「ねえ、なんでわざわざハピまで呼んだわけ? ユリーとコニーにバルトが揃って、おまけにレトさんまで居たら大丈夫でしょ」
「少なくて困るよりは多くて困るほうが良いだろ。金だってそうだ。多くて困るなんてなかなかに贅沢なもんだ……」
「お金とハピを一緒にしないでよ。そっちが困らなくても、ハピは困るし」
結局バルタザールとハピを加えて、5人で盗賊団の拠点を目指すことになった。
「……ところで、その名簿ってのは、盗まれると何かまずいのか?」
「まずいどころの騒ぎではありませんわ! あれには私たちの情報が満載…。皆の氏名や出身地、性格はもちろん、少し恥ずかしい秘密まで……」
「少し恥ずかしい秘密!? なんだよそりゃ!!」
コンスタンツェの発言に、4人は驚くばかりである。「少し恥ずかしい秘密」なら、ベレトが最初に思ったよりも情報の価値はなさそうだが……。世界を救うためというよりは、純粋な好奇心で名簿に興味が出てきた。
「そうですわね……。私が以前確認した時は、ハピは大修道院内で最も多く、猫に逃げられた旨が書いてありましたわ」
「えっ!? そんなの、いつ見てたの!?」
ハピがびっくりして思わず足を止める。
「え、えっと……。内容はともかく、ハピたちの情報が敵に漏れるのはまずいし。コニーの言う通り、すぐ取り返さないとね」
「やっとハピもやる気になったか。んじゃ、行くぜ」
一行は地下通路の終わりにたどり着いた。外の光が差し込んできている。外に出ると、陽光がまぶしい。
ユーリスたちも外に出てきたが、コンスタンツェの姿だけが見当たらない。振り返っていると、コンスタンツェは通路の出口で立ちすくんでいた。
「どうしたんだ、コンスタンツェ?」
「あー、気にするな。あいつが地下から出れねえ理由のせいでな」
コンスタンツェが外に出られない理由とは、何なのだろう? コンスタンツェは、まだ通路の中にいる。
「……おーい、どうせ外には出なくちゃいけねえんだ、諦めろ」
「……ああっ、もう! そちらに行けば良いのでしょう!? 行けば!」
「……」
コンスタンツェは、黙り込んでいる。ベレトのほうを見たコンスタンツェは、なんとなくマリアンヌを思い起こすような影のある顔をしていた。
「ああ、怪訝な顔をされておりますわね……。私の不可解な体質のせいで、貴方様には無駄な悩み事をさせてしまいましたわ。この命をもってお詫びいたします……」
見た目だけでなく、性格まで豹変してしまっているようだ。
「……これは、いったい?」
「陽に当たると、こーなるんだって。だからコニーは地下に籠もってるわけ。……ほら元気出して、コニー」
「お前しか賊の居場所は知らねえんだ。要するに、お前が必要なんだよ」
「ああ、私などには勿体ないお言葉。そうおっしゃるのでしたら、私はあなた方を案内する仕事に徹するしかありませんわ。さ、こちらですわ……」
ひととおり喋りきるとコンスタンツェは黙り込み、そのままスタスタと歩き始めた。
一行は、ガルグ=マクの郊外にある、使われていない古い砦にやって来た。
「ここが賊徒の根城であるはずですわ。私などの推論に従うのが最良の選択とは思えませんが……」
「いや、ここで良いだろ。中を調べるぞ」
ユーリスを先頭に、中へ突入する。ユーリスは見張りらしき男を華麗な剣技で圧倒し、あっという間に喉元に剣を突きつけていた。
「ひいいっっ!」
「情報を吐け。そうすりゃ命は助けてやる。ここに居るのは何人だ?」
「い、今は俺1人だ。お頭たちは盗みに出てる」
「盗品の隠し場所は何処だ?」
「あっちの、奥の部屋だ!」
「そうか。じゃ、これでお前は用済みだ。何処にでも行けよ」
ユーリスがおまけでもう一度腰を蹴り飛ばしてやると、見張りの賊は逃げていった。
その言葉に従って奥の部屋に進むと、盗品や金が並べられていた。
