が居るかもしれません。彼らにもっと話を聞いてみましょう」
隣の牢屋に移されていた盗賊たちは、皆打ち沈んだ顔をしていた。
「君たちの頭は、何者かによって殺されたようだ。なにか、心当たりはないかね?」
「…俺たちは盗賊だ。恨みなら、いくらでも買ってるさ」
「命を救ってもらった俺たちやガキたちにとっちゃ、コスタスの旦那は英雄だった。でも他のやつから見りゃ、ただの薄汚い賊だからな」
盗賊たちは、心当たりがないというよりは、心当たりがありすぎてどれかわからないという様子だ。
「オ、オレ…心当たりがあります!」
そう言って手を挙げたのは、少し気の弱そうな盗賊だ。
「お頭は、騎士団に追い詰められたときに、こう言ってたんです。逃げたところで、騎士団の代わりに仮面の野郎が殺しに来る、って…。お頭は、そいつに殺されたんじゃ…?」
「確かに、コスタスが投降した時に話していた、生徒を襲うよう依頼した人物は、仮面を着けていたと。炎の紋様が入った仮面を着けた、小柄な人物とのことでした」
ベレトも補足説明をする。
「なるほど…それは有り得るな。騎士団に、謎の仮面の人物について調べさせよう」
それからしばらく話を聞き、ベレトたちが牢屋を離れようとした時、ひとりの盗賊が言った。
「…どうか、お頭の敵を討ってくれ。…頼む」
「ああ、約束しよう」
盗賊たちに向かって強く頷き、ベレトは牢を後にした。
- - -
コスタスが謎の死を遂げてから、1週間が経った。犯人の捜索は進展もなかったが、ベレトには目下解決すべき問題がもうひとつあった。それは、今節の課題で討伐されることになるロナート卿、彼の命を救うことだ。
ロナート卿の一隊は、霧の中でセイロス騎士団の包囲をすり抜けてしまったため、混乱の中で討たれることとなった。もし予定どおり捕縛されていたなら、大司教暗殺の件などについての詳しい尋問などもできるようになるだろう。そうすれば、その裏に潜むソロンたちにも近づけるかもしれない。
…それと、アッシュの心の傷が深くならないことだ。今、ベレトの視線の先には、大聖堂のベンチに腰かけ床を見つめるアッシュがいた。
「…ベレト?」
突然名前を呼ばれて驚いて振り向くと、ベレスがそこにいた。
「ベレスか、考え事をしていて気づかなかった。こんなことでは、奇襲を防げないな」
そうは言ったものの、自分やベレスは傭兵時代からの癖で、普段から足音を消しているらしい。こちらが奇襲するぶんには良いのだが。
「それはそうと、もう聞いていると思うけれど、今節の課題はロナート卿の反乱の鎮圧だ。それで、ひとつ伝えておきたいことがある」
「もしかして、アッシュのこと?」
「そうだ。ロナート卿は、アッシュの父親のような存在だからな。もし直接戦うことになったとしても、討たずに説得してみてほしい」
「努力はする」
ベレスは頷いてくれた。
「それから、『課題協力』という仕組みがある。それで、課題出撃にアッシュを同行させてみると良いと思う。説得の助けになってくれるはずだ」
「わかった。そうしてみよう」
それからベレスがアッシュの元へ向かうのを見送った。
不安そうな表情のアッシュに、ベレスが語りかけている。
「君自身が説得してくれれば、ロナート卿も、討たれる前にあきらめてくれるかもしれない。一緒に来てくれないかな?」
「僕で、力になれるなら…。ぜひ、やらせてください!」
「ありがとう、アッシュ」
「そんな、お礼を言うのは僕のほうです。絶対に、ロナート様を止めてみせます…!」
アッシュはまだ不安そうだったが、少し希望の光が見えたようだ。アッシュのことは、ベレスに任せておくことにした。
大聖堂を後にしたベレトは、アビスを訪れた。
「ベレトさん、お疲れさんです。ここは本日も異常ありですよ。ここじゃ異常ありが日常なんで、異常ありで異常なし、なんですけどね」
アビスの番人が、いつもどおり緩く話しかけてくる。
「あんた、よくアビスに来ますよね。宝探しでもしてるんですか? 確かに地上にはないお宝があるかもしれませんけど。あんたにとってのお宝が何なのか、俺にはわかりませんけどね」
「探しに来た宝物…情報、だろうか。ここには、地上では絶対に見つからない情報がごろごろある」
「確かに、書庫にあるのは禁書みたいなもんばっかりだし、ユーリスはすごい情報通ですしね。なんか知りたい情報がありゃ、ユーリスに聞くといいですよ」
言われるまでもなく、ベレトはユーリスを訪ねてきていた。
「おう、あんたか。ロナート卿が反乱を起こしたんだって? いずれこうなるだろうとは思ってたよ。その兆しみたいなのはあったんでね。むしろ今までよく蜂起しなかった、ってくらいだ」
「兆し、とは?」
「うーん、騎士のあんたになら教えてもいいか。事のそもそもの発端は…って、何か聞こえねえか?」
確かに、かなり急いだ足音らしき物音が聞こえる。どうもこちらへ向かってくるようだ。
通路の曲がり角から姿を見せたのは、コンスタンツェだ。息を切らしている。
「ユーリス! やーっと見つけましたわ! 私に、はあ…捜し回らせて…はあ…」
「いや知らねえよ…。まあ落ち着けって、日陰女」
「日陰女!? 私の一番気にしていることを! 今日という今日は消し飛ばし…」
コンスタンツェは慌てて咳払いした。
「で、何の用だ? 一刻を争う事態なんだろうな」
「そ、そうですわ。それと言うのも皆の個人的な情報が記された裏名簿が賊に盗まれたのです」
「名簿? そんなもんアビスにあったか?」
「ありますわよ!」
ユーリスはあまりピンと来ない様子だ。ベレトも、士官学校の名簿以外にそんなものがあるとは初耳だ。
「ともかく! そんなものが世に出回ったら一大事。即刻、取り返すべきではありませんこと?」
「その名簿ってやつは、世に出回ったら一大事な内容なのかよ? 個人的に内容が気になるって理由で良けりゃ、協力するぜ。ベレト、あんたも一緒にどうだ?」
これはまたとない好機だ。その名簿に、何か有益な情報が載っていたりするかもしれない。
「自分も内容が気になるな」
「いや、そういうことじゃ…。まあ、とりあえず協力はしてくれるんだよな?」
「そうと決まれば、早速賊を追いますわよ。こちらですわ!」
コンスタンツェは駆けて行こうとしたが、その背中をユーリスが引き留めた。
「落ち着け。騎士もいるとはいえたった3人で賊の一味を相手する気かよ。相手の人数にもよるが、あと2人くらいは欲しいところだな」
「た、確かにそうですわね…」
「協力してくれそうな人をもう少し探そう」
今度は、3人揃って出発した。
正直、私は課題協力を使ったことはないです。