「これが、その名簿ですわね」
いつの間にか元の性格に戻っていたコンスタンツェが、積まれた書物の間から名簿を取り出した。
「他のものも、きっとどこかの町からの盗品ですわね。これも全て取り返しておいたほうが……」
「馬鹿、こんな量全部持てるかよ。ベレトさん、また後で騎士団と一緒に制圧しといてくれないか? 賊の頭が居るときにな」
「頼まれた」
民の暮らしの安寧を脅かす盗賊団とあれば、騎士団の出撃も許可されるだろう。とりあえず名簿だけを持ち、ベレトたちは盗賊団の根城を出た。
「早く大修道院に……」
「おいてめえら、待ちやがれ!」
突然怒鳴り声に呼び止められた。声のしたほうを見ると、盗賊団が戻ってきていた。
「俺たちのお宝を横取りしようったって、そうはいかねえ……。全員、ぶっ殺してやらあ!」
「時間かけすぎだし。面倒なことになっちゃったじゃん」
「いや、見ろ」
ユーリスが指差した男は、さっき逃がした見張り番だった。
「あいつが頭に知らせたんだろうな」
「くそっ、ぶちのめしとくべきだったか……?」
「これまでの行動に反省は尽きませんが、今はまず身を護ることを考えましょう」
そう言っている間にも、賊たちは迫ってくる。
「あいつらを全滅させるぞ!」
「おう!」
ユーリスの言葉に、とっくに臨戦態勢だったバルタザールが応える。
「自分とユーリスとバルタザールで、前衛を張る。コンスタンツェとハピは、魔法で援護してくれ!」
久しぶりに指揮をとって、ベレトは少し教師時代を思い出していた。元より実力十分な灰狼の学級の生徒たちは、ベレトの指揮でより生き生きとした戦いを見せてくれた。
「俺の頭じゃあ、こんな戦法は思い付かないな!」
賊の顔面に拳を叩き込みつつ、バルタザールが言う。
あっという間に盗賊団は壊滅し、最後に残った盗賊頭がユーリスに斬られて倒れた。
「ぐああっ!」
「場数が違うんだよ。俺を誰だと思ってやがる」
足元の盗賊頭に目線を合わせるように、ユーリスがかがみこんだ。
「さて、交渉の時間だ。俺は"狼の牙"って組織の頭だ。盗賊やってりゃ聞いたことくらいはあるよな? ここで死ぬか、俺の子分につくか。どっちにする?」
「……俺はてめえに負けた。好きなようにしろ」
「じゃあ決まりだ。正直、殺しは趣味じゃないんでね。ガルグ=マクのアビスで待ってるから、好きなときに来な。うし、帰ろうぜ」
ユーリスがさっと立ち上がり、仲間のほうを振り向く。
「見事な説得だった」
「その顔、ロナート卿の説得に使えるとでも思ったか? 残念だが、こいつは賊どうしでしか通用しないぜ」
今節の末にロナート卿との決戦を控えたベレトは、ひとつでも多くロナート卿を生き残らせる方法を考えておきたかった。
「そういや、あんたにロナート卿について話そうとしてたんだったな。アビスに戻ったら色々話してやるよ」
アビスに戻り、コンスタンツェも元気を取り戻すと、ベレトはずっと気になっていたことを尋ねた。
「その名簿は、いったい誰が書いたんだ?」
「ああ、それは……」
コンスタンツェはそう言いかけて、地下酒場の扉を開けた。
「こちらにいらっしゃいますわ」
中に入ると、奥の椅子に座っていた男がこちらに気づいた。
「おお、名簿を取り返してくれたのか。これはありがたい」
「この人は?」
「この人はやらかして士官学校を追放された元教師さ。教師としての能力には定評があったらしいぜ」
ベレトやベレスにとっては、先輩教師にあたる人らしい。
「教師を辞めてからも、どうも人の成長を見守るのが趣味になってしまっていてね。こうして、今の生徒も名簿にまとめているというわけさ。……そうだ、君は確かジェラルト傭兵団の一員だったかな」
「そうです。それで、どうかしましたか?」
「新任教師は、ジェラルト殿の娘だそうじゃないか。この名簿を、その新任教師に渡してやってくれないか。きっと教導の役に立つ」
確かに、ベレトも始めのこの頃は、右も左もわからないような教師生活を送っていた。情報満載のこの名簿があれば、どんなに生徒と親しくなるのが容易になるだろうか。
「なるほど……!それは良い考えですね」
「見ず知らずの私が出る幕ではないからな。君から渡してくれるとありがたい。受け取ってくれ」
男から名簿を受け取ったベレトは、ベレスに渡す前に自分も一読しようと決めた。
「ほう、良いもん貰ったじゃねえか。んじゃ、ロナート卿の話をしてやるから、こっちに来いよ」
ユーリスに呼びかけられ、男に感謝を込めて一礼してから地下酒場を出た。
「んで……なんだったか? そうそう、ロナート卿の反乱の兆しがどうたらって話だな」
灰狼の教室のベンチに落ち着き、ユーリスが話し始める。
「あんた、『ダスカーの悲劇』は知ってるよな?」
「ああ。知り合いを喪った人とも、よく関わっていたから」
ファーガスの国王一行が、ダスカーで暗殺された事件だ。そのファーガス王というのは、言うまでもなくディミトリの父ランベール。亡くなった騎士たちの中には、フェリクスの兄でイングリットの婚約者であるグレンもいた。また、事件の後には報復として、ドゥドゥーの同胞であるダスカー人たちが逆殺された。青獅子の学級の生徒の多くに、現在まで影を落とし続ける事件だ。
「それで、教団はその『ダスカーの悲劇』に関わった廉で、ロナート卿の倅のクリストフを処刑したんだ。これくらいなら、あんたも知ってるだろ?」
確かに、関係者であるアッシュやカトリーヌから、ある程度の話は聞いていた。
「で、ロナート卿はそれを冤罪だと思ってる。本当に冤罪なのかもしれない。真偽はどうあれ、それでロナート卿は教団に恨みを持ってるわけだ」
「それは……そうだろうな」
「そんなこと知ってる、みたいな顔すんじゃねえよ。本題はここからだぜ?」
ユーリスに真剣な顔で言われ、ベレトは思わず座り直した。
「クリストフの処刑は、もう4年前の話だ。そこからずっとロナート卿は教団への復讐心をくすぶらせてきたわけだが……最近になって、西方教会がどうもそれを後押ししてるらしい」
「西方教会は、ここ数年中央教会との対立を深めているんだったな?」
アビスの書庫で読み漁った書物のひとつに、そう書いてあったおぼえがある。
「そうだ。西方教会にしちゃ、中央教会に対抗する仲間としてちょうど良かったわけだ。そこで問題なのは、西方教会のとある噂だ」
「噂?」
もっとよく話を聞こうと、ベレトは身を乗り出した。
「ああ。西方教会に、妙な魔道士が干渉してるって噂さ」
これは、ソロンやクロニエのような「闇に蠢く者たち」のことだろう。ベレト自身も、マグドレド街道脇の森で、霧を発生させている闇魔道士と戦ったことを覚えていた。
「やっぱり、心当たりがありそうな顔だな。何しろ、この闇魔道士たちの噂はたくさんあるからな。いくつか表に出てても不思議じゃねえ。
フリュム家の反乱だったり、七貴族の変だったりみたいな、反乱が起こる時には必ずと言っていいほど謎の闇魔道士の話が出てくる。もっと大昔まで遡れば、王国の独立戦争の時代にもあった。軍師パーンが……いや、この話は置いとこう。
と、まあ、この闇魔道士たちが、フォドラを混乱させようと裏から煽動してるのはほぼ間違いねえだろう。そんな奴らが西方教会とガスパール城に入ったということは、そろそろ反乱が起きるってことだろうな。
……ってのが、俺が言う兆しだ。もちろん裏で操る闇魔道士は噂にすぎないし、確証はねえがな」
話し終えたユーリスは、深く息をついてベレトを見た。
「……話してくれて、助かった。ありがとう」
「参考になりゃ良いがな。じゃ、月末は頑張ってくれよ」